Page 16 : 新たな仲間

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「クロ……来ないなあ」
 目前で火花を散らしながら燃える火の中に、ラーナーは隣に重ねた枝を投げ入れる。ポニータと協力して周辺から集めた木々の欠片は頼りないものばかりだが、炎の勢いは衰えず充分に燃えさかっている。
 彼女に焚き火の経験は無かったが、それ故にポニータの存在は心強かった。吐き出す炎が源となる。
 夕陽を彷彿させる美しい炎である。炎の先からは灰色の煙が細々と黒い空へ上がっている。暗闇は深いが、こうしていれば煙を目印にクロが気付くかもしれない。
 弾ける火花に慣れてきた頃、ラーナーは溜息をついた。炎を見ていると昨日の出来事が引き起こされる。衝撃が強く生活があまりにも目まぐるしく変容しているためか、既にずっと昔のことのようだ。しかし確かに昨日の事実なのだ。セルドは殺された。そしてセルドを殺した人物もまた殺された。
 あの時の炎は今ラーナーの前に在る炎とはまるで違う質をしていた。吼えるように猛々しく、周囲を食い尽くそうとするような姿は炎の形をした巨大な獣のようだった。牙を剥いたら最後、戦火は膨れ上がり、沈黙した。
 それからよく覚えていない。炎は消えクロが近づいてきて、そしていつの間にか自室のベッドで眠っていた。
 あの間に何があった?
 起きて、テーブルの上に置かれた走り書きの手紙。
 ラーナーは右手首に巻いたブレスレットに視線を移した。母親の形見は、多少傷がついているが綺麗なものだ。
 狙われているのはラーナーの命だけじゃない。このブレスレットも同じく狙われているのだと言う。何の目的で? そして母親は一体どういう人物だったのか。ニノの存在は、恐らく、実の娘であるラーナーが知るよりもずっと知られている。
 黒の団とは一体なんなのか。
 考えれば考えるほど、謎が生まれてくる。
 胸に詰まっている空気を出し尽くすような深い深い溜息をついたので、足を休めているポニータは不思議な顔で振り向いた。
「ごめん。なんでもないよ」
 ラーナーは愛想笑いをする。力のない笑いに、ポニータは目を細めた。
 気まずい沈黙の後、ラーナーは突如思い出したように声をあげた。
 ポニータが今度は目を丸くしている正面で、すぐさま隣に置いていた鞄を掴みあげ膝に乗せ、ファスナーを開く。中には所狭しと旅の品が入っているが、目当ては内ポケットだ。ポケットから二つの丸く小さな物を取り出した。
 モンスターボールだった。
「あたしの叔母さんからもらったんだ。お母さんとお父さんのポケモンなんだって。すっかり忘れちゃってた」
 鞄のファスナーをしめ直して足元に下ろすと、ボールの開閉スイッチを押した。すると軽く握りしめられる程のボールが膨れ上がる。ラーナーは緊張の面もちでボールの中を見つめたが、中の様子はまるで判別つかない。ブラックボックスのようでもあった。
「えいっ」
 テレビで見たトレーナーの見様見真似で、二つのモンスターボールを宙に投げた。
 放り上げられたボールは頂点に達すると突然口を開き、中から白い光が飛び出す。光は猛スピードで地上へと走り、地面に達した途端に大きな円になり、間もなく形を整えていく。
 ラーナーは息を呑んで見守る。
 二つの光は形成を終えると何事も無かったように闇夜に薄れ消えた。
 呆気にとられ、ラーナーは戻ってくるボールを受け止めるのを忘れてしまう。音を立てて地面に転がっても気にも留めず、現れた生き物の姿に釘付けになった。
 一方は柔らかな菖蒲色の体毛である。大きな耳を持ち、額には赤い宝石が埋め込まれているいる。細く長い尻尾は途中で二股に分かれ、ふわふわと綿毛のように揺れていた。瞳は、見た者を吸い込むような静まりかえった紫色。
 エーフィ。
 他方は全体に黒い体毛をしていて、額には大きな黄色の輪を模っている。黄色の部分は足や尻尾にもある。黒の中でその眩ささえも覚える色は、浮き出ているようにも思える。赤い瞳はじっとラーナーを見つめていた。
 ブラッキー。
「う……わぁ」
 感嘆せざるをえなかった。目の前に現れた二匹のポケモンは、素人目にも鍛えられていると直感した。時々ウォルタですれ違うトレーナーの連れているポケモンとは顔つきや毛並みが違う。
 二匹は不思議そうに周りを見渡し、最後にラーナーに視線を止める。
 エーフィがまずラーナーに歩み寄る。何かを確かめるように足から頭まで、身を固めたラーナーを観察して、そして深い紫の瞳を細めた。唖然としていたラーナーだったが、我に返ってしゃがみ込み、そろりそろりと右手を伸ばす。もうあと少しのところで少し手を止めたが、また伸ばしそっと指先に柔らかな毛並みを感じとると、ほっとしたような笑みを浮かべた。首を触ると、エーフィは気持ちよさそうに目を閉じた。
 ブラッキーは暫く遠目で眺めていたが、やがてエーフィに倣う。合わせてポニータもラーナーの隣にやってきて、三匹のポケモンに囲まれたラーナーはポニータを見上げて笑った。
 そろりそろりと寄せられた手を受け止め、初めこそ睨みつけるような警戒的な表情をしていたブラッキーだが、その冷徹な雰囲気は徐々に引いていく。
 彼女は両手から感じるあたたかなものに心が安らいでいく。
 だからこそ気付かなかった。だんだん近づいてくる足音に。
「何やってんの」
 突如ぶっきらぼうに後ろから声をかけられ、ラーナーの心臓が飛び上がる。慌てて振り返ると、そこには半ば呆れたような顔つきの藤波黒の姿があった。
 ブラッキーは彼の姿を見た瞬間に目を大きく見開き、真っ直ぐにクロから視線を外さなかった。クロもブラッキーを見やって驚いた顔をする。
「ニノのポケモンか」
「え、えっと、お父さんのも。……どっちか分かんないけど」
「それならブラッキーがニノのポケモンだ。雰囲気が変わってない」
 懐かしそうに目を細めて、クロは足元に鞄を下ろしブラッキーを見下ろす。ブラッキーはラーナーの手からするりと抜けると、クロから相変わらず視線を外さないようにしながら彼の足元に辿り着き、警戒心は解かずに慎重ににおいを嗅いでいる。そっとクロは笑うと、腰を折りブラッキーの頭を撫でる。
「相変わらず鋭い目だな。大丈夫、こいつはニノの子供だから」
 ラーナーの方をちらりと見ながらクロは言う。解きほぐされたブラッキーは、懐かしむように手に顔をすり寄せた。思わず口元が綻んだクロに、ラーナーは不本意ながら心が揺れた。こんな顔もするんだ。新たな一面の発見だった。
「あたしの知り合いが預かってたんだって」
「ふうん、良かったな。強いから、もしもの時に助けてくれる」
「怖いことを言わないで」
 唇を尖らせてラーナーは言う。
「真面目な話だ」
 クロの口から出てきたのは冷たい声だった。
 思わずラーナーは肩を震わせて、立っているクロを怯えた目で見上げた。クロの表情は無表情とも怒っているようにもとれる固い表情だった。
「俺がお前のそばにいないとき、奴らに襲われたらどうするんだよ」
「……」
「昨日襲われた場所が俺のいた場所の近くだったから良かった。あれがもっと遠くだったら、死んでいた」
「やめて」
 ラーナーははねつけるように遮った。
 しかしクロは無理矢理続ける。
「いつまでも俺が一緒にいるとは思わない方がいい。もし俺が先に死んだら――」
「やめて!」
 突如大きな声をあげれば、傍にいたエーフィは体を飛び上がらせた。
 和やかな雰囲気は一転し、険悪な色に染まる。
 ゆっくりと立ち上がりラーナーはクロを睨みつける。しかしクロはそれに動じることはない。
「そんなこと言わないで」
「現実を見ろ。とにかく、そういう時にこいつらが助けてくれるように、ある程度連携ができるようになってないと」
 ラーナーは眉を潜ませる。
「れんけい?」
「まともにバトルが出来るようになっておくってこと」
「バトルって、ポケモンバトル?」
「それ以外に何がある。あんたが戦う気か」深い溜息をついた。「あんたには力がないんだから」
 ラーナーは痛い烙印を押されたような気分だった。
 クロは暑くなったのか帽子を取れば、その時帽子の上につけていた大きいゴーグルが音を立てて地面に落ちる。拾い上げようとしてかがめば深緑の髪が垂れた。
「そういう話はまたいずれ。明日にはバハロに着くつもりだから早く寝るぞ」
「……うん」
 明らかに影が差しているラーナーに気が付いて、クロは濁った空気を自覚した。胸が浮かぶような居心地の悪さだった。
 逡巡した後、クロは自身の鞄を手に取り中を探る。
 間を置いて出てきたのはやや大きめの缶詰だった。一つ地面に置いてからもう一つ取り出す。
「スープみたいなもんだ」
 言いながら更に鞄から出てきたのは持ち手が折りたためる小柄の片手鍋。銀色に光るステンレス製で、傷や焦げ痕が濃く残っている様は使い込んでいる歴史を思わせた。
 続けざまに右腰を探り、一つのモンスターボールを出すと同時に開閉ボタンを一度押しボールを膨らませ、再度押して中からポケモンを出す。彼の隣に光が着地し、アメモースが現われる。
 ラーナーは流れるような一連の動きに釘付けになる。
「アメモース、みずあそび」
 クロは指示をしながら小鍋をアメモース側に差し出し、地面に置いた。
 アメモースは頷き、地面に置かれた小鍋に狙いを定める。昨晩ポニータの傷を丁寧に水で注いだ時と同じ要領で、本来ならば周囲に撒き散らす技を一点に集中させ、口から水を吐き出し小鍋へ注ぎ込めば、すぐにいっぱいになった。
「ありがと」
 呟きながらクロは小鍋を取り、組まれた焚き火を軽く枝で均し、その上に小鍋をそっと乗せる。
「これ夕飯」クロは小鍋を揺らしながら言う。「沸騰したらできるから」
 小鍋の底から水滴が滴った。
 ラーナーはこくりと頷きつつも内心その水に不信感を抱いた。とはいえ文句を言う筋合いはない。言葉を呑み込んだまま、放置されていたエーフィとブラッキーを交互に見やった。
 忙しなくぱたぱたと翅をばたつかせていたアメモースが主人の頭に辿り着くと、ほうと息をついた。重いと小言を呟きながらも無理に下ろそうとしないクロ、それを穏やかに見守るポニータの構図は、既にできあがった関係性の形。ラーナーがぼんやり抱いたのは、あたたかな家族へ向けたような羨望に似た感情であることを、彼女自身も自覚せぬまま彼等を見つめた。

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