第1話 ポケモンがいなくなった世界

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 まだ町が村だった頃、村のはずれの森の奥。
 そこにはそれはそれは小さく幼い森の神様が住んでいました。神様は森の真ん中の、一番大きな木の上から村の様子を見るのがお気に入りでした。

 ある日、いつものように村を眺めていると、ニンゲンの子供がやってきました。ちょっかいを出してやろうと木の実を投げると、子供も木の実を投げ返してきました。神様は木の実の投げ合いが楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。
 子供は辺りが暗くなる前に帰ってしまいましたが、毎日遊びに来るようになりました。
 仲良くなった二人は友情の証として神様の翠の美しい光を放つ石と、子供の虹色に輝く葉っぱを交換しました。

 ある日、子供の住む村を盗賊団に襲われました。
 子供はもらった石を奪われまいと逃げましたが、盗賊のお頭に追いかけられて、終いには怪我を負わされてしまいました。

 木の上からそれを見た森の神様は、とても怒りました。
 すぐに村へ飛んでいくと不思議な力でお頭を何処かへと消してしまいました。それを見た盗賊たちは、突然現れた神様の力を恐れて一目散に逃げていきました。

 突然のことで驚きましたが、村人たちは大喜びで神様にお礼をしました。森の真ん中にある大きな木の下に立派な祠を建て、村の守り神として祀りました。
 そして、神様と村人たちはいっしょに村を守ることを約束しました。
 神様が村の守り神になった後も子供と神様は楽しく遊びました。
 神様たちの首にはそれぞれ虹色の葉っぱと翠の石が揺れていたそうです。

 その後、この土地では友人同士で、きれいな葉っぱや石を交換する風習が生まれました。それが今は葉っぱの細工や翡翠などの宝石を交換するように変わったそうです。
 虹色の葉っぱと翠の石は、今も祠に大切に置かれています。
 ——『真白町の昔話』より引用


 ポケットモンスター、縮めて、ポケモン。
 それは遥か昔から人の隣で暮らしてきた不思議な生き物たちの総称である。その種類は600種以上だと言われていて、所謂普通の動物に近いタイプから、植物型、人型とバラエティに富んでいたという。人とポケモンはある時は力を合わせ、またある時は対立をしながら共存を続けていた。

 しかし、そのポケモンたちがある時を境に急激に減少した。

 ある学者は環境の変化にポケモンはついていけなかったと言い、また別の学者は人に呆れてしまったポケモンは我々の手の届かない場所へ去って行ってしまったのだと言った。
 その後も多くの研究者がこの問題に取り組んだが、結局のところ原因は不明である。

 いつの間にか、ポケモンたちが人の前からいなくなってから500年の時が流れていた。


 ——町外れの小さな森の奥。
 遠い昔に建てられた、小さな祠の前にわたしはいた。森の神を祀ったこの場所は、わたしにとって幼いときからのお気に入りの場所だ。

『ルナ、今日も来たのか? お前のばあさんもそうだったけど、お前も本当に物好きだね』
「物好きで悪かったわね。それに迷惑かけてる訳ではないんだから別にいいでしょ?」

 森の中へと目を向けると、見慣れた狐が現れた。

『全く……あの子が生まれたときは、やっと普通の子が生まれたと思ったのに』
「この場合母さんが特殊だったんでしょ?」
『お前も特殊さ。私が知っている限りじゃ一番強い力を持っているからね』
「強い力って言われてもよく分からないよ。動物と話せるってだけじゃない」

 ああ、結構埃たまってるな。今日は掃除しないと。
 ゴミはほとんどでないから片づけは楽なんだけど。お供え物を持ってくるのはわたしくらいだし。

「人と違うって言ってもそれだけでしょう?」
『……その通りだけどねえ』
「わたしからにしてみれば、センの方が不思議よ。わたしより体大きいし、長生きだし。ホントは妖怪とかなんじゃない? あ、それ取って」

 受け取った箒で床を掃く。明日は雑巾持ってこよう。
 そろそろ水拭きをしないと汚れが目立ってきた。

『アホか』
「じゃあお稲荷さん?」
『ほう、ならここは稲荷神社か。なら早くいなり寿司を供えんか』
「ごめん今日無い」
『そうか…』

 あ、そっぽを向いた。しょうがないなあ、おばあちゃんの味にはまだ届かないけど、今度作ってこよう。
 ……あれ、あそこ壊れちゃってる。もう古い社だからボロボロなのは仕方ないか。
 修理しないといけないけど、父さんは他の人と同じでここに近づこうとしないし、まず第一に日曜大工出来ない人だし。わたしがやるしかないかなあ。

「もう、何でみんな来ないのかな」
『昔からここは神隠しの現場だからな。皆幼い頃から近づくなと教えられているから仕方なかろう』

 むしろ、みんなが神様とかそういう不思議を信じなくなったんだろう。
 だから、こういった場所にはイベントでしか来なくて、どんどん忘れていって。本来管理をするべき役所もここの資料は捨ててしまったって言ってたし。
 おばあちゃんが子供のころはこういう場所がたくさんあったって聞いた。
 でも、消えてしまったって。
 ここも取り壊すって話が何度も出ている。

『私が守るさ』

 センがすり寄ってきた。あったかいな。

『もし壊されたとしても、ルナがここを覚えていればそれだけでいいんだ』

 彼女はなんでこんなにも簡単に不安を取り除いてくれるのだろう。
 やっぱり、ここは素敵な場所だ。

「前から思ってたけど、センっておばあちゃんみたいだね」
『ずっと面倒見てきたからな。お前のばあさんも、ひいばあさんもだ。年寄りにもなるさ』

 そう言いながらセンは目を細める。昔を思い出しているんだろうか。

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど。……やっぱり妖弧だったんだ」
『ここの心配をしてくれるのはうれしいが、親にまで心配かけるんじゃないよ』
「母さんが心配してるのはご近所の目、わたしの心配じゃないから」

 小さいときから動物と話すな、森に入るなってことあるごとに言ってきたな。ため息が出る。
 母さんは動物と話すことが出来ない。センがこれも時代の流れだと言っていたのを思い出した。もしかして昔は話せる人が多かったのかな。
 どちらにしろ現代社会では話せないのが普通なのに変わりがない。今を生きるわたしには関係ないことか。

『相変わらずだねあの子も』
「おばあちゃんが居なくなってからひどくなったんだよねー」

 いくら言われようがここに来るのを止めるつもりは毛頭ない。わたしに折れるつもりはないから、そろそろあきらめてくれないかな。
 それにしても、似てないと言われることが多いのに頑固なところばかり似ちゃったな。

『ルナはただでさえ浮いているからな。少しでも普通の子になってほしかったんだろう』
「そんなに浮いてる?」
『さっき言っただろう、強い力を持っていると。まあ……どちらかといえば性格の所為だろうな』

 異端児だからじゃないの?
 大人に関しては確実にそうだろうと思うけど。

『嫌われることはあまりない、いや、好かれていることの方が多いみたいだがな。やはり今の人間社会に馴染めていない感じがする』
「不思議ちゃん扱いされているのは知ってる。でもそれはニーナちゃんのおかげだよ。あの子が居なかったら本当にわたしの居場所は無かっただろうし」
『あの娘も世間一般からはズレていると思うんだが』

 そうかな、と幼なじみの顔を思い出しながら思わず呟く。
 この前も森に悪さをしようとしていた不良共を脅かすの手伝ってくれた。
 頼りになる悪友だ。

「ニーナちゃん、個性的だからねー」
『類は友を呼ぶ、か……』

 頭を抱えないでよ。だいたい、センも一緒になって楽しんでたじゃない。
 みんな変人ってことですか。

『2人ともあそぼーよー?』

 幼い声がしたと思ったら後頭部に衝撃があった。
 地味に痛い。

『ルナ! なにしてあそぶ?』
「頭の上で暴れないでー!」

 その正体はリス。お願いだから降りてくれないかな。

『だから、あそぼー!』
「掃除終わったらね」

 頭にリスを乗せたまま掃除を続ける。
 何となく、ある歌を口ずさむ。いつの間にか、周りにはたくさんの動物が集まっていた。

「小さな町の空から 月明かり降り注ぐ」

 おばあちゃんから教えてもらった大好きな歌。
 ずっと子守唄代わりに聴いていたから、物心つく頃にはすっかり覚えてしまった。

「聞こえた優しい音色 野原の子守唄」

 どこから伝わってきたのかわからなくて、正しい歌詞も知らないから、おばあちゃんが新しく作った部分もあるって言ってたな。

「センは本当にこの歌の歌詞知らないの?」
『残念ながら知らんなあ』
「そっかー、長生きだから知っているかなって思っていたのに」
『何を言う、長生きしている分人よりも多くを知っているぞ』
「それじゃあ、聞いていい? “森の神様”ってポケモンのこと?」

 わたしは前から思っていたことを口にした。

『さあどうだろうねえ』

 懐かしそうに、楽しそうに話す。ポケモンの話をするときが一番センは輝いていて、わたしが好きな時間でもある。

『ポケモンだとしたらたぶんセレビィじゃないか? あいつは森の守り神なんて呼ばれていたし、昔話の中の特徴にも当てはまる』
「前教えてくれたね。別名時渡りポケモン。草、エスパータイプだよね」

 ああそうだと頷くセンを見て、ちょっと嬉しくなった。

『だけどなルナ、お前は過去の人間じゃない。ポケモンを覚えるよりも学校の勉強をした方がいいんじゃないか?』
「問題ないよ、テストなんてちゃんと授業聞いていれば答えられるし」

 それに。

「彼らのことを教えてくれたのはセンだよ?」

 きっかけはおばあちゃんの形見。見たことのない生き物がたくさん描かれた図鑑だった。文字は掠れて名前も説明も読めなくて、誰に聞いても“ポケモンである”ことしか分からなくて。それどころかお母さんはその本を捨ててしまおうとした。価値があるとか言い出して奪おうとする人もいた。
 ボロボロの本を手に大人たちから逃げるようにわたしはこの狐の元へやって来たのだ。
 そしてこの狐は、最初ははぐらかそうとしたけれど本を見せるとそんなに知りたいなら教えてやると言ってくれた。

「会ってみたいなー、ポケモンに!」

 実際の彼らはどんな生き物なんだろう。見てみたい、聞いてみたい、触ってみたい、話してみたい。

『何を言う、“ここ”にいるじゃないか』
「セン以外のポケモンと会ってみたいの!」

 わたしの言葉に反応して、ぼくらも会ってみたーい! と動物たちから声があがる。
 その様子にセン——キュウコンはため息をついた。

『わかった、わかった。ならさっさと掃除を終わらせてくれ』
「わかったよ。……ねえセン、なんでセン以外のポケモンは居なくなっちゃったの?」
『わたしが死に損なっただけだ』

 悲しそうな目をしていた。

「そっか」

 後は祠の中だけだし、チャチャっと終わらせよう。終わったら思いっきりセンに抱きつこう。文句を言われたって気にしない。
 観音扉に手を掛けたとき、鈴の音を聞いた気がした。

『! ルナ、祠から離れろ!』
「え?」

 次の瞬間、わたしは光に包まれて意識を失った。

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