第39話 頂点は並び立たない
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
ポケモンに優劣はない。
けれど、ともに戦うトレーナーに優劣は存在する。
だからこそポケモンバトルで雌雄を決するのだ。
数多のトレーナーを乗り越え、感覚を研ぎ澄ませ、勝利へとひたすらに進め。そこに過去も現在もなく、状況もなく、運もなく、〝勝利すべし〟というただ一点。
すべからく目指す場所は――原点にして、頂点。
「ブレンド!」
「キュア!」
キュウコンの尾に9つの光りが灯る。鬼火とはまた違う、9つの淡い燐光がふわりと浮かび上がった。ゆらゆら、ゆらゆらとギャラドスへ近づいてくる燐光に、レッドは嫌な予感がした。
「ギャ……ギャア!?」
揺れる燐光がぽぅっと大きく膨れ上がった。太陽の隠れた空の下、燐光の作り出した影がギャラドスの周囲にまとわりつく。手を取りあって踊るように周囲を回る燐光に、ギャラドスは戸惑った。逃れようと身を捩るが9つの燐光が許さない。
「あやしい光!」
躍る燐光がギャラドスへと収束し、一斉に弾けた。強烈な閃光と不気味な色彩がギャラドスの目を貫く。
「ギャ、ギャガヤ、ギャギャ? ……ギャアアアアアアアアア!!」
「ギャラちゃ――うわっ!?」
あやしい光によってギャラドスの目から理性の光が消え去った。ギャラドスは大きく体をうねらせると、混乱からくる怒りのままに、破壊光線を放つ。標的の定まらない破壊光線がフィールドを蹂躙した。破壊光線の風圧、飛散するフィールドの瓦礫にレッドは反射的に目を覆った。
「エナジーボール!」
ギャラドスに追い打ちがかかる声がして、レッドは即座に声の方向へと顔を向けた。めくれ上がったフィールドの瓦礫の切っ先に悠然と立つキュウコン。光る緑のエネルギー体がギャラドスへと放たれた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
「――!」
しかし、ギャラドスは予想もしない行動へ出た。エナジーボールなど目もくれず、長い尾を振り回した。破壊光線の反動と、混乱と。エナジーボールを放った直後のキュウコンに、暴れまわるギャラドスの尾が直撃した。
「キュアアアアアアアアアアアアン!!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
横殴りに吹っ飛ぶキュウコンと、エナジーボールの直撃に絶叫するギャラドス。空中で必死に体勢を整えようとしたキュウコンだったが、その体はフィールド外――屋上外へと飛び出した。
「ブレンド!!」
咄嗟にメグルが飛び出した。間一髪でキュウコンの尾を掴むが、重さを支えきれず上体が前のめりに沈み込む。ギリギリで踏みとどまったメグルに、ぽつ、と水滴が落ちてきた。
「……っ!」
水滴は数を増やし、瞬く間に雨粒へと変わる。頭から、肩から、流れる雨粒が腕と足へ流れ、足元を濡らしていく。支える手から、キュウコンがずり落ちた。
「……ぐっ!」
なんとかつかみなおしたが、メグルの手はぶるぶると震えている。奥歯を噛みしめるメグルの体が、更に前へと引っ張られた。足底が浮かびあがり、もはや引っかかった胴体だけで抑え込んでいる。メグルは一瞬目を閉じると、開いた。
「戻りなさい、ブレンド!!」
「キュアアアアア!」
メグルはあえて手を離すと、直後に取ったモンスターボールで落下するキュウコンを戻した。赤い光がキュウコンを捉えボールへ戻っていく。ホッと息をついたメグルの体が、ずるりと前へ落ち込んだ。
「あ――しまっ……!」
悲鳴は続かない。
メグルの脳裏に浮かび上がる、〝死〟のイメージが。
体を流れる雨粒が。
上がる気泡と、冷たい海底と、暗くなる視界が――
届かない、手が。
ゆっくりと、〝生〟のフィールドから離れていく。
「ッ危ない!」
「ぶっ!」
レッドの手が、落下するメグルの足を掴んだ。唐突な落下の終わりと、反動でメグルの顔面がビルの壁と衝突する。ちょっと静かになったメグルを、レッドは急いで引き上げた。
「キュウコンは!?」
「うく……、だ、だいじょうぶれす」
赤くなった額と鼻を押さえ、メグルは手のモンスターボールを見せた。フィールド上にギャラドスの姿はない。安心に胸をなでおろすレッドの腰には、ギャラドスの入ったモンスターボールがあった。
「まだ戦えそうか?」
レッドの問いかけに、メグルが頷く。レッドはニッと笑った。
「そか! じゃあやろうぜ」
メグルの無事も確認し、レッドはくるりとフィールドに戻ろうとする。思わず、メグルはレッドの服をつかんだ。
「……咄嗟にあたしを助けたのは、ユズルの為?」
メグルの口から滑り出た問いかけに、服を掴まれたままレッドが振り返る。きょとんとした表情をしていた。
「それもあるけど……うーん、うーん? まぁ助かったんだから良いんじゃないか? それより続きだよつ・づ・き! バトル続行!」
「……へ?」
あっさりと流すと、今度はキラキラした目でメグルに詰め寄った。
「こんな楽しいバトル、途中で止めるなんてもったいないだろ?」
レッドは言った。
「あ、でもバトル終わったらちゃんとユズルに体返さなきゃ駄目だからな!」
「う……」
気負いも恐れもなく、ごく自然体に関わってくるレッドに、メグルはたじろいだ。ユズルの体を奪い取ったのは紛れもなくメグルであり、それはレッドも承知している筈だ。これまでの流れを考えれば、メグルは明確に彼らの〝敵〟である筈だが――
「で、でも、返すとは限らないじゃない。あなたが負けたら、返さないかもしれないわよ」
ユズルとメグルがくっついているのは、ここまで来るともはやメグルの意思ではどうしようもない。が、バトル中にも関わらず、どこか緊張感のないレッドに、メグルはムキになって言い返した。
「え? うーん、その時は、その時考えるさ。何より、キリやカスムとも約束したし、なんとかする。それにさ、」
レッドはちょこっとだけ難しい顔で考えたが、さほど悩まず答えを出した。迷いは一切感じられない口調のまま、続けた。
「オレは勝つよ。メグルに」
「――」
メグルは言葉を失った。
この少年に、気負いはない。おそらく、メグル以外のどんな相手と相対しようとも決して恐れることはない。
自分と、自身のポケモンへの絶対的な信頼感を持っていた。
相手が弱いとか、強いとか、そんなものは関係なくバトルを楽しもうとしていた。
「あーでも、一つだけ」
「な、なに?」
「このバトルが終わったら、今度はちゃんと自分の体で会いに来いよ」
それは、残酷な言葉なのかもしれない。
「こんな形じゃなくてさ」
けれど多分、この言葉で十分だった。
「そうしたら、もう一回思いっきり戦おう」
「――うん」
メグルは、応えた。腰のモンスターボールに手をかける。レッドも同じく手をかけた。
ぼぅんと、二人は同時にモンスターボールを放った。
「バウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ばさりと翼を広げるオレンジ色の巨体・カイリュー。
灰色の翼が広がり、突き出た口を開けて叫ぶポケモン・プテラ。
2匹はそれぞれのトレーナーを背中に乗せ上空へと飛ぶ。
雨が降る。曇天はますます色を濃くし、激しい雨がトレーナーとポケモンを打ち据えた。
「鋼の翼!」
ピキピキとプテラの翼が硬度を増し、艶やかな鋼へと変化する。しなやかな体と発達した翼により、先行していたプテラが急速にカイリューへと落下した。重力と、鋼化による加算重量により速度がグングン上がる。あっという間に目の前に落ちてきたプテラがカイリューに突っ込んだ。
「神速!」
「バウッ!!」
プテラの翼と衝突する間際、瞬間的にカイリューは速度を上げた。紙一重でプテラの翼を避けると、急旋回してプテラに体当たりを喰らわせる。
「ギャアッ!」
「プテ!」
衝撃にプテラは大勢を崩し、入れ違いにカイリューが上空へと。カイリューはプテラから距離を離すと、翼を打って風を起こし始めた。風は風を起こし、雨を巻き込み、やがて形を成していく。
「暴風!」
雨風の混じった凶悪な竜巻が発生した。カイリューから放たれる風は凄まじい暴風雨となってプテラとレッドに襲い掛かる。
「ギャアアアアアアアアア!!」
風雨の渦にレッドとプテラは一瞬で呑み込まれた。目を開けることもままならない暴風の中、レッドは必死にプテラにしがみついた。全身に叩きつけられる暴風雨にプテラは目を回す。翼が風雨にさらわれ、あらぬ方向へと引き寄せられた。
「ぐっ……! はかい……こうせん……!!」
が、レッドは諦めない。力強いレッドの指示に、プテラはカッと目を開いた。暴風に巻き込まれながらも、高圧力のエネルギーがプテラの前に集中する。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
プテラの口から放たれた破壊光線が暴風を引き裂いた。刃で切り裂くように暴風を裂くエネルギーの奔流にメグルは目を見開く。強制的に霧散させられた暴風。反動の硬直で落下するプテラを、カイリューと共に追いかけた。
「ドラゴンダイブ!」
「ぐっ……プテッ!」
カイリューの追撃にレッドはプテラの名を叫んだ。まだ反動が抜けきってはいない。渾身の力を振り絞り、プテラが翼を動かした。
しかし、足りない。
「バウウウウウウ!!」
「!」
その時、強い烈風がカイリューの体にぶつかった。突然の風にカイリューのドラゴンダイブが予定軌道を逸れる。カイリューのドラゴンダイブはプテラの翼を僅かにかすり、その横を通過した。
運も実力の内だ。外したカイリューとフィールドの距離が近くなる。メグルは落下するカイリューに叫んだ。
「上体引きなさい!」
「バウ!!」
カイリューが上体を引き上げる。が、ドラゴンダイブで勢いがついた巨体が転換するには、タイミングが遅すぎた。ギリギリで頭は引き上げたものの、胴体からフィールドへと突っ込んだ。
「バウウウウウウウウ!!」
フィールドを破壊しながらも、カイリューが背中を庇う。しっかりと首に抱き着いていたメグルは、ばっと背中から飛び降りた。
「ペコ!!」
「グ……バウ!!」
ダメージに怯んでいる暇はない。気合を入れてカイリューは立ち上がると、迫る上空の敵を睨み据えた。
「のしかかり!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアア!」
カイリューの眼前に鋭い爪が映った。落下そのままにプテラが全身でのしかかってくる。強烈な一撃がカイリューの顔面にめり込んだ。みしりと音が鳴る。が、カイリューはぐっと腕を上げると、自らの顔面にのしかかっているプテラの尻尾を掴んだ。
「ペコ、そのまま振り回して!」
「バウウウウウウウウオオオオオオ!!」
カイリューは全身全霊でプテラの尻尾を引っ張った。顔面から剥がされたプテラがフィールドへと叩きつけられる。衝撃でレッドもプテラから叩き落された。青筋を立てたカイリューが、振りかぶって回転を始める。
「ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、バオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ギャーアアアァァァァアァアァアアァァアアァァ!?」
カイリューの目が殺気立ち、振り回されるプテラは目を回している。ぐるんぐるんと振り回されるプテラが、しゃがみこんでいるレッドとメグルの頭上を掠っている。発生する風に髪を煽られながらもメグルが叫んだ。
「叩きつける!」
カイリューがぐんと腕を引き上げる。プテラの体が、遠心力を受けて空へと伸びあがった。そして――凄まじい力でフィールドに叩きつけられる。
「ギャアアアアアアアアアアアア! ア……ァ……!」
フィールドを豪快に破壊し、プテラは動かなくなった。
「ギ、バウ……」
カイリューは肩で息をしている。ぜーぜーと荒い息をつくと、どかりとその場に座り込んだ。プテラと同じく、かなり体力を消耗したようだ。
「戻れ!プテ!」
「戻って、ペコ!」
各々ポケモンを確認すると、ボールへと戻した。残すポケモンは、両者とも1匹のみ。お互いに最後のポケモンを手に取った。
「メロンパン!」
レッドがポケモンを出した。一番最初にハイドロポンプを放ったポケモン。ある意味で、レッドをこの舞台に指名した張本人。
「カメェェェェェェェェェェックス!」
メロンパンことカメックス、そのポケモンであった。
対するメグルが選んだ最後のポケモンは――
「グゥルリィイイイイ……」
パチパチと、全身が激しく帯電している。迸る雷に毛が逆立ち、針のように尖っていた。激しい横殴りの雨が降り注ぐ。唸るほどに、そのポケモン周囲が光り輝いた。相対するカメックスを見据え、最後のポケモン・サンダースは低く唸る。
ラストバトルが、始まった。
「今は、」
相対するサンダースに冷や汗をかきながらも――レッドは、カメックスに向かって微笑んだ。
「オレを信じてくれるか? メロンパン」
「カメッ!」
バチバチと、相対するサンダースに雷が集中する。体から漏れる電気がフィールドを伝っていた。ざわりと全身の毛が立ちあがった瞬間、サンダースが纏う雷が膨れ上がった。
「10万ボルト!」
「グゥルアアアアアアアアアアアアアア!!」
電撃が迸る。サンダースから放たれた雷撃がカメックスへと接近した。
「地割れ!!」
「カメッ!!」
サンダースが雷撃を放つのとほぼ同時、カメックスは足元のフィールドを叩き割った。すでに半壊状態となっていたフィールドが連鎖反応のようにヒビを広げていく。フィールドの一部が崩落し、カメックスとレッドは階下へと瓦礫と共に落下した。
「っ!?」
10万ボルトがフィールドを蹂躙する。しかし標的はすでにそこにいない。フィールド下から、レッドの声が響き渡った。
「ハイドロポンプ!!」
サンダースの足元からハイドロポンプがフィールドを突き破った。
「グゥルアッ!?」
爆散するフィールドの瓦礫と一緒に、サンダースが上空高く打ち上げられる。足元からひっくり返ったサンダースが、勢いを削がれた水流と共に墜落する。
「リョクチャ!」
「グゥ……!!」
墜落するサンダースが階下へと姿を現す。その瞬間を狙って、レッドは再び叫んだ。
「ハイドロポンプ!!」
「グゥルアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ハイドロポンプが放たれた瞬間、サンダースの全身から雷撃が迸った。直撃するハイドロポンプ。だが、その水流を縫うようにサンダースから放電が放たれる。光速で伝導した電流がカメックスを貫いた。
「ガアアアアアアアアアアアア!!」
「メロンパン!」
電気は水に弱い。ダメージに怯んだカメックスのロケット砲が照準を外れた。ハイドロポンプがまだ残っていた天井を更に破壊した。
「かみなり!」
メグルが階下へと飛び降りながら叫んだ。なんとか立ち上がったサンダースから、強い雷が上空へと打ち上げられる。レッドがサッと顔色を悪くし、カメックスへと指示を出す。
「メロンパ――」
「グゥルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
曇天が輝いた。サンダースの鳴き声に呼応するように、落雷がすべてを引き裂きカメックスへと墜落した。目も眩むような激しい光、鼓膜を貫く轟音。
その場にいた全員が息を飲んだように思われた。
雷の光から視力がわずかに回復し、メグルは目を開いた。
視界の開けた先、煙を上げながらも――〝こらえる〟で耐えきったカメックスと、叫ぶレッドの声が。
「ロケット頭突きいいいいいいいいいいいいい!」
「カメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
カメックスの巨体が、リョクチャへと迫った。
「グゥルアアアアアアアアアアアアッ!?」
正真正銘、最後の一撃がサンダースへと直撃した。吹っ飛んだサンダースが壁に激突する。カメックスがもろとも倒れこんだ。目を回し倒れるサンダース。
その上から、カメックスは体を起こした。
そばのメグルへ向く。
「カメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエックス!!」
勝利の咆哮を上げるように、力強く鳴いた。メグルの全身にびりびりと響き渡る声は。
〝約束は、果たした〟と。応えているようであった。
「……貴方の勝ちよ。メロンパン」
メグルは言った。そして気絶しているサンダースに駆け寄ると、その体を抱き上げる。
「お疲れ様」
そっと抱きしめ、自身のモンスターボールへと戻した。不意に近づいた気配にメグルが顔を上げる。雨は止んでいた。差し込む太陽を背にボロボロのレッドが立っていた。
「メグル」
レッドが右手を差し出した。メグルは一瞬目を見開いたが、おもむろに自身も右手を差し出した。お互いにしっかりと握手する。
「あたしの、負けね」
メグルが言った。レッドを見て、次にカメックスを見て。カメックスはじっとメグルを見つめ返した。
「すごく楽しかったよ」
レッドは言った。
「うん。――あたしも、楽しかった」
言葉には決して出さない。消えゆく者が、出すべきではない。
頂点の玉座は寒々しく、けれど、もし、肩を並べて笑ってくれる友達がいるならば。
もしも、この時代に生まれていたならば。
――戯言に過ぎないと。メグルは思った。過去は過去、今は今だ。
現在を作る者たちに、きっと過去の自分は必要がない。
過去に生きるものは、あるべき過去の時代へと。
最高の舞台で戦ってくれた友人に――感謝を。
「本当に、楽しかった」
メグルはレッドに向かって、にっこりと笑った。
屈託のない、かつての駆け出しトレーナーのように。
「ありがとう」
ふ、とユズルの体から力が抜けた。前のめりに倒れていくユズルをレッドは慌てて受け止めた。
「カメ」
「大丈夫、気絶してるだけみたいだ」
心配そうに覗き込んできたカメックスにレッドは苦笑した。気絶しているユズルの手から、モンスターボールが落ちる。
空っぽのモンスターボールが、かつんと音を立てた。