「なん……だと」
ハイゼ。司人ハイゼ。そう、言ったのか、今!
3500年という時を超えた出会いに、シェーリは思わず真っ先に自分の正気を疑った。夢でも見ているのか私。いやきっとそうに違いない。3500年前に立体映像があってたまるか。逃避しかかったところで再び声が響く。
――――驚いたことかと思う。
すう、と、シェーリの横手に二人の人影が現れ――いや、投影された。しかし先の三人より映像はかなりぼやけ、やっと人の形だと判別できる程度だ。時々画像そのものも乱れる。
――――僕はスレイド・ヴォン・アレン。初代より400年後の調停者導人。そして、子孫の時代に残っているのかは知らないが、ガーディアン協会の創始者の一人だ。
――――私はリィ・ローゼンブロウ。古代文明の技術を受け継ぐ一族の長。
――――僕たちは初代が残したすべての記録媒体を、400年の間に蓄積された書物とともに、ここに封印した。
事ここにいたり、シェーリの頭のどこかでぶつ、という勢いのいい音がした。
さーっと頭に上った血が引いていく。こうなったら開き直ってやる。シェーリはひとまず、すべての疑問をわきに置き、彼らの言葉に集中することにした。
3100年前の調停者と名乗るものたちは数分で手早く語った。初代は彼らが滅ぼした文明の技術、立体記録媒体を使い、ユグドラシルのもとに彼らが知るすべてを残したのだと。けれども時が流れてガーディアン、今でいうポケモンを扱う人間たち、トレーナーが世界に広がるにつれ、そこさえも安全とは言えなくなり、スレイドらは太古の技術がトレーナーによって発見され、復活することを恐れた。だからトレーナーの行動を監視、抑制するために彼らを統括する組織の設立を考えたのだと。そしてその始まりの地に、彼らは知識のすべてを封じ、ローゼンブロウが解析した映像記録媒体――すなわちこれ――を残したのである。
――――知識を求める子孫たち。初代の言葉を聞き、為すべきことを為せ。
ぶつんとスレイドとリィが消えた。同時にずっと静止していたハイゼらが再び動き出す。
――――私たちが生きた時代。人は、大いなる過ちと罪を犯した。
――――祝福をこの身に宿していた調停者は、この罪のため、呪いを背負うことを選んだのだ。
語られ始めたのは擦れ違いと誤解が生んだ悲劇の物語。
それは、彼らが体験し、記憶し、後世に伝えなければならないと決意した、古代文明の発展と滅亡の歴史そのものだった。
* * *
夜遅く。クウのポケギアが着信音を奏でた。
「ようやくか。――もしもし?」
[……明日、帰る]
かすれた声に眉を跳ね上げる。シェーリらしくもない、弱い調子にむくりと体を起こした。
「〈秘密の部屋〉は見つけたのか? それとももういいのか」
[――……]
明らかにためらう沈黙があり。
[……見つけた]
「へえ。さすがだな。――まだ、話せないか」
[……話せるようになるのかも、正直、わからない]
クウは冷蔵庫からペットボトルを取り出し、片手で器用にキャップを開けた。
「いいさ。それでも。お前が知っているんならな」
[……クウ。お前、物分かりよすぎるぞ……?]
揺れる声音にくすりと笑う。そんな風に評されたのはどれくらいぶりだろう。シンに「石頭!」と言われることは多かったけど、物分かりがよすぎる、なんて。
ぽすんとベッドに座り、まだ笑いを残す声で言う。
「そもそも、俺たちは俺たちが何なのかなんて興味はないんだ。そうだろう? ただ、自分たちを守るため――それだけのために知りたがっているんだからな」
[……クウ]
「ん?」
冷たい水でのどを潤しながら応じる。少しだけ逡巡(しゅんじゅん)する気配があって。
[……もし、仲間が、お前の心と魂を裏切り、傷つけたのだとしたら……]
――お前は、どうする?
揺れた水面がちゃぷんと音を立てた。
[いや、なんでもないんだ……。なんでもない]
「シェーリ」
抑えられた平坦な声に、自分に言い聞かせるような言葉に、クウは真剣な目をして引き留めた。
直感だった。彼女は何かに迷い、何かを決意しようとしている。それもとても重要なことを。
真実はそんなに重かったのか? 心の中の声は届かないとわかっているけれど、問わずにはいられない。
「シェーリ。俺が仲間だと思っていたやつが俺の心と魂を傷つけたのだとすれば、俺はそいつを取り戻すためにあらゆることをする。なぜなら……」
思い浮かべる、心を許した仲間たち。
彼らが自分を踏みにじることがあるのだとすれば。
「……それは、たぶん、俺の方が先にそいつの心と魂を傷つけたんだろうからな」
シェーリは何も言わずにポケギアを切り、夜空を仰いだ。
ミナモシティから離れた丘の上。手の届きそうな強さできらめく星たち。そのあまりの多さに、心のどこかが驚く。
「……今日は、新月なのか」
こぼれた声音はどこまでも乾いていた。
しばらく自分の声だと気づけなかったほど、遠くから聞こえる。耳の奥では、まだ調停者たちの声が響いていた。
――――私たちは恐れた。争いの理由が忘れられることを。
――――この悲劇が繰り返されることを――そして、私たちの友が再び罪を犯すことを、恐れたのだ――
古代文明の過ち。人間たちの愚かさが招いた古代戦争。けれど何より罪深かったのは。
祝福をその身に宿しながら、最悪の兵器を作り出し、呪いを招いたその行い。
緑色の瞳が哭(な)くように波立つ。わずかに震える喉が声を紡ぐ。
「歴史は、繰り返してしまうのか……?」
今回の一件。初代調停者たちの懸念が現実のものになりつつあると、この事件は示した。
そして、ティアルが、ワークスの長が伝承を知っていて、ルカが知らなかったということは、遺伝性の調停者のうちでさえ口伝が途切れているという事実を露呈(ろてい)する。
けして起こりえないはずのそれが示すことは。
初代がほのめかした悲劇の、再来……。
「どうしてっ……」
血を吐く思いで、嘆く。
「どうして……お前なんだ……!」
* * *
歯車は回り始める。
容赦なく。
術(すべ)もなく。
嘆くものを、嘲笑っている。
いつも「片翼のレジェンド」を気にかけていただき、ありがとうございます。
さて、先日予告していた通り、これから一か月――もしかしたら、二か月ほど、片翼の更新を停止させていただきます。どうにもこうにも、推敲というレベルではなく、一章分をまるっと書き換えなければならなさそうなので。ああ、妥協したかつての自分が憎い。
と、いうことで、よろしければ次の話を楽しみにお待ちくださいませ。
……片翼は休みでも、時は、せめて一話くらいは投稿したいと思っていますので、そちらも興味がありましたら是非どうぞ。