7話:ホラーは怖がる人と大笑いする人がいる

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:8分
スクールが見えてきた。バッグからポケギアを召喚して、集合時間まであと5分ある事を確認する。ラストスパートだ、とハクウを抱えたままチヅルはスクールの生徒達の集まる中にスライディングで乗り込んだ。高いヒールが地面にめりこみ、彼女の人間を通り越した離れ業には慣れっこのクラスメートからも、流石にどよめきが生まれる。

「よっしゃセーフ!」
「色々アウトよ馬鹿」

ハクウを地面に下ろして勝ち誇った声を上げるチヅルに、コノエの呆れを固めた拳が降って来た。

「ちょ!?チヅル大丈夫!?」
『俺よりは大丈夫だと思うぞ……』

慌てて駆け寄ったテルキに、聞こえないとは分かっていても愚痴を零したハクウは全身ボロボロで瀕死寸前である。チヅルがハクウの特訓と称して、道中の野生ポケモンに片っ端から喧嘩を売ったのが原因なのだが、寝起きで不機嫌だったイトマルの群れに突っ込んでしまった事には罪悪感を感じているようで「だから悪かったって」と手を合わせた。

『謝罪の意があるなら回復してくれ……今ならコイキングにも負ける気がする』
「コイキングに失礼じゃねそれ」
「……あ、あのさ」
『でも実際あいつらまともに戦えんのか?』
「強い奴はたいあたりとかじたばた覚えてたりするぞ」
『何でそこまで行ってもギャラドスに進化しないんだろうな』
「あのさ、聞いて……ないよねうん」
「聞いてるけど、何の用だテルキ」

ハクウから視線を切り、テルキに向けた瞬間、悲壮感に溢れたツッコミが返ってくる。

「聞いてたの!?なのに無視!?」
「すまんすまん、で、何だって?」
「……そろそろ集まらないと遅れる、って言いたいんでしょ」
「マジでか」

気が付けば辺りは閑散としており、クラスメートは少し離れたスクール入口付近に移動していたが、口ではそう言いつつも別段焦る様子の見えないチヅルに、一同は見事なシンクロ率を発揮し、溜息をついた。
そのままちょこんと列の最後尾に追いついて座ると同時に、マイクを握った教師が話し出す。
爽やかな青空を見上げ、本日は晴天にも恵まれ、と切り出した時、チヅルがボストンバッグを漁りだした。引っ張り出されたのは、ウォークマンに繋がった白いイヤホン。

『……話聞く気ゼロかよ!』
「周りもそんなもんだ」

その言葉に辺りを見渡すと、電源の入ったDSを装備している生徒や、教師の立つ方を見る事すらせずに話し込む生徒が大多数であった。大丈夫かよこの学校、とハクウは思わず心配になるが、今日に至るまでに耳がたこで塞がる程聞かされた演習の意義や説明など、今更耳を傾ける物好きはこのクラスに存在しない。

「……あー、今音楽聴いてる奴とゲームしてる奴、駄弁ってる奴は表出ろー」
「「「せんせー、ここ表でーす」」」

担任としての責務故かヤマダが注意したが、華麗なブーメランに仕立てあげて返した生徒一同。ヤマダの持つマイクがせんべいを齧ったような音を立てたが、ボールに手がかからなかっただけ耐えた方だ、とチヅルは思う。
それにしても教師が表出ろってどうなんだ、とハクウが呟いた時、前に立つ教師の長話が終わった。かん、と軽い音を鳴らしてマイクが置かれた瞬間、石を投げ込んだ水面が飛沫を上げるが如き勢いで生徒が散っていく。チヅルもワンテンポ遅れて、イヤホンを耳から引き抜いて立ち上がった。

「……さ、行くかーハクウ」
『そうだな』

呑気に言い合い、何の迷いも無く足を進める。
ハクウはキキョウジム、チヅルはマダツボミの塔へ。

「『いや、そっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』」

瞬間、戦慄すら覚えるハモり具合でツッコミが爆発する。

『ジムじゃねーのかよ!バッジ集めがうんたらかんたらとかあの教師が言ってたからてっきり!』
「いやまあ、直行出来るならそれに越した事は無いのだが」

しれっと言い放ち、チヅルはジムの方に指を指す。
見ると、瀕死のポケモンを庇うようにしてジムを飛び出す、先程いた列で見た顔が。それも両手を使わないと数えられない人数だ。

「今行ってもああなるのは、火を見るよりも明らかだからな」
『把握』

スクール入口で話を聞いていた時から数分しか経っていない事については、ツッコまない事にしたらしい。

「と言う訳で、特訓がてらあわよくば仲間が増えんかと期待を抱きつつ、マダツボミの塔へレッツゴー」

そう言って意気揚々と歩き出すチヅルを追いかけて、ギリギリ手が届く距離まで背伸びしワンピースの裾を引っ張ると。

『いや特訓はいいんだけどよ……俺、ポケセン連れてってもらってねーぞ?』
「……あ」

***

「知ってるかハクウ、この柱って元々マダツボミだったんだと」
『流石に嘘だろ』
「マジだってば、それでこの塔ってな、その元巨大マダツボミを封印する為に建てられたんだって」
『ますます嘘くせえよ!』

無事ポケセンで回復も済ませ、マダツボミの塔で坊主達を蹴散らしたチヅルとハクウは、すっかり観光気分である。外から注がれる日差しも月明かりに変わり、日が暮れている事を示していた。
ふと、ポケギアを取り出して時間を確認していたチヅルが、ぽつりと呟く。

「そういや、ここって夜になると幽霊出るって噂なんだよなー」
『そうなのか?』

怪談の類が平気なのか、ハクウのリアクションは存外軽い。まさかチヅルが幽霊に怯えるとも思えなかった為、話の意図が分からず疑問形になってしまった。

「いや、この前テルキがそう騒いでたの思い出してさ」

本当に出るのかね、と笑うチヅル本人には怖がる様子が見えず、むしろ楽しんでいるようにしか見えない。ホラー映画で大笑いするタイプのチヅルは、ちなみにもう出没情報ある時間、と笑顔で目線を飛ばし。

その目がハクウを捉えた瞬間、ガラスにひびが入ったような音と共に固まった。

『……?どうしたおま』

台詞が止まる。
チヅルの目線の先。桜色に映り込む肩。

そこに指をかけた、白い、手。

『うぎゃああああああああああああああああああああ!?』

本当に声帯が出しているのか疑わしくなる絶叫が、塔の中を乱反射する。その勢いで振り払われた白い手が、ぽすりと重力に従い床に落ちた。

「『………………へ』」

再び見事にハモったが、そんな事気にしない。
恐怖も警戒も見せないチヅルが呆けた顔で拾い上げたそれは、どう見ても軍手。機械や土をいじる時に使う、ごく一般的な物である。
その時、チヅルとよく似た表情をしたハクウの目が、何かを捉える。塔の中央を陣取る、元マダツボミ説まで存在する柱が、揺れていた。いや何事も無くとも揺れっぱなしな柱だが、その一部が陽炎の如き動きで揺らめいていたのである。
銅に似た赤を細めて見たそれは、毒々しい紫の霧を纏う、吊り上がった目のついた球体のポケモン。
ガスじょうポケモンゴースが、尖った歯を見せた口元を、天井を向く目元にも負けぬ程吊り上げた。ついでに、虫を踏み潰して遊ぶ子供のそれに似た笑い声と言うオプション付きで。

あ、犯人だ。

『…………ふざけんなコノヤロォォォォォォォォォォォォォォ!!』

チヅルの手から軍手を奪い取って投げつけたが、如何せん相手は体の95パーセントがガスで構成されたポケモンである。綺麗な放物線を描いた軍手は柱にぶつかって地に伏せ、ますます相手の笑いを誘うだけとなった。

「…………ハクウハクウ」
『何だよ』

見てみろと言いたげに、ぐるりと薙いだ指先には。
360度、紫、紫、紫。ゴースのゴースによるゴースの為の包囲網が出来上がっていた。
今朝のイトマルの件を思い出し遠い目をしたハクウの横で、チヅルが不意に笑い声を上げ。

「おいおい、どこぞのサバイバルホラーゲームも真っ青だなこりゃ!神経細い奴なら失神もんじゃね?」
『いや、お前何で楽しそうなんだよ!』

チヅルの笑いとハクウの嘆きを聞き、1匹のゴースがゆらりと揺れた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想