最終話 “伝説の世界へ” (1)

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ポケモン誕生20周年記念作品です。
はじめまして!
ポケット モンスターの せかいへ
ようこそ!

わたしの なまえは オーキド
みんなからは ポケモン はかせと
したわれて おるよ

この せかいには
ポケット モンスターと よばれる
いきもの たちが
いたるところに すんでいる!

その ポケモン という いきものを
ひとは ペットに したり
しょうぶに つかったり・・・

そして・・・

わたしは この ポケモンの
けんきゅうを してる というわけだ

では はじめに きみの なまえを
おしえて もらおう!


ミオ「えっと……ミオって言います。これでいいの?」


ふむ・・・
ミオ と いうんだな!

こいつは わたしの まご
きみの おさななじみであり
ライバル である


ミオ「ライバル……!」


・・・えーと?
なまえは なんて いったかな?


ミオ「このツンツン頭の人も、ミオがお名前つけていいの? うーん……」
レノード「そんなに悩むことですか?」
ミオ「だって、シルヴィたちに名前つけるのだって……簡単には決められないよう」
レノード「それじゃあデフォルトネームにしましょう」


そうだ そうだ! おもいだしたぞ
グリーン という なまえだ

ミオ!

いよいよ これから
きみの ものがたりの はじまりだ!

ゆめと ぼうけんと!
ポケット モンスターの せかいへ!
レッツ ゴー!



 ・ ・ ・



ミオ「……始まったの?」

ミオは辺りを見回してみる。
そこは殺風景な小部屋である。目の前には黒い立方体のようなブラウン管テレビと、ファミコン。部屋の隅にはベッドとパソコン、そして観葉植物。
 彼女自身も含めて視界のすべてがモノクロであることを除けば、一般的な家の普通な部屋である。

レノード「無事に入れたようです」
ミオ「なんか色が変だよ?」
レノード「この時代のゲームはまだカラーじゃありませんでしたからねぇ。組み合わせは白と黒だけです」

答えながら、レノードはパソコンのキーボードに触れる。

ミオ「何してるの?」
レノード「まずは傷薬を手に入れます。この後のポケモンバトルに備えてね」
ミオ「手に入れるって……パソコンから? どうやって?」
レノード「あー……この時代のゲームでは、ポケモンだけじゃなくて道具もパソコンに預けられるんですよ」
ミオ「転送装置も無いのに?」
レノード「細かいことは気にしないでください。あぁ、あった!」

出てきた傷薬を、レノードは上着のポケットにしまった。

ミオ「……今どうやって出てきたんだろ」
レノード「さあ、行きますよ。まずはマサラタウンのポケモン研究所でポケモンを手に入れないとね。すべてはそこから始まるんです」
ミオ「うーん……」

渋るミオの手を引きながら、レノードは楽しそうに階段を降りていった。

一軒家の外に出ても、世界はモノクロのままだった。
ミオは慣れない景色に訝しげな顔を浮かべながらも、大きな建物に目を留める。もっとも、3軒しかない寂しい町である。それ以外に目をひくものがなかった。

ミオ「ひょっとして、あれ?」
レノード「いや、そっちじゃありません」

大きな建物に歩いて向かおうとするミオを、レノードは呼びとめた。

レノード「こっちです」

ミオはますます顔を曇らせる。
彼の指差す先はどう見ても町の外へと続く道である。

ミオ「……ホントに?」
レノード「疑う気持ちは分かりますが、この時代のゲームのことはちゃんと覚えてますよ。信じて、ついて来てください」

仕方なく彼の後についていく。
やがて草むらを前にして、レノードは立ち止まった。

ミオ「ねー、今度は何?」
レノード「君が行かないと。一応ゲームの主人公は君なんですから」
ミオ「……じゃあ、行くよ」

きっと何かあるのだろう。
納得はいかないが、ミオは渋々、一歩前に出た。

オーキド『おーい! まて!
まつんじゃあー!』

白衣を着た老人が、大慌てでミオの背中に呼びかけながら走ってきた。

オーキド『あぶない とこだった!
くさむらでは
やせいの ポケモンが とびだす!

こちらも ポケモンを
もって いれば
たたかえるのだが……
そうじゃ!

…… ちょっと
わしに ついて きなさい!』

ミオ「わ、わわわ!?」

白衣の老人はミオの腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張って大きな建物へと歩いて行った。
にっこりと笑顔を浮かべるレノードに見送られながら。



 8時間前……。

 ミオはベッドの上で目を覚ました。
 その日は晴れ渡る朝焼けの空で始まる、とても爽やかな朝だった。ピンクのパジャマを乱暴に脱ぎ捨て、薄いシャツとパンツでぺたぺたと歩いて洗面台に向かう。蛇口から流れる冷水を手のひらの器に貯めて、顔にバシャリ。寝ぼけ眼も一気に目覚める冷えっぷりだ。
 彼女が洗顔を終えて制服に着替える頃には、ベッドの脇に置いた目覚まし時計が、爆音波並身のけたたましいサイレンを鳴らして朝を告げていた。ミオはこの音で目覚めたことはなかったが、床のクッションに眠るツタージャと、敷いた岩ベッドで心地よさそうに丸まっているリザードンは、毎朝これで飛び起きていた。

「さあ、朝だよ! 今日もがんばろ、シルヴィ! ワイルドジャンパー!」

 半ば引きずられるようにして、ミオは2匹を引っ張り、食堂へと向かう。

 朝食のメニューはいくつかパターンが決められている。
 例えば食堂を徘徊するウェイター、もといミラージュ・ポケモンたちに「Aセット」を頼めば、平べったい皿にパンとスープ、サラダなど、洋食らしいものが食べられる。一方で「Bセット」と言えば、茶碗に白米、お味噌汁、焼き魚といった和食が出てくる次第だ。
 ミオが毎朝頼むのは、「Eセット」である。すなわち……。

「もごもご」

 2匹のポケモン共々通路を歩きながら、焼いた食パンを齧る。空いた手にはタブレット端末を抱え、道すがら参考書を眺める。
 主に激務で食べる時間さえ惜しい人向けの、食パン1枚という簡素な朝食であった。

「おはようございます!」

 朝食さえ早々に終えて、朝のシフトが始まる1時間も前に、ミオは誰よりも早く長官のオフィスに辿り着いた。厳格なプロメテウスの教育プログラムの成果であろう、オフィスに入るや否や背筋を伸ばして敬礼までしている。
 普段であれば、オフィスの椅子に座って未だ朝の新聞に目を通している最中のケインズ長官が朗らかに出迎え、ソファに腰を落ち着けるよう言ってくる筈である。だが、その日は珍しくミオよりも早く訪れていた先客の姿があった。

「あぁ、おはよう。今日も早いですね」

 にこやかに手を振るこの白髪の男、レノードである。激務である筈にも関わらず、エージェント・スーツをシワ一つなく着こなす、数少ない人物だ。
 ミオは口をへの字に曲げつつも、すぐにケインズ長官に視線を向けた。朝から彼がここにいるということは、きっと大きな任務が来るんだ。表情では真面目な顔を浮かべつつも、ミオの内心は年相応の子供らしく、飛び跳ねていた。

「おはよう。早速だが君ら2人に任務だ、難易度はレベルC。非常に厄介な事件が起こった」
「レベルCは死人が5、6人ほど出た、あるいは出そうな事件に相当します」

 レノードの補足説明に頷きながら、ケインズ長官は続ける。

「昨夜、ヤマブキシティの大企業シルフカンパニーから通報があった。あるゲームソフト開発部門のチームメンバーが全員行方不明になったらしい。地元警察の調べによると、行方不明者は全部で4名。その部門の開発室に入ったところを目撃されたのを最後に、いなくなったようだ」
「誘拐の線は?」

 と、レノードが訊ねると、ケインズ長官は首を横に振る。

「いや、無い」
「さっき『らしい』って言った?」

 ふと出てきたミオの質問に、ケインズ長官は目を丸めた。

「あぁ、言った。よく気付いたね。実はそこが問題だ」

 言うと、ケインズ長官はデスクのパネルに触れた。
 デスクの真上に浮かぶホログラムの情報スフィアに、事件の詳細を示しながら、ケインズ長官は続ける。

「企業側の話では、4人はとある開発中のゲームソフトの中に閉じ込められたらしい」
「……仰ってる意味がどうも分かりませんが」

 と、レノードが怪訝そうに言うと、ケインズ長官もやや渋い顔を浮かべる。

「どう言えばいいか……どうやらこの企業は、ゲームの中に実際に入って、ゲームの世界を体感できるテクノロジーを開発したらしい。おそらくは昔カントー地方で起きた、ポケモン転送装置のネットワークに人間が生身で入り込んだ事件を参考にしたんだろう。人間の身体をポリゴンのような電脳体に変換する技術だ」
「しかしそれが、出られなくなったと? それなら僕らじゃなくて、チーフの管轄では? これは技術的な問題でしょう?」
「チーフなら昨夜警察から要請が来て、すぐに向かったよ。彼の話では、下手に外部から操作するとゲームのプログラムが損傷し、最悪の場合、中の4人が全員消去される恐れがあるそうだ。そこで別のアプローチをかけることにした、つまり……」

 そこまで言われて、レノードはがっくりと肩を落とした。

「つまり、こういう事ですか。同じく閉じ込められるかもしれない危険を冒して、ゲームの世界に飛び込み、4人と共に帰還する」
「そういう事だ」
「……それって悪い事なの?」

 ぽつりと零したミオに視線が集まる。
 彼女がムズムズと堪えきれない笑みを浮かべているのは無理もない。子供に、実際にゲームの中に行けるよ、と言ってみれば、きっと誰もが同じ反応を示す筈だ。



 およそ2時間後、ヤマブキシティの高層ビル街。
 カントー地方の都心部だけあって、見渡す限りキラキラと輝く高層ビルで溢れかえっている。その一角、その一室に、ミオとレノードは光の粒子と共に降り立った。《テレポート》を技術化したワープパネル、さらにその応用技術、「転送」である。

 ゲームの開発室だけあって、広い部屋にはコンソールが至る所に並んでいる。随所にケーブルが徘徊し、ほとんど足の踏み場もない。その中で複数の作業員、おそらくプロメテウスのエンジニアであろう人やポケモンたちが、何やら作業をおこなっている。
 いずれのコンソールも低い唸り声を上げていた。

「レノード、ミオ! 来てくれたか、助かるよ」

 ケーブルの合間を器用に歩いて、青い作業着のジャケットに茶髪の好青年ヴァージル、もとい技術チーフがレノードの肩を叩きにやってきた。
 対するレノードは浮かない表情で。

「正直言って、こういう実験的な試みは僕には向きませんよ。どちらかといえば組織犯罪が絡んでくる場合の方が僕の専門ですからね」
「なあに、大丈夫だよ。原理はうちも使ってる転送装置とよく似てる。それに、きっとお前も気に入るよ」
「僕が? 気に入る?」

 含みのある言い方に違和感を覚える。
 が、それに加えて質問を投げる前に、せわしなく辺りを見回していたミオがとうとう口を開いた。

「ねえ、ねえ、ゲームって何のゲーム!? やっぱり最新の、未発表のゲームだよね!?」
「あー……いや、それなんだが、ミオの期待通りにはならないかもなあ」

 苦笑いのチーフは、続けてこう告げた。

「中で稼働中のゲームは、最新のじゃない。むしろもっと古いものだ。ポケモントレーナー制度の原点にもなった、あの伝説的なゲームだよ」
「あぁひょっとして、ポケットモンスター赤緑!」

 疑問符を浮かべるミオを置いて、レノードは一気に表情を輝かせる。

「なるほど、面白い! ゲームの中に入るという複雑なプロセスを実験するには、まずは単純なゲームソフトで試してみたという訳ですね!」
「その通り!」チーフはニヤリと笑って、続ける。「理論上は何も問題なく、セーブをすれば……つまり中でレポートを書けば、そのプレイヤーはゲームを終え、現実世界に戻る筈だ。でも行方不明の4人は中に入って既に70時間以上経ってる。相当夢中になっているか、あるいはトラブルが起きて出られなくなったかのどちらかだが……おそらく後者だ」
「何故そう思うんです?」
「先にポリゴンを送り込んで実験したからな。電脳空間への転送も、逆に電脳空間からの転送も滞りなくできていた。だから出入りそのものには問題が無い筈なんだ」

 ふうむ、とレノードは手を顎に添える。

「ゲーム進行中に何かが起こった、と」
「そう考えるのが妥当だな」チーフは続ける。「だがゲームで何が起こっているのか、こっちで把握できない。だから2人には、中で調査してきて欲しいんだ。本当は俺が行きたかったんだけど、誰かが外部からゲームを監視しなきゃならない。今んとこ、技術的な仕組みを完全に理解してるのは俺だけだしな」
「それなら仕方ありませんねえ」

 言い放った台詞とは裏腹に、レノードは楽しそうに笑っていた。
 おそらくこの場で最も退屈していたのは、他ならぬミオであろう。すっかり消沈して、楽しそうな大人たちを恨めしそうに見上げていた。



そして現在。
ミオは腰のベルトに小さなモンスターボールを添えて、大きな建物から出てきた。外で待っていたレノードに笑顔を投げる。

ミオ「終わったよ」
レノード「で、どっちが勝ちました?」
ミオ「もちろん、ミオ! さっきの傷薬のおかげで余裕だったよ」
レノード「それは何よりですねぇ、何を選んだんです?」
ミオ「ヒトカゲ!」

レノードの表情から笑顔が消える。

ミオ「……どしたの?」
レノード「あぁ、いや……まぁ良いでしょう、任務そのものには差し支えない筈ですから。多分……」

苦笑いで返しながら、レノードはズボンのポケットから黒いトランシーバーを取り出す。

レノード「レノードよりチーフへ、聞こえますか?」
トランシーバー『あぁ、聞こえるよ! 電脳通信装置のおかげで、そっちの様子もバッチリ分かる。ヒトカゲを選んだんだって? イバラの道になりそうだな』

笑うチーフに、ミオは不機嫌そうに顔をしかめる。

ミオ「大丈夫だよ、ミオだっていくつか予習したもん。最初はニビジムで、岩タイプなんだよね。ヒトカゲの《メタルクロー》で楽勝だよ!」
レノード「それがねえ……このゲームじゃ、覚えないんですよ」

自信満々だったミオは、まるで時間が止まったように動かなくなった。

ミオ「……ああっと」

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