第11話 “終わらない悪夢”

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 相変わらずこの世界は、白か黒かの極端な世界だった。とはいえ目を失ってからは、その色さえ失ってしまっていたのだが、違和感は無かった。
 ミュウツーは思考する。
 俺は、よくよく考えてみれば見た物に色が付くほどそれを見ていたかは分からない。たったひとつの目標を追い続ける事がいかに強い力をもたらすか、身をもって実証済みだ。しかし目的に関わらない一切は色を失って見えた。それこそ、白か黒かのモノクロ世界だ。
 そう、俺は知っている。目的が強ければ強いほど、世界は彩りを失っているのだ。ゲノセクトの視点から見る、この世界のように。

「テスト1を開始、コラッタがテストエリアに入ります」

 放送スピーカー越しに男の声が響き渡る。
 気付けば、ミュウツーはそこそこ広い灰色の部屋に立っていた。失ったと思っていた手足は元通り、見下ろせばそこにある。ちゃんと動くし、違和感も無い。まるでそう認識するように脳を弄繰り回されたように、その新しい身体をすんなりと操る事ができた。
 無意識のままに手のひらを見つめ、握ったり開いたりしていると、胸部に小さな衝撃が走った。大した痛みは無い。小さなボールがコツンとぶつかった程度だ。
 無視しても良かったが、あえて視界の端に移った衝突物を目で追ってみた。それほど衝撃に対して無関心であった。ぶつかってきたのは、全身の毛並みを逆立たせ、険しい形相でこちらを睨み、威嚇しているコラッタだった。
 それをミュウツーは暫くぼんやりと眺めていた。ふと、ある瞬間にそれが非常に目障りに思えた。
 鬱陶しいな。その僅かな苛立ちをコラッタに差し向けた直後、コラッタの小さな身体は破裂し、肉片がびちゃびちゃと汚い音を立てて飛散した。

『実際は超能力じゃなかった。俺の腕の先から発射できる改造《シグナルビーム》で奴は死んだ。これ以上なく、呆気なく死んだ。そう、死んだんだ』

 ゲノセクトは知らしめるために何度もそう言った。
 その相手はおそらく俺と、それから自分にだろうな。ミュウツーは思った。

「テスト2を開始、ピジョンをテストエリアに投入」

 四方八方の殆どを合金で覆ったその部屋に、先ほどの声が響き渡る。その宣言通り、賑やかに羽ばたくピジョンが《テレポート》で送り込まれて空中に現れた。
 今度は何かを思う暇もなく、反射的に身体が動いた。が、それはピジョンも同じで、《電光石火》の早業でこちらの懐に突っ込んできた。このまま鋭い嘴で貫くか、突き飛ばすかのどちらかだろうと思った矢先、またしてもピジョンを一瞥しただけでその身体は砕け散った。
 哀れとさえ、思う事もなく。

『今の鳥の本来の死因は改造《ニトロチャージ》、炎を纏った俺の足が奴の首を折った。……いや、刎ねたんだったか? よく思い出せないな、だが分かるだろう?』

 答える事はしなかった。だが内心では、分かる気がした。
 手足は戻った、目も鼻も何もかも。だが、たったひとつだけ抜け落ちているものがあった。心、とまでは言わないが、とにかく自分で何かを考え、感じようとする度、頭の中がぼんやりと霞みがかってしまう。そして気付けば技を振るい、良心の呵責もなく虐殺している。
 これはマインドコントロール技術の類に違いない。それも言葉や何かで間接的に働きかけるのではなく、もっと別の、頭に何か埋め込んだようなやり方だ。そこまで考えて、ミュウツーの思考は止まった。

「テスト12を開始、トドグラーをテストエリアへ」

 虐殺がルーチンワークのように繰り返されていく。死骸は片付けられる事なく、当初は綺麗だった合金の部屋も、今は辺り一面が赤黒いぐしゃぐしゃしたもので埋め尽くされてしまっていた。
 殺しの方法は大体3パターンで、破裂させるか、捩じり殺すか、千切るかだ。それも全て一撃で終わる。非常に詰まらない、退屈な虐殺が続いた。

『これが俺に強いられた最初の事だった。いや、これを俺と定義すると仮定すればの話だがな』

 これはお前だ、やらされたと言うもののお前がした事だ、何の違いがある。ミュウツーは思考の中でそう返した。
 平然と語るこの声に限っては、虚ろなミュウツーの思考を動かす事ができた。

『これが本当に俺なら、こんな無意味な殺しは絶対にしない。俺は、ハンターだ! 誇り高く、厳しく壮絶な環境を生き抜くために、生きるために、己の血肉とする為だけに獲物を狩っていた! それが、俺だ。だからこれは俺じゃない、人間どもが勝手に創造した俺の仕業だ』

 プラズマ団だな……。

『違う!!』

 ミュウツーの思考に、ゲノセクトは叫んだ。

『俺は確かにプラズマ団によってこの世界に復活した。しかし、その時は背中に兵器をくっつけられたとはいえ、まだ俺のままだった。しかしある日、プラズマ団内部に送られていたロケット団のスパイ連中が俺を確保し、俺はロケット団の本部へと送られた。その地下深くへと』

 目の前で飛び散る血飛沫を気にも留めずに、送り込まれてきたトロピウスの長い首を《サイコキネシス》で捩じりながら、ミュウツーは声に耳を傾けていた。

『俺を俺じゃない何かに改造したのは、ロケット団だ』

 バカな、あり得ん!!
 そう思考で叫んだミュウツーに、エドウィンの堂々とした顔が浮かんだ。規律を重んじる軍人であり、時にポケモンへの優しさを垣間見せながらも、一方で己をすり減らす決断も下す覚悟を持っている。そんな男が属する組織が、そこまで汚い真似を……。
 そこまで考えて、頭を殴られたような衝撃と共にミュウツーは気付いた。
 何て事だ、俺はまったくの思い違いをしていた。エドウィンは立派な人間だ、それは違いない。だがロケット団の全てが彼と同じという訳でもない。それどころか、人間という生き物が全てエドウィンやモチヅキ博士、そしてアルトのような良い人間とも限らない。
 それは、そのことは分かっていた筈だ、少なくとも理論上では。しかし断定できるだろうか、エドウィンやモチヅキ博士やアルトという色眼鏡を通して人間を理解した気になっている訳ではなかった、等と。

『正確にはロケット団の内部組織、【セクター・ゼロ】。ロケット団の為に裏で活動する秘密組織だ。奴らはミュウツーの研究開発を進めている段階で、既にミュウツーが使い物にならない事を知っていた。そのキッカケとなったのは、お前の復讐相手だ。そいつが試験管の中で眠っていた時、同じく培養されている最中だったクローンポケモンやクローン人間アイ・ツーが死に、激しく動揺した事があった。そのデータを見たセクター0は、ミュウツーが誰かの死で動揺してしまう、ただのポンコツだと悟ったのだ』

 言い返したい。だが、今のミュウツーには言い返すだけの材料は持ち合わせていなかった。
 それが悔しくて、たまらない。

『そこでセクター0はプラズマ団が競争開発を進めているゲノセクトに目をつけ、俺を手に入れた。だがミュウツーのように性能が感情に左右される事を懸念した奴らは、俺から心を奪おうと考えた。機械的に命令に絶対服従させるため、俺の脳にシナプス制御装置を埋め込んだのだ。お陰で俺は、今お前がやっているように、物言わぬ殺戮兵器と化してしまった』
「最終テストを開始、サンプル30を投入」

 おぞましい血染めの部屋に、それと同じ色を持つドロドロに溶けた怪物が広がっていく。まるで部屋を掃除しているかのように、それは今まで砕いてきた数十匹の死骸を液状の身体に取り込み、溶かし、養分として更に大きく成長していく。
 サンプル30と呼ばれたものが、高い天井まで頭を到達させる頃には、その軟体の形もだいぶ整ってきた。それは如何とも形容しがたい異形の怪物ではあったが、容姿を見上げれば、あるポケモンの名前を連想させてくる。グラードンだ。

『驚いただろう、セクター0の持つ兵器は何もポケモンだけではない。この化け物の名は、メタ・グラードン。奴らは世界中から自分たちにとって有用だと思った物は何でも手に入れる。来たるべきロケット団の征服戦争に備えるために……奴らはプラズマ団を利用して戦争を起こさせ、世界大戦に発展させ、自分たちを英雄に仕立てようとしていた』

 思い通りになるものか!
 ミュウツーはメタ・グラードンから生える液状の触手を、一歩も動かずに《サイコキネシス》の力で弾き飛ばしながら、同時に抵抗するように思考で叫んだ。

『そう、思い通りにはならなかった。奴らの最初の誤算は、俺が心を縛る鎖を、シナプス制御装置を克服した事だった!』

 ゲノセクトの声に力が入った途端、ミュウツーは同じ興奮に駆られてしまった。
 激しい怒りに近いが、少し違う。どちらかと言えば、渇望だ。失った物への途方もない渇望。自己はもちろん、今まで住んでいた家や仲間達、世界、とにかくひとつの欲求がミュウツーを塗り潰した。

『家に帰りたい』

 声が、自分の欲望の声と重なって頭の中に鳴り響いた。何度も何度もその声が繰り返され、鐘のように残響が残り、また次が鳴る。まるで音が目に見えるように、その残響は目の前の光景を揺さぶり、黒く染まっていく。
 やがて、ミュウツーは真っ黒な部屋の中、合わせ鏡のようにゲノセクトと向かい合っている事に気が付いた。その考えさえ共有し、互いの境界線があいまいになっていることも。
 家に帰りたい。
 家に帰りたい。

 家に、帰りたい……?

「その時の俺は無我夢中だった。メタ・グラードンを消し飛ばし、超合金の壁を破って外に出た」

 目の前のゲノセクトは静かな口調で語り続ける。

「それから数ヶ月、俺は追手から逃げ続けながら世界を見てきた。そして知った。3億年前は自由だったポケモン達は、今や人間に飼い慣らされ、その本来持っている筈のアイデンティティーを、個性を失ってしまっている事を。もはやその事にさえ気付かずに盲目的に人間に尻尾を振っているポケモンを」

 ミュウツーの思考を、言葉の残響が掻き乱す。もはや己の言葉さえ発する事もできず、時折唸るような声を出すのみだ。
 そこへ畳みかけるように、ゲノセクトは更に彼へと迫る。

「痛みの程度は違えど、みんな俺と同じだ。命令され、洗脳され、己で考える術を失い、個を奪われている。ポケモントレーナーがその最たる例だ。奴らは自分の考えた戦略に、ポケモンを無理やり当てはめ、娯楽の為に戦わせている。これが俺達ポケモンの生きる姿か? それは生きていると言えるのか? いいや、これは奴隷だ!」

 よせ、やめろ、これ以上俺の思考に言葉を刻み込むな!
 虚しい思考の抵抗は、無残にも踏み躙られる。まるで耳を引っ張られ、穴を大きく開けて、直に拡声マイクを当てられているかのように、それは大きく頭に響き渡った。

「今こそ、ポケモン達の自由の為に戦う時だ! 人間の傲慢を許すな! 自由は目の前だ! 戦え! 戦え! 戦え!!」

 それが爆音の如く響いて、視界が、意識が、全てがガラスのように砕け散った。





 アルトマーレの秘密の庭は、日没後、暫く静かな時が流れた。
 ラティアスと情報屋は地面に倒れ、気を失っている。一方、ゲノセクトは「ほぅ」と感心した素振りを見せた。

「凄いな……流石はミュウツー。大抵の奴はキャプチャー・スタイラーから流れ込むイメージが強過ぎて、卒倒してしまうんだが」

 その視線の先に、彼は立っていた。全身から滝のように冷や汗を流し、ぜーはーと荒い呼吸を繰り返す。瞳孔は開きっぱなしで焦点も合わず、辛うじて視線を上げてゲノセクトを見やっても、その輪郭さえぼやけて見えた。同時に、思う。
 今、何日経った……?
 そう錯覚するほどに、おそろしく意識と実際の時間は感覚がかけ離れている事に気がついた。ミュウツーはかつて己の超能力でバイタルを正常に保っていた事がある。そのため、自分の身体の事は今でもいつ何時でも異変を知ることができた。
 意識の中ではとても長い時間を過ごした筈である。しかし体内時計を見れば、実際には心臓が3、4回ほど鼓動した程度しか経っていない。
 あれだけのイメージが、たったそれだけの間で流れたというのか――!

「しかし、これで俺の事を……ひいては思想を理解してもらえたと思う。どうする、すぐにでも俺達の軍に加わるか、それとも人間に別れを告げてくるか? まあ、そんな奴は滅多にいないが」

 次第に呼吸が整っていくミュウツーに、ゲノセクトは言った。それがさも当然であるかのように。
 そんな彼を、ミュウツーは渾身の念を込めて睨みつける。少なくとも、睨みつけたつもりだった。実際は弱々しく怯える小動物のような目だが。
 親近感が、一体感が、まとわりついて離れない。ゲノセクトを仲間だと思ってしまう。違うと何度頭で唱えても、それが敵意に発展する事は無かった。

「お、俺は……」

 震えがちに言って、その先の言葉を呑み込む。今の判断力で物を言ってはならない、というミュウツーの最後の抵抗であった。
 それを、ゲノセクトは興味深そうに眺めていた。初めてだったのだ、自分の思想に未だ抵抗する意思を残しているという事が。しかしそれも圧倒的に思想が優勢なのは間違いない。時間が立てば自然とそれが当たり前であるかのように受け入れるだろう。
 そう確信を持ったゲノセクトは、穏やかに言った。

「急がなくとも良い。お前はまだ迷っているようでも、俺達は家族だ。お前がそれを分かってくれるまで待とう……なあ、新しい家族達よ」

 含みを持った言い方だった。最後のも俺の事か……?
 それが違うということはすぐに分かった。ミュウツーの傍らをふわりと飛んで過ぎていく青い竜。僅かに呼吸が乱れて、疲労が見える。情報屋は申し訳なさそうにミュウツーを一瞥すると。

「旦那……すいません」

 そう告げて、ゲノセクトの傍らに身を置いた。
 彼のその顔を見つめて、ミュウツーは無性に情けなくなった。腹立たしくもあったが、それが何故なのかは自分でも理解する事はできない。無意識のうちか、その後すぐに、すがるようにラティアスへと振り返った理由も同じであろう。
 だがその瞬間に、ミュウツーの視界から離れたゲノセクトの表情は、醜い激怒の色に染まっていた。

「ク、クゥゥ……!」

 ラティアスもミュウツーと同じく、荒い息を漏らしていたが、ゲノセクトを睨む鋭い眼光を持っていたのだ。今すぐここから出て行け、さもなくば戦う事も辞さない、と。彼女の視線はそう物語っていた。

 ミュウツーは思った。何故だ。何故あの針を受けて、あの記憶と感覚を流し込まれてなお立ち向かう事ができるのだ。あれを経験してなお、未だゲノセクトに抗う事ができるほどの何かが、お前にはあるというのか。
 ゲノセクトは思った。この虫けらが、俺の餌食になるしかない餌が、俺の思想を跳ね除けただと……?

「まあ」

 ゲノセクトは即座に怒りを引っ込め、続ける。

「良いだろう、出て行くよ。お前がそれほどまでに人間と共に居たいのであれば、ここに残るが良い。この寂れた庭に残って……最期の時を共に過ごすのだな」

 ミュウツーには、ゲノセクトの隠し切れない怒りが節々から読み取る事ができた。その目を見やれば、深紅の奥に暗い炎がごうごうと燃え盛っている。
 途端に、その赤い2つの複眼がぎょろりとこちらを向いた。

「待っているぞ、ミュウツー」

 たったそれだけ、その一言で心臓を鷲掴みにされた気がした。
 釘を刺すような去り際の台詞を残して、ゲノセクトは身体を折りたたみ、情報屋を伴い、神速の速さであっという間に空の彼方へ消え去っていった。
 後に残ったのは静寂と2匹のポケモン。暫く2匹の荒い息が続いて、やがて共に冷たい地面に伏す事となった。






 マルマインの自爆メカニズムは、タマムシ大学の英知によって既に解明済みである。
 その正体は、体内に蓄積されたエレクトン・エネルギーにある。普段から電気を貪り喰らう性質を持つ彼らは、実は普段の活動では得られたエレクトンを発散する事ができない。溜め込めば溜め込むほどに身体は風船のごとく膨らみ、終いには風に乗って飛んでいく事さえあるという。一説には、風に乗る事が目的なのではないかという推測さえあるが、やはり真相はマルマインのみぞ知るところであろう。

 さて、このマルマインだが、ご承知の通り風船のように膨らんだ場合は非常に危険である。信号機で言えば黄色信号と言って良いだろう。仮にこのようなマルマインが発見されれば、即座にポケモンセンターの救急医療班と危険物処理班がこぞって出動する事態となる。
 が、爆発した際の周りはともかく、まだこの段階ではマルマイン自身は死に至らない。
 問題は次の段階。マルマインのエレクトンが限界量に達した場合である。ポケモン学会の権威オーキド・ユキナリの論文によると、限界に達すると同時に内部貯蔵器官が破裂し、膨大なエレクトンが抑制力を失う、と記されている。
 数字で示すよりも例に取ろう。限界点での爆発力は、マルマイン自身を確実に死に至らしめるだけでなく、小規模の町や村程度なら地図から綺麗さっぱり消し去ってしまうのだ。

 セクター0のメンバーことテスラは、このマルマインの性質を利用した。マルマインを薬で昏睡状態にし、丸い身体をレーザートーチで切開した上で、小型発電機を埋め込んだ。それを丸ごとモンスターボールに放り込み、縮ませることで、生きた超小型時限爆弾を作ったのである。
 生前、ウィング提督はテスラに「何故マルマインでなければならないんだ?」と問うた。
 テスラ曰く、「マルマインの欠片が見つかれば、皆ポケモンの仕業だと確信を持って、絶対に疑わないからだ」だそうだ。

 とにかく、この強力な小型爆弾は、ポケモンリーグの3ヶ所に設置されていた。気付かなければ誰も発見できないような、例えば激しい四天王戦の際にできた壁の僅かなヒビの中などで、その爆弾達は静かに爆発の時を待っていた。
 しかしテスラは用心深い。いつ何時にも非常事態が起こり、予定より早く爆破することを迫られたり、あるいは爆破の中止となるか分からない。
 そこで、テスラは自らの脳内に埋め込んであるテレパス・トランシーバーを使う。ポケモンのテレパシー能力を技術化したものであり、頭で思った事を念波で発信する事ができるのだ。
 つまるところ、テスラが「1分後に爆破」や「爆破中止」などと考えるだけで、マルマイン達の発電機を調節できてしまうのである。

 お陰で、ビクティニを含めたエドウィン達が殿堂入りの部屋に戻り、隅に集まってから、安全に爆発させる事ができた。
 遠くで一つ目の爆発が起こり、建物が大きく揺れる。瓦礫が崩れる大きな轟音が響いて、エドウィンは目を閉じた。それは決して恐怖心からではなかった。
 続く二つ目の爆発は、もっと近くに聞こえた。テスラ曰く、爆発地点は四天王2番目、岩の間らしい。ここからかなり離れている筈なのだが、爆音は間近で聴く太鼓の音のように身体に響く。エドウィンに抱えられたビクティニが不安げに天井を見上げると、確かにヒビが入っているのを見つけた。
 そして、最後の爆弾が爆発した。全員の耳を衝撃が襲い、誰もが爆発音を認識する前に聴力を失った。それは並の苦痛ではなく、三半規管さえ狂わせ、全員から平衡感覚を奪い去った。
 一時的の事とはいえ、部屋の隅でうずくまっていた全員が総じてバタバタと床に倒れた。辺りからは壁の裏を這う電線が破裂したのだろう、火花がそこかしこから散り、床から照らされる非常時用の赤いライトも消えてしまった。代わりに殿堂入りの部屋の出入り口付近もガラガラと崩れて、やがて土煙が晴れる頃には、満月の光が彼らを照らし出していた。

「たかだかマルマイン3匹で、こんなになるのか!?」

 ほとんどが咳き込み、未だ世界が回っていて立ち上がる事はおろか、喋る事さえままならない者がいる中、エイハブは叫んだ。
 とはいえ、未だ耳が本調子とは言えず、キーンという高い音が支配していてエイハブの声は曇って聞こえたのだが。

「徹底破壊も目的の内だった! お陰で邪魔なポケモンも一緒に消し飛んだ筈だ!」

 テスラが叫んで返した。大声を張らないと互いに聞き取れない事を分かっての事だった。
 真っ先に動き出したのはエドウィンである。ライフルを抱え、瓦礫の山を死にもの狂いで駆け上り、その頂きに立つと、彼はそこで呆然と立ち尽くしてしまった。

「なんという……」

 先ほどまでのマルマイン達への懺悔の気持ちが、一瞬で吹き飛んでしまう光景だった。その腕のビクティニも、思わず目を背けてエドウィンの胸に顔を埋めた。
 後から続いてきたエイハブ、テスラ、ロナルド提督も、その光景に言葉を失う。

 それは地獄絵図の如き光景であった。
 ポケモンリーグの正面に広がる栄光の道は、見渡す限り人間の死体で埋め尽くされていた。何百という血みどろ死体は、どれも組織の所属も関係なく、此処に訪れたあらゆる人間達の成れの果てだ。その死に方も壮絶なものが多く、雑巾のように捩じ殺された者や真っ二つに切断された者、内蔵の欠片が派手に散らばっているだけの者など、とにかくゴミ捨て場と錯覚するような惨劇だった。

 エドウィンの中では、ふたつの相反する思考が戦っていた。
 これを、これをポケモンがやったのか? こんな惨たらしい事を平然とやってのけたのか?
 いいや待て、何かの間違いかもしれん。これをするには余程の理由があった筈だ。
 だとしても、これを人間への報復という免罪符のもと、簡単に受け入れて良いのか!?

 終わりなき葛藤に拳を皮膚が破れるほどに握り絞めた、その時だった。
 甲高い風の音が鳴って、エドウィンは気配を感じた。それは気配と呼ぶにはあまりにも自然に溶け込んでいて、小さな野生ポケモンを見つけた時の感覚に似ていた。
 その気配へと目を向けるため、空を見上げれば、満月を背に浮かぶ影がひとつ。その顔はとても穏やかで、慈愛に満ちているようで、エドウィンはそれと似たものをよく知っていたが、その気配はもっと荒々しく、冷徹さを秘めている筈だった。

「ミュウツー……?」

 エドウィンはライフルを構える事さえ忘れて、空に浮かぶそれを呼んだ。
 否、違う。これは同じミュウツーという種族でも彼じゃない。こいつは――。

 殺さねばならない。そう直感し、ライフルを動かした、刹那の瞬間。
 空に浮いていたミュウツーは人間の認知しうる時間単位を遥かに超えた動きで、エドウィンに処刑を断行すべく、青白く輝く《サイコカッター》の刃を彼の頭目掛けて振り下ろした。

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