5.パンドラ箱のすきま

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読了時間目安:14分
「……誰だよ。ミィって。」

夕暮れのオレンジが世界を埋め尽くしている。ウィズは自分の声で目が覚めた。
頭が痛い。頭頂部にまっすぐ攻撃を食らったからクラクラした。

「って、そうだ俺!」

カクレオンにやられたんだ、と言おうとして体を起こすと、自分がおだやか村の学校の保健室にいることに気がついた。

「あ、あれ?戻ってきてる?」
「そうよ、カクレオンに抱えられてね。」

声の方を向くと、入口にウィズのリュックを手にしたヨルダが立っていた。夕暮れに照らされたいつもの無表情はどこかさみしそうにしている。

「ヨルダ…」
「…ちょっと乱暴な気質なだけだと思ってたんだけどな。」

全部聞いたわ。と先手を打たれてウィズは黙った。

「リンゴはちゃんと返したわ。迷惑料も含めてカバンの中のものはほとんど没収されちゃったけどね。」

ぺらぺらのリュックをベッドの上にのせられて、中身を見るとスクラップブックだけが入っている。中を覗き込んでいるウィズの後頭部のあたりでヨルダは言った。

「こんなことをするために頑張って勉強してたの?」
「違う…。」

違う、とウィズはもう一度呟いて、しかしその次の言葉は出てこなかった。
言い訳したい気持ちはあったが、何を言えばいいのかわからなかった。

「カクレオンは…」
「今コノハナさんと話してるわ。」
「……そっか。」

オーガスタにも知られてしまったことにウィズの大きな耳が垂れ下がっていく。
なんとなく、ウィズは自分が何をしてしまってもオーガスタには迷惑はかからないと思っていた。しかし彼はウィズの保護者だ。責任を追求されるのが自分だけだとなぜか根拠もなく思っていた。

「ひとりじゃないって、そういうことだよな。」
「行くの?」

立ち上がったウィズにヨルダは引き止めるようにそう言った。まるで外は危ないと子供に言い聞かせる声色だ。理由としては当然、外に出ればウィズに浴びせられる言葉にあるのだろう。

「オーガスタが悪いわけじゃないからな。」
「でも、子供の責任の所在は保護者よ。あなたがどれだけ自分だけが悪いって言ったところでそれは変わらない。」
「でもあいつだけが責められてる理由にはなんねえよ。」

そういうウィズにヨルダは可愛げがない、と頬を膨らませた。

「よくわからないけど、うっかりだったんでしょ?どうせ大人同士で上手くやるんだから守られててもいいのに。」
「ヨルダは優しいよなぁ、まだ俺のこと庇えるの?」
「今まで見てきたものが偽物だとは思えないもの。」

苦笑い気味でそういえば、まっすぐな視線が返ってきた。ウィズはその目が苦手だった。汚い部分を隠さなければいけないような気分に窒息しそうになるのだ。

「それも本当だと思う。でもゴメンな、今は……ちょっとその気持ちが重たいや。」


結果から言って散々だった。
ダンジョンのカクレオンは怒り心頭でウィズにわめき散らすし、おだやか村の店番はウィズに今まで村でやったことがあるのではと疑念の目を向けてきた。
騒ぎを聞きつけた村のポケモンたちにもほとんどの顛末は知られてしまい、大人達は厳しい視線を投げかけてきた。もともと親しい相手もいないウィズはひたすらオーガスタとともに頭を下げ続けた。

なんとか「うっかり持ち出してしまって、追われたことでパニックを起こして逃げてしまった」ということに収まり、追加で勝手に抜け出したことを村長や村の大人に叱られた。
それからまたしばらくして、空が暗くなった頃に今後の話をしますから、とカクレオンが言ったことでウィズは開放されることになった。

「待てよ、俺がいいならオーガスタだってもういいだろ?」
「ウィズ、これからは大人同士の話だ。今日はもう遅いし、おめえ明日も学校あるだろうが。帰って寝てろ。」
「でも……」

今さら学校に戻れるのかだとか、そういうことはどうでもよかった。自分のせいで恩人が糾弾され終わるのをのうのうと家で待っているのが嫌だった。それならずっと自分が責められていた方が救われる。
しかし、オーガスタはなおも食い下がろうとするウィズに低い声で言った。

「いいから。」

その言葉ひとつでウィズの顔は今日一番に傷ついた顔をした。
なにも言わず踵を返し、とぼとぼと家へと足を向けた。普段の不遜なウィズを知っている教師陣がなにか声をかけてやりたくなるほどにその背中は小さく見える。

ウィズの姿を見送ると村長とオーガスタは教師とカクレオンを交えて話し合いを始めた。
足を止めることなくウィズは家へと続く坂を上っていく。緑の生い茂る中腹に差し掛かる頃、ウィズは視界の端にひときわ大きな葉っぱを見つけた。

「君でもそんな顔するんだね。」

顔を上げると、腕を組んで木の幹に寄りかかっているティーがいた。予想はしていたもののその表情は険しい。

「俺がどんな顔してるって?」
「情けないくらい凹んでますって顔かな。」

ピシャリと言われてウィズは口許だけ笑った。

「確かに言われてみればそんな顔してる気がする。」
「コノハナさんに悪いと思ってるんだ。」
「それ以外何があるって言うんだよ。」

消沈しきったウィズの顔を覗き込んでティーは身を屈めた。

「普通はそれ以外にあるもんだよ。罪の意識とか怒られて自信なくしたとかさ。」
「残念だが俺はそういう奴じゃなかったらしいな。今日の一件でよくわかったよ。」
「なるほど。じゃあむしろ今凹んでることは誉めるべきかもしれないね。でも君さあ、だんだんタガが外れてってるの気づいてる?」

ため息に怒りをふんだんに含ませてティーはウィズへと詰め寄った。ウィズは動かすのも億劫そうにしながらも首をかしげた。

「タガなんて最初からあったか?」
「あったよ。少なくともジャックを殴ったときには。あのときの君をずっと見てたけど確かに良識ってものが身に付いてたよ。それから外れた自分に戸惑ってた。違う?」

言われてウィズは少し前のことを思い出した。
果物ひとつで豹変した自分に戸惑い、形はどうあれその事を反省できた。思えば、最初にティーに会って自分の本質に気づきかけた時も「まとも」でないことにショックを受けたものだ。
カクレオンの店で最初に窃盗を犯した時に気がついたもの。自分に法の意識がないこと。それを飲み下した後の今の自分は確かに前とは違うのかもしれない。
ウィズが自覚したことを察したのか、ティーは再び話し出す。

「今日からだよ。君が当たり前みたいに真っ先に校門を降りていったの、先生たちビックリしてたよ。いつもなら最後まで残って新聞切り抜いたり本を写したりしたやつ先生に見せて質問とかしてたのに、って後をつけてみたら君すました顔で草影に穴掘って外に出てったよね。」
「見てたのか……。」
「どうしてそんなに騙すことに抵抗がなくなっちゃったの?リンゴを盗んだのは本当にうっかりだったの?君にとって、昨日と今日で何が違うの。」

ティーに問い詰められて昨日のことがよぎる。赤みがかった視線にまっすぐさらされて、どうしようもなく心がざわついた。

「うるせえな、自分がなんなのか少しわかっただけだよ!」

苛立ったウィズは噛みつくように叫んだ。

「最初からおかしかったんだ!気がついたら自分がどんな奴かもわからなくて、なのになんにも生きるのに心配要らないような環境が運良く手に入って、でも、でもそれがどうしてか居心地悪かった!!自分が何もかもわかんねえんだよ!ジャックを殴ったときも!当たり前に生きてて居場所があって、何も心配ないのにずっと……落ち着かない!!」
「どうして?」

地団太を踏みそうなウィズにあくまで冷静に、短く返す。いまだ評定を下す審判のような眼をしていた。

「どうしてだ?簡単だろ、俺が「まとも」じゃないからだよクソッ!!確かに良識はあったんだろうさ、でも俺の本当は殴るのも盗むのも本当はどうでもいいようなクズなんだよ!ただ、……たださぁ……こんなおかしな奴受け入れてくれるような奴をさ、裏切りたくなんてなかった…。あいつに見放されたら、俺ホントに、どうしていかわかんない。」

ティーが見つめる先で、ウィズは自分でも気づかないうちに涙をにじませていた。言い訳の材料にすらならない様な言葉を並べ立てていた声が徐々に薄くかすれていく。

「…お前はわかんないだろ。自分のこと何も知らないのに常識みたいなのは全部頭にあるんだ…。それと自分の行動照らし合わせて自分がどうしようもない奴だって知ってく気持ちがさ。でも俺は、そういう奴だ…それずっと否定すんのも、つらい。」

そう吐き出して、ウィズは座り込んだ。生まれて初めて本音を口にしたような気がした。
恩のある、恩があるからこそオーガスタに言えないことが、自分を厳しく見ているティーの前では不思議とするりと出てきた。
そんなウィズの隣にティーは腰を下ろした。夕暮れの気配を残す星空を眺めながら話し始める。

「そうだね、私には生まれた時から全部記憶があるから、自分がどういうやつかってこととずっと向き合ってきた。でも結局、私も生きるのうまくないから、本質と理想がずれてる苦しさはわかるつもり。」

友達いないんだよね私、とティーは悲しそうに言った。

「その時は相手にとっても一番いいことだって思って動いてるはずなのに、どうしてかいつも空回りしてる。ウィズに言われたとおりだよ。みんなの役に立ちたいって思ってたって結局自分の立場からしか見えてないんだ。逆に迷惑かけて怒られてばっかり。おじいは家族だから見捨てないってわかってても、たまに怖くなるよ。」

でもどうしたらいいかわからないんだ。そう言ったティーの横顔をウィズはしばらく無言で見つめていた。
厄介者が2匹、丘に座って空を見上げた。草の音だけが響く中、ウィズが独り言のような声を出した。

「このままだと俺、『元に』戻ってくって、そんな気がする。望んでたものと違うものばっかり簡単に出てくるんだ…。そうしたらこんなちゃっちぃ事だけじゃなくて、何かとんでもないことやらかすかもしれねえ。」
「こんな田舎でこれ以上何を起こすって言うのさ。」

暴力に窃盗までやっておいて、とティーはほとんど呆れた声を出した。

「わかんねえよ。でもお前は俺の事ずっとクズだって言ってた。」
「今も割と思ってるよ。」
「ヨルダは未だに俺のこと信じてる。オーガスタも多分許してくれる。」
「知ってる。」
「でもお前は違うよな。」
「そうだね。」
「はっきり言うとお前のこと嫌いだけど、楽。」
「私もそうかも。」

そう言ってティーは最初以来初めて笑顔を見せた。
ティーも、ここまで相手を気にせずいられる関係は初めてだった。気にする必要がなくても苦しくない、相手も気にしないということがティーの心を落ち着かせた。

「ここだけの話だけどさぁ、ダンジョンまた行く。」

誰もいないのに、こっそりと秘密を打ち明けるようにウィズがそう言った。そういうものを共有しようと思った相手は初めてだった。お互い厄介ものだからちょうど良かったのかもしれない。
ティーはそれを聞いて機嫌を損ねた様子もなく、むしろ少し面白そうに聞いている。

「あんなに怒られてたのにねぇ。」
「記憶を取り戻す手がかりが欲しいんだ。そうしなきゃ俺はいつまでたっても恩さえ返せないガキのまんまだ。」
「それで転びまくりなのによくやるよ。」
「そりゃお互い様だろ。」
「確かに。」

ティーが笑って、ウィズも声を出して笑った。



ティーは先に帰っていった。もともと一緒に帰るような仲でもない。
少しほとぼりを覚ましてからウィズは坂を登り始めた。夜風がウィズの毛並みを揺らすのが心地いい。
真っ暗な家が見えて来たところでそう言えば、と思い出す。

「昨日ここらへんにモモンの実捨てちまったっけ…」

ダンジョンでのことはうっかりしていたということになった手前、証拠隠滅をした方がいいのでは、とロクでもないことを考えたウィズは、昨日実が転がって行った方向へと足を向けた。
誰も入らないような方へと入って行ったからか、モモンの実は平坦な地面に転がったままになっている。しかし変化がひとつ。

「芽が出てる…」

きのみの成長は早いと聞いたことがある。持ち上げようとしてゆるく根が張っていることに気がついた。
植物のたくましさに少し感動を覚える。ウィズが盗んで放り捨てなければ芽を出すこともなかった命だ。

「上手くやろうがすっ転ぼうが、やったことは良くも悪くも何かを生むわけか。」

ぽつりとそんな言葉をこぼした。
「今日の自分」のきっかけになったきのみをウィズは大事に掘り起こす。自分が放った賽の行く末が少し気になったのだ。

「確か裏庭が空いてたっけな……。」

振り返ると眼下に見える村の明かりが消えていない。今頃は大人たちは今日のことは水に流して飲んでいるのだろうか、それともまだ怒られているのだろうか。
子供の、一人ぼっちのウィズにはわからない時間と関係が、あの夜の瀬で霞む淡い灯の下にはあるのだろう。もろくなった実を寄る辺のように抱えて、ウィズは帰途へとついた。

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