16話:チーム・ノワール

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 酒場の裏には意外にも広い部屋が広がっていた。
 十数畳ほど部屋の入り口に立って、シェーリは自問する。こいつ、危なくないか? ――答え。判断不可。

「そんなところに立ってないでおいでよ。心配しなくとも、ここは停戦領域なんだからさ」

 慣れない言葉にシェーリは瞬いた。停戦領域?

「チーム同士の争いは厳禁ってこと。今抗争中のチーム同士が顔を合わせたとしても、ここ――酒場の敷地内では何もできない。しちゃいけない。そんなことしたら、その日からそのチームは総スカンを食らうよ」

 中央においてあるテーブルセットに腰掛けて、肩をすくめる。

「チーム同士の取り決めの一つ。チームのことは知ってるよね? だからここに来たんだよね」
「……一般人や組織から依頼を受けて行動する有資格者――エージェントの集団だってことぐらいは」

 退路を確保したままシェーリはうなずいた。何者かも知らない少年の言うことなど真に受けていたら、マグマ団からの脱走など計画できなかっただろう。

 さっぱり警戒を解かない態度に、少年は唇をとがらせると、「ねえー」と背後に向けて呼びかけた。

「ちょっと来てよエヴィー。僕の身元を証明してよ~。これじゃいつまでたっても先に進めない」

 言葉と共に足をばたつかせる様子などは、まだかわいらしい子供だ。
 演技なのだろうか、判断に苦しんでいると、「おやおや」と女の人の声がして、奥の階段から一人女性が下りてきた。さしずめ彼女が「エヴィー」か。
 豊かな黒髪に飴色の瞳。場慣れしている感じを受けて、ああ、表の老婦人に似ている、とシェーリはとりとめもなく思った。血縁関係が見とれる造作である。

「情報屋のエヴァンヌ。エヴィーでいいよ。さて……あんたが今外で話題になっている“月光”かい?」
「…………?」

 演技でなくシェーリは分からなかった。黙っていると、エヴィーは首をすくめて少年の背中をばんっと叩いた。

「って……」
「身元くらい自分で納得させな。あんた賢いんだからそれくらいできるろ。……この子はチーム・ノワール専属の情報屋、リーンだよ。少なくとも今のあんたの敵じゃないはずだ。あんたがノワールの敵にならない限りはね」
「ノワール……それも、チームか?」

 シェーリが自ら問いを発したことにエヴィーはちょっと驚いた顔をした。ということは、彼女はシェーリの情報をいくらか手に入れているのだ。けれどもシェーリの直感は、彼女を敵ではないと判断していた。リーンについては……まだ保留だ。

「そうだよ。チーム・ノワール……チームの中でも最高峰の力を誇るやつらさ。ま、といってもチームっていうのがそもそも星の数、だけどね」

 トレーナーより広範な知識を持ち、規則に縛られる役所仕事とは別の存在としてあらゆる問題を解決する。といっても彼らが手を出すのはポケモンに絡んだ問題だけだ。トレーナーが自分の願いを追及するものなら、エージェントはその力を他人のために使うもの。三地方にまたがって絶大な信頼を誇る職業だと、ジョーイさんは丁寧に教えてくれた。そのエージェントの多くが数人から数百人の規模の「チーム」を作って行動している、ということも。

 エヴィーはちょっと首をかしげた。エージェントに関する基礎知識はあるらしいが。

「どうしてここにきたんだい?」
「……ポケモンセンターで、聞いた。情報が欲しいんだったら酒場に行ったらどうだって……」

 飴色の目を剥いた。ちょっと待て。それは、まさか。

「まさかあんた、馬鹿正直にいろいろ尋ねたんじゃ……」
「馬鹿は別のやつだ」

 そう、子供でも知っているようなことを知らない者と首に看板をぶら下げたような馬鹿をやらかしたのは、断じて自分ではない。

「あんたも苦労するねえ……」

 なにやらしみじみと、エヴィーが呟いた。力強くうなずきたい心境だったが、代わりに尋ねる。

「どうしてこんなことを話す?」
「依頼だよ。それ以外で僕らは――エージェント資格者は動けない。依頼主はノワール、依頼内容は君の知識の補填」
「……ノワールが?」

 自分に全く関係のないチームが、なぜ?
 顔に出てしまったのだろうか、二人が困ったように顔を見合わせる。ため息を一つ付いて、リーンがいう。

「いい? 今からノワールのメンバーのプロフィールをいうよ。でもできればそれを聞いても……怒らないでほしいんだけど……確約はできないよね。はあ……」

 なぜそんなにため息を連発するのかシェーリには分からない。どうして自分が怒るのかもだ。それよりノワールという実力があるらしいチームのメンバーに興味をひかれた。無言で続きを催促する。

「まず、リーダー、オーラン。旧チーム・ノワール唯一のメンバーでもあり、創設者でもある。彼は実働部隊だね。公式非公式問わずポケモンバトルが得意だし、頭も切れる。本人の運動能力についても折り紙つき。ほかのチームからの信頼も厚いし、エージェント界では最強の呼び声高い。
 次、アスクル。彼はチーム・ブランのリーダーだったけど、ノワールと提携を結んで一つのチームになった。機械関係に天才的な才能を発揮して、ノワールでは重宝されているけど、実際に動く方が好きみたいだね。こなした依頼数は同じチームの二人をはるかにしのぐ。
 最後はユーリー。元チーム・ブランで、主に後方支援やってる。チームの運営と情報の管理を一手に担当していて、ノワールの医者でもある。それも腕には保証付きの名医だ。戦闘が得意じゃないってわけじゃないけど、どっちかというと支援部隊かな。
 ……ま、ノワールは三人の少数精鋭だから、みんないろいろ器用にやってるけど」
「…………?」

 何を言いたいんだろう、この少年は。
 シェーリはそんな目で彼をじーっと見た。リーンは少し間を開けて続けた。

「ええとね、……チームの中でも優秀な者たちには通り名ってものが与えられる。ノワールは、二人が通り名を持っていてね……アスクルの通り名が、“銀のアッシュ”。オーランの通り名がね…………“黒の、オルド”」

 その瞬間、クインが暴れ出した。



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