50話:①~邂逅~

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 寒さゆるむ昼下がり。

 穏やかで静かなシダケタウンの中で。

 シェーリは怒りの暗雲を背負って立っていた。







 ポケモンセンターの前に陣取ったシェーリは、周囲の温度を上げそうなほど怒っていた。普段は下げる彼女としては珍しい。しかしそれがなんの気休めになるわけもなく、イヴは離れた茂みの中で縮こまっていた。すごく、怖い。

「……あの、馬鹿どもっ……!」

 低く低く、シェーリが呟く。原因はいたって普通のことで、町に入って間もなくウィルゼが迷子になり。
 なんとティアルまでもがいなくなったのだ。

 どちらか一人だけなら嫌みを言っておしまいだ。しかし二人同時ということで、シェーリの怒りは二倍どころか二乗になっていた。

 ウィルゼとはすでに連絡を取りクインを向かわせた。ポケギアを持っていないティアルはトトに任せたが、さてどうなったか……。

「シェーリッ……!」

 必死な声がして、彼女は比喩でなく人が射殺せそうな目でそちらを見た。

「シェーリごめんっ、ほんっと悪かった!」

 ぱんっと手を打ち合わせ、ウィルゼは深々と頭を下げた。冷たい視線が彼を貫いたが、何を言う前にトトの鳴き声がした。
 シェーリが視線を滑らせ、ふと柳眉を寄せる。温度を緩めた空気に気付き、ウィルゼも振り向く。

 そして彼は驚愕に叫んだ。

「ルカ……!?」

 いきなり呼ばれて棒立ちになった赤毛の少女は、次の瞬間満面の笑みを浮かべて二人に駆け寄り、抱きついた。

「シェーリ! ウィルゼ! やっと見つけたわ!!」



*   *   *



 道の端でおろおろしていたティアルを、純粋な親切で連れて来たルカは、偶然に再会した彼らを連れ、町の中心にあるバトルテントでクウと合流した。シェーリたちと同様、カントーでエージェントとしての登録が済んでいた彼らはここに用事があったらしい。

 ちなみにシェーリとウィルゼを捜して別行動をしているシンとトールは、今は隣のカナズミシティにいるそうで、「惜しかったな」とはウィルゼの言葉だ。ティアルが風邪をひいていなければ今頃そこにいた。

 初対面の人々を紹介し終えたところで、クウが奥の控え室へと誘った。

 そしてそこで、シェーリたちは再び、思いも寄らぬ再会を果たした。







 軽いノックのあと、ドアを開く。そのまま中に入るかと思われたシェーリはそこで動きを止めた。唐突な静止に、難なく衝突を避けたウィルゼはひょいと銀色の頭の上から顔を突き出し、「え」と呟いた。

「あれっ? シヴァさん?」

 不思議そうなティアルの声に、部屋の中央にいた五人が振り向く。入り口で固まっているシェーリとウィルゼの姿を見て、数人は意外そうに目を見張った。

「あ、れ。シェーリにウィルゼ……とその他? なんだ、お前らも依頼?」

 ぞろぞろと入ってくる人に、のんきな声を上げたのはセイル。「その他」でひとくくりにされてしまったクウは気分を害したようだ。何とも言えない顔で沈黙するウィルゼに尋ねる。

「だれだ? こいつら」
「……あー。えーと、……ユーリーは知ってる、よな。じゃあ右から、白雅のエージェント二人――ごめん、面識ないから名前知らない――と、白雅――え、違うじゃん。……えと、ハイフォンの “舞風”のセイル、最後にディラのリーダー“夢幻の森の王白夜”ことシヴァ。……えー、つまり」
「……四強、勢ぞろい?」

 つぎはぎだらけの説明の後、ぽつんとシェーリがつぶやく。両グループはなんとなく沈黙した。ややあって「こほん」と咳払いをし、ユーリーが口を開く。

「久しぶり、だな。そっちの二人とは桜月以来か」
「ああ――ミナモシティで会ったな。……」

 会話の糸口がなくそのまま黙ってしまう。その時、ユーリーの横にいる女性がふうとため息をついた。

「それで、私たちのことは置いてけぼり?」
「えっ、いや、そういうわけじゃなくって」

 いまだに混乱から抜けきれないユーリーは前髪をかき上げた。

「彼女は白雅リーダー、“娥王(がおう)”ロスト。それと副官のハロルドだ。それで、彼らは……」

 どう紹介するか、決めかねたユーリーを見限ってシェーリが割り込む。

「チーム・フィリアル“月光”。シェーリと呼んでくれ。こっちは仲間のウィルゼと、“果ての森の王麗石”、ティアル。それから」
「無所属、“双碧(そうへき)”のクウ」
「同じく無所属で“紅蓮(ぐれん)”のルカ」

 思いがけない名乗りに、そこにいた人々はそれぞれ目を見張った。

「うそ、“月光”? じゃあオーランの」
「“双碧”と“紅蓮”? いつの間にそんな……」
「四強中三チームのリーダーがそろっているだと? いったい何があるんだ?」

 パン!
 無秩序に上がった声を遮るようにシヴァは一度大きく手を打ち合わせ、ぐるりと周囲を見回した。

「落ち着こうぜ、みんな。とりあえず話を整理しないか?」

 全員、彼の誘いに一も二もなくうなずいた。



*   *   *



 カントーに戻ってすぐ。クウたちはセキチク自衛団に入籍し、その時にエージェントとしての資格を取った。そして二ヶ月ほどたって協会を巻き込んだある事件が起き、そこでルカが活躍。彼女は“紅蓮”に指名された。

「その時クウがとっても無責任なこといってね。腹が立ったからその場で“双碧”に指名してやったの」

 ルカは呆れた周囲をおもしろそうに見、苦虫をかみつぶしたような顔のクウを見る。対名がほぼ同時に与えられるという珍事はこの時に起こったのだ。

「で、ホウエンからの噂でシェーリたちがマグマ団と対立しているということを知って、応援することにした。それで探していたんだが……」

 見つからず、とりあえずシダケタウンに拠点を定めたところ、今回依頼が一つ舞い込んできた。

「なんでもここでエージェントのエキシビションマッチがあるんだって? その頭数が足りないからと急遽呼ばれた。そこに行く途中で、ティアルに会ったわけだ」
「日頃の行いがよかったんでしょう。それで、あなた達はその出場者、なのかしら?」

 豪華な顔ぶれに視線をあて、やや気圧されたように訊く。セイルが肩をすくめた。

「まあ、そうだね。四月に一度、この大会は開かれるんだが、ノワール以外の四強とそれに準ずるチームからはだいたいリーダープラス二人ほど出る」

 それにしても、と控え室を見回してユーリー。

「……言われてみれば少ないな。いつもは二十人ほどいるんだが……」
「レグルスが不参加表明したからじゃない? ゼーナはいつものごとくでないし、クレインも手一杯らしいし、今回はあなた達も不参加続出じゃない」

 ロストにいわれ、他の三人は肩をすくめた。

「ノワールは一人が限界だ。こんなお遊び、本当なら出したくもないんだぞ」
「ディラはタイミングが悪かったな。あと三人いたが、辞退だ」
「ハイフォンは一人にドクターストップ。……ほら、エスターの件で怪我したやつだよ」

 一ヶ月ほど前の話を聞かされ、ああとシェーリはうなずく。

 ウィルゼはちらりと控え室の隅からこちらを見ている人々に視線をやった。
 ディラ、ハイフォンが一人ずつ隅にいる。イヤリングと服につけられたエンブレムで分かる。けれどもう一人、長身痩躯、色素の薄い長髪の、紋章が見当たらない青年がいて、彼は眉間にしわを寄せた。
 その時視線を感じたのか、青年が顔を上げる。ウィルゼの視線をとらえ、彼は整った顔をかすかにほころばせ、胸元からペンダントを取り出し、その模様をよく分かるようにかざした。

(北斗七星……? 北斗の、“破軍(はぐん)”か?)

 最近チーム・レグルスから離脱したというチームの名を思い出し、ウィルゼは礼も込めて小さくうなずいた。彼から目を離し、再び眼前に注意を戻す。彼らのやり取りには気付かず、シェーリはセイルに質問していた。

「エスターは、元気か?」

 セイルは笑ってうなずいた。

「ああ。自分もエージェントになりたいとがんばっている。ありあまっているほど元気だ」
「……そうか」

 ませた女の子を思い出しながら、微かに笑みを浮かべる。別れたころからはあまりにかけ離れた様子にクウとルカが息をのむのを聞き流しながら、シェーリはふと、何か思案しているユーリーを見た。
 彼もシェーリを見る。
 その目が不意にいたずらっぽい笑みを含んだ気がして、シェーリはぞわぞわっ鳥肌が立つほどいやな予感に襲われる。

 そしてそれは、すぐに現実のものとなるのであった。


*予告*
 ユーリーの思いつきによりエキシビションマッチにかり出されたフィリアルの二人。そこでウィルゼが見せた影とは……!? チーム界の重鎮白雅と注目の新人集団フィリアルが大激突! 「シダケの擾乱②~フィリアルvs白雅~」どうぞ!

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