44話:③~奪われた絆~

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 ……誰かが、泣いている。







 背をないだ熱さ。

 視界を染めた赤。

 揺れる世界に見た恐怖と、混乱。

 静寂が(りん)と耳を打って。







 世界は私を引きずり込んだ。







 奪うなよ。

 これ以上、欠けさせるな。

 また何かを奪うのだったら。







 ……私はもう、容赦しない。



 *   *   *



 目の裏にチカリと、金が瞬く。
 腕をつかまれ、覚醒は急激に訪れた。







「だっ、……誰、だっ!!」
「うわひゃああああっ!?」

 シェーリは飛び起きざま、自分に触れた相手の腕を逆手にとってひねり上げようとしたが、すっとんきょうな悲鳴に力がゆるむ。そこを突いて振り切られる。
 相手を確認しようとしたが、その途端、ひどいめまいを感じて視界が黒い点で塗りつぶされた。頭の血管が急に開いていく痛みにこめかみを押さえ、我知らず、顔をしかめる。

「び、びっくりした……! 心臓止まるかと思ったっ!」

 さっきより遠くなった声が呟いた。

 視界が定まらない。手を動かすと、体の下にあるのはどうも毛布のようだ。木の香りが濃厚にするこの状況が何を示しているのかはかりかねる。というかウィルゼはどこだ。

 誰かがいるとおぼしき場所に顔を向けて改めて思った。

 どこだ? ここ。

 不意打ちで腕をつかまれたのでマグマ団かと思ったのだが、さっきの声はひどく幼い。声変わりもまだ始まっていない男の子……か?

「誰……だ?」
「……近づいても、何もしません?」

 用心深く、というよりおそるおそるの声にうなずく。こつこつと靴音が近づいてきて、うっすら見えるようになっていた視界に、ひょいと金青が入り込んだ。顔のどアップに思わずのけぞる。

「……ッ!」
「あ。よかった、見えてるんですね! 毒が目まで回ったらどうしようかと思っていました。あ、僕はティアルです! ほらみんなおいで!」

 無邪気そうに手を叩き、難しそうな顔をして、ぱっと笑って、くるくると表情を変えた金髪に金の散った青い瞳のかわいらしい少年――シェーリよりまだ小さい――は、振り返って言った。そのとたん上がった鳴き声に、状況から置いていかれたシェーリは目を白黒させる。
 彼女が混乱している中、ばっといくつかの影が彼女目がけてすっ飛んできた。まだ視界は完全には戻っておらず、思いっきり不意を衝かれた。

「うわ、ええ!?」

 のしかかってこられて堪えられず、後ろに倒れる。とっさに首に力を込めて頭をぶつけることだけは防ぐが、なんだというのだ。ようやく正常に戻った視界に映ったのは、しっぽをぶんぶん振ってシェーリにぐいぐいと体を押しつけるのはクインとイヴとリーフだった。
 うれしがっているのは分かるんだが、状況がさっぱり分からない。
 いやそれよりも、とりあえず。

「……人の上で暴れるのはやめろ! 苦しい……」

 主に大きくなったクインに圧迫されたシェーリは、はっと彼らが飛び退いてようやく一息ついた。クインの体重だけで実に二十キロ弱。重かった……。

 くつくつという笑声に目を向けると、一メートルほど離れてウィルゼがいた。

「ああもう……。いてぇけどおもしれー。元気そうだな、よかったー。ティアルに礼言えよ、森で倒れてた俺達を介抱してくれたんだ」
「ウィルゼさん、笑っちゃだめですよー。肋骨、ひびはいってるんですよ?」

 何気ないティアルの口調にぎょっとした。ひび!?
 無事そうな姿を見てほっとしていただけに衝撃が大きい。しかしウィルゼは手を振った。

「たいしたこたねー、再骨折だ。それよかお前の方が重傷」
「ハブネークの毒にやられて、しかも体力が落ちていたみたいですね? ダブルパンチで三日、意識不明だったんですよ」

 三日!?

「どっかんってすごい勢いで爆発しましたから、当然っちゃ当然でしょうけど……」

 爆発!?

「でもシェーリさん、よくここまで来られましたね? 遠くだと運ぶのに苦労したから助かったんですけど、無理は命縮めますよ」

 は!? いやちょっと待て。

「なんで私の名前を知ってる」

 いいながらウィルゼを睨む。と、彼はすごい勢いで首を振った。そのやりとりに気付かないティアルは、突然険しくなったシェーリにきょとんとした表情をした。

「え、リーフから聞きました。あ、そういえばリーフを保護してくださってありがとうございました。友達なんです!」

 珍しいことに、本当に珍しいことに、シェーリの頭はパンクした。

「…………はあ……?」

 そう漏らしたっきり、彼女はしばらく反応しなかった。







「僕の正式な名前は、ティアル・ロンディ・ワークスといいます」

 シェーリの思考能力が回復してのちにその名乗りを受け、彼女の目が鋭くなる。ワークス?

「シェーリさんが思い浮かべてるとおり、“森”の友達“泡” 、調停者愛人(いとしびと)のワークスです」
「ティアルの力は交感能力だって」

 曰く。

「ポケモンの心? っていうんですかね。それが分かります。同調すれば過去も見えるし思いも感じます。ええと、あと、すっごく好かれやすいみたいですねー」

 のほほんと言ってのけたティアルの頭を無性にはたきたい衝動に駆られる。なんでマグマ団に追われている最中に調停者に会わなきゃいけない。

「オニドリルの鼻面に肉をぶら下げたようなもんだ……」
「は? なんですって?」
「なんでもない。ここはどこだ?」

 口をへの字に曲げたティアルだが、わりと素直に話題にのった。

「僕が住んでいる村が、そのままワークスというんですけど、そこからそう離れていない森の中です。僕の秘密基地。誰も来ないとは思いますけど、……」

 ティアルは唐突に黙った。ばっと窓まで駆け寄り、身を乗り出す。その段になってシェーリの耳もポケモンのはばたきの音を捕らえた。
 目をしばたかせる彼女の視線の先で、ティアルが焦った声を上げる。

「やっぱりシヴァさんのオオスバメ……! なんでこんな時にっ、も~! ごめんなさいウィルゼさん、シェーリさん! 村に帰らなきゃいけなくなっちゃいましたっ、おいでリーフ! ここ動かないでくださいね、また来ますからー!」

 怒濤のようにまくし立てると、ちょっと待てとか、今なんて言ったとかいう暇もなくティアルはばっと跳び降りた。そのあとにリーフがうんしょと窓枠に上がり、ぴょんと跳ぶ。

 足跡が聞こえなくなったあたりでシェーリはのろのろとウィルゼを見、ぽつりと呟いた。

「……なんだったんだ、あいつは?」

 うろんなシェーリの問いにウィルゼは苦笑をもって答え、丸めた毛布を投げつけられた。



 *   *   *



「調停者のことを知っていただってぇ!?」

 トロピウスのヨウの上で大声を上げたアスクルは、一度くしゃみをし、そのあとで再びまくし立てた。

「なんでっ! いつからっ!」

 相手のシヴァは、オオスバメの上で肩をすくめる。アスクルを仰天させられて心なしかうれしそうだ。

「なんでと訊かれたら、教えられたから。いつからと訊かれたら、ひーふー……二年と六ヶ月前か」
「……お前が“夢幻の森の王”に宣言されて、ディラのリーダーになったときかっ? まさかっ、四強のリーダーは知っているのかー!?」
「いや、知らないんじゃないか? 俺が教えられたのは、スズランと先代の“果ての森の王”からだし」
「……朱蘭(しゅらん)と、白文(バイウェン)から?」
「彼は同時に、先代の調停者愛人でもあった」
「いっ」

 愛人――!?
 アスクルは心の中で絶叫した。知らん、俺は知らんぞそんなこと! 彼が知らないということは、もちろん彼の育てのチーム・ゼーナ研究会(愛称ジルコニウム)も知らないというわけである。……たぶん。
 あの狸ども、まさか情報隠していたのかとほんの少しだけ殺意を閃かせ、アスクルは再び眼前の問題に集中した。

「それをっ、どうしてっ、お前が……!」
「説明するから黙れな。“夢幻の森の王”は、そもそも“果ての森の王”の選定役なんだ。そして“果ての森の王”は、代々愛人であり、森の隠れ里ワークスの長でもある。対名の制度が作られたのは三百年前、それからずっと続いてきた仕組みだ。だから“夢幻”と“果て”の森の王は、一度も途切れたことがないだろう」

 黙れにアクセントを付けられて、(うな)る。その時シヴァのオオスバメが高度を下げ始めた。

「降りるぞ。ワークスが見えた」

 指さす先を見ると、深い森の中、かすかに混じる不調和。
 そこが森の里ワークスであることは間違いなかった。


*予告*
 ファウンスに到着したアスクルたちを迎えるティアル、その言動にあのアスクルが一本を取られた! 一方シェーリは心をよぎる感情に消えた記憶をこいねがう……。「ファウンスの愛人」小休止、それぞれの感情が入り乱れる四話「刻まれた記憶」、どうぞ!

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