レーミア地方。カントー地方の北東数百キロの海上にある島国。大きさからすればカントー地方と同等かそれ以上の大きさを誇る。日々科学技術の最先端を切り開き、またその分野で著名人が多く出身している地方だ。
そんなレーミヤ地方の最南端の片田舎、シナギシタウン。あるポケモンの研究者が研究所を持っているぐらいしか特徴の無いその町のとある民家。
キッチンで朝の陽気に鼻歌を交えながら女性はフライパンを動かしていた。そのうえではジュージューと目玉焼きが食欲をそそる音を立てながら焼きあがっていく。
その女性の後ろでは茶色の体に、所々クリーム色の毛を持つ兎のようなポケモン、ミミロップがテーブルに三人分の箸や食器を並べていた。さらにミミロップの頭の上には葉っぱを服のように身につけている幼虫のような虫ポケモン、クルミルが朝の陽気を気持ちよさそうに浴びながら目を細めて首をごきげんに左右に振っている。ミミロップには頭に乗られている事に不満のような感じは無く、むしろ自らそれをやっているという雰囲気さえあった。
無論、このミミロップとクルミルはキッチンにいる女性のポケモンである。特にミミロップに関しては彼女の最初のポケモンで相棒だ。子供のころから結婚して子供を産んで育てている今でもずっと一緒にいてくれている大切な存在だった。
「ふう。ざっとこんなもんかしらね」
女性は焼いた三人分の目玉焼きを皿に乗せ、ミミロップに手渡す。ミミロップはそれを馴れた手つきで受け取るとそれを先に並べといた他の食器の横に置いた。
「ハルトー、カナエちゃーん!朝ごはん出来たわよー」
女性はトースターから食パン取り出しつつ二階に向かって呼びかける。しばらくするとドタバタという音と共に一人の少女が下りてきた。
色の強い茶髪の長い髪をポニーテールにし、活発そうな顔立ちと強気な目を持った彼女はカナエ。諸事情によりこの家に居候している十四歳の少女だ。
「おはようございます!」
「あらあら、服にしわがよってるわよ」
カナエは自分の姿を確認して、少し赤くなってTシャツのしわをなおし始めた。
「それで、ハルトは起きてこないのよね……」
女性ははぁ、とため息をつくと家の中の止まり木に止まっていた黒い翼と赤い顔を持つ鳥ポケモン、スバメに、
「いつもどおりによろしくね」
その言葉を受けたスバメは「スバァ!」と一つ鳴くと、パタパタと両翼を動かして階段の方向へ飛んで行った。
しばらくすると、階段の上にある女性の息子の声が聞こえてきた。
「わっ、ちょ、何すんだよ!!痛い痛い痛い!!わかった、起きるから、起きるってば!!」
少年の声が途切れたかと思うと再び両翼をパタパタと動かしてスバメが階段の上から滑空してきた。
「ごくろうさま」
「スバァ!!」
女性が微笑むと、スバメは嬉しそうに声を上げた。
「つつ……いったいなもぅ……」
トボトボ、少年が階段を下って来た。台所にいる女性と同じ黒髪を持っていて、黒い瞳は父親譲りか少し緑色がかかっている。
彼はハルト。女性の息子で、十二歳のポケモンが大好きな少年だ。
「母さん、スバメはやめてくれって言ってるだろ!!」
口をとがらせながら自分の母親に文句を言う。無論、話題はつい先ほどもあったスバメによる強制目覚まし攻撃のことである。
「はいはい。そんな小生意気なことは一人で朝起きれるようになってから言いなさいね」
ハルトの母は自身の息子を適当にあしらうと、椅子に座って朝食を取り始める。その場の雰囲気でハルトとカナエも朝食の席に着いた。
「で、今日もニシマキちゃんのところに行くの?」
朝食を取り始めて少したった時、ハルトの母が二人に聞いた。
ニシマキ、というのはこのシナギシタウンでポケモン研究所を開いている女研究者の名前である。
ふちなしメガネを掛けている緩い性格の白衣の女性で、いろんな人から好かれている人望のある人物であり、また彼女の研究は世界で認められている。
そんな彼女をハルトの母が気軽に『ニシマキちゃん』と呼んでいるのは彼女がニシマキの幼馴染……というよりは姉のような存在だったからだろう。
「はい、今日もニシマキ博士のところでポケモンの調査のお手伝いです」
ポニーテールを揺らし、カナエがハルトの母の質問に答える。続いて、
「なんか今日は特別な研究とか言ってた。くぅー、たのしみだぜ!!」
直後、母に「ご飯のときは静かにしなさい!」と額にチョップを受けたハルトはぶーたれながらトーストをかじる。
ふと点けっぱなしのテレビを見てみると、
『昨日イザナミタウンで発生した銀行強盗事件ですが、未だに犯人の経路はつかめていません。今回の件についてもポケモンが使われている模様で、イザナミジムのジムリーダーでありカドラ・コーポレーションの社長であるヒナグシ氏は……』
「……なんか最近多いよね、ポケモンを使った事件」
普段ハルトの母に敬語で話しているカナエがタメ口で話した。この場合、彼女はハルトに話しかけたことになる。
「ああ。本当、許せないよな……」
ハルトは拳を握りしめる。彼はポケモンが好きな故に、こんな事件を起こす人間が許せなかった。
すると、
「はいはい。ニュース見て知的になるのはいいけど、ニシマキちゃんとの約束の時間はいいの?」
そう言われて二人は時計を見る。
現在時刻、午前八時十九分。
約束の時間、午前八時三十分。
さらには、ハルトの家からニシマキポケモン研究所まで走って十分はかかる。
結論。どう見ても時間ギリギリ。
「っ……!!急ぐわよハルト!!」
「そんなことはわかってる!!」
二人は慌てて朝食を口の中に押し込むと、自分の部屋からハルトはトレーナーとウエストポーチ、カナエはへそのあたりまでの長さのジャケットとタスキ掛けのバッグを持って家を飛び出す。
「行ってきます!!」
「行ってきます」
ハルト、カナエは必死に足を動かしてニシマキポケモン研究所までの道のりを走った。
――この日、二人の運命が動き出すことを知らずに――