第37話 ヤマブキ事件・そのきゅう
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
感触はそれほど悪くなかった。
ニョロボンの拳を、ユレイドルは真正面から受けた。ぐにぃ、と奇妙な感触ではあるが、ヒットはヒットだ。ニョロボンの拳の衝撃に重たい体全体が痙攣し――
ぐば、と8枚の触手が広がった。
「〝まとわりつく〟」
ユレイドルの8枚の触手がニョロボンの体を拘束する。腕、足、胴体、首、そして口腔へと触手が広がり、這いずり回るように抱きしめた。
「ニョロ、気合パンチだ!」
「――!――!!」
声が届いていない。まとわりつかれたニョロボンが必死に四肢を動かすが、がっちりと固められている。触手がぐっと伸びた。するすると触手の先がニョロボンの頭部に張り付き、淡い緑色に光り始めた。思わず、「げっ」とレッドは呟いた。見る見るうちにニョロボンの頬がこけ、ぐったりとする。レッドが真っ青な顔で見ている前で、ユレイドルは動かなくなったニョロボンをぺいっと放り出した。
「ギュゲェギョアアア」
げふぅ、と満足そうにユレイドルは鳴いた。
〝ギガドレイン〟でつやつやしているユレイドルを横目に、矛盾の盾はちょっと頬を掻いた。エグイ光景であることは、持ち主も重々承知であるらしい。
「戻れ、ニョロ」
レッドはニョロボンを戻し、そっとモンスターボールを撫でる。
〝ギガドレイン〟は草タイプの技だ。見た目の色も合わさって、草タイプでいいように思われるが、はっきりとしたことはまだ言えない。
が、ニョロボンの技を受け、平然としていること。耐久型であることは予測がつく。下手な攻撃では突破できないと考えるのが無難だ。
回復わざと高い耐久の要塞――時間稼ぎにはピッタリのポケモンだ。
「頼んだぞ、ブイ!」
「フィー!」
レッドが選択したのは、薄紫色の上品な体毛のポケモン・エーフィだ。エーフィはモンスターボールから様子を窺っていたのか、ユレイドルの触手範囲外へと距離を取る。
「瞑想」
エーフィ周囲の大気が僅かにさざめき、緩やかに流れが変わっていく。エーフィを中心に、見えないエネルギーの流れが集まっていく。
矛盾の盾とユレイドルは様子を窺っている。あくまで、受けの姿勢を崩さないつもりらしい。
「サイコキネシス!」
エーフィの目がキラリと光り、見えない力の奔流がユレイドルへと向かう。やはり読んでいたのか、矛盾の盾は冷静にユレイドルに指示した。
「ミラーコート!」
冷凍ビームの時と同じくユレイドルの全身が輝いた。しかし、レッドはニヤッと笑った。
「フィー!」
「っ!?」
エーフィの目がもう一度光ったかと思うと、サイコキネシスが方向を変えた。向かう先は、ニョロボンの作り上げた氷像だ。圧力に耐え切れず、氷像が大きく砕け散る。破砕音と飛散する氷の欠片。キラキラと輝く氷の欠片に、レッドの狙いを悟った矛盾の盾が叫んだ。
「構えろユレイドル!」
ユレイドルが身を屈めて触手を構えたのとほぼ同時に、氷塊がサイコキネシスで持ち上がった。ふわりと地上を離れると、大気を引き裂いてユレイドルへと激突した。
「ぐ、ギュアアアア!」
ユレイドルは正面から氷塊を受け止めた。受け止めている触手の先が色を変え、ぶるぶると震えている。
「もいっちょ!サイコキネシス!」
「フィ!!」
エーフィの念力に、ユレイドルから氷塊が僅かに離れた。力の先を失ったユレイドルが前のめりになった瞬間――再び迫った氷塊が、ユレイドルの頭部に叩きつけられた。
「グギュアアアアアアアア!!」
「これで終わりだ!サイコキネシス!」
意識が半分飛びかけているユレイドルに、最高速度で氷塊が迫った。
「ユレイドル!氷塊にまとわりつけ!!」
「ギュア!!」
矛盾の盾の声に、ユレイドルは迫る氷塊に触手を伸ばす。ユレイドルの体と氷塊が衝突し、ユレイドルの全身がびりびりと震えた。が、触手がしっかりと氷塊を抱きしめている。ぐぐっと氷塊に力強くまとわりつき、徐々に締め付けを強めていく。
「――! 押し切れブイ!!」
「フィフィー!」
ユレイドルが何を狙っているか気づき、レッドはエーフィに指示を飛ばした。氷塊に亀裂が走った。ユレイドルの締め付けによる圧迫とエーフィのサイコキネシスで、氷塊が崩壊しかけているのだ。
ここで決めないと行けない。レッドは直感し、エーフィに叫んだ。
「ブイ!出力全開!!」
「フィ――フィイイイイイイイイイイイイイイ!!」
エーフィの足元のフィールドが凹み、サイコキネシスの力が増す。エーフィのしっぽがピンとたち、全身の毛が針金のように逆立った。エーフィ自身が、漏れ出たサイコキネシスの効果でフィールドから浮き上がる。
「ユレイドル、気合いれろォッ!!」
「ギュガアアアア!!」
対する矛盾の盾とユレイドルも必死だった。ユレイドルの足がフィールドにがっしりと張り付き、氷塊を渾身の力で締め上げる。氷塊にまとわりついている触手が、あまりの冷たさに収縮し始めている
「フィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
その時、階下の爆発音と共にフィールドが揺れた。
「うぇっ!?」
「なっ!?」
フィールド全体が揺れ、レッドと矛盾の盾は体勢を崩した。しかし両者とも即座に手をつき体勢を立て直す。
揺れの影響を受けたのは、トレーナーだけではない。ポケモンも同様であった。
「フィイイイイイイアアアアアアアアアアアアア!!」
拮抗するエーフィとユレイドル、揺れが味方したのは――エーフィであった。揺れに反応したユレイドルが、氷塊と一緒にサイコキネシスで吹っ飛んだ。ユレイドルは壁に叩きつけられ、衝撃で氷塊が砕け散った。輝く氷の欠片と、放射線状に広がる壁の亀裂。崩れ落ちるユレイドルに矛盾の盾は駆け寄った。
「ユレイドル!」
「……ギュ」
ユレイドルは矛盾の盾の声に、首を上げた。瀕死ではないが、精神的にはもう限界だろう。そう判断し、矛盾の盾はユレイドルを戻した。
「お疲れ、ユレイドル」
一方エーフィの疲労もかなりの物だった。全身全霊を込めたサイコキネシスに、体力こそまだあるものの、エーフィはへたれこんでいた。
「フィー……」
「頑張ったな、ブイ。ありがとう」
レッドはエーフィをボールへ戻し、矛盾の盾へ視線を向けた。
「……爆発、か」
矛盾の盾は眉を寄せていた。やや不安そうに、鍵のかけてある非常階段を見ている。
やがて首を振ると、レッドへと向き直った。
『行け!』
ほぼ同時に、レッドと矛盾の盾はポケモンを繰り出した。レッドが繰り出したのは、緑色の大きな体に、背中に大輪の花を背負ったポケモン・フシギバナ。対して矛盾の盾が繰り出したのは、レッドも見覚えのあるポケモンだった。
砂煙が、バトルフィールドを浸食する。
緑色の鎧のような巨体から立ち上がる風と砂。レッドとフシギバナの視界が砂塵に阻まれる。巻き上がる砂嵐の向こうにそのポケモンは悠々と立っていた。
「ジゥジャオオオオオオ!!」
緑色の鎧に包まれた、凶悪な目つきのポケモン・バンギラス。
砂嵐が吹き荒れる。
「フッシー!つるのムチ!」
「フシャッ!」
目を腕で庇いながらレッドはフシギバナに指示をした。砂嵐を切り裂き、つるのムチがバンギラスへと向かう。
砂嵐の向こうから、矛盾の盾の声が返る。
「バンギラス!ストーンエッジ!」
砂煙を貫く鋭い岩がレッドたちに襲い掛かる。
「フッシ――うわッ!」
「フシッ!」
迎撃するつるのムチが砂風に攫われる。それでも何とか弾くが、損なった岩がレッドとフシギバナを襲った。
砂嵐が吹き荒れる。
バンギラスを起点として発生する砂煙は敵の追い風となり、レッドたちには壁となり立ちはだかる。
――何とかしないと。ユレイドルの時みたいに、このままじゃジリ貧だ。
フシギバナに掴まりながらレッドは思った。この砂風ではハッパカッターも届かない。
矛盾の盾。〝矛盾〟の意味はレッドには分からないが、〝盾〟と名乗るからには、これこそが彼のトレーナーの戦い方。
盾、鉄壁の盾を誇る。即ち耐久型ポケモン集団。じりじりと、攻撃を許さず、確実に削る。
砂嵐がレッドとフシギバナの体力を削っていく。足元に降り積もる砂は、すでにフィールドを覆い始めていた。
「このままじゃ埋まってもおかしくないな」
足を埋め始めた砂にレッドは呟いた。
「埋まる……埋まる?――フッシー!〝フィールドに向かって〟つるのムチだ!」
「フシャッ!」
フシギバナは一瞬レッドと目を合わせると、指示に従った。
「ストーンエッジ!」
再び、尖った岩がレッドとフシギバナに襲い掛かる。
「そこ!」
「フシャ!!」
向かってくるストーンエッジの一部に向かって、フシギバナが一本のつるのムチで迎撃する。真正面から来るストーンエッジの最小限を弾き返した。フシギバナにくっついたレッドもろとも、ストーンエッジが切り裂く。
「ぐっ!……行けるか?フッシー」
「フシッ!」
準備ができたようだ。フシギバナはレッドに向かって頷いた。
一方砂嵐の向こう、対峙する矛盾の盾はレッドたちのいる方向を睨んでいた。優位な状況に立っているにも関わらず、矛盾の盾の顔つきは険しかった。
何か仕掛けてくる。確実に。そう、矛盾の盾は確信していた。
「バンギラス、油断するなよ」
「ジャオッ!」
バンギラスが応え、次のストーンエッジを放つべく身を構えた。
その時だった。
「ッ!?」
ざう、とフィールドの砂の中からフシギバナの蔓が現れた。つるはバンギラスの足に巻き付くと、即座に引っ張った。
「ジャオオオッ!?」
悲鳴を上げバンギラスは後方へと倒れた。砂嵐の向こうからレッドとフシギバナの声が上がった。
「一本蔓釣りぃっ!!」
「フッシイイイイイイイイイ!!」
暴れるバンギラスの足にもう一本の蔓が絡みつき、より強い力で引き上げられる。空中につりあがったバンギラスは、そのまましなる蔓によりフィールドに叩きつけられた。
「ジャオッ!!」
「バンギラス!」
一発で開放する気はないらしい。バンギラスに巻き付く蔓はそのまま、2発目を叩きこむべくゆらりとバンギラスを持ち上げた。一発ならまだしも、何発も喰らえばさすがのバンギラスも危ない。
矛盾の盾は即座にバンギラスに向けて指示を叫んだ。
「バンギラス、〝うずしお〟だ!」
矛盾の声に応え、空中につりあがったバンギラスの目がギラリと光った。バンギラスから発生する砂嵐が砂風の方向を変える。フィールド全体の大気がうねった。砂が密度を増し、回転を始める。
「ジャオオオオオオオオオオオオオ!!」
バンギラスが咆哮する。
〝砂嵐による〟渦潮が始まった。
「ぐっ!」
矛盾の盾自身も苦しそうに声を漏らした。油断すれば自身も引っ張られる、対室内戦の技。まともに喰らったダメージは海中での渦潮に引けを取らない。トレーナーもろとも砂と風の牢獄に閉じ込められる。
その筈、だった。
「ギャラちゃん!」
砂の渦潮の中、少年の声が力強く響き渡った。
砂の渦潮が、何かに押し返されるのが、矛盾の盾の視界に入ってきた。
「なっ――!」
「ジャオぶッ!」
バンギラスの巨体もろとも、砂も風もすべてを押し返す水が矛盾の盾を襲った。
「ギャアアアアアアアアアアア!」
「なみのり!」
レッドの声とギャラドスの鳴き声。砂混じりの水がフィールドの壁に激突した。水流を受けたバンギラスと矛盾の盾がフィールドの壁に激突する。胸郭が軋み、大きな気泡が矛盾の口から躍り出た。ピシリと背後の壁が嫌な音を立てる。
その壁は、ユレイドルの激突した壁であった。ピシピシピシと水圧に耐えきれず、壁のヒビが深くなり――崩壊した。
「っ!?」
水流が体を押す。背中を支える壁の向こう、ぐるりと反転した空が矛盾の盾には見えた。見える未来は、落下。
「ジャオオオオオ!!」
「バン――戻れバンギラス!」
バンギラスの鳴き声に、遠のきかけた意識が戻る。半ば本能的に矛盾の盾はバンギラスを戻した。この高度から落ちれば、さすがのバンギラスでも死んでしまう。
それは、自身も同じこと。
「――!」
流される。流される。落下。
「ぐえッ!」
すさまじい力で引き戻され、矛盾の盾は苦鳴を漏らした。
落下が、突如として緩まったのだ。
「ギャー!」
ポケモンの声がする。
「げほっ……プテラ?」
「ギャッ!」
翼竜によく似たポケモン・プテラは一鳴きすると、だいぶ近くなった地面に矛盾の盾を下ろした。地上に降り立った矛盾の盾を見て、プテラがべろりと顔を舐める。
「うぇっ」
「ギャオー!」
ぽたぽたと水の滴る髪をかき上げ、矛盾の盾はビルを見上げた。上の穴からレッドが顔を出していた。
「おーいプテ!大丈夫だったかー!!」
「ギャオオオオオオオオオ!!」
プテラが元気よく返事をした。そのまま戻りそうなプテラに、矛盾の盾は手をかけた。
「これ、もってけ」
「ギャ」
ポケットから取り出したカードキーをプテラに加えさせる。プテラは慎重に口に加え、ばさりと翼を広げた。ビルの上へと戻っていく。穴に入り、レッドがもう一度顔を覗かせた。
「良いバトルだったぞー!!」
にっこりと手を振り叫んだ。矛盾の盾は一瞬目を丸くし、苦笑しながら振り返す。レッドが顔を引っ込めた後、その場にばたんと倒れこんだ
「はー……きっつー……」
その口元は、楽しそうに笑っていた。
To be continued.............?