エピローグ

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 ロケット団・第2基地――。

 都心から離れた郊外の一角に、リベンジャーは着陸していた。固定台に設置された衝撃緩和装置の上に乗る巨大な機体を、横からクランプで固定し支える。組織の名の通りという訳ではないが、ロケットのように佇んでいた。
 酷く壊れた機体を直すため、溶接機を握るエンジニアやポケモン達がせわしなく群がっている。既に日が暮れて辺りが暗くなってきているのに、その周りだけは照明に照らされ、まるでライトアップする観光名所のように綺麗だった。

 その様子は少し離れた第2基地の高層ビルからも見てとれた。特に最上階に位地する最高責任者の部屋から見る景色には、思わず息を呑む。
 それがもしこんな心苦しい報告を伴わなければ、暫くの間うっとりとこの景色を眺められただろう。今や何の気休めにもならないが。

「残念だよ」

 広々としたガラス張りの壁を背に、大きな黒い椅子をギシリと鳴らして、貫禄ある中年男性は苦々しく言った。肘をデスクに乗せ、指を絡め、鋭い視線を目の前に立つ男――ルシウスへと向ける。
 嫌な緊張感に支配された。

「長官、私は――」
「何も言うな」

 ルシウスが口を開けば、長官がたしなめた。その先に何が続くのか、分かっていたからだろう。
 対プラズマ団の諜報作戦は、ルシウスが一任していた。引き受けた当初は喜んだものだ。ロケット団に入団してから4年目にして、このような大役を任されるとは思いもしなかった。
 それが今や後悔の種になっている。自分はまだまだ若くて未熟だったと、嫌というほど思い知らされた。

「失態は失態だ。我々の目的は、他の組織の動きを察知し、妨害するか、ロケット団のために利用する事にある。それが貴重な諜報員を失うどころか、本件のような大量虐殺にまで発展させるとは」

 返す言葉も無い。ルシウスはうつむき気味に、ギュッと拳を固めた。

「今回、お前が何を間違えたか分かるか? ルシウス。全貌を見誤ったんだよ。プラズマ団はポケモンと人間を分断させる原理主義グループだが、無意味な大量虐殺はしない穏健派だった。それが突然離反者が現れ、テロ事件を起こせば、プラズマ団の立場は一気に危うくなる。他のあらゆる組織を敵にしただけでなく、世論は徹底的にプラズマ団を叩くだろう」

 ルシウスはハッと顔をあげ、おそるおそる口を開く。

「……では、奴らが発表した声明は事実だと?」
「無論、だが単独で言っても説得力が無い。そこで政府にも事実だと肯定してもらうために、プラズマ団は国と不利な取引をせざるを得なくなった」
「それではまるで、状況がこうなるように国が暗躍していたことになります……!」

 言ってから、ルシウスは気がついた。
 ロケット団に入って最初に学ぶ、基礎中の基礎。最も恐ろしい組織はどこか。ポケモンを邪悪に改造するシャドーか、はたまた危険思想を持つギンガ団か、いいや違う。チャチな陰謀論だと新入りたちは笑うが、全ての頂点に立つ政府、警察、ポケモンGメンといった国家機関こそが最大の敵なのだ。
 それだけ思考する間を与えてから、長官は続ける。

「今回の件で、プラズマ団の上層部“預言者”は解体され、今後プラズマ団は政府の駒になるだろう。もし我々がその陰謀の証拠を掴んでいれば、ロケット団は政府に対し優位に立てたのだ。もっとも、お前に任せた私にも責任はある」

 それ以上、ルシウスが口を開く事はなかった。言える事が何もない上に、何か言ってしまえば耳障りの悪い言い訳にしか聞こえない気がしたからだ。
 長官もその事を分かっていた。

「下がってよし」

 一番の慈悲は、この地獄のひと時を終わらせる事だろう。今後の処分は、いずれ言い渡せば良い。今はただ、静かに退場させるべきだ。
 ルシウスも心底救われて、長官に辞儀をした。頭をあげ、絨毯を歩いて一心にドアを目指す。

「待て」

 ちょうどドアのぶに手をかけたところで、長官はルシウスを呼び止めた。
 ルシウスは振り返らない。

「……他に何か、報告を忘れている事は無いか?」

 ただの、確認。そうだこれはただの確認なのだ。
 ルシウスはまったく動じることなく、振り返ることもせず、ただハッキリと答えた。

「ありません」
「そうか、行ってよし」

 二度目の許可で、ルシウスは逃げるように部屋を後にした。




 スパイの休憩所とは、バーを指すのだと誰が言ったのだろう。
 まさにその通りだった。適度な薄暗さ、心に沁みるジャズの歌と酒は酷く相性が良い。疲れた心を紛らわせるには絶好の場所だ。任務で疲れたらここに行けと、ロケット団諜報部の手帳にも記されているほどに。

 バーのマスターは、驚くなかれバシャーモだ。シャカシャカとカクテルを振って、グラスに注ぐ。ヒメリの実を入れて、完成だ。カウンター席のルシウスは、それを一気に飲み干した。

「……もっとキツいのが欲しいな」

 この手の客に慣れているのだろう、バシャーモはすぐに理解して「バシャッ」と小さくひと鳴きし、壁際に並ぶボトルを1本手に取った。

「私の奢りで頼む」

 突然真横から声がしたかと思えば、肩に衝撃が走った。
 エドウィン艦長はいつもの黒い制服を脱ぎ、落ち着いたブラウンのジャケットを着てカウンター席についた。隣りで落ち込むルシウスの肩を叩くのは、ねぎらいのつもりだろうか。

「何しに来たんだ、メロエッタはどうした?」

 いつもの覇気がすっかり抜けた声に思わず苦笑いしながら、エドウィンは手を引っ込めた。

「今日、モリビト達に返してきた。今後私はいつでも会いに来て良いそうだ」
「それは良かったな、艦長。メロエッタは貴方に懐いていた」

 コト、と音を立ててウィスキーのグラスがテーブルに2つ並んだ。鼻をすすれば、鼻腔をアルコールの匂いがツンと刺激する。
 一気に飲み干そうとグラスを傾けたが、半分ほど飲んだところで喉が妬けつくような痛みに襲われる。思わず咽てしまった。

「けほッ……これなんて酒だ!?」

 寡黙なマスター、バシャーモは黙ってボトルを持ち上げ、ラベルを指す。

「ラティアスの涙? ……アルトマーレ産か、気に入った」

 もう半分も飲み干した。
 エドウィン艦長は一口すするだけにして、グラスを置く。

「様子から見て分かるよ。だがあれから一週間、まずは生き残ったことを喜ぶべきだ。メロエッタや、トルネロス達だって救えた。我々は任務を立派にこなしたじゃないか」
「ふん……どうかな」

 目前の心配事とは恐ろしいもので、喜ぶべき事をすべて曇らせる。
 明日はどうなるのだろう。これからの自分の評価は。諜報部の中で、もはや上り詰める道は断たれたのかもしれない。4年目にして、キャリアの終わりだ。
 生き急ぐ若さゆえの過ちを、経験者は微笑みながら眺めていた。

「実は明日、4番道路でポケモン略奪ミッションがあるんだが。一緒に行かないか」
「子供相手に憂さ晴らしをする気分じゃない」
「だが生死の決戦抜きで、純粋にポケモンバトルを楽しめる良い機会だ。もっとも、我々が純粋と言っては語弊があるが……」

 略奪専門の部隊以外は、決して略奪任務に成功する必要は無い。
 今やポケモン市場は良くも悪くも広大だ。市場で調達し、自分たちで鍛える方が確実だと、ロケット団は知っている。
 それでも強いポケモン、珍しいポケモンを手に入れれば一気に出世できる構造が残っているために、略奪部隊は案外人気があるのだ。

 そうした出世に興味が無ければ、失敗したって構わない。勝ったとしても、泣きじゃくる子供を哀れに思えば、すぐに追って取り返せるようにのんびり逃げる事もできる。
 子供たちはよりポケモンを大事に想うようになり、団員もちょっとした憂さ晴らしができる。なんとも大人気ない話だが。

「必要ない、ただ……悔しいんだよ。ここで下ろされてしまうと思うと」

 アルコールが回ってきたせいで、あまり洩らさない本音が洩れ始めた。
 エドウィン艦長も、その意図をなんとなく察していたのだろう。小さく何度か頷いた。

「ミュウツーか」
「今回、真の勝者はミュウツーだ。奴は望むものを全て手に入れた」

 会話はバシャーモにも聞こえていたが、さすがは諜報員のよく通うバーのマスターなだけはある。ただ黙って、グラスを磨く様子は、ポケモンといえどプロそのものだ。

「モチヅキをうまく説得できたとして、ミュウツーの治療には1年か、2年か……とにかく長期間になる筈だ。そうして復活し、表に出てきた頃には……私はクビかな」

 自分が請け負った件は最後までやり通したい。野心を抱く男なら、誰もがそう考える筈だ。
 それを外されるのは、屈辱や辱めに他ならない。責任感、プライド、それらが複雑に交じり合い、今は悔しさだけが残る。

「長官には報告を?」
「いいや」

 ルシウスは首を横に振った。

「だが、知っている筈だ。長官が知っている以上の事は、何もないだろう。ミュウツーは特に人間に対して憎しみを抱いている風でもなかったし、脅威になるとは見ていないと思うが」

 それに、脅威になるかどうか分からないミュウツーよりも、今は国家の陰謀という巨大な案件が目の前にある。諜報部が全力をもって戦うべき時が近いのだ。
 きっといずれ忘れ去られる事になろう――しかし自分の直感は、それを拒絶した。

「本当に、それで良いのか?」

 己の内に抱える疑問が、外から言葉になって耳に届いてくる。
 エドウィンも経験を積んだ軍人だ。何が脅威になり得るか、直感で嗅ぎ分ける能力ぐらい持っている。

「危機を見逃す事にならないか?」

 ルシウスはぼんやりと空のグラスを眺め続ける。

「ミュウツーの脅威を先送りしただけだ。1年か……2年後に」

 聞き流すしかできない自分に、少しだけ苛立ちが募る。そうだ、その通りなのだ、ミュウツーの脅威は突如として降りかかるだろう。いずれ来るその時を、誰もが後悔するかもしれない。
 しかし今できるのは、空になったグラスを持ち上げ、「おかわり」と言う事だけだった。



To Be Continued...

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