第8話 “追放された守護者” (6)

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今回はポケモン同士の会話がメインにつき、ほとんどのポケモン語を翻訳しています。
 ミラージュ王国の、まるで卵を象った丸みのある城は、その表面を見れば石畳が覆う古風な造りをしている。しかしその実態は現代技術を結集させて改築を重ねたハイテクな要塞であった。
 たとえば防衛設備ひとつ見ても明らかである。国民僅か4万人ともあって軍隊を持つことは難しく、いっそ全て自動化させてしまおうと結論付けた結果、街の空を徘徊する「ドローン」、街の建造物の要所に設置された自動砲台「タレット」が国防を一手に担うこととなった。城には、それらシステムを一括管理する大規模ネットワークのサーバーやコンソールが立ち並ぶ部屋があった。
 とにかく古風な城の至る所で、テクノロジーが介在しているのだ。

 地下の牢獄も同じである。
 一見してただの鉄格子と洞穴のような空間に覆われた牢獄は、バリアーに覆われている。穴を掘っても、鉄格子を破っても、見えない壁にぶち当たってしまうのだ。

 それを知っている城の兵士や給仕係たちは、牢に放り込まれた瞬間から反抗の意思を失った。城の庭園に住まう野生ポケモン達も、最初は鉄格子に《体当たり》したり《穴を掘る》で抜け道を作ろうと頑張っていたのだが、次第に諦めて人間達と同じように動かなくなってしまった。
 ただ唯一、1匹の♀のピカチュウだけは失意を表に出さなかった。

「この、この、このーッ!」

 まるで八つ当たりのように《電光石火》や《電気ショック》を派手に鉄格子にぶつけた挙句、ようやくピカチュウは止まった。ぜーぜーと息切れを起こして座り込み、どうにもならない鉄格子を見上げる。
 そして唐突に、壁際で塞ぎ込んでいるツタージャを睨みつけた。

「ちょっと!」
「……何?」

 最小限の動きだけで視線を彼女に向けるツタージャの目は、そこいらのゴーストポケモンよりもおっかない、まるで何かを今にも呪ってしまいそうな雰囲気を漂わせた。
 そんな目でジロリと見られてピカチュウは思わず引いてしまったが、負けじと拳を握って。

「これ壊すの手伝って、ここから出たいの!」
「みんなが無理だったんだから、君でも僕でも無理だよ」

 と、言ってツタージャが見遣った先はカイリキーやサイドンといった重量級のポケモン達。いずれも今でこそやる気を失ってしまっているが、先ほどまで思い思いに大技を放っていた。
 もっとも、それが通用しなくて彼らは凹んでしまった訳だが。

「みんな動いたから無理だって分かるけど、あなたはまだでしょ? あたしも無駄だと思うけど、万にひとつってあるじゃないの」
「ほらね、僕に期待してないんなら、万にひとつでもやる意味は無いんだよ」

 いらり。
 何だか知らないけども、このやる気の無さというか、諦めの潔さというか、この捻くれようは何?
 そっぽを向いたツタージャに向けて電撃をぶちかましてやりたい欲求をグッと抑えて、ピカチュウはひとつ呼吸を置いた。

「あたし、リッカ。あなたは? ここらじゃ見ない顔だけど」
「こんにちは、リッカ。名乗ってくれて嬉しいけど、あいにく名前を付けてくれる相手が居なかったから、僕に名前は無いんだよ」
「へー……トレーナーと一緒なのに?」

 ツタージャがピクリと反応した。
 先刻までこの牢獄に入っていたミオのことを言っているのだろう。リザードンと仲良く外に出てからの事は知らないけれど。

「あんなの、違うよ」

 投げやりな返事に、リッカはきょとんとした顔でツタージャを見つめた。
 次第に「ははーん」と零して、にやにやと笑いながら。

「ケンカ?」
「違うね、これはケンカじゃなくて……えっと……見限ったんだよ」
「声がちょっと上擦ってたよ、やっぱりケンカだ」

 けらけらと笑うリッカに、ツタージャは睨みを飛ばした。
 陰鬱とした瞳の雰囲気が相まって、目だけは怖い。

「あいつはトレーナーなんかじゃないよ。僕に見向きもせず、僕よりもずっと強そうなポケモンを手に入れたんだからね」

 何だかよく分からないけれど、牢から出た少女はこのツタージャを放置したらしい。
 それは、と口を挟もうとした途端、リッカを遮って更に愚痴が雪崩れ込む。

「まあ気持ちは分かるんだよ、敵はトゲキッスだから空中で戦えるポケモンの方が便利だしね。でも僕だって空の敵に手立てが無い訳でもないし、きちんと僕の技を把握してくれてたらそんな選択は絶対にしないと思うんだよ。にも関わらず向こうを選んだってことは、僕に大して関心を持ってないってことの証明だよね。それなら僕も僕で気楽に見限れるし、楽って言えば楽だから、むしろせいせいしたよ。これであっちが負けて、そのうち僕に泣きながら謝りに来ても、許す気なんて全然ないけどね。あーあ、最初から僕を助けようとすれば見直してあげたのにね」

 この後も延々と続くツタージャの文句が、リッカの垂れた耳から耳へと筒抜けていく。おそらく意識して耳を傾けたのは冒頭辺りだけだろう。
 最初はぽかんと口を開けて聞き流していた。しかしとうとう耐え兼ねて、リッカの雷が落ちた。

「長いッ!!」

 ゴロゴロと鳴り響く雷鳴に、牢獄の人間達はおろか、ポケモン達も揃って仰天した顔でリッカを見つめた。もちろんツタージャもである。
 何事かと視線が注がれる中、リッカは更に続けてツタージャの目前に立ちはだかり。

「男の子でしょーが、うだうだゆーな! そんなに文句があるならあたしに言わずにトレーナーに言えば良いでしょ!」
「そうだね、今度翻訳機を使って言ってみるよ」
「そうじゃなくて! トレーナーの傍で言うの!」

 凄まじい迫力で何を言ってるんだ、とツタージャは神妙そうにリッカを眺めていた。
 しかしその後の沈黙の間に、なんとなくだが理解できてきたような気がした。伝え方は乱雑であるものの彼女の言わんとすることが。
 ふわりとしたようなイメージしか無いが、しっくり来る。それがむしろツタージャにとって疑問となった。

「……トレーナーがいるの?」
「そー思う?」
「たった一言二言なのに、妙な説得力があったよ」

 すっかり沈静化した2匹に、周りもようやく元の無気力に戻っていく。
 それならあたしを手伝ってよ、とリッカが心の中で愚痴を零すも、それを口に出して言ったとしても誰も聞いてはくれないだろう。とうとうリッカもため息を吐いて、ツタージャの隣に座り込んでしまった。

 しかし。

「ま、確かにここで言ってもしょうがないよね」

 代わりに立ち上がった者がいた。
 リッカの火が燃え移り、ツタージャを突き動かしたのだ。彼は立ち上がって、すたすたとリッカの前を通り過ぎる。そして悠然とそこに立ちはだかる鉄格子に相対して姿勢を低く、技の構えを取った。
 驚いたのはリッカだ。

「なっ、何してんの?」
「リッカがしようとしてた事だよ。無駄だと思うけど、一応やってみても損は無いしね。……疲れるけど」

 ぽかんと口を開けてその背中を見つめていたリッカの表情が、だんだんと強気の笑みに戻っていく。

「素直じゃない奴」

 その呟きは、彼の耳に届いただろうか。
 小さな草蛇ポケモンは、低い姿勢からバネのように跳躍する。宙でその身を回転させて、その周りを空気の渦が包み、みるみるうちに渦に光る葉が混ざっていく。
 《リーフストーム》。高レベルの草ポケモンが覚える大技だ。
 ひょっとするとこれならいけるかも、と、リッカのみならず他のポケモン達や人間達も彼に視線を注いだ。

 だが、その希望は虚しく潰える。

 ツタージャの放った葉の竜巻は、その小さな身を離れて槍撃の如く、鉄格子とバリアーを突き破ろうとした。鉄格子に無数の傷をつける事には成功したものの、傍目から見てそれは明らかに失敗であった。《リーフストーム》はバリアーにぶち当たり、まるで夢マボロシのように散り散りに霧散してしまった。
 ひょっとすると、と期待していたリッカも残念そうに肩を落とす。

「今のでも無理か〜……」

 リッカだけでなく、誰もが落胆した。
 《リーフストーム》は、いわば一発限りの大技に近い。撃てば反動で特殊攻撃の能力が格段に下がるのである。もう一度撃ったとしても、今度はそよ風が精一杯だろう。

 にも関わらず、ツタージャは引き下がらなかった。むしろまだまだと言いたげに、再び姿勢を低く構える。
 それを見たリッカは、思わず。

「よしなさいよ、今のでダメだったらもう無理だって」

 これにツタージャは、チラリと視線をやって。

「ねえ、リッカは僕の特性って知ってる?」
「んーっと……?」

 トレーナーでもなし、イーブイやロコンの特性ならともかくツタージャの特性なんて。
 リッカが怪訝そうに疑問符を浮かべていたので、ツタージャは僅かに口角を吊り上げた。

「天邪鬼」

 言って、彼は再び宙に舞った。
 葉っぱが視界を埋め尽くすほどに広がり、次第にツタージャの周りに凝縮していく。それは先ほどと同じ《リーフストーム》だ。
 ……同じ?
 ううん同じじゃない、さっきより大きいぞ。
 途端に、その意味に気付いたリッカは「あ。」と零した。

 結局2発目の《リーフストーム》も牢を破るには至らなかった。せいぜいガタガタと鉄格子を揺らし、バリアーが不安定な点滅を見せたぐらいである。
 牢に閉じ込められた皆が注目し、期待を視線に乗せてツタージャを見つめる中、リッカだけはわなわなと震えていた。

 そ……そ……。

「それを最初に言いなさいよー!!」

 特性《天邪鬼》。それは能力が下がる事があれば、逆にその分だけ能力を上げてしまう、なんとも捻くれ者にこれ以上なく相応しい力である。
 それに気付いたリッカから怒号が飛ぶ頃には、3発目の《リーフストーム》のお陰で一緒になって鉄格子とバリアーも吹っ飛んでいた。
 大量の土煙が舞い、天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。それらが晴れて落ち着いた頃になって、ツタージャは息を荒くしているリッカに振り返った。

「……ごめん、まさか僕がこの中で一番強いなんて思ってなかったからね」

 とうとうリッカから電撃がツタージャに飛んだ。





「あれ?」

 地下牢前の通路に敷き詰められた石畳、そのひとつの板石が持ち上がって、その下からユキメノコが顔を出した。
 てっきりそこは地下牢の前で、鉄格子の奥には大勢が囚われているものとばかり思っていた。しかしどうも囚人は見当たらないどころか、牢を覆う鉄格子さえ見当たらない。見えるのは、辺りに散らばる歪んだ鉄の棒と、何か大技をぶつけたであろう爆心地のような崩れ跡、それから歓喜に満ちた様子で次々と牢だった場所から出てくる人々やポケモン達の姿である。

「私たちが手を貸さずとも自力で逃げちゃったぜ」
「そのようだ」

 這い出るユキメノコに続いて、サマヨールの《サイコキネシス》で彼自身とレノードが通路に出てきた。
 新手の敵か、とどよめきが広がる中、レノードは身分証となるプロメテウスのバッジを指し示しながら。

「皆さん、僕はポケモンGメンの権限を委任された捜査官です! 我々はミラージュ王国奪還作戦の任務を遂行中です、ひょっとすると危険があるかもしれないので皆さんは今しばらくここで待機していてください」

 彼の簡潔な説明は皆の納得と理解を得た。
 ポケモンGメンなら安心だ。彼らに任せよう。頷きが広がる中、1匹のツタージャが一歩前に出た。

「あれ、こいつ……ミオのツタージャ?」

 ユキメノコが怪訝そうに覗き込んでくると、ツタージャはこくりと頷いて。

「タジャ」

 と、鳴いた。
 マジか、と零してユキメノコはレノードの判断を仰ぐべく振り返った。視線を交わして彼が頷くと、それなら、と。

「お前も一緒に来な、やらなきゃならねー事があるんだ。ミオを助けるためにも」
「上へ急ぎますよ」

 返事を待たずして、レノード、サマヨール、ユキメノコは続々と石の階段を上っていく。
 ツタージャも意気込み新たにそれに続こうと一歩踏み出して、しかしすぐに立ち止まった。言うべき相手に言わなきゃならない事がひとつ。

「……タージャ」

 振り返ったツタージャに、リッカはニッと歯を見せる笑顔を浮かべて。

「ピカ!」

 と、彼にエールを送るのだった。
 ……願わくば、その厄介な性格が災いしないことを祈って。いや、本当に。
クロスオーバー企画のラスト、第4弾です。
璃那さんの作品『森の子供たち』よりリッカをお借りしました。
キャラクターを貸してくださった璃那さん、ありがとうございました!

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