シナギシタウンのはずれにある広大な草原。その一角にニシマキポケモン研究所は建っている。
草原の一部にポケモンたちを放し、人工の川や池を整備し、自然体の状態でポケモンたちを研究する。それはポケモンたちに付きあってもらう上でニシマキ博士が自分に課したルールだ。
そんなニシマキポケモン研究所の表門にハルトとカナエは辿りついた。
ハルトとカナエの腕にあるポケモンの状態異常や相性などを測定する機能があるシンオウ地方で大人気の腕時計『ポケッチ』(学者ゆえに世界中を飛び回っているカナエの両親からのお土産だ)は午前八時二十九分を差している。
「はぁ、はぁ……なんとか間に合った……」
「そう、ね……」
ハルトとカナエは息を切らしながら門の前に立っていた。石造りの門には『ニシマキポケモン研究所』と刻まれた金属製のプレートが貼ってあり、鉄格子のような扉が入り口をふさいでいる。
ハルトとカナエは、前もってニシマキ博士からもらっていたカードキーをカードリーダーに通すと、鉄格子のような扉が障子のように横にずれて入り口を解放した。
二人がいつも通りにそこに入ると、研究所の正面玄関に向かう。
その途中で、二人は見慣れない物を見つけた。
「……バイク?」
「おお、かっけぇ!!」
二人が見つけたのは大型のバイクだった。黒塗りのボディにサイドカーがついたそれは、ポケモン警察のジュンサーが使っているようなバイクよりは一回り大きく、暴走族が使っているようなバイクよりは一回り小さいオフロードタイプの物だ。
「にしても、これ誰のだろ?」
「私に聞かないでよ」
二人は少し考え込む。この研究所にバイクで来る研究員などいないはずだった。
「……っと、そんなことより早く行くわよ」
「ん、おお」
二人は時間ギリギリなことを思い出し、バイクから離れて正面玄関に入った。
二人が正面玄関に入ると、受付の女性が親しげに話しかけてきた。
「ハルト君、カナエちゃん、おはよう」
二人は「おはようございます」と言って頭を下げる。直後、正面玄関に設置されている木製のベンチに見慣れない青年が座っている事に気付いた。
黒いパーカーを着ていてそのフードを目深にかぶり紺色のジーンズを履いた、座っていてもその長身を確信させる男。
「……あの人誰?」
ハルトは無意識の中に受付の女性に尋ねていた。その質問に受付の女性は名簿(研究所に来た人に名前と要件を書いてもらう物だ)を取り出して、
「えっと……名前はゼツヤさん。要件は最重要機密事項って。な~んか怪しいのよね」
受付の女性がそう言うと、ベンチに座っていた青年――名簿に書いてある名前ならゼツヤ――が三人を睨みつけていた。その双眸は、なんと業火のように紅蓮色だった。
その突き刺すような眼光に少し怯む三人。青年の方はしばらく三人を観察するかのように眼を動かすと、興味が無いように少しそれを閉じて元の体制に戻る。
「……ふぅ、ビビったぜ……」
「うん、あれは私も」
ハルトとカナエは緊張感が解けたように息を吐く。
結局、三人は何とも言えない気まずい雰囲気を炎の中に放り込まれたような苦悶の表情でしばらく無言で過ごす。
しばらくすると、研究室の扉が開き、一人の女性が出てきた。
ふちなし眼鏡が少しずり下がり、しわのない白衣を着たどこかのほほんとした女性。『ポケモンと自然の相互関係』について研究している若きポケモン博士、ニシマキだ。
「あらあら、ハルト君、カナエちゃん、おはよう」
ニシマキは少々フラフラした足取りで二人に近付いてきた。その目の下には隈がくっきりと残っている。どうやら昨日『も』徹夜したようだった。
「あらあら……約束の時間を過ぎてしまったわ。ごめんなさいね」
左頬に手を添えながら少し弱弱しく笑う。それに「私たちも遅刻しそうでしたから」とカナエが返答した。
その時だ。
ドパァァァン!!
研究所の正面玄関が吹き飛ばされた。
「え?」
あまりの突然のことにハルトやカナエ、ニシマキに受付の女性は反応できなかった。
「さっさと仕事を済ませろ!!時間が押している。ボスの機嫌を損ねるわけにはいかん」
ドタドタドタッと複数の足音が響く。その音源は、十数人の黒ずくめの男たちだった。
「今回の作戦の内容は研究資料、及びポケモンの強奪だ。その邪魔をする物は拘束しろ!!」
黒ずくめの男たちのリーダー格のような目つきの悪い男が怒鳴ると黒ずくめの男たちは、まず正面玄関にいたハルトとカナエ、受付の女性の三人の元に走り寄って来た。
「な、なんだよお前ら!!」
ハルトが思わず叫ぶと、黒ずくめの男の一人が「黙れ!!」と一喝し、三人の両手首に手錠のような物で後ろ手に拘束した。
黒ずくめの男たちはさらに奥に進み、奥にいた研究者たちに青色の蝙蝠のようなポケモン、ズバットやその進化系のゴルバット達の『ちょうおんぱ』を繰り出して鎮圧していく。
ニシマキの元には、さっきのリーダー格のような目つきの悪い男が近づいてきた。
「はじめまして、ニシマキ博士。私はコーダと申します」
恭しく礼儀をわきまえた動きの中にどこか嘲笑い、バカにしたような表情で話しかけるリーダー格、改めコーダ。彼は、怪しげな笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「私たちの組織は、今あなたの研究データを必要としています。素直に渡していただけると私たちも、貴女たちもハッピーエンドを迎えることが出来るわけですが、いかがしますか?」
芝居かかった口調で、目で拘束されている三人を指し示した。ニシマキは、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。ハルトたちが遠回しに人質だと脅されているのだ。
「……っ、わかりました」
悔しそうにそう言ったニシマキ。周りには黒ずくめの男たちがポケモンを収納するボール型のカプセル、『モンスターボール』から出した紫色の凹凸のある球状のポケモン、ドガースや蛇のような姿のアーボが隙なくハルトたちを監視している。
ニシマキが黒ずくめの男たちの言うがままに研究資料が収納されている部屋に案内しようとした。
瞬間。
一瞬の出来事だった。一部の黒ずくめの男たちのポケモンたちに異変が起きた。倒れたのだ。もちろん、自然に倒れたわけではない。単純に、攻撃を受けて体力を奪われたのだ。
「な、なんだ!!」
コーダは怒りを含めた声を発する。その目線の先にあったのは……
「ガブルルル……」
青色の、鮫のようなヒレと背ビレを持ち、今も黒ずくめの男たちを威嚇する細い体躯のドラゴンタイプのポケモン……ガブリアスと。
「いいぞ、ガブリアス」
突き刺すような紅蓮色の双眸を持つ、百八十センチを超える長身の黒いパーカーを着た青年、ゼツヤの姿だった。