第8話 怒りの眼

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「ラティ、竜の波動!」
「オノノクス、地震だ!!」

 メガシンカしたラティアスが一回り大きくなった銀色の波動を放つ。オノノクスは大地を揺らすと、自分の前の地面を大きく隆起させ壁にした。波動がぶつかり大地が砕けるが、オノノクスにダメージはない。

「地震をそんな風に使うなんて……」
「ふん、驚くのはまだ早い!オノノクス、もう一度地震だ!!」
「ラティ、上に逃げて!」
「甘い!!」

 オノノクスが勢いよく四股を踏むと、ラティアスの真下から岩が高速で噴き出す。地面の揺れのベクトルを調整し、大地に眠る岩を跳ね飛ばしたのだ。不意の一撃に岩を避けられず、ラティアスに命中する。

「オノノクスの特性は『型破り』。この特性によって私のオノノクスは相手の特性によって技を無効にされない!!」
「だったら……ラティ、影分身!」
「ドラゴンクロ―だ、オノノクス!!」

 相手が爪を振るう前に、光の屈折率を変えて自分の分身を数多作り出すメガラティアス。それに惑わされてオノノクスは攻撃を外した。

「回避率をあげるか……ならば仕方ない。オノノクス、ハサミギロチン!!」
「ッ!逃げて、ラティ!」

 オノノクスの顎の横についた刃が、丸鋸のように振るわれる。それはジェムとラティアスに強烈な『死』のイメージをもたらした。直観的にラティアスを下がらせる。

――その刃は確実に一瞬前までメガラティアスがいた場所を切断した。もし下がっていなければ、ラティアスの体は引き裂かれていただろう。

「回避、命中率の変化を無視できるとはいえ、やはり簡単には当たらんな。だが次は――」
「……ハサミギロチンはノーマルタイプの技。なら……出てきて、ペタペタ!」

 メガラティアスを下げ、ジュペッタを繰り出すジェム。

「一撃必殺を恐れたか。オノノクス、ドラゴンクロ―!!」
「ペタペタ、鬼火!」

 オノノクスが近づいてくるのに対しカウンターの要領で鬼火を当てる。だが、オノノクスの猛攻は止まらない。両腕の爪でジュペッタの体を引き裂きにかかる。

「そのままやってしまえ!!」
「ペタペタ、こっちもシャドークローで対抗よ!」

 竜の爪を自身の漆黒の爪で受け止めるジュペッタに、一定のステップを踏みながら攻撃するオノノクス。その動きは次の技へと繋がっていた。

「オノノクス、竜の舞からドラゴンクロ―だ!!」
「ゴーストダイブで逃げて!」

 攻撃力と素早さを上げる舞を踊り、更に攻撃しようとする。それをジュペッタは影に隠れることで回避した。攻撃を躱されたドラコが舌打ちする。

「さっきからこそこそと姑息に逃げ回ってばかり……お前、私を舐めているのか!!」
「……そんなつもりじゃない、私はただ……自分のポケモンを傷つけたくないだけ」
「……やはり所詮は臆病者か。ならば容赦なく叩き潰してやる!!オノノクス、剣の舞!!」
「ペタペタ、出てきて!」

 ジュペッタが影から這い出て攻撃を仕掛ける。オノノクスはそれに反撃せず受け止め、攻撃力を大きく上昇させる舞を踊った。そして。


「この技を受け果てるがいい!激震のダブルクライシス!!」


 オノノクスが地震で地面を大きく揺らす。ジュペッタの体勢を崩したところに顎についた刃を二連続で振るう『ダブルチョップ』がジュペッタの体を紙屑のように引き裂いた。

「ペタペタ、下がって……」
「さあ、次のポケモンを出すがいい。それとも……ギブアップするか?臆病者」

 ドラコの目が身長差も相まって小動物を見る巨竜のようにジェムを見下す。その目に怯みながらも、ジェムはまだ諦めることを――父の名誉に泥を塗ることをよしとは出来なかった。

「……行くよ、ミラ!」
「ヤミラミ……やはりハサミギロチンを恐れているのか」

 図星だった。だがここで折れるわけにはいかない。壊れかけた矜持を胸に、ジェムは戦う。

「だがそんな小さなヤミラミ如き、一撃で沈めてくれる!オノノクス、ドラゴンクロ―!!」
「ミラ、見切り!」

 大きく振るわれる爪を見切って躱す。懐に潜り込んだこの隙を好機と、ジェムは指示を出す。

「ミラ、『おしおき』よ!」
「!!」

 相手の能力値が上がれば上がるほど威力が増す一撃を、オノノクスの胴にぶち当てる。オノノクスの体が勢いよく吹き飛び、地面に倒れた。

「……小さいからって甘く見ないで」
「このまま全タテしてやろうと思ったが……こうでなくてはつまらん。出てこいカイリュー!!」

 オノノクスに代わり現れたのは寸胴な巨体を持つ竜、カイリューだ。やはりドラゴン使いなのね、とジェムは思う。

「ミラ、爪とぎ!」
「カイリュー、電磁波!!そして天空へ舞い上がれ!!」

 カイリューの尾から見えない電気が放たれ、ヤミラミの体を痺れさせる。ドラコはすぅ、と息を吸い込み勢いよく喝を入れるように発声した。カイリューの体が姿すら見えなくなるほどの遥か天空へと飛翔し、空に暴風が吹き荒れ始める。


「食らえ!旋風のメテオダイブバースト!!」


 カイリューのが大きく羽を震わせるとその巨体が風を纏い、一つの流星となってヤミラミに突撃する――!

「ミラ、見切り!」
「その程度で私の必殺技を止められるものか!!」

 ヤミラミが突っ込んでくるカイリューの動きを見切ろうとする。だが、麻痺した体で逃れるのには相手の攻撃はあまりに速かった。フロンティア中に響くのではないかというほどの衝撃がヤミラミの体を押しつぶした。

「……ゆっくり休んで、ミラ。出てきてラティ!」
「最初のラティアスか……いくぞ、電磁波!!」
「させない、サイコシフト!」
「なにっ!?」

 カイリューが電磁波でラティアスの体を痺れさせようとするが、その前に特殊な念力で電気を跳ね返し、逆にカイリューの体を痺れさせる。ドラコが歯噛みした。

「状態異常を跳ね返したか……なら攻め倒すまで、ドラゴンダイブ!!」
「竜の波動よ!」

 カイリューが再び天空へ舞い上がろうとするが、速度が乗る前のカイリューのスピードは麻痺していることもありそう速くはない。振り切られる前に銀色の波動がカイリューの体を撃つ。同じドラゴンタイプ同士、弱点を突く一撃は大きなダメージを与えるかに思われたが。

「……特性『マルチスケイル』の効果で、ダメージを受けていないとき相手から受けるダメージは半減される」
「ラティ、自己再生で次に備えて」
「影分身にサイコシフト、そして自己再生か。……随分と臆病なことだ。戻れカイリュー。そして出てこいチルタリス」

 もこもことした綿のような羽毛に包まれた蒼い竜、チルタリスが現れる。普通のチルタリスは一見鳥のようにも見える愛くるしさがあるが、ドラコの従えるそれは目つきも鋭く正しく竜の威圧感を放っている。

「……自分のポケモンが傷つかないようにするのが悪いことなの?」
「はき違えるな。お前の戦術はそんな大層なものではない。ただ敗北と、自分の傷を抉ることに怯えているだけだ。……その程度の敵に私は負けん!チルタリス、ゴッドバード!!」
「私は、そんなつもりじゃ……ラティ、影分身!」
「無駄だ、この瞬間パワフルハーブの効力が発揮される!!」

 その言葉通り、チルタリスは一切のノーモーションから神速を得てメガラティアスが何かする前に体を突っ込ませた。先のカイリューとは違う初動の速さに意表を突かれる。

「く……ラティ、竜の波動!」
「チルタリス、チャームボイス!!」

 チルタリスに体を抑え込まれながらもメガラティアスは竜の力を込めた波動を放つ。相手は相討ち上等と言わんばかりに特殊な音波を放って攻撃してきた。波動と音波がお互いに直撃し、メガラティアスは倒れる。チルタリスも大きなダメージを受けたが、ばたばたと羽毛の羽根を広げて戦意を見せた。
倒れたラティアスに駆け寄り、膝をついて体をさする。その様をドラコは蔑むように見下している。

「ラティ!しっかりして……お願い……」
「そいつにもう立ち上がる力はない。泣き言を言っていないで次を出せ」
「私は……私は……」
「ふん、戦意を喪失したか?ならば臆病者らしくこの地から消え去り、二度とバトルの表舞台に立つな。そして……私が貴様ら親子に引導を渡してやる。貴様の親は戦う意思すらないものを平然とこの地に送り出す下郎だとな!!」

 ドラコは本気でジェムに、否チャンピオンに失望している。……その態度が、ジェムには許せなかった。

「私のことをどう思おうと好きにすればいい……でも、お父様を……悪く言うな!!」
「くだらん。事実を言って何が悪い」
「許さない……絶対に許さないんだから!」

 ジェムの片方の赤い瞳が、熱を持ったように爛々と輝く。その時だった。ジェムの手持ちの一つが輝き、光に包まれる。怒りに燃えるまま、ジェムはそのポケモンを出した。

「出てきて、クー!」

 クチートの大角が、メガシンカしたことにより二つに分かれる。より大きく、禍々しく歪んだ角が開き、相手を威嚇した。
 
「二体目のメガシンカか。いいだろう。全て叩き潰してやる!!」
「これ以上好き勝手言わせない……行くよ、噛み砕く!」
「コットンガードで受け止めろ!」

 挑みかかるクチートにチルタリスは自身の羽毛を膨らませ衝撃を吸収する壁を作る。かぶりつくメガクチートの両顎に――霜が降りた。一気に冷え、極寒の冷気が柔らかい羽毛を凍り付かせ、粉々に粉砕した。そしてもう片方の顎が、チルタリスの蒼い体に食らいつく。チルタリスは大きく悲鳴を上げて倒れた。

「氷の牙か……下がれチルタリス」

 倒れたチルタリスをボールに戻し、次のポケモンを出す。出てきたのは、緑色の体に妖精のような羽を生やした竜、フライゴンだ。

「噛み砕く!」
「易々と近づけると思うな、地震だフライゴン!!」

 フライゴンが大きく地面を揺らし、メガクチートの足が止まる。だが、両顎には膨大な冷気が溜まっていく。それを光線のように打ち出した。直接攻撃を警戒していたフライゴンには、避けきれない。

「なっ……冷凍ビームだと?」
「許さない……あなたのポケモンは、全てこの子が噛み砕く!!」

 羽が凍り付き、地面に降りたフライゴンをクチートの両顎で噛みつく。その力はすさまじく、フライゴンの巨体を回転させて捻りつぶした。フライゴンが動かなくなってなお、ジェムとメガクチートは相手を傷つけようとしている。紅い瞳が完全に怒りに支配されていた。

(こいつ、さっきまでの怯えたバトルとはまるで別人だ)

 そう確信し、ドラコは初めてこの戦いで笑みを浮かべた。

「だが……そうでなくてはつまらない。私も本気でやってやる。出てこい、リザードン!!」

 言わずと知れた赤き翼竜、リザードンを繰り出す。さらに、その体を蒼い光が包む。


「誇り高き竜よ。蒼き血統を受け継ぐ翼翻し。栄光の道を突き進め!!メガシンカ、Xチェンジ!!飛翔せよメガリザードン!!」


 リザードンの体が蒼と黒を基調とした色に染まり、口からも蒼い炎が漏れている。その威容を見てもジェムは全くひるむ様子を見せない。

「まずは挨拶代りだ。火炎放射を受け取れ!!」
「アイアンヘッド!」

 メガリザードンが蒼い炎を吐く。一直線に飛んでくるそれを、メガクチートは二つの顎を大きく振るってはじき飛ばした。
 
「続いて煉獄!!」
「ミストフィールドよ!」

 更なる業火を放つメガリザードンに対し、クチートは妖精の霧を漂わせて炎を軽減する。『煉獄』には命中した相手を強制的に火傷にする効果があるが、発動しない。

「面白い……ならば私とリザードンの必殺技で決着をつけてやる!!」
「……クー、鉄壁!!」

 メガリザードンの体全体が蒼い焔に包まれる。メガクチートがいつでも大顎を振るえるように警戒しつつ守りを固めた。


「気高き竜の牙にかかって最期を遂げられる事、光栄に思うがいい。蒼炎のアブソリュートドライブ!!」
「クー、『じゃれつく』!」


 フレアドライブとドラゴンクロ―を組み合わせた猛火の爪と、怒りに燃える黒き大顎が正面から激突する。相性は炎と鋼、ドラゴン、フェアリーで実質互角。数秒に渡る拮抗の末――お互いの体が吹き飛んだ。

「クー!」
「リザードン!!」

 お互いがよろけながら立ち上がる。先に相手に挑みかかったのは、ジェムのメガクチートだ。

「火炎放射だ!!」
「突っ込んで、クー!」

 メガリザードンが吐く炎の中に躊躇なく潜り込み、ミストフィールドと自身の大顎で守りながら肉薄し、噛みつく!

「……戻れ、リザードン」

 大顎に噛みつかれ、リザードンは戦闘不能になった。ドラコがふう、と息をつく。満身創痍ながらも今だ戦意を見せるメガクチートを見て、呟いた。

「……いいだろう、撤回してやる」
「え……?」

 ドラコの身体から戦意が消え、ジェムに近づいてくる。自らの右腕をジェムに差し出した。無警戒な態度に怒りから我に帰るジェム。

「お前とお前の父親への非礼は詫びよう。私の竜たちと互角に戦った実力、認めてやる。さすが王者の娘だとな」
「……本当に?」
「ああ、今回は負けを認めてやる。この私が認めるんだ。誇りに思うがいい」
「でも、私我を忘れてて」
「知ったことか。この地では、いやポケモンバトルでは戦いの結果だけが全てだ」
「……ありがとう」

 ジェムはおずおずと手を伸ばす。ドラコはその腕を半ば強引に握り、握手を交わした。ただし、とドラコは挑戦的な笑みを浮かべて。


「私が認めた以上、許可なく無様な戦いをすることは許さん。だから――怯むな!!誰が相手でも、どんな状況でもだ!!」


 ぽかんとするジェム。しかしすぐ後にこれはドラコなりの叱咤激励だと気づいた。ジェムは笑顔で礼を言う。なんだか久しぶりに笑えた気がした。

「ありがとう。でももう少し、優しい言い方をしてくれてもいいと思うわ」
「ふん、くだらん。上っ面の優しさに何の意味がある」

 バッサリとした物言いだが、そこに棘はなかった。

「では私はポケモンを回復させてくる。……また戦う時を楽しみにしているぞ。ジェム・クオール」

 ドラコはボーマンダを出し、その場から飛び去る。ジェムはそれを見届けていると、何もしていないのに疲れた様子でダイバが話しかけてくる。

「……終わった?」
「ええ、それと……やっぱり約束は守るわ。ちゃんと私、戦う」
「……はあ。わかったよ」
「……?なんで残念そうなの?」
「なんでもないよ」

 ため息をつくダイバに首を傾げる。ダイバとしてはむしろ心が折れていた都合が良かったので、落胆していた。それには気づかず、ジェムは砕けかけた心を持ちなおし、次のバトルへと向かう――宝石は削られ研磨されて輝きを増すように、その瞳には活力が宿っていた。

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