第35話 ヤマブキ事件・そのなな

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 黒髪の少年――レッドは、エレベーターの扉が開くと同時に駆けだした。明るくて整った部屋だ。荒れてもいないし、バトルが行われている様子もない。レッドは眉を寄せた。

「残念だが、ここは最上階じゃねえよ」

 部屋の奥、一人の男がレッドに話しかける。手拭いを頭に巻いた、ガタイのいい男だ。

「ボスとユズルは何処だ?」

 レッドが神妙な顔で尋ねる。男は天井を指差した。

「さらにこの上、競りあがった解放フィールドで〝さっきまで〟戦ってた」
「ユズルをどうしたんだ!!」

 レッドが男に食ってかかった。身長差から、胸ぐらを掴もうにも届かないようだ。レッドは悔しそうに男を睨みあげる。
 だが男はレッドとは反対に、当惑した表情だった。ぽりぽりと頬を掻いて呟いた。

「どうかされたのは、こっちの方なんだけどな」
「……どういう意味だ」
「さぁな。とにかく、俺がお前に伝えることは一つだけだ」

 男はレッドから離れると、部屋に描かれたバトルフィールドの端についた。そこはトレーナーがつくべき所定の位置だ。そこにつくことは、すなわち。

「レッド。お前を呼んだのは、ボスがお前と闘いたかったからだ。そして最上階で、勝者が待っている。だがそこに行くのはお前じゃない」

 レッドはその言葉を聞きながら、男のいる位置と反対の所定についた。ここでやるべきことは、もうわかっている。男の言いたいことさえもレッドには分かっていた。
 レッドの目に映るのは、男の熱い闘志。一端のポケモントレーナーであり、戦いを望むものならば誰だって持っているもの。
 たとえどんな状況下であろうとも、より強いものと闘いたいという本能がそこにはあった。

「俺は四天王が四人目、矛盾の盾! そうそう破れると思うなよ!」


 朗々と名乗りを上げる男に、レッドは知らず口角を上げた。嫌いなタイプじゃない。
 だが今は、倒し乗り越えていく敵だ。レッドは声を張り上げ、堂々と応えた。

「オレはマサラタウンのレッド。――――この上に行くのは、オレだ!」










 イエローとノーガードが名乗りを上げた直後、ライトは部屋全体を照らし出した。同時に大きな機械音が鳴り響く。露わになった部屋の全体像に、イエローは息を呑んだ。

「これは……」

 それは、リング場のようだった。部屋の四隅には棒状の機械が立ち、壁全体がうっすらと光っている。

「特製リングだ。ルールはどっちかのポケモンが全員戦闘不能になるまで!さぁて、行くぞ!」

 ニヤッとノーガードは笑うと、ポケモンを繰り出した。まっすぐにイエローへ向かってくる姿に、慌ててイエローはポケモンを繰り出した。

「ゴロすけ!」
「カイリキー、インファイト!」

 カイリキーの拳をゴローニャが迎え撃つ。がっしりとその拳を受け止め、実力が拮抗しあう―――――ように見えた。

「ゴオオオオオオオ!!」
「うわっ!?」

 カイリキーの拳を受け止めた瞬間、凄まじい風圧がイエローとゴローニャを襲う。更にカイリキーは3本目と4本目の拳で、ゴローニャの体を砕いた。破砕音と共に、ゴローニャとイエローが吹っ飛ぶ。吹っ飛んだイエローが壁に激突する。

「う――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 イエローは絶叫をあげた。激突した瞬間、全身を走り抜けていく高圧電流。全身の血液が沸騰し、目の前が真っ白に染まっていく感覚に脳が焼き切れそうになった。背中から煙を上げ、イエローの体がぐらりと傾く。

「あぁ、一つ言い忘れ」

 ノーガードが呟く。ポリポリと頭を掻いて続けた。

「トレーナーの戦闘不能もルールに追加だ」

 倒れこんでいくイエローをつまらなさそうにノーガードは見る。

「……ッ!」
「お、おお?」

 しかし、イエローは倒れなかった。背中の服が一部焼き切れ、血が滲んでいたが、その場に踏みとどまる。歯を食いしばり、ガッと右足に力を込めると、よろめきながらも立ち上がった。
 ノーガードは僅かに目を見開くと、楽しそうに笑う。

「へぇ、やるじゃねぇか。まさか立ち上がるとはね」

 ゴローニャをボールに戻し、イエローはカイリキーとノーガードから慎重に距離をとった。
 ――カイリキーの先ほどの攻撃、あれは、異常だ。
イエローはあれほど力強いカイリキーに会ったことがない。ポケモンの特性や性格が攻撃に傾いていたとしても、カイリキーの一発でゴローニャが沈むなどあり得ない話だった。

「どうした、黙ってちゃ何も解決しないぜ?やれ、カイリキー!」
「くっ!」

 ノーガードは嬉々としてカイリキーに指示を飛ばす。イエローは即座にドードリオを出すと、その背に飛び乗った。カイリキーの拳は空振るが、風圧でドードリオは体勢を崩しそうになった。イエローが手綱を引いて立て直す。

「オラオラオラオラアアア!!」
「わわわわわわわ!!」

 カイリキーが次々に拳を飛ばしながらイエローたちを追いかけ回す。その後ろ、ノーガードも一緒に走っていた。イエローは冷や汗を流しながらも、必死に考える。一発でも食らったら終わりだ。あの異常な攻撃力は脅威そのものだった。

「オラオラどうした!逃げてばっかじゃバトルになんねーぞ!!」

 ノーガードの言葉に、イエローはぎゅっと手綱を握った。ぐいっと急転換し、カイリキーに向かっていく。

「行くぞ、ドドすけ!!」

 ドードリオが力強く鳴き、ノーガードが犬歯をむき出しにする。とうとう向かってくることが嬉しくてたまらないようだ。
 だが、イエローの狙いは戦うことではない。

「リキ!?」

 カイリキーとは衝突せず、紙一重でその横をすり抜ける。その瞬間イエローはカイリキーに手をかざした。流れ込んでくるカイリキーの意識と記憶をイエローは手繰り寄せる。その中、ノーガードとカイリキーの少し変わったトレーニングがヒットした。

「――そうか!」

 イエローは異常な攻撃力を理解し、素早くドードリオに指示を飛ばした。ノーガードはカイリキーと急停止し、ドードリオを迎え撃つべく構える。

「ドドすけ!」

 イエローの指示に反応し、ドードリオが駆けだす。ノーガードも負けじと叫んだ。

「カラテチョップ!」

 飛び込んでくるドードリオにカラテチョップが迫る。だが、直前でドードリオは搔き消えた。

「――なっ!」
「ドドすけ、つつく!!」

 カイリキーは横から猛烈な乱れ突きを食らい、悲鳴を上げる。高速移動を使ったドードリオの速度に対応しきれなかったのだ。基本中の基本、つつくであったが、カイリキーは目を回して倒れる。ノーガードは舌打ちしてカイリキーを戻した。

「やるじゃねぇか」

 ノーガードはイエローを見据える。イエローはふぅ、と息をついて答えた。

「他のステータス全てを犠牲にした、超一点特化型攻撃力。それがノーガードさんのポケモンですね」
「あぁ。何したかしらねぇが、よく分かったな」

 ノーガードはその言葉を肯定する。
 Mr.ノーガードとは、防御も何も犠牲にして攻撃のみにステータスを捧げ、守ることを一切考えない戦闘スタイルを表した名前だ。イエローはさきほど読み取った記憶から、カイリキーを含め、ノーガードのポケモンが異常に強い代わりに、異常に打たれ弱いことに気がついていた。

「だがそれがなんだ?お互い一発で沈むバトル。それこそ、素晴らしい緊張感だ。駆け引きなんて必要ねェ。真正面から粉砕するのみだ!」

 ノーガードは二体目のポケモンを繰り出した。キリがない、とイエローは唇をかんだ。1体でも倒すのに時間がかかったのに、あと5体だ。弱点は分かったが、イエローはあまりポケモンを傷つけたくはない。打たれ弱いとなればなおさらだった。
 それでも、ひとまずは戦わなくては。

「ドドすけ、まだやれるかい?」

 ドードリオにそっと話しかけると、こっくりと頷く。イエローは顔をあげた。

「行くぜ、バンギラス!!」

 声と共に現れた怪獣のような巨大な姿に、イエローはドドすけの手綱を引いて走り出した。ドドすけの速度でイエローは翻弄するつもりのようだったが、ノーガードはニヤリと笑う。

「じしんだ!」
「わ!?」

 バンギラスが床を踏み鳴らす。部屋全体が揺れ、ドドすけは足を滑らせた。イエローが手綱を引くが間に合わない。イエローはぎゅっと釣竿を握りしめた。その隙を狙い、ノーガードは叫ぶ。

「爆裂パンチ!」
「戻れ、ドドすけ!!」

 バンギラスの必殺の一撃が迫るのと、イエローがドードリオを戻したのはほぼ同時だ。バンギラスの拳がドードリオではなく、イエローに向かう。

「何っ!?」

イエローはゆらりと拳を回避した。どう見ても避けきれないタイミングだったが、まるで風に舞う木の葉のように避けたのだ。イエローの体は宙に浮き、ふわりとバンギラスから離れていく。ハッとしてノーガードが天井を見る。天井の電灯に釣り糸が引っかかっていた。イエローは釣り竿に掴まったまま、振り子の原理で今度はバンギラスに近づいていく。

「バンギラス!」

 バンギラスが戻ってくるイエローに拳を当てようと構える。だがイエローは釣り竿をパッと離すと、背中から翼を生やした。
 いや、翼ではない。イエローを掴むバタフリーが飛んでいた。天井ギリギリまで上がると、イエローは叫ぶ。

「ピーすけ!ぎんいろのかぜ!!」
「チィッ!」

 ノーガードは舌打ちして身構える。しかし、バタフリーが狙ったのはバンギラスとノーガードではなかった。
 4つの破裂音と共に、部屋に設置された高圧電流発生装置が破壊される。部屋の壁を包む電流が途切れる。バタフリーに対する指示はフェイク。銀色の風ではなく、放たれたのはサイコキネシスだった。予想外の行動に、ノーガードは狼狽えた。

「電流が狙いだと……!?」
「ピーすけ!」

 畳み掛けるようにイエローが鋭く指示をする。ノーガードがバンギラスを振り返るが、遅い。ピーすけの眠り粉で、バンギラスは崩れ落ちた。
 攻撃をするのだと思っていたノーガードは目を見開いた。確かに眠り込んだバンギラスは戦えないが、確実を選ぶなら倒してしまった方が良い。

「お前――」


 その時、階下から爆発音が響き渡った。


「うわ!?」
「うおおお!?」

 バンギラスのじしんとは比べ物にならない震動に、イエローは驚き、ノーガードは体勢を崩した。ノーガードの懐からカードキーが飛び出す。イエローはきらりと目を光らせる。

「ピーすけ!」

 バタフリーの口から出た糸が、カードキーを奪い取る。「あっ」とノーガードは声を上げたが、もう遅い。イエローはバタフリーから降りると、バタフリーを戻してエレベーターに飛び込んだ。
 一人残されたノーガードは、ため息をついて頭を掻く。

「くっそ……。つか待てよ、今の爆発音――!」

 ノーガードの脳裏に双子とマルマインが浮かび、彼は非常階段へと飛び込んだ。










 赤い炎が部屋を包む。全て吹っ飛んだ三階のフロアは酷い有様だった。窓は全て割れ、炎が壁や床を舐めている。カメラも迷路も何もなく、人の姿はない。
 崩れたフロアの端、がれきの影から人の手がのびた。でた腕は2本。がれきの影から、2人の少年が這い出てきた。2人ともホッとした様子である。

「間一髪、やったなぁ」
「あぁ、久々に死ぬかと思った」

 カスムは力なく笑い、キリは息をついた。座り込んだキリの影から、ゲンガーがにゅっと顔を出す。「ほめてほめて」と言いたげな顔に、キリは無言でゲンガーの頭を撫でた。

「ゲンガーに感謝しなならんな。あんなギリギリのタイミングで〝まもる〟を使うとは、主人想いやないか」

 ゲンガーはキリに撫でられながら、えっへんと胸を張る。キリもカスムの言葉に頷いた。
 あの爆発のタイミング、影に潜ませていたゲンガーが飛び出してきたのだ。全員を抱え込み、まもるを発動させたゲンガーの機転は褒賞ものだ。

「おい」

 キリが、がれきの影を振り返る。カスムもその声に続いて立ち上がった。

「僕らは先へ行く」
「あんさんらの、負けや」

 キリも立ち上がると、2人はエレベーターに向かって駆け出した。3階に戻ってきたイエローが2人を出迎える。どうやら、イエローの方も戦いがあったようだ。お互いにボロボロの様子を見て苦笑いした。エレベーターに乗り込み、上へと向かう。
 3人が上へと向かったあと、非常階段を降りてくる姿があった。ノーガードだ。3階の惨状に真っ青になり、双子の名前を呼ぶ。

「おいガキども!生きてるか!」

 がれきの影で、2つの小さな影がピクリと動いた。がれきの影から小さな影は飛び出し、ノーガードの下へと走っていく。振り向いたノーガードの腕の中に、2人は飛び込んだ。

「うおっ!?」

 ノーガードは驚きつつも抱き留め、2人を抱え込む。双子は何も喋らない。ノーガードは一瞬不安げな顔をしたが、何かを察して双子を強く抱きしめた。

「まけた」「まけた」
「おう、俺もだ」

 双子の小さな声に、ノーガードは笑って答えた。

「負け、た……ひっく……」「負けたく、なかったよぅ……うぇ……」
「うん、悔しいな」
 ノーガードの胸元が濡れていく。ノーガードは気にした様子はなく、言った。

「あんま無茶すんなよ。死んだら殴るからな」
「死んだらどうやって殴る」「馬鹿だ、馬鹿がいる」
「今すぐ殴られてぇかお前ら……」

 双子の言葉に青筋を立てつつも、ノーガードはしっかり抱きしめている。双子を抱えたままその場に座ると、ポンポンとその背を叩いた。

「次は勝つぞ」
『うん』

 双子は同時に答えると、ぎゅっと力を込めて抱きついた。



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