第16話 カイリューVSサワムラー

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分
 翌朝、僕が目を覚ましたとき二人はまだ眠ったままだった。昨夜と同じようにベッドから這い出て立ち上がると、二人の姿が見える。まるであの話が全て夢だったような気さえする。ナオトの眠る姿は、ただの少年にしか見えない。
「夢だったら、どれだけよかったか」
 頭が少しずつ起きてくると、夢だったような、なんて感覚はなくなる。僕は全てを鮮明に思い出す。
 今日一日は平和なはずだ。ナオトは手を出さないと言っていたし、僕も何も口にする気はない。はるこには、まだ気を楽にしていてもらいたい。サエさんのときのような気持ちを、味わってもらいたくない。
 僕は上段ベッドへの梯子に一つ足をかけ、まだ眠っているはるこの体を揺する。ベッドの脇に、はるこの荷物が置いてある。空色のポーチと、小さなリュック。中にいたメタモン達ははるこを守るように周りに散らばっていた。
「んあ、あ、アキ。おはよう」
「おはよう」
 やっと起きたはること同時に、メタモン達も寄り集まってくる。
「皆もおはよう」
 はるこの言葉に返答するかのように、メタモン達は体を揺らす。
「今日一日はここで休憩だ。昨日たくさん歩いたり走ったりしたから、少し休もう」
「おはようだぞ」
 ナオトも起きたらしい。ベッドから出て柵に座り、眠そうに目をこすっている。
「ナオトもおはよう!」
 ベッドからひょっこり顔をのぞかせ、はるこはナオトにも挨拶をする。
「はるこもおはようだぞ」
「二人とも、準備したらロビーに集合だからな」
 二人の気の抜けた返事を聞いてから、僕は部屋を後にする。ナオトとはるこを二人きりにするなんて危険かもしれないが、心配はないだろう。それくらい、僕は妙にナオトを信用していた。

 ポケモンセンターの間取りはどこも似ている。シオンと同じように、ロビーの角に置かれたL字型ソファーに座りながら二人を待っていると、通路から体に三匹ほどのメタモンを貼り付けたはること、寝癖がたったままのまだ眠そうなナオトがやってくる。
「朝、弱いんだね」
「弱いぞ」
 こんな眠そうにしながらまだ夢見心地のようなナオトを見ていると、やっぱりただの少年のように思える。そういえば、はるこのときもそんなことを思っていた。人はみかけじゃ判断できない。サエさんのこともあるし、僕はそれが身に染みたはずなのに、こうしてナオトを見ていると、どうしてもそう思ってしまう。
「今日は休憩?」
「ああ、この町をゆったり回ろう」
 僕はちらとナオトに目をやる。あくびしながらも僕の視線に気づいたのか、コクンと首を縦に振る。
「じゃあ、行こうか」
 ナオトが今後どうしようと、はるこは何も知ることはない。ここは、僕がどうにかしたい。
 べとりとするのは暑さのせいか、潮風のせいか。今日は昨日よりも少しばかり気温が高かった。昨日は時間帯的にまばらだったが、朝も少し過ぎたこの時間は、昨日よりも人が多い。丁度どこかからの客船が泊まったのかもしれない。ここじゃ見慣れないポケモンを頭の上に乗せている人もいる。あれは確か、ゾロアだったか。
「アキ、あれ見て」
 船着き場の方を見ながら歩いていると、はるこが僕の袖を引っ張った。珍しいポケモンを尻目にはるこが引っ張る方向を見ると、さらに珍しいポケモンがいた。大きな体躯、二本の触覚。橙色の体。見るものに思わず声を上げさせるその姿。
「おお、カイリューだ」
「大きいねえ」
「初めてみたぞ」
 はるこはなんでもなさそうだが、ナオトは物珍しそうに見ていた。僕も見たことは一度しかなく、こんなところにカイリューがいるなんて思わなかったから驚いた。カイリューの足元には、ジーンズにTシャツ姿、長髪の髪を後ろで括った青年が一人、カイリューの体に触れながら、正面に立つ老人と喋っていた。大方、クチバへやってきてカイリューを出したところに、大好きクラブの人が駆けよって話でも聞こうと連れてきたのだろう。
「どうする? 僕達も行ってみるか?」
 僕がそう言うや否や、二人は並んでとことことそちらへ行ってしまう。同じような背丈の二人を見ながら僕は嘆息し、その後を追いかけた。
「凄いね!」
 カイリューの足元ではるこは唐突に言い放つ。挨拶くらいしなさいよ、と思いながら僕も二人のもとへ駆け寄った。突然寄ってきた少女の一言に不快な様子も見せることなく、青年はにっこりと笑って「凄いでしょ」と答えた。青年の言葉と共に、カイリューがえっへんとばかりに両腕を腰に当てた。
「こいつ、強いのか?」
「強いよ。僕が一番の信頼を置く友達だ」
 青年の言葉にも自信が満ち溢れていた。はるこがバトルの話をするときに見せる表情だった。そんな表情を見てなのかどうか、ナオトは「ふうん」と言いながらカイリューを見上げる。ナオトとカイリューの目があった。まるでナオトを小馬鹿にするかのようにカイリューはそっぽを向くと、ナオトは青年の方へ視線を戻し
「なあ、俺とバトルするか?」
 などと突然言い始める。目が合ったらバトルの合図、なんて言葉は存在するけど、それはそういう意気込みでという話だ。
「おいナオト」
「ああ、いいよ」
 僕が一言言ってやろうとしたのを遮るように、青年は微笑みながらナオトにそう返す。
「ずっとボールの中だったから、カイリューも少し体を動かしたいかもしれないしな」
「よし! じゃあやるぞ!」
「すいませんおじいさん。少し、行ってきますね」
「おお、行ってくるがいい。よかったら終わった後また話を聞かせておくれ」
「わかりました」
 今すぐやるのかよ。カイリューはもう一度だけナオトの方をちらと見やり、すぐに視線をそむけてしまうが、ナオトはそんなカイリューを見て「よろしく」と言葉をかけ、笑っていた。人懐こい。はるこもナオトも、本当に人懐こい。そしてどいつもこいつも自信に満ち溢れている。青年もはるこもナオトも、僕にはないものを持っている。まったくイライラする。だからといって最早焦るなんて気にもならないけれど、僕の機嫌はそれだけで悪くなっていった。
「11番道路でやるのはどうだ? あそこなら、思い切りやれるぞ」
「いいね、じゃあ、そこにしよう」
 話を進める二人は、並んでさっさと行ってしまう。その後ろを、カイリューがのっしのっしとついていった。
「アキどうしたの? また、難しい顔をしてる」
 心配そうな顔をしながら、はるこが僕の顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ。なんでもないよ。それより、はるこはバトルをしなくていいのか?」
 はるこはよく周りを見ている。カイリューとナオト、そして青年を見ながら、僕の表情まで見ていたのだろう。こんなんじゃ、はるこには何も知らせずこの事態を収めるなんてこと、出来ないのかもしれない。
「わたしはいいよ。ナオトのを見る」
「そっか。じゃ、行こう」
「うん!」
 にっこり顔に戻ったはること共に、ナオト達の背中を追いかけた。
 はるこがどんな人物なのかを見るはずなのに、勝手にバトルの約束なんか取り付けやがってやがってナオトのやつ。はるこを捕まえにきたのか本気で疑いたくなる。こんなんじゃ今日は普通に遊び回っておしまいになりそうな気がする。ナオトは一体何を考えてるんだろう。余裕をかましているのか、本当に悩んでいるのか、ただバトルしたくて仕方がないのか、僕はいまいちよくわからなくなっていた。

 11番道路へつくと、二人は既にある程度の距離をとっていた。背の低い草むらに立ち、向かい合う二人。青年の前には既にカイリューの姿が。小さいナオトが大きなカイリューと背の高い青年に向かっていくのを見ていると、とても相手にならないように見える。それでも僕は、あの自信に満ち溢れた顔を見ると、まるで対等の存在に思えた。
「いくぞサワムラー!」
 ナオトは雑なことにポケットにそのまま入れていたらしいモンスターボールを取り出し、スイッチを入れる。光とともにシルエットが安定していき、カイリューと対面するサワムラー。人型のそのポケモンは少しの間目を閉じ、カッと勢いよく目を開くと同時にカイリューへとかけていく。
 バトル開始だった。
「ころしちゃだめだよー!」
 はるこのそんな間延びした声と共に、サワムラーの右足の蹴りが放たれる。一撃でカビゴンを沈めたあの蹴りは、例えカイリューといえどヒットしたらダメージは避けられないだろう。伸縮自在の足が大きく旋回し、カイリューの頭を狙う一撃。いきなり落としにいくつもりらしい。
 青年は何も言わなかった。涼しい顔で迫り来る足を目で追っている。それはカイリューも同じ。直撃寸前、あの巨体が一瞬にして身を沈めて蹴りをかわすと、そのまま直線に滑空。サワムラーへと一直線。
「ドラゴンダイブ!」
 青年の声がカイリューを後押しする。サワムラーの足は伸びきったまま空を切り、体制を崩したまま。前方にはカイリュー。距離がそこまで開いていないからドラゴンダイブとはいっても最大威力は出ないだろう。それでもカウンター気味のそれは当たったら危ない。挨拶代わりとは言えないあの蹴りをかわされ、返しとばかりのドラゴンダイブ。体制が崩れているとはいえ、サワムラーもこれをかわせないはずがない。この状況に、ナオトもまだ自信に満ち溢れた顔を崩さない。
 サワムラーがどうかわすのか期待して見ていたが、そのかわし方は僕の予想をはるかに上回っていた。
 ナオトがサワムラーの横に入る。迫りくるカイリューを一瞬見やり、両手を上げ、体制を崩したサワムラーを思い切り押した。
 僕はあいた口が塞がらなかった。いやまあ別にいいんだけど。ポケモンバトルとは言っても野良試合だし、大会じゃないし。
 押した反動で小さな体は後ろに下がり、押されて倒れたサワムラーはカイリューの攻撃範囲から逸れる。巨体が飛び去けた草むらは激しく躍る。カイリューはそのまま飛び上がり、空中に止まった。
「面白いバトルをするね、君」
「ふつうだぞ」
 青年はナオトの反則かもしれない避け方に何も言わず、笑っていた。ただ、カイリューの攻撃はやまない。巨竜は頭を後ろへ仰け反らせ、反動をつける。来る。サワムラーが足を戻す。ナオトが立ち上がる。
「カイリュー! 竜の怒りだよ!」
 首をふったカイリューの口から、青白い炎が吐かれる。
「ようし、巻き取れ!」
 だが今回はサワムラーの動きが速かった。しゃがんだまま、一足飛びでカイリュの下方へと入ったサワムラーは、宙返りの勢いで足を伸ばす。カイリューがかわす暇はなかった。片側から体に巻きついたその長い足。地面に手をつき、逆立ちの要領で体を支えたサワムラーは、次の瞬間には体をひねって足を急降下させる。あの巨体が力負けしたのか。カイリューはそのまま急降下。あのまま地面に落ちればどうなるかわからない。青年の顔が一瞬揺らいだ。
「やるな。カイリュー、電磁波!」
 支持を出すスピードは速かった。焦っていたカイリューは青年の言葉でハっとし、首を下げ、自分に巻きついている足に二本の触覚を向け、電磁波を放つ。当然かわせないその足は電磁波で麻痺し、サワムラーの顔が歪む。巻きつきが緩んだ瞬間を、カイリューは逃さなかった。体を回転させて、その足から逃れる。戻っていく足。
そして、ぶつかり合うように響き渡る、ナオトと青年の叫び。
 カイリューは上空からの勢いをつけたまま、もう一度ドラゴンダイブ。足を戻したサワムラーは、体制を立て直すとカイリューの動きを見て、トントンとステップを始める。軽く助走し、くるりと一回転。それと同時に放たれる、空を切る刃物のように鋭いメガトンキック。
 正面から思い切りぶつかるのか? カイリューがぎりぎりでそれをかわせるのか、まともにぶつかっても押し切れるのか。メガトンキックがカイリューを止めるのか。僕は一瞬でいろいろなことを想像してその光景を見ていたが、またあんぐりと口を開けることになった。まただ。また他のことに集中して気づかなかった。11番道路の端の方で戦っていたのに、林の中の木にカビゴンが寄りかかっていたことに気付かなかった。そして、あんな巨体が飛び込んでくるのも、二匹が今にも技を放とうとするときまで気付けなかった。
 青年もナオトも驚いた顔を浮かべる。とてつもない勢いで、捨て身のタックルをかますカビゴン。ドラゴンダイブとメガトンキック。誰もかれもが止まれない大スクランブル。11番道路ではかつてなかった光景だろう。ぶつかる二匹と足。一番痛手なのはどいつか。
それは火を見るより明らかだった。
 横からの捨て身タックルと正面からのメガトンキック。両方を受け、再び飛翔することもままならず、そのまま地に落ちるカイリュー。戻っていく足に、ヘッドスライディングを決めるカビゴン。この妙な光景を見てポカンとしている僕の隣でひたすら大笑いしているはるこの声が、静かになった11番道路に大きく響いた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想