第10話・戦の前準備といえば

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第10話・戦の前準備といえば





「それでは5日間、羽目を外し過ぎないように!」



先生の一言で、ホームルームは終わった。
その後、生徒達は一斉に湧いた。
みな晴れ晴れとした気持ちで、うーんと腕を伸ばしている。

今日からゴールデンウィーク。生徒待望の大型連休である。

そんな中、何故かヒロノの表情は暗かった。
先日の園芸部の先輩、マキノの言葉が脳裏に焼きついていたからだ。

結局、入部してから、まだ一度もゲノセクトと向き合っていない。

しかし、ゲノセクトをボールから出してしまうのは、気が引けた。これも、園芸部の件があったからだ。
もし逃げられでもしたら、無関係の第3者に、また迷惑をかけてしまうかもしれない。
せっかくの大型連休であるため、この期間中に何か行動を起こしたいのは山々なのだが…。

悩んだ末、レジェンドクラブの先輩方に相談することにした。
幸い、今日は全員揃う曜日だったはずだ。何か、いい意見が聞けるかもしれない。











「おおっ!ついにっ、その気になったのかっ!」


ヒロノの相談に、レジェンドクラブ部長、イッシキは大いに喜んだ。


「この部活は本来、伝説同士で切磋琢磨する部活なのだっ!そのためにもっ!
ヒロノとゲノセクトの関係は、どうにかしなくてはと考えていたところだっ!」


自分達のことは、部長にも気がかりだったらしい。


「でも、どうしたらいいのか、さっぱりわかんないんすよね…。そもそも、ゲノセクトを外に出したら危険だし…。」


もう園芸部の時ように、周りに迷惑をかける事態には発展させたくない。
園芸部の件で立ち会ったフタバやアスミは、彼の心情が理解できた。

フタバは、しばらく考え込むような動作をした後、ポツリと呟いた。



「ゴールデンウィーク期間中、勝手に部活スペースを使っちゃえば?」


どういうことなのだろうか。首を傾げるヒロノに説明を続ける。


「この部の敷地の境界線があるでしょ?ここで伝説のポケモンを出しても、
ポケモン達が、あの境界線を越えられないような仕組みになっているんだ。」


つまり、部活スペース内から外へは、ポケモンは出ることが出来ないらしい。
バトル中の安全確保以外の機能も担っているようだ。
本当にあの地割れ線は何なのか、ますます謎が深まった。

しかし、スペース内ならゲノセクトは出れないということなら、周りに被害を与えることもない。
それは とてもありがたいことだった。


「んー…でも不法侵入で、校則違反っすよね…」


ゴールデンウィーク中、トクサネ高校は閉鎖される。
もちろん、その間に学校内に入るのは禁止されている。
部の活動拠点が安全であることをもっと早くに知っていたら、部活中にゲノセクトを出していたのだが…。
さっさと相談した方が良かったのかもしれない。

難しい顔をして悩む。
行動をはやく起こすか、危ない橋は渡らないか。
頭の中で、2つを天秤にかける。


「でも、自宅で出す方が危険とちゃうか?」

「普段だったら、授業もあるから、部活の時間は限られてるしね。」

「…虎穴に入らずんば虎子を得ず…」



迷う素振りを見せるヒロノに、3人からの追撃が飛んできた。

ーうーん、確かにそうなんだよなー…

3人の言葉に、ヒロノの心は不法侵入する方へと、傾いた。
本人は自覚していないだろうが、一ヶ月足らずで、確実に 部の影響を受けてきている。感覚が、徐々にずれてきていた。

なによりも、自分が ゲノセクトとの関係を改善したい気持ちが高まっているこの時を、逃してはいけない気がしていた。


乗り気になってきたヒロノに、イッシキはニヤリと笑って告げる。


「まあ、1人では出来ることも限られるだろうっ!暇な日は俺も付き合ってやろうっ!」


その横に座っていたフタバは小声で
「イッシキに暇じゃない時はないと思うけどな。」と苦笑い。
その後、彼もヒロノの方を見る。


「あ、僕も。ゲノセクトと戦えたら面白いだろうし。」


まだゲノセクトととのバトルを、フタバは諦めていなかったらしい。
ゲノセクトの方も、フタバ先輩のことをまだ覚えていると思うのだが…。


「…私も手伝う。」

「もちろん、うちも協力するー!」


残りの女子2名も、先ほどの男性陣に便乗するように手を挙げる。




「…ありがとう」


照れ臭くなって、足元を見ながら小声で礼を告げた。

結局、レジェンドクラブのメンバー全員で学校に無断で進入することが決まったのだった。







「でヒロノ君は、いつならいけるん?」


大型連休なので、何らかの予定は 人それぞれ入れてあるだろう。
具体的に計画を立てるためにも、
まずは 肝心のヒロノの予定を 知る必要がある。


「そうだな…この3日間かな。」


ヒロノが机に置かれたカレンダーの日付を指差した。
初日と最終日に予定を入れていたが、真ん中の3日間については何もない。
他の4人はカレンダーを覗き込み、各自 メモやらポケナビやらを確認する。



「おおっ!この日は空いてるぞっ!」

「僕はこの日だけだね。」

「…私はここ。」

「うちはこの日やねー。」


それぞれカレンダーの日付けを指差す。

3日間の 初日を イッシキ、
2日目を コジマ、
3日目を アスミとフタバ
が指で示していた。


「けっこう分かれたな…」


3日間中、誰か一人は先輩がいることになる。
もしもの事態には発展しにくいだろう。
内心 心強い。





「ではっ、諸君っ!ヒロノとゲノセクトの関係修復大作戦をゴールデンウィークに決行するっ!」


「「「おー!!!」」」


仕切るように声を出すイッシキに同調する3人。
非常にノリがよろしい。


「お、おー…」


ヒロノは戸惑うように、微妙な声で一応同調する。
しかし、形だけ合わせたヒロノを部長が見逃すはずもない。


「おいっ!お前が声を張らずしてどうするっ!」

「えー…いやー…こっぱずかしいんですけど…」


文化祭じゃないんだから、いちいちこんなことをしなくても…。
そうでなくても、ヒロノは文化祭や体育祭的なノリが苦手だった。


「これぐらいのことでっ、恥ずかしがってどうするっ!さあ、もう一度っ!」


グイグイ迫ってくるイッシキ。
見かねたフタバは こそっと ヒロノの耳元で ささやく。


「早めに言った方がいいよ。イッシキしつこいから。」


どこか諦めている口調だった。
アスミは本心から乗ってそうだったが、もしかして2名の先輩方は実は仕方なく合わせているのだろうか。

こうなったらヤケだ。


「お、おー!!」


顔を赤くしながらも、なんとか大声を出したヒロノに
ようやくイッシキも満足したように頷く。


「では、ゴールデンウィークになっ!」


笑顔でそう言うと、さっさと部室からイッシキは出て行った。
イッシキが去った後、なおも顔を赤くしているヒロノに フタバが話しかけた。


「大目に見てやって。悪いやつではないから…多分。」


「………へい。」


それはそう思う。
自分の面倒ごとに付き合ってくれているし。











1日目・イッシキ



時刻は朝の9時頃。
ヒロノは周囲に誰もいないことを確認すると、門に手を掛け、よっと声を上げながらそのまま校門を飛び越えた。

着地した後、再び周囲を見回し、物陰に隠れるように、レジェンドクラブ活動拠点へと向かっていく。
平静を装っているが、内心は心臓が飛び出そうなほど緊張していた。
これをあと、2日やるのか…
我ながらノリと勢いに押され、この案に自分から乗ってしまったことを少し後悔していた。






「よーしっ!遅れず来たなっ!ヒロノっ!」


活動拠点につくと、何食わぬ顔で既にイッシキがいた。
緊張している様子はまるでない。
こういうのも何だが、不法侵入に慣れていそうだ。


「じゃあ、さっそくゲノセクトを…」

「待てっ!!」


腰のボールからゲノセクトを外に出そうとしたヒロノをイッシキが制した。
そのまま、ヒロノを部室へと引っ張っていく。
何か事前にやることでもあるのだろうか。







部室に入ると、机の上に置かれている やたら 縦に高い置物が目に付いた。
上に布が被せられているため、正体は判断できない。
ヒロノが来る前にイッシキが置いたものだろうか?

向かい合う様に椅子に座ると、イッシキは再び口を開いた。



「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず、という言葉があるだろうっ!」

「敵を知り、己を知ればーってやつっすか?」


そうだ、とイッシキは頷く。


「部に入部してから、熱心に本を読んでいるようだがっ!
肝心のゲノセクトについてはイマイチだろうっ?」

「う…そうです。」


つまり、イッシキはヒロノがゲノセクトについて知識不足である、と言いたいらしい。

コジマ先輩のレジアイスを見て以降、伝説のポケモンに知ることに積極的になっていた。
大部分の顔と名前ぐらいは覚えてきたところだ。

もちろん、それに並行してゲノセクト関係の書籍がないか 調べてみたが、
そういった類の本は見つからなかったのだった。



「まあ、無理もないっ!」


意外にも、部長はヒロノの現状に怒らなかった。


「ゲノセクトはなっ、発見されてからの日がまだまだ浅い種なのだっ!」


そうだったのか…。
道理で 伝承関係は 一切見つからないわけだ。
歴史が浅いポケモンということか。


「というわけでっ、これだっ!」


イッシキは置物に被せられていた布を取り払った。
布で隠れていた部分からは 大量に積まれた本が姿を現した。

…嫌な予感がする。


「これらの本に、部分部分ではあるがっ、ゲノセクトについて書かれているっ!」


そう言うと、大量の本をヒロノの方へと寄せ、新品のレポート用紙の束を差し出した。


「重要な点を抜き出して、このレポートにまとめろっ!」

「ええーっ?!」


まさかの勉強?!
自分が想像していたのと違う!
しかも、本は一冊一冊がかなり太い。
これを全部読むのか…?!
やる前から泣いてしまいそうだ。



「ポケモンと直接向き合って、とかじゃないんすか?!」


ヒロノが抗議すると、チッチッチといった様子で指を振る。


「それは他の3名がやってくれるだろうっ!
だから 伝説マニアの俺が、ゲノセクトについての知識を叩き込んでやろうと言うのだっ!」


イッシキ部長は それぞれの部員が
違うアプローチの仕方を
教えた方が良いと考えたらしい。

その親切心から、こうなったのだろうが、まさか勉強とは…。
イッシキ部長は実は勤勉家なのか?

とりあえずは、イッシキが部員の中で一番伝説のポケモンに詳しいということは間違いだろう。


「さあっ!制限時間は2時間っ!これが終わったらっ、特別テストだっ!」


ストップウォッチと一枚の紙も取り出す。
わざわざテストまで作ってきてくれたらしい…。
真心はこもっているだろうが、ちっとも嬉しくない。

イッシキに促され、
ヒロノは本の山から一冊を適当に手に取り、がむしゃらに読み始めた。


ゲノセクトを出さないなら、危険をおかして学校に不法侵入する必要はあったのだろうか。














「ゲノセクトが覚えられない技はどれかっ?
A・テクノバスター
B・かえんほうしゃ
C・いあいぎり
D・そらをとぶ」

「…C」


「ゲノセクトに こうかばつぐんのタイプはっ?」

「…炎」


「今何問目だっ?」

「……20問目」


「さあーってっ!今日は終わりだっ!」


終わりの合図をするように、手のひらでパンパンと音を立てる。
それと同時に、ヒロノは頭から机に倒れこんだ。

窓から既に月が昇っているのが見える。
本当に丸一日勉強漬けだった。



挿絵画像





「なかなかゲノセクトについての知識が深まったのではないかっ?」

「……………はい……」

「元気がないなっ?」

「あ、頭がパンクしそうっす…。」



勉強のし過ぎで頭が痛い…。
本の読み過ぎで目も痛い…。
文字の書きすぎで手も痛い…。

いろいろと満身創痍の状態だった。
ヒロノの学業の成績は中の下あたり。
勉強はあまり得意ではないし、好きでもない。



「まあ、これでお前もゲノセクトの能力、技、相性がわかっただろうっ?
これでっ、心置きなくフタバのバトル講座が受けられるなっ!」


イッシキのセリフに顔をうつ伏せにしたままの状態で、ヒロノの耳だけがピクリと動く。
机に体をつけたまま、ズルズルと顔だけを上げてイッシキの方を睨むように見る。



「……もしかして、そのための勉強だったんすか?」


「まあっ、それもあるっ!」


あるのかよ。
再びヒロノは ガンと音を立てて 顔を机にぶつけた。
もう疲れ過ぎて文句を言える気力もない…。

疲れ切ったヒロノに対し、イッシキはニヤリと笑った表情のまま、さらに言葉を続けた。
もっとも、再び うつ伏せ状態になったヒロノには彼の表情など確認出来ないのだが。


「しかしだなっ!これから向き合っていく相手のことを知るのは無駄なことではないだろうっ?」


表面上、ヒロノの反応はなかった。
正しく言えば、返答する元気がないのだった。

だが、心中ではイッシキの言葉に同意していた。


ヒロノは机でうつ伏せに寝ている体制のまま、ゴロリと顔を横に向けた。
視線の先には壁があるだけだ。





「……ゲノセクトって人造のポケモンだったんすね……。」




独り言のようにポツリと呟く。
今日知ったゲノセクトの知識の中で最も頭に残ったのは、
戦闘能力でもなく、タイプ相性の優秀性でもなく、技でもなく、
ゲノセクトの生態だった。


イッシュ地方でポケモンの解放を名目に悪事を働いた謎の組織、プラズマ団。
彼らのポケモン改造実験により誕生したのがゲノセクトだったのだ。



虚空を見つめ、ぼんやりとした状態の彼に、イッシキは問いかける。


「そのことにっ、どう思ったのだっ?」


「………正直、ますますどうすればわからなくなりました。
あいつとどう接すればいいか……。」


「そうかっ。」


一言だけ返すとイッシキも天井を見上げた。
天井には何もない。
部室を照らす電球があるだけだ。


「俺は別に構わんと思うがなっ!」


普段通りの明るい大声でイッシキも、独り言のように発言する


「何がっすか?」

「ゲノセクトが人の手が加わっていようが、そうでなかろうかがだっ!」


部長の意外な一言に思わず、ヒロノは眉をひそめ、
顔をイッシキの方へと向ける。


「イッシキ部長はポケモンの改造になんとも思わないんすか…?」


少し責めるようなヒロノの声に、イッシキはまさか、とでも言うかのように首を振る。
むしろ、少し怒りの混じった声で返答する。



「そうとは言っておらんっ!むしろ忌むべき行為だっ!我々はポケモンに力を借りて共に暮らしているっ!
そのような相手にこのような行為は命を侮辱するもっ当然だっ!!」


「じゃあ…何で?」


「お前と共にいるゲノセクトはっ、
誕生の経緯も含めてのゲノセクトだっ、ということだっ!」


どういうことなのだろうか。
イッシキはさらに言葉を続ける。



「ゲノセクトの元となったポケモンはっ、3億年前に生きた最強のハンターだったっ。」


今日知ったことの一つだ。
そのため、ゲノセクトの分類は『こせいだいポケモン』とされている。


「だがっ、それはゲノセクトではないっ!そいつを改造して生まれたのがゲノセクトっ!もう別種だっ!」


何となくだが、イッシキの言いたいことがわかってきた。
自分の推測を本人に尋ねる。


「ゲノセクトの全部を受け入れろ…ってことっすか…?」


「全力で向き合うことには相手を知ることも含まれるっ!俺はそう考えているっ!」


イッシキはイエスとは言わなかった。
しかし、ヒロノに返答したということは、概ね彼の言いたかったことは合っていたらしい。

再び視線をイッシキから外し、何もない壁の方を見る。


3億年。
人間の一生など短すぎて、その年月の大きさは理解できない。
漠然と遠い、遠い昔のことだとしか考えられない。
そんな遠い昔に生きたポケモンが復活してして、人の手が加わって、自分の所にいる。



「孤独なポケモンっすね…。ゲノセクト…。」


いろいろな意味でそう思った。
彼の声には複雑な感情が入り混じっていた。

ちらりと、イッシキはヒロノの方を見る。
彼はヒロノの心情を察したのかは定かではない。



「そう思うならっ、そう思えなくなる関係を築けば良いっ!
ゲノセクトのことを知れたことでもっ進歩だろうっ!」

「……うっす。」


そのままの体勢で小さく返事をする。
その瞳は限りなく細い…。
いろいろと疲れたのだろう。
今にもその場で眠ってしまいそうだった。

イッシキは少し焦った声で、彼に注意を促す。


「おいっ!さすがにっ、この場で寝るなよっ!」

「……………。」


返事はなかった。
ヒロノはゲノセクトのことに、いろいろと思いを馳せたまま夢の世界へと行っていた。

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