…………ここはどこだろう?
…………夢の中なのかな?
…………風が……気持ちいい……
…………どこからか声が……聞こえる……
………誰だろう……?
「…。……。………。……ねえ。……ねえ起きて。 ………ねえ起きて。起きてってば!」 「うーん………。あとちょっとだけ寝かせてよ……!?」
その日もいつもと変わらない一日の始まりのはずだった……。いつものように朝目覚めて、 いつものように友達と共に学校へ行き、学校が 終わったら……いつものように日が暮れるまで遊び……そしてあっという間に一日が終わる……。
……そんないつもと変わらない……一日の始まりのはずだった……。
……でも、その日の朝は違った。
「あ、気がついたのね♪良かった~!」 (こ……ここは……?)
ボクがその日目覚めた場所は、見渡す限りの草原、道を挟んで大きな木やいい香りを放つ沢 山の花。
……にわかには信じがたい……まるで夢の中のようなのんびりとした平和な光景が広がる世界だった。
……そして最も信じがたい存在の姿がボクの前にあった。
「あなた、ここで倒れていたのよ?起きてくれて良かった♪ケガとかも無さそうね……本当 に良かった~♪」
「…………キ……キミは?」
ボクはてっきりまだ自分がスッキリと目が覚めていないせいだと思って、何度か目をパチパ チさせた……。
……けれど何度そうやっても、目の前に広がる光景はちっとも変わらない。
「あっ!そ……そういえば、まだ自己紹介まだだったよね?びっくりさせちゃってゴメン ね!!私はピカチュウ。……よ、よろしくね♪」
目の前の存在は緊張してるのか、ちょっとワタワタした感じで、自己紹介をしたのだ が………………………。
…………え゛っ!?
「ピ……ピカチュウーーーーー!?」 「◎●○★☆#&℃@っっっっっっっ!?」
思わず絶叫した反動で尻餅をつくボク。
しかしそれ以上に、ボクの絶叫の反動をまともに受けてしまった………全体的に黄色い体、黒くて小さな瞳、赤いほっぺたにを先っぽがハート型なしっぽが特徴的な、その“ピカチュウ”は………長い両耳を短い両手で塞ぎながら、目を回してKOされていた。
…………しばらくして、
「………で?……あなたは?この近くでは見かけないカオみたいだけど……どこか遠い場所から来たの?」
「そりゃあそうだよ!!だってボクは……ボクは人間だぞ!!」
「何でそんなに怒っているの?ちょっと落ち着いて?ねっ?」
ボクはにわかには信じがたい出来事が理解で きず、興奮しきっていた。もう身体中から炎が吹き出そうな勢いだ。 一方のピカチュウはボクの言葉に表情を曇らせる。どうやら納得出来ない様子だ。
「それに……えっ……にんげん?……うそでしょ ……?」
「何でそんな疑うような目をするのさ?」 「だって……どこからどうみても……あなた は“ヒトカゲ”にしか見えないんだもん」 「はぇっ?」
……そんなはずはない。ボクは近くにあった水溜まりにピカチュウを連れて、説明しようとした……が。
(………おかしい……。そんなはずはない。…… でも……ホントだ!!これは誰がどうやって見ても……“ヒトカゲ”だ!確かに“ヒトカゲ”になっている!!)
水溜まりに反射していた自分の姿……それは 全体的にオレンジ色の小さい体、白いお腹としっぽの先からメラメラと炎を灯す……紛れも ない“ヒトカゲ”だった。
(……でも、どうしてだろう?何も思い出せない……)
ボクは冷静さを取り戻したかのように腕組み をしながらじっと考える。
「あなた……忙しそうね……?叫んだり、怒ったり、がっかりしたり、泣いたり、考えたり……なんか少し……というかかなり変わってるね?……じゃあ……お名前は?お名前は何て言うの?」
ピカチュウが相変わらず曇った表情をしなが ら、ボクの名前を聞く。そりゃあここまで短時間で表情を変えるポケモンなんて、そうそういないよね……。
(名前……、そうだ名前は……)
「“ユウキ”。ボクの名前は“ユウキ”だよ」
どうやら名前だけは覚えていたようだ。相変わらず他のことは全く思い出せないけど。
「へぇ~“ユウキ”って名前なんだね♪なん か……なんかちょっぴり……おもしろい名前♪…… 性格も少し変だし、名前も変わっているし…… すごくおもしろ~い♪」
「ハイハイ………そうなの」
ピカチュウは幸せそうな表情を浮かべて笑っ ている。この時なんかボクはちょっぴりイラッときて、一瞬彼女を思い切りぶっ飛ばしそうに なっていた。
……けど、そのことは……今となっても彼女は知らないだろうし、……ボクも恐らく これからもこのことを……大切な彼女には……ずっと内緒のままにしておくだろう。
……それよりこの時のボクは、自分のこの恐らく“記憶喪失”という状況と、ピカチュウの言動から、間違いなくポケモンたちしかいないであろうこの世界で……どうすればいいのか……途方に暮れるばかりだった。
……その時だった。突然ピカチュウの表情が変わったのは。
「あれ、ユウキ?どこからか声がしない?」 「えっ?何も聞こえないけど……」
「いや……確かに聞こえる……。誰かが“助けて”って」
「えっ!?」
ピカチュウが長い耳をピンと立てる。すると次の瞬間……。
「だれかぁ!!だれかぁ!!だれかキャタピーちゃんを……助けて!!」
森の中に響き渡る悲痛な叫び声。それとともに一匹のバタフリーが、緊迫した表情でボクとピカチュウの前に姿を現した。
「どうしたんですか?」
ピカチュウがパニックに陥っているバタフリーに事情を聞く。
「大変なのよ!!うちの……キャタピーちゃんが、急に割れたほらあなに落っこちちゃったの !!」
「なんだって!!じゃあ何で早く助けにいかないのさ!!」
ボクは思わず母親と思われるバタフリーに頭ごなしに怒ってしまう。
「もちろん助けに行こうとしたわ!!けれど…… 助けに行こうと思ったら……たくさんのポケモンたちが攻撃してくるのよ!!」
「ホントなの!?ポケモンたちが……何で?」
あまりにも信じがたい理由だった。平和に見えるこの世界で、ポケモンがポケモンを襲うというのだ。一体どうして……?
「多分、最近いろんなところで起きている“自然災害”の影響よ。ホントなら私たちポケモンはお互い仲良く暮らしていた……。それ が“自然災害”が多く起こるようになって、不安に感じたポケモンたちが我を忘れて攻撃してくるようになったの……」 「………………………」
ピカチュウの沈んだ表情と説明を聞く限り、 それが理由なのだろう。相変わらず何がなんなのか状況を全く飲み込めてない自分だった が……、
「このままじゃキャタピーちゃんが……どうすれば……」
………バタフリーの絶望的な表情を見てほっとけるわけがない………早くそのキャタピーちゃんを助けに行かなきゃ………!!
「バタフリー!!ボクたちが助けに行くよ!!」 「えっ!!いいんですか!?お願いします!!」
藁をもつかみたい気持ちでいるバタフリーから、キャタピーちゃんが落ちた場所を聞いたボクは、ピカチュウにも声をかける。
「行くよピカチュウ!キャタピーちゃんを助けに行こう!!」
「えっ!?でも……私じゃ出来ない。言うの恥ずかしいけど、私……すごくバトル弱い!それに…… 何があるかわからないのよ?私たちだけじゃ ……危ないって絶対!」
ボクと行動するのを拒むピカチュウ。今ごろ気がついたのだが、恐らく相当な“おくびょ う”な性格だとボクは感じた。
それでもボクはグイッと彼女の肩を掴み、目をあわせて強い口調でこう言った!!
「ピカチュウ!誰かが目の前で苦しんでいるのに、見て見ないふりをして逃げるのは……例え力が強い人だとしても、それはただの“弱 虫”なんだ!!何かしてあげなきゃダメってわかってるのに……言葉ばかりで何も行動しないのもね!!」
「ユウキ……。でも、弱いってわかってるのに無茶したら……それこそみんなの迷惑になるよ!!」
ピカチュウは涙を浮かべながら反論する…… が!
「うるさい!うるさい!!うるさ~い!とにかく今 はキャタピーちゃんを助けに行くんだ!!!無茶だろうと、なんだろうとやるって決めたらとことん突き進むんだ~!そしたら絶対なんとかな る!!」
「ユウキ……イヤ!!離してってば!!離して~!」
ボクはもう勢いだけで、彗星のごとくピカチュウの腕を掴んだまま猛スピードで突き進んだ!!
そして、これが“ヒトカゲ”となったボクとピカチュウの一番最初の救助であり、最初の“記憶”だった。
………メモリー3に続く。