第33話 ヤマブキ事件・そのご

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「四天王?」「惑乱姉妹?」

 カスムとキリは、二人同時に眉を潜めた。ニコニコと不気味に微笑む双子の後ろ。部屋の中は白い霧が立ち込めていて全く様子が分からない。カスムとキリの後ろ、エレベーターの中にいたイエローが、焦った様子でエレベーターのボタンを押す。しかし、エレベーターは一向に動く気配がなかった。

「ダメです! エレベーターのボタンが反応しません!」

 ハッとカスムとキリが振り返る。二人の注意が逸れたその時、双子がニヤリと口角を上げ、エレベーターから一歩出た。次の瞬間、風を切る音に霧がざわめく。白いカーテンの中から飛び出したのは、二本の蔓だった。

「うわッ!?」「なんや!?」

 蔓は二人を瞬時に拘束し、エレベーターから部屋の中に引きずりこんだ。イエローが叫ぶ暇もない間にエレベーターの扉が閉まり、上昇を再開する。キリは舌打ちした。だが、両腕も体と一緒に蔓に巻きつかれているので動けない。ぎっちりと強く巻きついた蔓は、緩む隙など髪の毛一筋も見いだせなかった。

「ブースター、火炎放射や!」

 霧を引き裂いて、カスムの声と共に紅蓮の炎が蔓を焼き尽くす。拘束が緩み、解放されたキリは地面に着地した。落ちくる炎と蔓に巻き込まれないように退避。声のした方向へ走ると、ブースターを連れたカスムの姿があった。

「キリ、大丈夫か!?」
「あぁ。助かった……何か聞こえないか?」

 カスムもキリに駆け寄り、怪我がない事にほっと胸を撫で下ろす。そして続いた言葉に耳を澄ませた。静かな霧の中、耳に届いたのは、何かが作動する機械音。不意に、視界が広がっていった。霧が晴れてきているのだ。キリとカスムは無意識の内に、お互いの視界を補い合う。とん、とお互いの背中が触れ合う。カスムの足元ではブースターがカスムと同じ方向を睨みつけ、唸っている。それを横目で見ると、キリもモンスターボールを手に取った。

「出てこい、シャワーズ!」

 キリがモンスターボールを放ると、一体の水色のポケモンが現れた。透き通る海が如き滑らかな体表、白いヒレが鋭く輝き、尾の先は二股に別れたポケモン、シャワーズだ。シャワーズはブースターとアイコンタクトを取り、頷くと反対の方向、つまりキリと同じ方向を睨み据えた。カスムは僅かに目を見開き、シャワーズを一瞥すると頬を緩めた。

「俺はブースター、キリはシャワーズ。随分と対照的やないか」
「無駄口を叩いてる場合か。何か出てきたぞ」

 キリはカスムの軽口を注意すると、霧が晴れていくその先に強い眼差しを向ける。ぼんやりとした人影が徐々に輪郭を鮮明にしていき、やがて双子の右サイドポニーの姿が現れた。

「ちゃお」

 右サイドは無表情に右手を挙げて見せる。警戒もへったくれもない、隙だらけだ。瞬間、キリが指笛を吹いた。甲高い指笛の音が鳴動し、反応したシャワーズがオーロラビームを放つ。虹色の光線が一直線に彼女の顔面を狙った。容赦のない一撃だが、双子の片割れは動かない。オーロラビームが直撃し、跳ね返った。虚を突かれたキリに向かって、オーロラビームが襲い掛かる。キリを押しのけてブースターが慌てて前に出た。

「火炎放射や!」

 間一髪で放たれた火炎放射とオーロラビームが正面衝突し、霧散する。生じた爆風が、二人の髪や服を舞い上げる。キリは片腕で目を庇い、その間に霧はすっかり取り払われていた。

「これは……」

 ふるふると首を振り、落ち着いたキリは目の前の光景に息を飲んだ。同じく、カスムもいささか戸惑った様子だ。
 そこにいたのは、二人を見て驚いている金髪の少年と青髪の少年だ。それも一人二人ではなく、数えきれないほどの同じ人物が、同じポーズと、同じ表情で驚いている。
 いや、これは本物ではない。二人を映し出す何十枚もの鏡の迷宮。鏡と鏡の間には、作り物の木がはめられている。そのせいで部屋の中は、木が整然と並んだ不気味な森のように見えた。用意の良いことに、天井からも草の蔓や木の枝が垂れ下がっている。木の一つからひょっこり顔を出した左サイドの髪の双子が、クスクスと笑った。

「あわてんぼうだね おねえさん。そんなんじゃ すぐ しんじゃうよ?」
「誰がお姉さんだ!」

 左サイドの双子の言葉に、キリが間髪入れずに憤慨した。キリはユズルを追っている間にも、散々性別を間違われていた。しかし、まさか自分から飛び出して文句を言うわけにもいかず、ずっとストレスが溜まっていたのだろう。かなりの剣幕に、左サイドの双子はきょとんとした顔になった。

「おねえさんじゃないの?」
「僕は男だと、ここの連中は何度言ったらわかるんだ!!」
「いまどきはやりの おとこのむすめ」

 左サイドが出てきたのとは別の方向から、右サイドがひょっこり顔を出す。こちらもまた無表情であり、何を考えているのかわかりにくい。キリは右サイドの言葉の意味がよく分からなかったらしく、怪訝な顔で問い返した。

「……なんだその男の娘ってのは」
「おとこで あって おとこで ない」「むすめが ごとき。うるわしき おとこ」

 双子が答えると、キリはますます困惑した。娘とは女性を指す言葉だ。だというのに、男性であり女性であるという“男の娘”とはどうにも理解できない。

「訳が分からん」
「……知らぬが仏とは、正に」

 カスムはぼそりと呟き、遠い目をした。なんとなく意味を理解しているようだ。キリがその言葉の意味を察するとは思えなかったが、カスムは話題を逸らすかのように、双子に疑問を投げかけた。

「それはそれとしてや。どうして霧を払った? 霧の中の方が、あんさんらには都合がよかったんちゃうか」

 コントのような会話をキリとしていたときと変わらず、双子は無表情のまま即答した。

「きりでは ばとるが みられない」「かんきゃくは たのしませる ものだ」
「観客……?」

 双子の返答に、カスムが物問いたげに双子を見やる。双子は揃って天井近くの一角を指差した。その指示の先を見て、キリが嫌そうな顔をした。それに対してカスムの顔色がさっと悪くなり、息を呑んだ。
 二人の視線が向かう先、天井の端の方には監視カメラが複数個設置されていた。

「随分と悪趣味だな。余興のつもりか? ふざけるなよ」

 普段より深い眉間の皺を増々深くして、キリが厳しい眼差しで双子をねめつけた。犯罪行為に巻き込むだけでは飽き足らず、急いでいるキリとカスムを足止めし、その上見世物にしようというのだ。キリが怒るのも無理はない話だった。
 だがその強い視線を受けてなお、双子は眉ひとつ動かさない。それどころか、強い瞳でキリを見返す。その瞳には、二人が双子に相対して初めて見せる、強い意志の光が宿っていた。

「あくしゅみ けっこう。このばとるは かくちの おおぜいの なかまが かんせんしている」
「わたしたちとて まけるわけには いかぬのだ」

 双子は、一糸乱れず高らかに謳い上げる。

『してんのうの、ぷらいどにかけて』

 覚悟の籠った言葉に、キリは戸惑った。冗談半分で行っているような連中だとキリは思っていたのだが、この双子からはそれ以上の何かを受け取った。キリが双子の真意を測りかねている一方、カスムは冷や汗を流して監視カメラの一つを見ていた。
 先ほど、蔓からの脱出の際にカスムはメタモンの能力を使った。霧も深かったので大丈夫だとは思われるが、カスムは“大勢の仲間が観戦している”という言葉に、息が止まりそうになった。このバトル、不用意なことをしてバレたらカスムは一貫の終わりだ。場合によっては、引っ越すだけでは逃げ切れなくなる。それは、絶対に避けなければいけない最悪の結末だった。カスムは唇を噛みしめ、不安を誤魔化すように双子を挑発する。

「……へぇ、さよか。人の事見世物にしておきながら、そら大層なプライドやなぁ?」
「こわいのか」「されど のがれることは ゆるさない」

 ざわり、と空気が変化した。双子の姿が鏡面の向こう側へ消える。ハッとカスムが焦ったように、右サイドの双子が消えた方向へと走り出した。

「おいっ!」

 カスムらしからぬ軽率な行動に、キリが引き留めようとするが遅かった。カスムはブースターと一緒に鏡面の向こう側へと姿を消した。分断されるのはいささか不味いとキリは判断し、カスムの消えた方向へと走り出す。だがその直前、ヒュルッという鋭い音に、キリは足を止めざるを得なかった。

「チッ! シャワーズ!!」

 シャワーズはキリの声に機敏に応答する。蔓の鞭が放たれた方向、すなわち天井近くの蔓の草や木の枝の隠れ蓑に潜む影を攻撃した。先ほどと同じく、オーロラビームだ。潜んでいた影はオーロラビームから素早く逃れると、ぼとりと落ちてその姿を現した。
 薄汚れた黄色の体、瑞々しい大きな緑の葉、巨大な口からは獲物を惑わす甘い香りが漂ってくる。

「おなじ わざ とは、げいが ない」

 ウツボットの背後から、再び顔を出したのは左サイドの方だ。先ほどとは正反対の方向に、どうやって回り込んだのか。厄介なことになった、とキリは思った。この様子では、鏡面迷宮は抜け道・近道・隠し道なんでもござれの双子のフィールド。しかもその鏡はポケモンの技を跳ね返すおまけつきだ。カスムは監視カメラのせいか焦り、平静ではない。
 自分が何とかしなくてはいけないのだ。この場所を、何としてでも突破しなくては。

「……自分の手の内を、そう簡単に明かす馬鹿がどこにいる」
「なるほど。それも さくせんの うちか」

 左サイドが感心した様に頷く。キリはそんな彼女を見て、すっと目を閉じた。
 敵は二人。完璧なコンビネーション。フィールドは敵の為に用意された舞台。カスムも今の状態ではまともに戦えないだろう。現状、頼れるのは己のみ。

 それでも、最短時間で突破しなければならない。それが自分に与えられた任務だ。

「……ふんいきが かわった?」

 右サイドの独語は、最早キリの耳には届いていない。
 キリが目を開ける。眉間の皺は消え、双子と同じく無表情。それに対して、異様に鋭く、凍てついた瞳だけが意思を映して閃く。ゆるりと腕を下げ、腰元で縛っていたツナギの上半身の部分を解きだす。しっかりと袖を通し、チャックを胸元まで上げる。右側の髪を留めていた、安っぽいビーズのついた三本のヘアピンを取ると、パサリと髪が落ちた。そしてことさら丁寧に、襟口に三本とも差した。
 その様子を動かずに、いや、先ほどまでと違い過ぎる雰囲気に動けずにいた右サイドが、キリに問いかけた。

「そのヘアピン。たいせつなものか」

 ぴく、とキリが肩を揺らす。ヘアピンを大事そうに撫で、返答した。

「あぁ、大切なものだ」

 ツナギのポケットから、バンダナを取り出した。薄汚れた、使い込まれたバンダナをきゅっと頭に巻いて固く縛る。前髪が邪魔にならないように、バンダナがひっかける形になっていた。
 右サイドが、不思議そうな目でそのヘアピンを見る。そんなに良いものには見えなかったからだ。安っぽくて、子供が手作りした様な感じがある。準備の整ったらしいキリは、右サイドに向かって言い放った。

「馬鹿みたいに明るくて、まっすぐで、意地っ張りな――――最高に可愛い女の子から貰った、大切なお守りだからな」

 照れもなく、珍しくきっぱりと言ってのけたキリだった。双子はしばらく沈黙すると、ぽつりと呟いた。

「のろけか」
「そうだと言ったら?」

 臆面もなくキリは肯定した。双子は更に続ける。

「その おんなのこ とやらは、ボスと たたかっている こか」
「その通りだな。だから――――」

 キリが指を口元に持っていく。その動作ひとつで、ピク、とシャワーズが構えた。最初の時と同じ、甲高い指笛の音がこだまする。再び放たれたのは、変わらずオーロラビームだ。虹色の光がウツボットに向かっていくが、右サイドはウツボットと一緒に危なげなく避ける。

「またも オーロラビーム とは、ほんとうに おもしろみの ない やつだ」

 放たれたオーロラビームは、ウツボットの背後。鏡と鏡の結合部分の作り物の木を正確に狙っていた。鏡の部分は反射されても、そこの部分は反射されない。砕け散る作り物の木に、流石の右サイドも愕然とした。

「なんという せいかくむひな いちげき。……ありえない」

 ポケモンの技は元々、照準がアバウトなものだ。だというのに、作り物の木だけを範囲に収め、砕いた。僅かでもオーロラビームが鏡にあたっていたのならば、反射されこうにも見事に破壊することは叶わない。
 どれほどの鍛錬をポケモンとこなせば、こんなことが可能なのか。右サイドの全身が粟立ち、耳介を打つキリの声が聞こえた。

「10分だ。それ以上は遊んでやらん、ガキ共」





 To be continued……?




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