4.ダンジョン・アローン

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:17分
腰に回したキャメルのバッグに青い玉を一つ、リンゴを一つ、枝を一束。
子供の遠足でもないような軽装備を背負ったすぐ後ろには、いくつか半球状の穴の開いた不思議な形の輪っかが尻尾の付け根にはめられて揺れていた。

「よし、あなぬけの玉、大きいリンゴ、ワープの枝。それからリングル。上手いこと行くといいけどな。」

ウィズの尻尾につけられているのはリングルと呼ばれる特殊な道具だ。ダンジョンの中のみで機能し、そしてダンジョンが作り出すポケモンの能力を上げる結晶「ラピス」をはめ込む。はめ込むラピスによって効果は違っていて上手く使えばダンジョン踏破に大きく貢献してくれるが、スロット数が限られ一度ダンジョンから出てしまえば消えてしまう。次も最初から集めなおす必要があるニッチな道具である。ウィズ自身効果は学校裏の小規模ダンジョン、キララ山で実習済みだ。全員本格的なダンジョン探索は初めてだったらしい。楽しそうに盛り上がっていたのを覚えている。

「一人でダンジョン入るの、初めてだな…」

ウィズも流石に少し尻込みする。最初はオーガスタと一緒だった。キララ山での実習の時も先生の目が光っていて、必ず2匹以上で行動しろと言われて誰かと組んでいた。
ウィズに好感を抱いてくれているヨルダはその時は通信役を担っていたので組になったライリとアンには大層要らない心労をかけただろう。ティーはジャックとカイルと一緒だったが、何故かメンバー同士で競争を初めてあっという間にいなくなっていた。彼らが本当にラピスを集められていたのかはわからないが、少なくとも定められたゴールに先に着いたのは堅実にラピスを集めて慎重に進んだウィズたちのチームだった。

ウィズにあてがわれたスロット4つ分。初めての冒険にしては少し心許ない。そんな状態でウィズは一人、ダンジョンに進もうとしていた。
自作のスクラップブックとワープの枝を尻尾に挟み込んで、ウィズは自分の中で立てた目標を復唱する。

「勝てない奴とは戦わない。リングルを早く埋めて、目標の最奥部までスピード踏破!」

今回は情報が目的ではない。あれば儲けものだが今回はこれからも一人でダンジョンに行くための準備、様子見のつもりなのだ。
先ほどから目の前に佇んでいる洞窟の穴はダンジョンへの入り口だ。その穴をしっかりと見つめて、ウィズは気合を入れなおす。下手をすればこの中で死ぬかもしれないのだ。
カクレオンの店から盗みをした翌日の今日、ウィズはいつものカバンに最低限の道具を詰めて学校に行った。いつも通りの一人ぼっちの学校を終えるとすぐにリュックの中身を取り換えて村の外へと出た。ウィズにとって大人たちの目をかいくぐるのはそんなに難しくはない。村を覆う柵の下を目立たないところで掘り返せばあっという間に村の敷地外だ。
学校が終わった後は日が暮れるまでウィズはいつも学校にいると思われているから、オーガスタにも特に何も言わず出ていくことを決めた。
昨日の不安を話せば、オーガスタはきっとウィズがダンジョンに行くのを止めただろう。そんな心配はしなくていいと優しい言葉をかけてくれるのをもう知ってしまっている。
学校の騒動のことも、遅くなってしまった日も、オーガスタはさんざん怒った後に必ず「あんまり心配かけるんじゃねえど」と言って許してくれた。
その優しさに頼り切ってしまうのは、ウィズにはためらわれるのだ。


「よし、行くぞっ!」


ダンジョンの中は過ごしやすい気温と天気だった。走るのに申し分のない硬めの地面には柔らかい草が隙間なく伸びている。
殆どが吹き抜けの階層は、どこも柔らかな日差しを受け、地下であるにも関わらず木々が青い枝葉を伸ばしていた。壁のいたる所から湧いている水が水路を作り、時折吹き込む風がフロアの湿度をさらっていく。
危険である事を忘れそうになるほど美しい場所だ。後は気の立ったポケモンが襲ってこなければ最高なんだけどな、とウィズは水路が作る一本道を歩きながらそう思った。
差し込む日差しと豊富な水源がそうさせるのか、このダンジョンは木の実が豊富だ。ウィズの目的は別のところにあるが、願ってもいない恩恵にいそいそと木の実を拾い集める。ラピスも所々に落ちている。付け替えながらウィズは効果を試していった。

授業で聞くところによれば、ダンジョンというのは情報の宝庫なのだそうだ。
旅ポケモンが落としていく道具やお金の他、地図や本、ダンジョンに呑み込まれた古い文明の跡や財宝など、まだ誰にも踏破されず知られていない場所がおだやか村の付近にもたくさんある、と聞いている。
そんな世界を記録する『 調査団』が結成されたのは実はそんなに昔の話ではないらしい。ワイワイタウンを拠点にする彼らが辺境のおだやか村の付近に来ることはまずないのでどこのダンジョンにもまだ希望はあるだろう。
だからウィズは適当に地図を広げ、今わかっている小さなダンジョンを選んだ。潤沢な環境にポケモンが集まり、住み着いているのか独自の生態系を作っているようだった。

「おっと」

入ろうとした部屋に敵の姿を見つけてウィズはとっさに岩影に身を隠した。
どうやら敵は一匹のみのようだ。
ひのこを吐くため肺に空気を吸い込むと牙の辺りが熱を持つ。授業で技を出す練習をしたことはあってもウィズにとっては未だに不思議な感覚だ。
尻尾や4つ足であることでさえ最初は戸惑っていたウィズだったが、最近はそれには慣れてきた。足音をたてないよう細心の注意を払いながら、ウィズは大部屋中の相手が完全に自分に背を向けるのを待つ。口許では火花が舞い始めていた。

ウィズが部屋の中へと飛び込んだ。完全に気を抜いていたコジョフーがこちらに気がつく前にひのこの間合いへと距離を詰める。コジョフーが自分を狙うウィズに気がついたときにはすでにひのこが放たれていた。
相手が炎によろける。ただのひのこでは格闘タイプのコジョフーに対してここまで効果はない。尻尾のリングルにはめ込まれたラピスの効果で、ウィズの技がポケモンのタイプ相性を無視して通るようになっているのだ。

「『タイプゴリおし』超便利。おっと!」

飛んできたはたくをバックステップで回避する。
着地と同時に後ろ足を蹴り上げて爪をかすらせながら前足を振り切る。前足に皮膚を裂いた感覚が伝わってきた。確かな手応えに勝利を確信したウィズだったが、腰に強い衝撃を感じると同時に体が地面にバウンドして転がった。

「痛ってえ!」

あえて遠くまで転がりながら距離をとる。足取りはふらつくもののウィズもコジョフーもまだ立っていた。

「タフだなぁオイ!」

頭の上でエネルギーを集めるイメージを作るとすぐさまそれは現実となって直線上に飛んだ。
ウィズのサイケこうせんは狙ったところに命中するが、既にそこにはなにもいない。

「クソッ!」

短くスラングを吐く。効果抜群の技はここはなんとしても当てておきたかったが、避けるのはなにも自分だけの得意技ではないのだ。
コジョフーは助走をつけておうふくビンタを繰り出してこようとしている。

「これでも食らえ!」

突進してくる体にウィズは腰に回したバッグから先程拾ったばくれつの種を取り出して投げつける。種は相手の体にあたると同時に手榴弾のように破裂して、コジョフーの体力を一瞬で削りきった。

「はぁ…勝っ…」

勝った、と言おうとしたウィズの目に、新たに部屋へ入ってきたポケモンの姿が見えて慌てて通路へと入り込んだ。
当然相手にもそれは見えていたので追ってくる。

「うおおおこええええええ!」

後ろを見ながら走っていると前から鳴き声が聞こえてくる。ウィズの大きな耳がそう遠くないことを感じとり、にわかに表情が焦る。

「やべ、挟み撃ちだ!」

ウィズはスピードを上げると前の敵に鉢合う前にT字路へ直角に飛び込んだ。追い上げてきたズルッグが前方から来たシママにぶつかって小競り合いになっている。なんとか挟み撃ちは回避したようだ。
ウィズはほっとする。

「さて、今のうちに逃げ……」

走って逃げようとして、進行方向を見て固まった。目の前には再びコジョフーがいる。後ろからはズルッグを先頭にシママも追いかけてきている。一本道の狭い通路で逃げ場などはない。ウィズが曖昧に笑った。

「ムリ。」

ウィズが素早く上体を伏せた。
尻尾が高く持ち上げられ、そこに埋まっていた枝が覗く。振り上げられた枝の先端から光球が放たれると、目の前のコジョフーが掻き消えた。

「持っててよかったぜ、ワープの枝。」

ウィズは自分の枝が埋まった尻尾をを振り返る。

「ダンジョン内の敵をどっかに吹っ飛ばす道具だってよ。自分の周りのな。」

尻尾の先にいたポケモンにウィズはそういった。
先頭にいたズルッグの姿はない。一匹分の距離を開けて唖然とした表情のシママにひのこが放たれた。


「ふー、終わった終わった。…ったくダンジョンってのはマジで気を抜いてられねえな。ボヤッとしてたらすぐ囲まれちまう。」

5分後、五体満足のウィズが通路を歩いていた。

「通路は挟み撃ちがこえーけど枝さえあれば大丈夫そうだな。大部屋で囲まれる方がマズイ。枝使う前に死んじまうって…。」

座学では得られない体験にウィズは興奮気味に分析をしていた。
スクラップブックに追記をしながら通路を進んでいると、突然視界に違和感を見つけた。

「ん?」

土の地面が続いていたと思ったら、通路の先になにかが見える。コーラルと黄色の折り重なるそれは明らかな人工物だ。それが地面を覆っている。

「カーペット?」

近づいて踏んでみると確かな厚みのある布の感覚だ。なぜこんなものがここに、と顔を上げると、それは部屋全体に広がっていた。
スタックされた果実やふしぎだまの数々がその中央に寄せられていて、まるで露店のようだった。

「まさかここって、店か?」
「いらっしゃいませー!!」

快活な声が真横で聞こえてウィズは飛び退いた。見たことのあるような緑色の姿は、今は見たくないものだ。

「カクレオン商店か!」
「はい!全国どこでも、ダンジョンの中でもチェーン展開しております!カクレオン商店でございます!!」

にこにこと愛想のいいカクレオンはおだやか村の個体とはまた別ポケモンだろうが、万引き経験のある店に出迎えられていることに居心地の悪さを感じる。

(でも、悪いことしたとは思っても俺は…)

モモンの実を盗んだ事実を悪いことだと認識していても、盗んだときのウィズに悪気などなかった。当たり前のように盗んで逃げたと言うのに、オーガスタの顔を思い浮かべるとなぜか胸の奥がじくりと膿をつついたような痛みを訴えてくる。バレたら迷惑がかかるぞ、と言っているのだ。
それはつまり、オーガスタがいなければ自分は悪いことを悪いとすら思えない人間だったと言うことだ。
陳列された商品を見定めるふりをしながら考える。

(そうだな、そろそろ認めなきゃなんねえのかもしれねえ。俺はクズだった。そんでもって、今も。)

熱いものを飲み込むような気持ちだったが、喉元を過ぎてしまえばそれはストンと胸の内に降りてくる。認めてしまえば苦しさは少し楽になった。
自分を信じてくれるオーガスタやヨルダへの申し訳なさは今も残っている。それが唯一の救いだった。

「カクレオン、これくれ。」

ピーピーエイダーをひとつ前足で取って見せると、カクレオンは相変わらずにこにこしながら会計を済ませた。

「さて、じゃあ行くか。」

カーペットからピョンっと身軽に降りると、ウィズは通路へと戻った。
角を何度か曲がり、店が遠くに感じるほど歩いた頃、ウィズの後ろから先ほどのカクレオンの大絶叫が反響してやって来た。

「ドロボーーーーーーー!!!!」
「う、わ!?」

ダンジョンの壁に乱反射する声にウィズは耳を押さえた。第二波がすぐさまやってくる。ダンジョン内の空気がとたんに変わったように感じた。

「リンゴが無い!盗まれた!!さっきのフォッコだ!!誰か捕まえてーーー!!!」

はぁ?とウィズはすっとんきょうな声を上げた。ウィズはさっき普通に買い物をしただけだ。盗む気持ちは全く無かったし、盗んだような覚えもなかった。

「やべえ、冤罪食らうとかゴメンだ。リンゴなんて持ってねえって証明しねえと・・・!」

あわあわとリュックの中身を漁る。持ってきたリンゴはさっきの戦闘のあとに食べてしまったからあるわけがない。念のためスクラップブックと枝が差し込んであるボリュームたっぷりの尻尾に前足を突っ込んでみる。

「……あれ?」

覚えの無い手触りが肉球に触れた。
引っ張り出してみると真っ赤なつやつやとした果物が深い毛の中から顔を覗かせる。

「あれ……………あっれえええ!?」

ウィズの手にあるのはどう見てもリンゴだ。拾い物ではないことは一目瞭然の傷ひとつ無い果実。間違いなくさっき店で見たものだった。

「もしかして、無意識に…?」

そう言って思い出す。さっき自覚したばかりだと言うのにもう忘れていた。

「さっすが俺…クズだわ。」


項垂れていても、とりあえず盗んでしまったというのは事実だ。そしてカクレオンの声はフロア全体に行き渡るような声量だったから、既に追われているはずだ。

「こういうときの、あなぬけの玉!」

急いでリュックから持ってきた玉を取り出す。地面に叩きつけると割れて効果を発揮することは授業で体験していた。しかし、手はず通りに使ったはずの玉が全く作動しない。

「ど、どうなってんだ!?」

焦るウィズの耳にカクレオンの怒声が再び聞こえてくる。

「逃げられませんよおおお!逃亡防止の罠を起動してありますからね!ふしぎだまは使えませんよ!観念して出てきなさああああい!!」

声は思ったより近くなっていた。ずいぶん歩いたはずなのにもうこんなところまで近づいている。

「なんて速さだよッ!?」

ウィズは恐怖に駆られてその場を逃げ出した。階段を探して部屋を駆け抜ける。
しかし見つからない。声はどんどん近づいてくるというのに逃げ道が全く無いのだ。

「ドロボーはどこだー!」
「えっ!?」

前方からカクレオンの声が聞こえて急ブレーキをかけた。さっきまで後ろにいたはずだ。

「い、いや違う、後ろにもいる!クソッ、応援呼ばれたか!」

向きを変えて別の通路に入ろうとして、ウィズは愕然とした。
また別のカクレオンと目があったのだ。

「見つけたー!!ドロボー!!」
「嘘だろオイ!?」

とっさに杖を振るが、これも効果がないようだ。枝はたしかに作動した。使い損だ。

「待った待った、これ大部屋で囲まれるっ!」

枝も使えない、玉も効果なし。部屋で囲まれるのがよくないのは先程実感したはずだ。絶体絶命に立ち尽くすウィズの背後に、店番のカクレオンが追い付いた。

「覚悟しなさい!ドロボー!」
「ぎゃあっ!?」

言い訳を考える暇すら与えられず、カクレオンの腕が頭に振り下ろされた。技を使われたわけでもないのにとんでもない力だった。ウィズは一撃で朦朧とする。
はたりと横に倒れ薄れゆく意識の中で、ウィズの目がぼやけたダンジョンの地面と壁を映した。それが次第に揺らいでいき、変化していく。

(なんだ・・・?たてもの…?)

煉瓦作りの骨組みのある建物の間に、青い空が映っている。
建物に沿うようにうず高く積まれた袋の山にウィズはいた。今よりずっと大きな体を実感する。肌色の5本の指が視界に入る。

(俺か……?)

頭に強い衝撃を受けたせいか、知らない映像が流れ込んでくる。
鬱蒼とした建物の隙間で袋に埋もれて青空を見ている。そんな記憶はウィズにはない。映像に、ひらりと白く長細いものが映り込んだ。

(あれは…)

それを機に、映像の端が徐々に暗く狭まってくる。ブラックアウト寸前の兆候に、ウィズは慌ててその白いものをつかもうと五本の細い指を伸ばした。
否、正しくは記憶の中の自分も今の意志と同じように動いたのだ。

(待ってくれ、俺は、俺はどうすればいい…?こんなところでどうやって……)

まるで白いものがなにかを自分に与えてくれると思っているかのように、ウィズは懸命に手を伸ばした。届かない、体が動かない。
まるで母親に見捨てられそうになっている子供のような気持ちだった。
世界が暗転していく。ふわふわと揺れる白い尾は今一度振り子のように揺れた。


(行かないでくれよ…………ミィ)

その言葉の意味も理解しないまま、ウィズの意識は暗闇へと落ちていった。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想