第5話 ニビシティ・後編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「これより、特別試合、ニビジムジムリーダー・タケシVS挑戦者ユズルの試合を開始します」

 私の目の前には不敵な笑みを浮かべて、屈強な男性が立っている。皮のズボンに上半身は裸。イワークがその後ろではとぐろを巻いてユラユラとこちらを見下ろしている。トレーナーと同じように、その顔は自信に満ちているように見えた。
 彼こそは、ニビジムジムリーダー・タケシである。何故上半身裸なのかは知らないが、青年なはずなのに胸毛もワキ毛も無くツルツルした身体つきなのは何故だ。どう言った無駄毛処理法を行っているのだろうか。

「使用ポケモンは二体の入れ替え戦。ただし、一体でも戦闘不能になった場合そこで戦闘不能にした方の勝ちとします」

 ここ、ニビジムの会場には熱気が集中している。そして敵意も集中している。私にだ。
 バトルに参加してなかった観客は期待と困惑が入り混じった表情を見せている。そして予選を通過できなかった挑戦者たちやニビジムの精鋭たち2/3くらいはいかにも「気に入らない」といった不満をこれでもかと露わにしていて、残りは面白そうな顔をしていた。

 しかしそんな視線を気にしてはいられない。ズルかろうが何だろうが、私は切羽詰まっているんだ。主に追手という意味で。

「試合、開始!」

 審判の旗が始まりを告げ、イワークとコーヒープリンがお互いに動き出した————





「ジムの開放日?今日やけど」
「はぁっ!?」

 のほほんと重大な事を言ってのけたカスムに、心身ともにすっかり回復した私はカスムにものすごい勢いで詰め寄る。

「え、ちょ、いつから!?もう始まってるんじゃ……!」
「ほれ」

 カスムは一枚の紙を私の目の前に突きだした。

『来たれ挑戦者!
ニビシティジムリーダー・タケシが受けて立つ!!
ジム開放日程
◆日時:×月21日 12時〜14時受付で予選を行います。
◆参加資格:腕に自信のあるトレーナーだったら誰でも歓迎します。
ニビシティジムの場所は……』

 部屋の時計とカレンダーを泣きそうな顔で睨みつける。

“×月21日 15時03分”

「もう予選終わっとるんちゃうか?」
「まだ間に合うまだ間に合う!まだ間に合うっ!!」

 ジョーイさんに心配されてポケモンセンターに泊まれたのが幸いした。ポケモンセンターは重症のトレーナーとポケモンがでた時のため、一応トレーナーも泊れる部屋がある。ポケモンセンターは基本的にジムからもそう離れていないので走れば間に合うはずだ。
 私が慌ててコーヒープリンとメロンパンの入ったモンスターボールを掴んで部屋を飛び出そうとすると、カスムがコーヒーを飲みながらポニーテールを引っ張った。

「痛い痛い痛い!なんで髪ばっかり引っ張るの!」
「そりゃ掴みやすい位置でぴょこぴょこ動いとるからやないの?」
「はーなーしーてーっ!私には今すぐジムに飛び込むという使命があるの!!」
「その前にちゃんと昼飯全部食いや。残したらアカン」

 もっともなので私は席に着き直してだいぶ遅い昼食をかっこんだ。口をご飯でいっぱいにしながらカスムに目で抗議する。カスムは肩を竦めて見せた。

「あんなに気持ちよさそうな顔で寝てたら、起こす気なんてわかへんよ。全身切り傷だらけでだいぶ疲れ取ったみたいやしな」

 それはそうなんだけど、今はその心使いが仇となっている。いや頭の良いカスムの事だから、私がジム戦をするつもりである事くらい、予想は出来ていたのではないか?
 疑うようにジト目でカスムを見詰めると、カスムは笑顔でのたまった。

「ま、黙っといてギリギリで起こした方が面白そうってのもあるんやけど」

 やっぱりかこの野郎ォォォォォッ!!

 私は昼食をお茶で胃に押し流すと、今度こそモンスターボールを引っ掴んで部屋を飛び出した。ポケモンセンターを出て、ニビジムへと走る。
 ニビシティはだいぶ復興が進んでいるようで、ほぼ元の街並みへと戻りつつあった。四天王事件直後の半年かそこらはどのジムもジム戦どころではなかったが、ちょうどキリやカスムが旅だった頃合いからジムを再開し始めている。
 町の住民は観戦に行っているのか疎らになっていて、私は地図を握りしめてニビジムへと急ぐ。

“GYM ニビシティジム”

 入り口の文字を横目で確認してジム内部へと続く道を走り抜けた。熱気のこもった空気と落胆を含んだ観客の声。アナウンスが途切れ途切れに聞こえてくる。

『————では、今回の————戦権を得たものは無し————終了しま————』
「待ったーッ!!」

 通路を抜けきったところで声を張り上げて叫んだ。観客やアナウンサー、ジムの人間の視線が私に突き刺さった。たじ、と後ずさりしかけたが、勇気を振り絞って名乗りを上げる。

「マサラタウンのユズルです!ジムリーダー・タケシに挑戦しに来ました!!」
「マサラタウン?」

 私の言葉に、タケシさんが眉をピクリと動かした。

「まさか、トキワの森を抜けてきた訳じゃないだろうな?」
「え?抜けてきましたけど……」
「何!?」

 タケシさんが信じられないと言った顔で開眼した。観客たちは「タケシさんが開眼したぞ!」「本当だ!開眼だ!!」とざわめく。

「トキワの森は、少し前に誰かがウツボットやウツドンを大量に離したから危険な状態なんだぞ!?何を考えてるんだ!」
「え?うそ!?そんなの初耳だよ!なんか変だなーとは思ってたけど誰がそんな余計な事をしたんだ!!おかげで死ぬかと思ったよ!!」
「よく生きてこられたな……しかし予選は終わっている。次の機会にしてくれ」

 タケシさんが残念そうに告げたが、ここで引き下がるわけにはいかない。私は90度に頭を勢い良く下げてお願いした。

「お願いします!戦ってください!!時間がないんです!!」

 いつキリがニビにやって来るか分からない。カスムはあの通りだし、かばってくれるか怪しいところだ。ジムバッジを手にするくらいしかキリに認めさせる方法が、私には考えつかなかった。

 ぶっちゃけあんな逃げかたしたから次に会うのが怖いんだよ!

「……そこらじゅう傷だらけのところをみると、本当にトキワの森を抜けてきたようだな」
「嘘ついてどうするんですか。おかげで一着雑巾にしなくちゃいけなくなったんですよ」

 タケシさんは口元に手を当てて数秒黙考すると、ニヤリと笑ってみせた。

「面白い。条件次第では、予選なしで俺が相手してやるぞ!」

 タケシさんはそういうと、ジムリーダー控えの席の窓を開け、モンスターボールをリングに投げる。モンスターボールは空中で軽やかな音を立てて開き、イワークが巨体をくねらせながら飛び出した。

「お前が勝ったら望み通りグレーバッジをくれてやろう」
「そ、それはずるくないか!?」
「そうだ!予選もやらずになんてずるいぞ!!」

 タケシさんがひらりとイワークの頭に飛び移ると、イワークは頭をリングにつけて、タケシさんを下ろした。私も道を開けた観衆の間を走ってリングへとよじ登る。
 タケシさんは文句を言ったトレーナーたちに開眼したまま問いかけた。

「ならお前たちの中に、今のトキワの森をくぐり抜けてくる度胸のある奴はいるか?」

 彼等からの返答は沈黙だった。タケシさんは満足そうに静かになったトレーナーたちを見渡すと、リングに上がった私に視線を戻す。

「ただし、負けたらウツボットとウツドンの捕獲を手伝ってもらうからな!」
「ええええええええええええええっ!?」

 脳裏に蘇るあの恐怖。

『ギョエエエエエエエエッ!』
『キョエエエエエエエエッ!!』

 私は真っ青になってモンスターボールをきつく持ち直す。

「ま……負けられない……ッ!!」
「? まぁいい。ポケモンを出せ」

 タケシさんに促されてポケモンを投げた。メロンパンはひきこもってるから、出すのはコーヒープリンだ。

「リン!出番だよ!!」

 同じように軽やかな音を立ててコーヒープリンがリング上に現れる。両手の針を光らせて、表情の読めない赤い複眼がイワークを見据えた。

「スピッ!」
「ほう、スピアーか。相性は特に問題ないようだが……そう簡単には勝てると思うなよ!」

 確かに、相性で言えばメロンパンを出した方がよい事くらいわかる。けどこの衆人環視の中で、ただでさえひきこもりなメロンパンがまともに戦えるとは思えない。
 
「これより、特別試合、ニビジムジムリーダー・タケシVS挑戦者ユズルの試合を開始します」

 審判員が宣言する。緊張が高まった。

「使用ポケモンは二体の入れ替え戦。ただし一体でも戦闘不能になった場合、そこで戦闘不能にした方の勝ちとします」

 ルール上メロンパンも使えるが、トキワで久しぶりに活躍してくれたメロンパンをあまり無理させたくはない。できるだけここはコーヒープリンで決めないと。

「試合、開始!」

 審判の旗が始まりを告げ、イワークとリンがお互いに動き出した。

「まずは小手調べ。イワーク、いわとばしだ!」

 イワークが口から大小様々な大きさの岩をコーヒープリンに向かって飛ばす。私はコーヒープリンに向かって指示を飛ばした。

「避けてリン!」

 コーヒープリンは岩を最小限の動きでよけながら隙を窺う。流石スピアーだけあって素早い。コーヒープリンとアイコンタクトを交わしながら、拳を握りしめた。

「どくばり!」

 コーヒープリンの右針から針が3本発射される。高速で飛来する銀色の凶器は、的確にイワークの頭を狙ったが、硬い岩肌を通る事が出来ず、高い音を立てて跳ね返されてしまった。

「何!?」
「無駄だ。俺のイワークに、生半可な攻撃は効かないぞ!」

 イワークは全くダメージを受けた様子がなく、そのままギラギラとした目でコーヒープリンを睨みつけた。タケシさんがコーヒープリンを指でさして叫ぶ。

「ロケットずつき!」
「いとをはく!」

 コーヒープリンはロケットずつきをくらって、コーヒープリンがリング上に叩きつけられる。大きな音を立ててコーヒープリンは仰向けに倒れたが、瀕死にはならなかったらしくよろよろと浮かび上がった。

「あの距離で僅かに直撃を免れたか。さすがに————」
「ゴ、ゴ……ゴォォォォォッ!!」
「どうしたんだイワーク!?」

 余裕綽々のタケシさんだったが、イワークの様子が変だと気がついて戸惑った。私はその間にコーヒープリンに駆け寄って抱き上げる。

「ありがとう、リン。休んでてね」

 モンスターボールの真ん中から赤い光が出てコーヒープリンを包み込み、モンスターボールへと戻っていく。メロンパンの入ったモンスターボールに持ち替えて、私はぐっとイワークを見上げた。

「まさかさっきの“いとをはく”は……ッ!」
「メロ、お願い」

 タケシさんの焦った問いかけに答えず、私はメロンパンを出した。メロンパンはやはりからにこもったまま出てこない。人の気配が多すぎて、出るに出られないのだろう。

 メロンパンのためにも、コーヒープリンの為にも、この一戦で決める必要があった。
けどこの様子では、戦闘すらできそうにない。

「ゴォッ!オオオオオオッ!」
「メロンパンッ!」

 暴れるイワークの尾が当たり、メロンパンが吹っ飛んだ。私は飛び込んでメロンパンを抱きとめる。すさまじいパワーに、抱きとめた後リング上をすべって、受け止めた服に焦げ跡を残して止まった。
 メロンパンにダメージはなかったものの、どうすれば勝てるのか————

 ん?待てよ、回転?

「……これだ!」

 ピンときた私は、目に張りついた白い糸が取れかけているイワークに向かって、思いっきりメロンパンをブン投げた。メロンパンは高速で回転しながらイワークに向かっていく。

 すべてがスローモーションのように感じられた。予想外の行動にざわめく観衆、驚愕に目を見開くタケシさん、空中を滑らかなカーブを描きながら滑空していくメロンパン。

「な!?」

 タケシさんの声も、観衆の声も、もう私には聞こえていない。ただまっすぐに、魂の底から声を張り上げる。

 ————負けられない。私達は、立ち止まってなんていられないんだ!

「いっけぇぇぇぇぇっ!!スピンアタァァック!!」

 岩と甲羅がぶつかり合い、衝撃音がジム中に響き渡る。

 私の思いに同調するかのように、イワークの顎に小気味よくストライクしたメロンパン。衝突後は落下を始めたが、あの高さくらいだったらメロンパンの甲羅はびくともしないから大丈夫だ。

「オ……オォォ……」

 観客も、タケシさんも、そして私も無言で見守る中、イワークがユラユラとその巨体を左右に揺らす。ここにいるすべての人間がバトルの結末を待っていた。

「オォ……ン…………」
「イワーク!」

 イワークは揺れが大きくなっていったかと思うと、タケシさんが悲痛な叫びをあげる。同時にイワークは目を回して倒れてしまった。重い地響きとともに私の体も短く揺れ、かすれた声が喉の奥から無意識に飛び出した。

「か……った……?」

 私でさえも信じられない思い出イワークとタケシさんを交互に見やった。審判員がイワークを5秒ほど見詰めていたかと思うと、サッと私の手を取って宣言する。

「勝者、マサラタウンのユズル!」


 ————オオオオオオオオオオッ!!


 一瞬の静けさの後、大歓声がジムを震わせた。





 まだ勝った事が信じられず、回復を待っている間ポケモンセンターの部屋でぼうっとしていると、カスムが部屋の扉を誰かがノックした。

「入るで」

 了承を得る前に部屋に上がり込み、向かいの椅子に腰かけるカスム。楽しそうに私に話しかけてきた。

「ジムバッジゲットおめでとーな。最後のは狙ってやったん?」

 私はグレーバッジを見て、ニヤニヤしながら答えた。

「うん、だいたいあの角度から当てれば脳震盪起こして気絶するだろーなーと」
「とんでもない事思いつくなぁ。それに“こうそくスピン”なんてよく知っとったね」

 カスムがしきりに感心したように頷くので、私は眉を寄せて問い返した。

「“こうそくスピン”? 何それ」
「……知らへんやったのかーいっ!」
「あてっ!」

 カスムが思いっきり私の頭にチョップをする。
 こうそくスピンなんて技初めて聞いたんだから仕方ないじゃないか。何故私がチョップをされなければならないんだ。
 カスムは頭をさすっている私に対して、“こうそくスピン”とやらの説明を始めた。

「ええか?こうそくスピンはジョウトではポピュラーな技やけど、カントーではあんまり知られてないねん。審判のおっちゃんもちゃんとした技やからOKだしてくれたんや」
「へー、そんな技あったのか」
「反応薄ッ!……と、そういえばキリを見かけたで」
「何ッ!?」
「お、ええ反応」

 のんびりとしているカスムを尻目に、私は急いで鞄に出したものを詰め、メロンパンとコーヒープリンの入ったモンスターボールを腰につけた。忘れ物がないか確認すると、一刻も早くニビシティから脱出すべく、部屋を飛び出していく。

「待ちぃや」
「ぐえっ」

 飛び出そうとしたが、カスムが服の襟を掴んで引きとめた。首が!息がッ!!

「そのままハナダ目指しても、すぐ見つかるやろが。別のルート行ったらどや」
「けほっ、……別ルート?」

 私が立ち止まってカスムを肩越しに振り返ると、カスムは襟を離して片目をつぶって見せた。


「そや。トキワからクチバを繋ぐ、ディグダの穴のことやねん」




To be continue......?




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