第3話 “テレポート恐怖症” (1)

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 初仕事が上手く行ったら、大方の人達は嬉しく思うものではないだろうか。または、自分の腕に自信を持つ等、とにかくポジティブに思うだろう。
 だがユキメノコは、終始ずっと退屈そうな顔を浮かべていた。
 代わりに幸せになった一家のお礼を受けて、家のドアを閉じた瞬間から、その不満は爆発した。

「だーからくだらねえって言ったんだよ。何が幽霊だ、ったくよー」
「そう文句を言わずに、良かったじゃないですか。貴方の推理で、無事に事件は解決だ」
「何が推理だ、お前最初っから気付いてただろ」
「まあ、確かに、あの家にムンナが居た時点で大方の予想はついていましたがね」

 明るい満月の下、整った歩行者道を揃って歩く。車の通りも殆どなく、街路樹に留まるホーホーの鳴き声さえ聞こえる。
 そんな夜の風物詩にミオ以外は意識を払う事もなく、レノードはユキメノコから飛んでくる突き刺さるような視線に肩を竦めた。そんな彼の脇腹を指で突きながら、ユキメノコは捲し立てるように言い寄った。

「ムンナの見る悪夢が特性『シンクロ』で拡散、周りもトバッチリを喰らってただけじゃねーか」
「確かに今回はハズレかもしれませんがね、最初はそんなものです。こういう普通の事件を重ねていけば、いずれ未知の現象にも立ち会えますよ。それこそ、解明には貴方のように知性に富んだ方の推理が必要な、現象にね」

 それがお世辞なのは明白だったが、しかし少なくとも、この男は今まで組んだ誰よりも機知に富んでいる事は分かった。調査に臨む姿勢からも、豊かな経験の片鱗が伺える。
 なるほど確かに清掃員らしくない。ユキメノコはため息を吐きながらも、自分の中で彼に対する好奇心が芽生えつつある事に気付いた。

「……まーあんたらとの仕事は別に苦じゃなかったし、あんたも私と良い勝負できそーな感じだから、これなら続けてやっても良いかなーとは思ったぜ」

 そっぽを向いて語るユキメノコに、レノードはにんまりと笑みを浮かべた。

「さあ、では引き上げましょう」

 ちょうど角を曲がって、寂れた商店街の路地裏に入った。レノードは足を止め、袖を捲り、左の手首に巻いたポケッチを露にする。
 ユキメノコは半目で、レノードがポケッチのパネルを操作する様子を眺めていた。

「この『転送』って奴の方がよっぽど面白いかもなー」
「今度エンジニアの方を紹介しますよ。ミラージュシステムの調整もしている方で、皆からはチーフと呼ばれています。気さくな方で、きっと貴方も気に入る筈だ」
「ま、楽しみにしとくぜ」

 興味ない素振りの中に、レノードは確かな好奇心の高揚を見た。どこか、わざとらしいのだ。
 一方ミオは、一歩後ずさり、生唾を呑んでいた。

「ほら、ミオ、こちらへ」
「うん……」

 レノードの手招きには嫌々ながらも応じる。今度は袖を掴み、寄り添い、密着する。

「どうしました?」

 訊ねると、ミオは苦々しい顔を浮かべ、ふるふると頭を横に振りながらレノードを見上げる。

「転送で帰らなきゃダメ?」
「最初のうちはちょっと慣れないかもしれませんが、そのうち慣れます。貴方にだって、エスパータイプの血が流れているんですからねぇ」

 そうだけど……と、ミオの表情が更に沈む。

「量子テレポーテーションって奴だろ? 分かるぜー、エスパーポケモンのテレポートもそうだけどよー。なんか、自分の身体が一瞬、世界から消えて無くなってるって感じ……」

 そこまで言いかけて、得意げに語るユキメノコの勢いが失速した。レノードとミオからジト目を投げつけられれば、仕方ない。

「貴方も脅かすのが好きですねぇ」
「私もゴーストポケモンだぜー、こう見えて」

 ケケケ、と笑うユキメノコをよそに、レノードは、ふと袖を掴むミオの手が震えている事に気がついた。余程最初の転送で違和感を覚えてしまったのだろう。
 無理に連れて帰っても良かったが、さすがに気が咎める。仕方ないか、と諦め気味に、レノードは魔法の言葉を言い放つ。

「……帰ったらミアレチョコレートをあげましょう」
「やった!」

 雨は上がり、太陽が現れる。ミオの表情を天気に例えれば、そんな感じだろう。
 代わりにユキメノコも首を突っ込む口実を与えてしまうのだが。

「おい待てよ、そんな良いものどーしたんだ? 高級品だろ?」
「それもひとつのミステリーです」
「……私にもくれよぉ」

 らしくない甘えた声。言わなきゃ良かったと、行き掛けに声をかけてきたケインズ長官の顔を思い出しながら、渋々と頷いた。

「転送を」

 ポケッチに向けて一言。
 それが合図となり、2人と1匹は光の粒子に包まれた。



 転送、すなわちテレポートに係る体感時間は、一瞬ではない。もちろん現実には一瞬なのだが、まるで意識だけ時間の流れを離れて、ふわりと浮いたような感覚を味わう。この感覚に、乗り物酔いにも似た吐き気や目眩を感じる者は、極稀に存在していた。
 おそらくミオもこの類いだろう、レノードとユキメノコは、そう思っていた。

「さあ、まずは晩ご飯を食べてからー……」

 無事にプロメテウスの転送室に現れ、レノードは見慣れた光景に安堵する。
 そんな暇もなく、隣りに現れ、力無く床に倒れ込んだミオを見て、その安心はロウソクの灯のように容易く消し飛んだ。

「……ミオ?」

 足を忍ばせ、覗き込みながら、穏やかに訊ねてみる。もちろん倒れたミオからの返事は無い。
 募る疑問よりも先に、ユキメノコが声を荒げた。

「ミオ!」

 それでも彼女からの返事は得られなかった。
 事態を把握したレノードは、ドア横の操作パネルに触れ、冷静な声で、しかし急ぎ足で必要な措置を取る。

「医務室、急患発生。直ちに転送室へ急行を。ミオが倒れました」
「おい、見てみろよコレ」

 ミオの身体に触れながら、ユキメノコは息を呑み、驚きを隠しきれずに動揺した声で彼を促した。
 ごろんと仰向けに転がされる、少女の身体。その身体の下敷きになっていた右腕が露になる。
 酷く焼け爛れて、赤黒く焦げた、見るも無惨な右腕が。

「何だよ、これ」

 ユキメノコの問いに、レノードは首を横に振りながら答えた。

「分からない……謎ですね」

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