71話:②~ディラからの依頼~

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 唐突であるが、チーム・ディラのリーダー“夢幻の森の王白夜”ことシヴァは勘がいい。

 よくある賭博のようにコインの裏表やサイコロの目を当てる、どこに「当たり」が入っているか当てるなどの戦歴はありえないほどいい。なにせ80パーセント以上の確率で当ててくるのだ。これはもはや一種の超能力の域にあると言っていいだろう。

 しかし、彼がその本領を発揮するのはゲームではなく現実、それも危機回避においてである。

 先代のディラのリーダー、“夢幻の森の王朱蘭(しゅらん)”が「未来予知を覚えたグラエナ並の危機察知能力」と呆れて称したほどであるそれは、生まれてこの方シヴァが危険極まりない人生を無事に生き抜いてきた実績に一役も二役も貢献している。
 だからシヴァも、その周囲の人間たちも、彼の危機察知能力を疑ったことはない。







 そして、今。
 彼を何度も助けてきたその危機察知能力が、最大レベルで警戒警報を発令していた。







 ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ……

「…………」

 ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ……

「………………」

 ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ ピリッ……

「……………………」

「……リーダー。そろそろあきらめたらどうだ?」

 キンセツシティにあるチーム・ディラ本拠地。その建物の一角で、実に十分も鳴り続ける自身のポケギアとにらめっこしているリーダーに、いい加減呆れた調子の声がかかった。

「取りたくないのはよーくわかったが、取らなきゃきっと永遠に鳴り続けるぞ、そのポケギア。業務に支障をきたすから取れ。取った後で着拒にでもなんでもすればいいだろう」

 シヴァに声をかけたのはディラを支える五本柱の一人、“業炎(ごうえん)”のヴィオだった。最初はポケギアの向こうの誰かと根競べをするリーダーを面白そうに見ていたのだが、ここまで長く続けられるといい加減心配にもなる。そしてうるさい。

 赤茶色の目で見た先、若干血の気が引いているシヴァはポケギアから目を放さず――まるで目を放した瞬間、喉笛を食いちぎられるかと恐れているように――かすれた声を上げた。

「……取ったら、いろいろと終わる気がする……」

 ヴィオはちょっとだけ眉をあげた。

(シヴァにここまで言わせるって、一体どんな連絡だ? これのこと……じゃ、ないよな)

 一瞬目をやったのはついさっきまで彼らが見ていたワークスに関する報告書。しかし、これのことで追加報告ということであれば、ここまでシヴァが拒否する理由がわからない。むしろ事態の悪化を避けるために嬉々として電話を取ったはずだ。

 ここまでシヴァの危機回避本能を直撃する連絡。

(……うーん)

 全然思い当たらない。

 ヴィオが首をかしげる間にも無機質なポケギアの音は鳴り続ける。頭の芯まで響くようなその高音に、次第にイライラがこみ上げてくる。その苛立ちが臨界点に迫った時、ヴィオはさっと手を出してポケギアを机からとりあげた。

「あっ!!」

 シヴァの声がした。
 それにかまわず、ヴィオはポケギアの通信スイッチを入れた。

「――はい、“夢幻の森の王”のポケギアです」
「あ――っ!!」

 非常に珍しいシヴァの悲痛な叫び声がしたが、これまた完璧に無視する。が、ポケギアから聞こえてきた声に、ヴィオはちょっとだけ意外そうにシヴァを振り向いた。

「え、……はあ、お久しぶりです」

 振り向いた先、脱兎のごとく逃走しかけていたシヴァを見つけ、すかさずがしりと服をつかんで捕獲する。往生際が悪い。

「あ、リーダーのことはお気になさらず。ええ、あとでじっくりとどうぞ。ご用件は?」

 じたばたともがくシヴァだが、あいにく体術はヴィオの方が上で、身長はシヴァの方が上だが、体格はヴィオの方がいい。シヴァの動きを利用し、片手であっさり腕を極める。まだまだ甘い。

「……え?」

 しかしポケギアから聞こえてきた言葉にヴィオは思わず腕を緩めた。けれど、シヴァは逃げない。彼はまるで「終わった……」と言わんばかりにがっくりと手近の机に沈んだ。

「……“歯車”、ですか。フィリアルに? けど“紅蓮”たちにはもう歯車しかけた……はあ。また協会のお偉い方ですか」

 相槌を打ちつつ、撃沈したまま立ち直っていないシヴァを見る。ヴィオは内心思った。

――また当たったな、リーダーの直感。

 ポケギアからもたらされた非常な厄介ごとの予感に、彼は一つ、ため息を吐き出した。







 そして、シヴァの危機察知能力が宿主を疲弊させるだけの警告を発してから、二日後。







 ホウエン地方、最東端。
 ホウエン地方最大の港町であり、ポケモン協会ホウエン本部が置かれている町でもあるミナモシティのポケモンセンターのテレビ電話の前で、無表情に話している一人の少女がいた。その足元では黄色のかたまりが三つ巴になって戯れている。

「……ああ。サファリのポケモンで間違いないそうだ。……いや、まだだ。それが、あの卵が……。いや、そういうわけではないんだが、……。孵ったんだ」

 一筋の乱れもない銀の髪は、少女が身じろぐたびに律儀に答え、涼やかにきらめく。目を楽しませるその姿に視線を送り、または立ち止まる人は決して少なくない。

 新たにセンターに入ってきた青年が周囲の浮かれた雰囲気に視線を走らせる。どことなく疲れた様子だった緑青色の目の青年は、少女の姿を認め、ふっと内心からの笑みを浮かべた。

「相変わらずだな、“月光のディアナ”。まあ目立つことで」



 *   *   *



[孵った、だって?]
「そう」

 彼女をよく知る人が見れば困惑しているとわかる表情で、シェーリは足元のドタバタにひょいと手を突っ込み、ひょいとピチューを取り出した。

「ほら」
[わー、ティアルが悔しがりそうだなあ。で、それが何の問題になんだ? そいつごと戻せば――]
「大いに問題がある。このピチューが、生まれて最初に見たものが私だ」

 沈黙が流れた。

 表情を選び損ねた顔で黙り込んだトールは、ややあって大真面目な顔をして問うた。

[ピチューって刷り込みの習性、あったっけ?]
「ない。はずだ。現にこいつはピカチュウたちになついている。それなのに私から離れようとしない」

 無理やり引きはがそうとした飼育員は一発電撃を食らった。

 渋い顔でそれを話すと、トールは爆笑した。

[さすがだな! 生まれたての赤ちゃんポケモンまでたらしこんだか]
「たら……」

 シェーリは大いに心外な表現に憮然と口を閉ざした。しかし、これもやはり彼女をよく知る人が聞けば、軍配が上がるのはトールの方である。――彼らの意見は、シェーリ=無自覚タラシで一致していた。

[そんな顔すんなよ。で、どうするんだ?]
「一応、連れまわす許可はとった。おそらくこのまま、手持ちに加えてもいいと、……、許可が下りるだろう」

 不自然に途切れた言葉と鋭く周囲に飛ばされた視線に、トールは[おや?]と姿勢を正した。

 一瞬、シェーリの注意がよそに向いた。

[何かいるのか?]

 彼女が注意を散漫させるとしたら、何か異質な気配を感じた時に決まっている。そう尋ねると、シェーリは視線だけ後方に向け、あいまいにうなずいた。

「いる――と思う。ほかの視線とは違う。でも敵意はない……」

 そこまで言い、モニターのトールが心配そうな目つきをしているのに気づく。

「大丈夫、こっちで何とかする。そちらに帰るのは一日二日後だと思う」
[ん、分かった。お前に置いてかれたティアルが派手にすねてるからな。後でなだめるの大変だぞ~]

 その様を想像してシェーリは詰まり、重々しく答えた。

「……尽力、する」

 そのかなり悲壮な顔つきにけらけらと笑い、トールは通信を切った。

 それから一呼吸分数え、シェーリはだしぬけに振り返った。
 あわてて視線をそらすものが大半を占める中、一人とばちりと目が合う。シェーリは片眉をあげた。

「シヴァ?」

 チーム・ディラのリーダーは、椅子に座ったままひらひらと手を振った。







「なんなんだ、人のことじっと見て」

 シェーリが近くまで行って文句を言うと、シヴァは苦笑を返してきた。

「そんなに見ていない。お前が敏感なだけだ」

 いつも見られているから、いつもと違う視線に鋭く反応するのだろう。そう弁解し、シェーリを見上げた彼は、ぱちぱちと瞬きした。

「あれ? お前……」

 急にシヴァが立ち上がり、シェーリの視線はそれに合わせて上に移動した。シェーリが立った彼の顔を見るにはかなり視線を上げなくてはいけない。彼の身長は190センチを超える。

(相変わらず無駄に高いな……)

 というシェーリの内心の声に気付いた様子はなく、シヴァは「やっぱり」とうなずいた。

「だいぶ背が伸びたな? 150は超えたろう。視線が近くなっている」
「は? ――身長?」

 改めてシヴァを見てみると、以前より顔が近い。気はする。しかしあくまでも気がする程度だ。本当にそんなに伸びたのかと尋ねると、彼は破顔した。

「遠目じゃわからなかったけど、5、6センチは確実に。成長期なんだなあ」

 しみじみというその言い方に引っ掛かるものを感じる。成長期? いや、確かに今急成長しているのは間違いないのだろうが……。

 そこまで思い、突然、ぴんときた。まさか、こいつ。

「……シヴァ。お前、私のことを一体何歳だと思っている?」

 低く問われたシヴァはきょとんとした。

「え、十二くらいだろ?」

 シェーリはぐらっとよろめきかけた。まさかとは思ったが!!

「――私はっ、もう十六だ!」

 ティアルと同じ年と見られていたことは大変に屈辱だった。何がどう嫌なのかははっきりしないが、とにかく屈辱だった。

 かみつくように自身の推定年齢を言うと、シヴァは目を丸くした。彼がここまで驚きをあらわにすることは珍しい。珍しついでに、彼はうっかり心の声をもらした。

「え……うそだろ」

 誰がこんなことでうそをつくかっ!!

 ふるふると握ったこぶしを震わせ、かなり剣呑な気配を漂わせ始めたシェーリに、シヴァはようやく自らが失言したことに気づいてあわてた。ここで彼女を怒らせるわけにはいかない。

「わ、悪い悪い。リーンで判断基準くるってた。だってあいつが十二なんだぜ?」

 異様に頭の切れるノワールの少年情報屋を引き合いに出されがくっと気が抜ける。そうか、シヴァにとってはあれが十二の基準なのか……。
 いろいろと間違っている気がしたが、痛みだした頭を押さえ、ため息とともに吐き出す。

「もう、いい。何か用があるのか」

 「ああ、そうだ」とシヴァはほっとして話に乗った。

「フィリアルに――というか、お前に協力してもらいたい依頼があるんだ」
「セクションは?」

 是とも非とも言わず、訝しげに問い返す。ディラで処理しきれず、ノワールではなくフィリアル、しかも自分個人に持ち込まれる依頼とはいったい何ぞや。
 適当なものを思いつけないシェーリの前で、シヴァはいちばん意外な答えを返した。

「セクションは護衛。――そう、ディラが一番得意とするセクションだよ」



*   *   *



 シヴァの要請に予定を変え、シェーリはその日のうちにシダケタウンに戻った。地面に足がつくかつかないかのうちに耳のいいティアルが家から飛び出してくる。
 シェーリと一緒にいるシヴァを視認して、彼はそれでも信じられない表情をした。

「シヴァさん? なんでシェーリさんと一緒なんです? それに、帰るのはもっと後になるって……」

 不自然に途切れたセリフの後にくしゃみが続く。風邪をひかれてはたまらないので、シェーリはとりあえずティアルを家の中に押し込んだ。物音を聞きつけたのか、玄関に出てきたトールがきょとんとする。

「……あれ? お帰り、シェーリ。なんか厄介ごとか?」
「人の顔を見るなりそれか、フィリアルのトール……」
「フィリアルのはなくていい。用がないと忙しい中来ないだろ。しかもシェーリに予定変えさせてまで」

 出会い頭の一言にげんなりと文句をつけるが、トールの分析は正しい。

 シェーリはさっさと荷物を部屋に置くと、家の中の仲間たちを集めた。しかしウィルゼとシンの姿がない。
「ルカ、ウィルゼとシンは?」
「え? シンは迷子になったポケモンを探しに行ったわ。……ウィルゼもいないの? ついていったのかな?」

 シェーリはほんの少しだけ顔をこわばらせた。けれどもそれは一瞬のことで、ルカに気づかれないうちにさっと消す。

「いないのならいい。リビングに来てくれ」

 そうしてフィリアルのメンバーを集め、シェーリはシヴァを促した。

 シヴァはすう、と息を吸い込んだ。

「三日前、ディラに護衛・警護依頼が入った。依頼者の名前はチャールズ・エリオット。ジョウト地方の名士で、十日後に自宅で知人を招いてパーティを開く予定なんだが、そのパーティを狙っての脅迫状が送り届けられたそうだ。ディラはこの依頼を即日受理、したんだが、いくつか問題が発生してな」

 まー関係ないのは置いとくとして、とシヴァは余計なものを別のところに置く仕草をした。

「簡潔に言えば、俺たちが『家を警備する』のはかまわないんだが、『エリオット卿と卿のご家族をあからさまに警護する』わけにはいかないんだ。それに関してはちょっと守秘義務が入るからあとで。で、まあ、だからと言って護衛をつけないわけにもいかない。となれば、ぱっと見護衛に見えないやつを送り込むのが定石だ」

 フィリアルの視線が同時にシェーリに集まった。確かに彼女は、ぱっと見護衛には見えない、だろうが。

「だからと言って他のチームにまで依頼してくるようなことか、それは?」

 ディラは総数四百人の大所帯である。護衛に見えない人の十人や二十人、すぐに用意できるはずだ。それがなぜシェーリを名指しでくるのか。

 不審そうな顔を隠さないクウに、シヴァは苦笑して手を振った。

「まだ話は途中だ。――まあ、家人に変装させた奴らを何人か送り込んではいるんだが、それではカバーできない問題児が二人いる。――エリオット卿の孫のブラウン君とエリィ嬢だ」

 曰く、この二人、齢六にしていつも一緒にいる同い年の兄妹らしいのだが、兄の方が自由奔放、それはもうとっても活動的でついでに背伸びがしたい年頃らしく、側付きにみせかけて護衛をそばにつけても撒く。それはもう、全力で撒く。おまけに妹君まで巻き込んで、いなくなる。そんな彼らにつくとなると、どうしても「護衛らしい」動きを余儀なくされてしまうのだという。護衛をまく彼らに手を焼き、シヴァたちはエリオット卿に協力を仰いで彼に少しおとなしくしてもらうようお願いしたのだというが――見事に無視され、今日に至る。

「閉じ込められたら楽なんだけどなあ。さすがにそれははばかられるし。てことで、二人の側付きに護衛を化けさせるのは諦めた。代替案として――」

 シヴァはひらり、写真を取り出した。

「――二人がなついている六つ上の従姉、ミーシャ嬢に誰かを化けさせて、側に引っ付かせることにした。仲のいい従姉なら側にいたところで怪しまれないし、普段はエリオット卿の邸宅にいないミーシャ嬢なら、相手方にどんな性格か把握されている可能性は低い。二人といっしょに多少やんちゃしたところで脅迫者の目に留まることもなかろーと思ってな。で、お前に協力を仰ぎに来たわけ」
「肝心な説明を省くな。どうして私なんだ」

 にっこり笑うシヴァと、眉をひそめるシェーリ。シヴァは写真をテーブルの上に弾きだした。

「似てるんだよ。ミーシャ嬢とお前」

 ひらりと差し出された写真を覗き込み。
 一拍のち。

「……似てるかぁ?」
「輪郭は、まあ……」
「シェーリさんのほうがきれいですよ」
「それは否定できない」
「雰囲気全然違うだろ」
「これに化けるってちょっと無理じゃないか?」
「黙って座っているんならとにかくねえ……」

 シヴァはてんで好き勝手に評し始めたフィリアルを不思議そうに見まわし、苦虫をかみつぶした顔で黙っているシェーリに尋ねる。

「お前、今まで請けた依頼で化けたことないのか?」
「必要なかったからな」
「もったいない。あんな才能もってて使わないなんて。潜入でも十分いけるぜ」
「……お前こそどうして知っている」
「あの半年を調べたに決まってんだろ。銀髪・碧眼・女の三項目を外してヒノアラシとイーブイと身長140ちょいで調べたら、まーでてくるでてくる。多すぎて三人ぐらいに分身したのかと思ったぞ」
「するか」

 片や辟易、片や可惜の会話を聞きとがめ、フィリアルは顔を見合わせた。誰もがクエスチョンマークを頭の上に浮かべていたが、シヴァはその困惑を無視した。あとでいやでもわかることである。

「とにかく、体格さえ似ていればいいんだ。お前ならあとはどうとでもなるだろ。あいにく、ディラにはその女の子くらいの体格で変装できる奴がいなくてな。で、請けてくれるか?」
「……つまり、この従姉に化けて、犯人に気づかれないように護衛しろ――と、そういうわけか?」
「ああ。仲のいい従姉なら、パーティより少し前から滞在して、四六時中一緒にいても何らおかしくない」

 シェーリは考えた。ちらりと困惑している仲間たちを見る。
 自分個人への依頼だったら、彼らは手伝うも休むも自由だ。自分の一存で決定しても構わない、ということだ。

 そして彼女は――今は、ゆっくりとした時間を持ちたくなかった。

 だからうなずいた。

「わかった。請ける」


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