第3話 トキワの森
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
空に輝く美しき満月。深い闇を孕んだ木々。甲高く響く奇声。
そして————
「私はここで死ぬんだ……」
生贄になっている私と、踊るウツボット&ウツドン×数十体。
どうしてこうなった。
「う゛ーん…………」
いやホントにどうしてこうなった?っていっても私が悪いんですよね分かります。
ここはトキワの森の奥深く。助けが見込める可能性は非常に低い。トキワの森の一部をちょうど円形に拓いた場所に所狭しとウツボット達が踊り狂っている。
「キョエエエエエエエエッ!」
「キョエッ!キョキョキョキョキョッ!!」
ウツボットってあんなに怖いポケモンだったかなぁ。研究所で見た時は結構可愛かったはずなんだけどおかしいなアハハハハハ。
ウツボット達が踊り狂っている広場を取り囲んでいる木々一本一本に、生贄となる生き物、というより私以外は全てポケモン、が、ぐったりとした様子で吊るされている。その様に、ポケモンの図鑑で読んだ内容を思い出した。
『野生のウツドンがウツボットに進化するときには、複数の生贄を用意して、そのエキスをエネルギーとして進化する。媒体には、月の石を使用する』
そう言えば、レッドさんも昔生贄にされかかって大変だったって話を聞いたことあるなぁ。まさか同じ目に遭うなんて、これは未来のポケモンマスターへのフラグなのだろうか。
今まさに未来が消えようとしている訳ですが。
まさかトキワの森でいきなり気を失ったかと思ったら、ウツボット達の生贄の儀式に使われるとは思ってもみなかった。メロンパンは腰のモンスターボールに入ってるから心配ないが、問題は私だ。
「キョエエエエエエエエイッ!」
『キョエエエエエエエエイッ!』
広場の中心で叫ぶウツボットに呼応するように、広場中のウツボットとウツドンが一斉に奇声を上げる。鼓膜が破れるかと思うほどの音量だが、両手両足蔓でぐるぐる巻きにされているので大人しく耐えるしかない、辛い。
「キョエッ!」
中心の一際大きいウツボットが、私の方にうごうごと蠢きながらにじり寄ってくる。その蔓の先には、よく見えないが多分月の石が握られていた。何をするつもりなんだろう。
いや何をするつもりって……決まってるんだけど予想したくない。
「キエエエエエエエエッ!!」
ウツボットが大きく振りかぶって迫る。私は何とか蔓から逃れられないかと体を動かしてみるが、蔓は何重にも巻かれてるようでびくともしない。次に来る痛みを想像して、私は反射的に目を強く瞑った。
肉を突き破る嫌な音、何かを絞り取るような耳慣れない断続音がそれに続く。全身に鳥肌が立ち、背筋を悪寒が駆け抜けた。
しかし、いつまでたっても痛みが来ない。
「……干物?」
そっと目を開けてみると、私のすぐ横にぶら下がっていたはずのポッポが、干物に進化していた。干物(ポッポ?)から見て私とは反対側の方向に、ウツボット達はズルズルと移動しながら次々と哀れなポケモン達を干物に変えていく。
「たすか……った……?」
「キョエエエエエエエエイッ!」
『キョエエエエエエエエイッ!』
————訳ではないようだ。
ウツボット達は一匹昇天させるごとにワクワクとした目でこちらをチラチラ見ている。その期待に満ちた目からなんか私がメインディッシュっぽい。吊るされてる位置からしてもラストっぽいもの。
何だこれ嫌なビップ待遇受けてるよ。
刻一刻と私の死へのカウントダウンは順調に進んでいく。何とかならないかと色々動いてみるのだが。
「ん……ッくっそ、駄目か…………」
そう上手くいくはずもない。蔓はやっぱりびくともしなかった。ちらりと残りの数を見る。
————残り、3匹。
「……ッくっそぉぉぉぉ!」
腕と腕を擦り合わせて隙間から出ようともがく。指なら動くのだが、腕自体は無理だ。
————残り、2匹。
「キョエエエエエエエエイッ!」
『キョエエエエエエエエイッ!』
耳障りな奇声が近い。背中を冷たい汗が流れた。
————残り、一匹。
「……!……!!」
焦りしか感じられず、私は無言で身体を動かした。解けない、解けない、解けない!
————残り、0匹。
目の前に大きな影が差した。
「は、はろー……?」
へらりと引きつった笑いを浮かべてみるが、ウツボット達に通用するはずもない。ウツボットは血塗れの月の石を大きく振りかぶり、その背後ではウツドンが踊っている。差し迫る月の石の切っ先の動きが、やけにゆっくりと見えた。満月がバックにあるせいか、ウツボットの目が光が一点もない真っ暗やみのように見える。
「ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
『キョエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!』
「————————ッ!」
今までで一番大きく、一番長い奇声と悲鳴とが、森に木霊した。
かくして、私の冒険はその人生と共に幕を下ろしたのでした。
GAME OVER
「って、待って待って待って!まだ死んでないよ!!」
何だかとても理不尽な神の声が聞こえた気がして、私は全身全霊を持って抗議した。全身に赤い痕が残っているものの蔓の拘束は既に解かれ、殺気だったウツボットとウツドンの大群と相対している。
そして私の目の前で、ぷるぷるしながら立っているメロンパン。
さっきは本気で死を覚悟したのだが、メロンパンが寸でのところで飛び出して、みずでっぽうで月の石を弾き返し、ひっかくで蔓を切ってくれたのだ。現在はウツボットとウツドンの大群から私を庇うかのように立っている。ぷるぷるしてるけど。
「メロンパン……」
「ギョエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!」
弾かれたウツボットが、眼光鋭くメロンパンを威圧する。私からじゃメロンパンの表情は見えない。メロンパンは、戦えるのだろうか?
「……」
メロンパンのからにこもる!
メロンパンの防御力が上がった!
「……」
メロンパンはからにこもっている!
「……ギィエッ!」
無理だったようだ。
「メロンパァァァァァァァァンッ!」
「ギョエエエエエエエッ!!」
からにひきこもったまま動かないメロンパンにウツボットが迫る。私は間一髪でメロンパンをモンスターボールに戻した。ウツボットの蔓が、一瞬前までメロンパンがいた場所を攻撃する。
「ふう……」
危ないところだった。
額の脂汗を拭っていると、直後に風を切る音がして、本能的に右に走る。予想通り鋭い音がして、ウツボットの蔓が私がいた所の草を薙ぎ払う。ウツボット達に背を向けて、木々の間を転がるように逃げ出した。その後を追うかのように次々と何かの塊が発射され、豪雨のように背後の木々に降り注ぐ。
多分ヘドロ爆弾だ。当たったらひとたまりもない。
「…………ッ!」
悲鳴を呑み込んでただひたすらに前に進む。木の枝が何度も顔や体に当たって無数の切り傷を生んだ。全身がじくじくとした痛みを訴えていたが、それ以上に死亡フラグが背後に迫っているので気にしている余裕はない。
満月が照らし出すトキワの森。幻想的だが今の私にとっては恐怖の森でしかなかった。背の高い木々は迫りくる化け物のようで、森に住む無数のポケモン達の視線が自分に向けられているのを肌で感じる。背後に聞こえる追ってのウツボット達の移動音は遠くなり始めているが、気を抜くとすぐに近づいて来た。イエローさんに合わせて結った長いポニーテールには、ビードルやキャタピーの糸や葉っぱが大量にくっついてぐちゃぐちゃだ。
勢いよく木々を踏みしめる音がそのまま追っての音のように聞こえて、汗が全身から噴き出していた。
「は……っはあ……はっ……う、あッ!ぶごッ!!」
疲れきって足が縺れ、顔面から地面に倒れる。痛い。鼻が特に痛いけど、額はもっと痛い。いそいで立ち上がろうとすると、鈍い痛みが足首に走った。
「こ、なとき……っに……っ」
足首はどうやら転んだ拍子に挫いたようだった。仕方なしにずりずりと近くの木の背後に向かう。匍匐前進するごとに足が痛みを訴えたが、無視して辿り着くと、木の背後に背をつけて息を潜めた。潜めてもなお荒い息と狂ったような心臓の音が、耳の奥で忙しく鳴り響く。酸欠と額にできたたんこぶのせいで、頭の内外の痛みが激しくデュエットしていた。
「……」
しばらく無言で耳を澄ませる。転んだ時に打った鼻から血が流れてきたので、右袖で拭った。鼻の奥がじんわりと痛むような感じがしてなかなか止まらないので、ボロボロになった右袖が真っ赤に染まっていく。額のたんこぶも出血していたようで、左の額から左目に流れ込んで来て邪魔だったからこっちは左袖で拭う。両袖が真っ赤に染まったのを見て嘆息したが、同じ服を何着も持っているので、助かったら雑巾にしようと心に決めた。
息や心臓の鼓動が落ち着き、出血も止まるくらい耳を澄ませたが、もうウツボット達は追いかけてこないようだった。気が抜けた私は大きく息をつくと、ふらりと横に倒れ込んだ。
その時、短い風切り音が3つして、私がさっきまで上半身を預けていた木の幹に細い何かが突き刺さった。一瞬で目が覚めた私は右に転がって起き上がり、ざわめくトキワの森に全身の感覚を集中させる。
————左。
再び風切り音が私を襲ったが、一連の騒動で鋭敏になっていた耳が音を捕え、重力に従いたがる身体を鞭打ってなんとか避ける。しかし風切り音はそれだけで終わらず、姿を現さない相手によって次々と放たれていった。
左、左、右、上、右————
段々と避けるのが難しくなっていく。私は疲れ切っていたし、相手の狙いは素早く正確だ。気を失いそうなほどに空腹で、睡眠も欲している。私は家を出てから何も食べていないし、一睡も出来ていない。倒れてもおかしくない状態だった。
————後ろ。
今までよりも更に早い攻撃の気配を感じて、倒れ込むように私は避けた。浮きあがった髪の数本が銀色の何かによって千切れ飛ぶ。その直後、私の背後に大きな気配が現れ、もう一つの銀色が右の頬を掠めて地面に突き刺さった。円錐形で銀色のそれは、何処かで見覚えがある。聴覚が背後の羽音を聞きつけた時、そのポケモンの名前が無意識に口をついて出た。
「スピアー!?」
私の声に反応して、スピアーがゆっくりと円錐形の凶器を引き抜く。何故ここにスピアーがいて、しかも私を攻撃してきたのかまるで分らなかった。
私はゴロゴロと横に転がってスピアーの下から脱出して急いで起き上がり、スピアーから距離をとって立った。
「わひゃっ!」
私が体勢を整えるのを律義に待っていたスピアーだが、見逃してくれる気はないらしい。右の針を勢いよく私に向けて攻撃してきたので慌てて避ける。
足はもうがくがくで、空も飛べるスピアーから逃げ切れる自信は全くない。私はくらくらする頭を振り絞って思考を巡らせた結果、腰のモンスターボールを手に取った。
「てりゃぁぁぁッ!」
私はスピアーに向かってモンスターボールを思いっきり投げる。バトルもしてないのに捕えられる可能性が低いのは百も承知。でもこれしか————
メロンパンが召喚されました。
「なにぃぃぃぃぃぃぃッ!?」
投げたモンスターボールから軽やかな音がして、メロンパンが飛びだした。やっぱりからにこもったままだったが。
どうやら私は、間違えてメロンパンの入ったボールを投げてしまったようだ。
「わっ!!」
私が失敗してもスピアーはお構いなしに攻撃を続行する。どうしよう、どうしようと混乱していると、天命のように打開策が見つかった。スピアーの針攻撃が雨のように襲いかかってくる中、私は急いでメロンパンを抱き上げる。
メロンパンをなんとか抱き上げた私に、スピアーの右針が迫るその瞬間、
「……!?」
「間に合った!」
私はスピアーの攻撃をメロンパンの固い甲羅で受け止めていた。
即座にスピアーは舞うようにみだれづきを繰り出すが、年単位でカラにこもるを使ってきたメロンパンの防御力は伊達じゃない。スピアーの針の方が耐えきれず、両手の針を引っ込めてお尻の方の針で向かってきた。
私は紙一重でそれを避けると、渾身の力を込めてメロンパンを振りかぶる。
「おっどりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……!ズぴッ!!」
メロンパンの甲羅が頭に直撃したスピアーは、ふらふらと地面に倒れる。私は今度こそ空のモンスターボールをスピアーに投げた。カタカタと2・3回揺れたが、モンスターボールにスピアーが収まり、私はその場にへたり込んだ。
「す……スピアー、げっとだぜぇぇぇぇ…………!」
薄く差し込む朝日に向かって弱弱しくガッツポーズをして、私はその場で気絶したのだった。
To be continue......?