第6話 所有権争い

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部屋のドアが破壊され轟音が鳴り響く。アマノが忌々しげに振り返ると、そこにはダイバがメタグロスを連れて立っていた。薄っぺらな笑顔を取りつくろってアマノが口を開く。

「何の用ですか、少年?せめて人の部屋にはいるときはドアを開けて入るという最低限のマナーは守っていただきたいですね」

ジェムはまだ催眠術の効果が解けておらず、ぼんやりしたままだ。それだけカラマネロとアマノのかけた催眠術は深い。ダイバはそれを見て小さく舌打ちした。

「手間かけさせるな……その子、返してもらうよ」
「残念ですがこの子はあなたのものではありません。既にこの子は、私といることを望んでいます」

平然とのたまうアマノに対してダイバは吐き捨てる。

「ほざきなよ、このロリコン催眠術師」
「……」

アマノの顔に青筋が浮かんだ。険悪な空気が流れる。

「いきなり入ってきたあげくその態度……真に勝手で浅薄ですね。少年相手にやるのは趣味ではありませんが、少し教育をしてあげましょう。ジェムも手伝ってください」
「……出てきて、ラティ」
「メタグロス、バレットパンチ」
「カラマネロ、リフレクター」

ジェムが何かする前にまたしてもメタグロスで殴り飛ばそうとするダイバ。それを読んでリフレクターで攻撃を防ぐアマノ。催眠術をかける過程でジェムがダイバに何をされたかは聞いている。よって彼の行動を予想するのは人の心理を操ることに長けたアマノには容易いことだった。

「また暴力に走りますか。いけませんね。女の子の身体というのはもっと大切に扱わねば」
「関係ないよ。……僕の言うことを聞くって約束したのに勝手にあんたに着いていく方が悪いんだ。僕は悪くない」
「無理やり約束させた、でしょう?」
「それはあんたもだろ……メタグロス、メガシンカしてコメットパンチ」

メタグロスが光輝き、その体が浮き上がる。地につけていた鉄腕を振り上げ。4本の腕全てが一回り大きくなったメタグロスの本気の姿。それがジャブの様な一撃ではなく、鉄腕を思い切り振りかぶり、彗星の如く勢いのある拳を放つ。この威力の前にさっきジェムは手も足も出なかった。マリルリの特性『力持ち』もクチートの特性『威嚇』も無力だった。

「カラマネロ、リフレクター」
「ラティ、竜の波動」

カラマネロが障壁を発生させるが、メタグロスの鉄拳はそれを打ち破る。だがそこへさらに竜の波動が相殺しにきて、威力を弱められた。

「さあ行きますよ。カラマネロ、催眠術!」
「出番だよミロカロス、神秘の守り」
「……!」

 相手を眠りに誘う術をかけようとしたところに、美しい虹色の鱗を持つポケモンが現れて不可思議なベールが彼らを包む。すると術の効果は無効化され、ダイバもメタグロスも眠りには落ちなかった。

「ワンパターンなんだよ……同じ手が何度も通用すると思った?」
「ふん……なら容赦はしません。出てきなさい、ランクルス!」

 白い赤子を緑色のスライムで包んだようなポケモン、ランクルスが現れる。アマノは早速指示を出した。

「ジェム、ランクルス。サイコキネシス!」
「……サイコキネシス」

 二人が同じ指示を出すと、ランクルスがラティアスの脳波を乗っ取り、二体分の威力を合わせた強力な念動力の塊を作る。そしてそれを無色透明の圧力として、神秘のベールを作る厄介なミロカロスにぶつけようとした。

「メタグロス、光の壁。ミロカロス……ドラゴンテール」
「カラマネロ、リフレクター!」

 お互いが攻撃を防ぐ障壁を出現させ、それぞれの技を防ぐ。ダイバが帽子の下でにやりと笑った。

「うっ……」
「ジェム!?」

 ドラゴンテールはただの攻撃技ではない。その衝撃はダメージにならずとも相手を物理的に吹き飛ばす効果がある。ジェムの体が衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。ジェムは小さく呻いて気を失った。それを見て、アマノは舌打ちする。

「ちっ……受け身の一つも取れんのか」
「この子はお上品すぎるんだよ……で、どうするの?まだやる……?」
「親子そろって忌々しい……まあいい、ここは一度退こう。少々見くびっていたというところか」

 そう言うとアマノは紫色のボール……マスターボールを取り出す。そこから現れたのはポケモンではなく。空中に空いた『黒い穴』だった。それを見た瞬間、ダイバの意識が途切れた――





「……逃げられたか」

 ダイバが意識を取り戻し時計を見ると、5分が立っていた。アマノとカラマネロ、ランクルスの姿は消えている。どういうからくりか知らないが、逃げたらしい。壁にはジェムがもたれかかるようにして眠っていた。近づき、その顔をしばし眺める。さっきまで戦っていたというのにあどけなく、自分の状況への危機感のない寝顔だった。それを見てダイバは無性に腹が立った。自分の寝顔は母親にアルバムで見せられたことがあるが、こんなに安らかな表情ではなかったし。自分にこんな間抜けな顔で寝られるとは思えなかった。

「……起きてよ」
「……」

 ダイバが呼びかけるが、ジェムはすやすやと眠っている。腹が立つので、思いっきり両方の平手で頬を叩いてやることにした。パチン、と気味の良い音が鳴る。

「あ、あれ、私……」

 ジェムはようやく目を覚まして、周りを見回す。そして自分の状況を思い出したのか、怯えるように自分の肩を抱いた。当然だ。見ず知らずに男に騙され、催眠術にかけられ、キスまでされそうになったのだから。

「……助けてくれたの?」
「そうだよ、君には僕の言うことを聞くって約束してもらったからね」

 当然の権利のように言うダイバ。ジェムとしては本意ではないが……助けてもらったのも、約束してしまったのも事実だと考えた。

「わかった。でも、私や私のポケモンに変なことはしないでね。……そしたら許さないから」

 アマノよりマシだろうが、ダイバも大概危険な男だ。そう念は押しておく。ダイバは頷いた。

「君が僕に逆らわなければ、何も酷いことなんてしないよ。僕はパパとは違うんだから……」

 ダイバは父が嫌いだった。傲慢で、人の意思など何とも思っていなくて、息子や妻のことなど自分のビジネスの道具としか見ていないと思っている。
 世界の誰より父を愛しているジェムとしてはその言い方に賛同は出来なかったが、実際自分の息子を容赦なくハンティングゲームの獲物にしているのを見ているが故に口は出せなかった。

「じゃあその……これから、よろしくね」
「……?」

 手を差し出すジェムに首を傾げるダイバ。こう言うしぐさは年相応に見える。ジェムが恥ずかしそうに言った。

「……これからはあなたが言った通り、私があなたに挑んできた分まで相手にするんでしょう?だったら一緒に行動しなきゃダメじゃない。だから、よろしく」
「何それ、子供みたい」
「あなたも私もまだ子供でしょ。私、ここに来るまでは大分大人に近づけたって思ってたけど……全然そんなことなかった」

 父親にもここに来ることを認められ、恩師との勝負にも勝って。もしかしたらフロンティアでも順調に勝てるかもと思っていた。でも蓋を開けてみればどうか。自分はバーチャルに負け、ブレーンに負け、自分より年下の子に手も足も出ず、あまつさえ敗戦の心の隙を突かれて妖しい男に体を明け渡してしまいそうになっていた。トレーナーとして、人として、なんと弱いことだろう。お父様が旅に出してくれなかったのも納得だ、と思った。

「だから、これも修行だと思ってあなたに付き合うことにする。それでいいわよね」
「君に否定する権利はないんだけどね……まあいいよ」

 ダイバもおずおずと手を差し出し、二人は握手を交わす。お互いすぐパッと離してしまうのは、致し方ないことだろう。手を離した後、ダイバは昏い笑みを心の中で浮かべていた。

(同じ偉い人の子供なのに……こいつは父親に愛されてるんだ。それが当然だと思って、心の底から尊敬してるんだ。そんなの許さない。壊して、堕として、僕と同じにしてやる)

 それがダイバがジェムに執着する理由だった。バトルでは自分の方が強くとも、心のありようとしてジェムはダイバの遥か高みで眩しく光っている。その光が疎ましく、そして穢したいと思ったのだ。

(少し思ってたのとは違うけど……私はここからもう一度自分を鍛え直してみせる。そしてお父様に誇ってもらえる私になるんだから)

こうして二人は真逆のことを考えながら協力してこのフロンティアに立ち向かうことになる。そう、ここからが物語の本当の始まり――







「……ふん、さすがに奴の息子か。くそっ、思い出すだけでも胸糞悪い」

 施設の裏でタバコを吸いながらアマノは吐き捨てる。彼は今ダイバの父親――エメラルドについて思い出していた。彼に対しては怒りと憎しみしか覚えない。

「だが、それもここまで。雌伏の時は終わりだ。俺はこの力で、バトルフロンティアを――支配する」

 マスターボールを見つめてにやりと笑う。そこにはこの島一つを余裕で支配しうるほどの力が眠っていた。


「それまで首を洗って待っているがいい……く、くくくく。ははははは!!」


 アマノは哄笑する。水面下でもまた、この島への脅威は動き始めていた。












ここまでがちょっと長いプロローグ。物語はここから動き出します。

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