閑話 闇の中で・そのいち

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

ふわふわとした感覚が、全身を包んでいた。寒くもなく、暑くもなく、何とも言えない空気が心地よい。
 私は目を覚ます。何も無い空間、何処までも続く闇。

無音。

「……来たか」

 静かで、透明感のあるテノールが響いた。私は声の主を探してゆっくりと周囲を見渡す。
 ちょうど5・6歩離れた所に、私よりもずっと背の高い青年が腕組みをして立っていた。キリと同じ金髪だが、全く焼けていないために現実感が無い色をしている。何処までも澄み切った金色の短髪に、鋭い細めの真っ赤な瞳。長い黒の細布を額に巻き、残りの布を背中に垂らしていた。

「黒と黄色好きなんですか?」

 青年の服は、黒と黄色の二色しか使われていない。どんだけ好きなんだ。

「あんたのイメージ上、こうなっただけだ。別に好きという訳ではない」

 青年は淡々と答えた。私は首を傾げて青年に尋ねる。

「イメージ、ですか?」
「敬語は使わなくていい。あんたが俺に敬語を使うと、違和感がある」

 青年はそういうと、無表情のまま私の右腕を取って歩き始めた。

「……」
「ちょ、ちょっと!何処に行くんですか!貴方は誰!?」

 歩幅の違いで転びそうになりながら叫ぶように問いかけると、青年は足を止めて肩越しに振り返った。静かな迫力のある青年の視線に、冷や汗が流れる。

「使うなと、言ったはずだが」
「え、あ、はい。……じゃなくて、うん」

 それだけ言うと、また容赦のない歩幅で私を半ば引きずって歩く。話しかけづらい雰囲気に気を重くしながらついて行くと、白い塊が見えてきた。青年はその塊の前で立ち止まると、私の腕を離してその場に正座する。

「座れ」

 大人しく向かいに座って、私は訝しげに白い塊をしげしげと眺める。
 いや、白い塊と言うより、これは————

「何故布団がここに……」

 ふかふかの白いシーツが眩しい、既に何かが包まっている布団だった。

「あるんだから、仕方ないだろう」

 あいも変わらず淡々としている青年を横目に、布団をつんつんとつついてみる。つつくごとにビクンビクンといい反応が返ってきたが、何だか可哀想になって布団をやめた。
 申し訳なく思って謝罪しながら布団のふくらみを撫でる。

「突いてごめんね」

 すると布団の端から手が!

「うおおおおおおおおぅッ!?」

 あ、引っ込んだ。

「手?手が出た……なかに入ってるのは人なのか!?」

 びっくりして悲鳴を上げるとすぐに引っ込んだが、中に入ってるのが人である事は間違いないだろう。現に青年も、うろたえる私に向かって頷いた。

「人だ。もう一度撫でてみるといい」

 言われた通りにぷるぷるしている塊を撫でる。私もだいぶ驚いたが、むこうさんも驚いた事だろう。精一杯の慈愛の精神を込めて撫で続けると、震えが収まって、今度はおずおずと言った感じで手が布団の端から出てきた。

 その手をがしっと即座に握る青年。

「ふ……ッ!」
「っ!?わあああああああああああああっ!!」

 気合い一発、悲鳴を上げる少年を布団から一本釣り。

 少年が釣り上がると、青年はすぐに手を離した。手の離された少年は高速で布団の中に帰っていく。布団は今までとは比べ物にならない程ガタガタと震えていた。
 唖然としている私と、何事も無かったかのように姿勢を正す青年。

「人だっただろう」
「君何してんのぉぉぉぉぉっ!?」

 私は目にもとまらぬ速度で青年にツッコミを入れた。青年は「訳が分らない」と言った顔で不満げに私を見る。

「実際に見た方が話が早い」
「いや確かにそうだけどっ!物には順序と言うものがあるよね!?」

 数秒見えた少年は、チャックのついた真っ青なローブを着て、フードを目深にかぶっていた。でか過ぎるフードのせいで顔は見えなかったが、背丈は私とそんなに変わらなかった様に思える。

「ひきもって出てこないんだ。待っていたら何年かかるか分かった物じゃない」
「傷が!心に深い傷が!!」

 ひきこもりを一本釣りするなんて、なんて恐ろしい事をしでかしてくれたんだこの男は!今のでこれからのひきこもり期間が延長された気がするよ!!
 同じひきこもりを抱える身として他人事とは思えず、私が少年の行く末を案じて涙を流していると青年が声をかけてきた。

「おい、あんた」
「あんたじゃないよ。ユズルだよ」
「……ユズル、あんたをここに呼んだのは、言っておきたい事があるからだ」

 ムッとして訂正すると、青年は言い直して鋭い眼差しで私を貫いた。

「呼んだって……ここはどこなの?」
「あんたの夢の中だ」
「夢?」

 私は脳裏に閃いた可能性に、ゴキブリも真っ青な速度で後退りする。

「まさかユーレイ!?君幽霊なの!?」
「近いが幽霊ではない。帰ってこい」

 ホッと胸を撫で下ろして、ずるずると戻る。幽霊では無いってことは、何故夢に出てくる事が出来るのだろう。

「……あんたも色々聞きたい事があるだろうが、時間が無い。次にいつこうやって話す事が出来るかも分からない」

 私の疑問を感じ取ったようで、青年が先回りして言った。私はその言葉に慌てて青年に飛びついた。しかし青年の身体と布団は、段々と深くなっていく闇に溶けるように消えていく。

「待って待って!まだ聞きたい事がいっぱいあるんだよ!」

 ここが夢の中である事は分かった。しかし何のために私に会いに来たのか、この二人が誰なのか、何故夢に現れる事が出来るのか、全然分かっていないし、私はこの二人の名前すら聞いてない。

「よく聞け、ユズル」

 真剣な顔で私を見つめる青年に、神妙な顔で頷く。静かに言葉の先を待った。

「この先何があろうとも、旅を続けてくれ。頼む」
「言われなくても続けるよ!」

 私が間髪いれずに応えると、青年はそこで初めて私に微笑みかけた。その身体が薄くなっていくとともに、私の目蓋も重くなっていく。その重さに必死で抗いながら意識を保っていると、青年は最後にこう言った。


「俺の名前はコーヒープリン。あんたから貰った名前だ」



 …………は?

 何だか色々と台無しにしてしまったような気がしながらも、私の意識は闇に沈んでいくのだった。





To be continue......?




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