メモリー46:「イジワルされたら寄り道しよ?」の巻
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前回が2021年12月だったらしいので、実に1年5ヶ月ぶりです。作者自身もどこまで進んでるか曖昧な模様。
夜が来るのはやっぱり寂しいな。チカとも離れることになるし。だけどキレイな星空に何か心を救われるような気がしたよ。本当に少しずつだけど、ボクたちの救助隊“メモリーズ”も前に進んでいるような気もするし…………さ。
次の朝………。ボクは寂しさなど忘れているかのように、暖炉前の藁のベッドで熟睡していた。だけど段々と夜が明けて窓から朝日が差し込むにつれて、その瞳がうっすらと開いていく。
「ムニャムニャ………!?朝だ!またチカに会える!!」
長かった夜が明けたことを喜ぶボク。何せベッドから飛び起きて、テーブルに置いているリンゴに手をつけず、一目散に基地の外へと飛び出し右に左にチカの姿を探すくらいだ。それほどボクの中で彼女はかけがえの無い存在なのである。
「おはようユウキ!きょうもがんばろうね!」
「おはようチカ!もちろんだよ!」
しばらくしてチカがやってきた。相変わらず満面の笑顔で話しかけてくるものだから、一気にボクの心は癒されていく。いつでも自分には無い明るさを振る舞える彼女には凄いと思ってしまう。まあ、こうしてヒトカゲになって10日目は幕を開けた。
「まずはポストの中をチェックしようね♪少しずつだけど“メモリーズ”の評価も上がってきているはずだから、これからもっと手紙が来やすくなると思うんだ♪」
「そうか…………。だとしたらボクたちも忙しくなるってことか。頑張らないといけないな!」
チカに促されて、ボクはポストを開こうとする。…………と、そのときだった。
「ここかい?“メモリーズ”ってチームがあるところは?」
『?』
後ろから今まで聞いたことがない声がしたのだ。一体誰なんだろう、もしかして直接救助依頼をしに来たポケモンなのだろうか?ボクたちは後ろに振り向く。するとそこにはボクたちから見て左側にへびポケモンのアーボ、右側にめいそうポケモンのチャーレム、そして真ん中にシャドーポケモンのゲンガーという三匹のポケモンの姿があった。
「あの~?あなたたちは?何か私たちに用事ですか?」
恐る恐るチカが声をかける。このときボクは彼らの雰囲気に何か嫌な予感をしたのだが、もしかしたら彼女も同じような気持ちだったかもしれない。そしてその予感はこんなときに限って的中してしまうのである。
「何もねえぜ。ここ」
「殺風景なところだね」
「ケッ、こんなところで救助隊やろうなんて信じらねえぜ」
彼らはボクたちの救助基地に向けて次から次へと誹謗中傷を浴びせ続けてきたのである。当然のことながら、これはすべてボクにとってはチカに向けての侮辱を意味していた。なぜならこの世界で途方に暮れていたときに、彼女が与えてくれた落ち着ける空間なのだから。
「なんなの、キミたちは!?」
ジリジリと一歩ずつ近づいてくる三匹、そして予想外の言葉にすっかりチカは動揺していた。反論しようにもこういうときに限って“おくびょう”な体は動いてくれないのである。だけどこのまま彼女のことを放っておくにはいかない!!何よりボクが好きな、ボクの心を癒してくれて尽くしてくれる彼女を侮辱していることが許せなかった!!
「おい!!なんなんだ!いきなりボクたちのチームのところに来て!!嫌がらせなら帰ってくれ!!そしてチカにも謝るんだ!!」
「ユウキ…………」
気が付いたらボクはチカより前に出ていた。こうすれば彼女を守ることも出来る。怒りでしっぽの炎の火力が強まっているのを感じた。
しかし、そんなボクの声が届くはずもない。むしろ状況は悪化することになった。
「あっ!あんなところにポストが♪」
「えっ、マジ!?」
「ホントだ!中見ちゃおうぜ!」
チャーレムが基地のポストを発見する。その発言にアーボやゲンガーも食いついてくる!!ここまで来るともうやりたい放題だ!不安がるチカ。ボクは直感的に嫌な予感がした!
「ちょ、ちょっと!何するの!」
「おい!何なんだよ!止めろ!!」
「うるせぇ!!」
「うわあ!!」
「キャッ!!」
ボクとチカは必死になって彼らのことを止めようとする!!ところが次の瞬間、ゲンガーによって二匹とも弾き飛ばされて基地に激突することになった!!その間アーボ、チャーレムはゴソゴソガサガサとポストの中を荒らしまくった!そして獲物を見つけたアーボが驚きと大喜びの声をあげた!
「おおっ!救助の依頼が入っている!!」
「これは美味しいわぇ♪」
「みんないただくことにするか」
「っ!?や………やめろ………」
「あぁ………どうして?」
チャーレムも満面の笑顔。そしてゲンガーの一言がトドメとなる。あまりにも突然の出来事にボクもチカもショックが計り知れなかった。
「あちっ!?」
「イタ!!」
「てめぇら、何しやがる!!」
「ぐあっ!!ボクたちへの手紙、渡すもんか…………」
「うう………横取りしないで………お願い!」
「ごちゃごちゃやかましいんだよ!」
『うわあ!!』
それでも無抵抗で終わるわけにはいかない。ボクはアーボに、チカはチャーレムにそれぞれ炎と電撃を放った!ところがこれでゲンガーの機嫌が悪くなり、更に強烈な一撃を受けてしまうことになったのである。かなりバトルの実力があるのだろう、ボクたちはもう立ち上がることさえ出来なかった。
「ケッ、誰がやったって解決すりゃあ良いじゃねぇか!」
「アタシたちも救助隊なのよん♪」
「…………と、言いつつホントはワルイことしかしてないンだけどな。ほら!救助隊って建前があった方が何かとごまかしがきくだろ?」
「アタシたち、世界征服を企んでいるのよん♪」
「せ、世界征服~~~~~~~っ!?」
自慢気に、そしてボクたちを見下すように三匹は話す。もうここまで来ると頭の中を整理するのでやっとだった。何せどうやって“メモリーズ”の存在を知り、どうやってこの場所を知ったのかわからない相手によって、いきなり朝っぱらからトラブルを起こされ、挙げ句の果てには「救助隊と銘打ってその実態は世界征服」という言葉に…………もう訳のわからない状態になっているのだから。
そこへ追い討ちをかけるようにゲンガーは語った。
「ケケッ、チャーレムの言う通り。その為にカネを稼いで仲間を集めているのよ。世界を我が物にするためにな!!人呼んで悪の救助隊“イジワルズ”とはオレたちのことだ」
「悪の救助隊………!?」
「“イジワルズ”~~~!?」
「そういうことだ。じゃ、またな!ケケッ!!」
「ちょ…………ちょっと待って!」
「うるせぇんだよ!!」
「いやあ!!」
「チカ!!」
こうして悪の救助隊と名乗る“イジワルズ”の三匹は基地から逃走した。ボクは信じられない気持ちでいっぱいだった。まさか本当にこの自然災害の混乱に乗じて悪事を企てる輩がいることに。だけどこれは紛れもない現実。そしてもっとショックを受けているのはチカだった。何とか制止しようと頑張ったが、アーボからしっぽで叩きつけられて悔しがるだけだった。ボクは慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
「………行っちゃった。なんてヒドイ人なの?」
「大丈夫!?ケガはしてない?ゴメン!追い返すことが出来なくて…………!チカを守るって約束したのに!」
「ユウキ…………」
私はまだこの現実を受け入れずにいました。救助隊をやっていれば辛いことがたくさんあることは理解していたつもり。それでもまさか救助隊という役割を自らの野望に利用しているチームが本当に存在するなんて、あまりにもショックでした。
(だからダンジョンの中のポケモンたちから疑いの目を向けられてしまうんだよ………。本当ならお互いに無駄な犠牲を払わなくても済むのに…………)
そんなやりきれない気持ちが収まらない間、ずっと自分に謝り続けているユウキの姿を見ていた私。そうだよね。私が悲しんでいる姿を見せてしまったら彼はまた自信を失ってしまう。そしたら…………私の憧れというか、私の好きな彼がまたいなくなってしまう。それだけは避けなきゃ。
「心配してくれてありがとう。でも、私なら大丈夫だよ。それよりもポストの中を確認しなきゃ…………」
「チカ…………無茶しないでくれ」
「もう、ユウキってば………。心配性なんだから………」
私が動こうとすると、すぐにユウキも庇うような感じで動きました。少し恥ずかしかったけれど、彼がそれほどまでに自分に優しくしてくれてることが嬉しかった。
(こうして二人で一緒にポストを開いたのって………多分初めてだよね………。なんだかドキドキする…………)
その甘酸っぱい感じから一転、ポストを開いてみるとポストの中は空っぽでした。
「あぁ…………やっぱり」
「全部持って行かれちゃったんだね…………」
私もユウキも揃って肩を落としてしまいました。それよりも私が気がかりだったのは、せっかく自分たちを信頼して手紙を書いてくれたポケモンたちが、あの三匹の悪事に振り回されてヒドイことをされなければ良いな…………というネガティブな感情。そしてそれはユウキも同じ。私たちはしばらく何も言わず、お互い表情を見つめるばかりでした。
バサッ!バサッ!バサッ!スコン!バサッ!バサッ!バサッ!
そんなときだった。遠くからぺリッパーがやってきて、ポストに手紙を入れてくれたのは。これで安心感を取り戻したのか、チカが再び満面の笑顔で話しかけてくれる。
「良かった!ぺリッパーが新しい手紙を持ってくれて。さっきの手紙の依頼主さんたちのことも心配だけど、ひどまずがんばろ♪」
「そうだね。くよくよしたって仕方ないしね。気持ちを入れ直して行こう!」
思わずボクも笑顔になる。不思議と彼女が笑顔だと自分まで嬉しくて、前向きになれる気がするんだ。最後に彼女は三匹が逃走した方向に向かって怒りを露にする。
「しかしアイツたち………。今度あったら承知しないぞ。ひとまず連盟にみんなへの注意喚起をお願いしなくちゃ!!」
「そ、そうだね…………」
「行こう、ユウキ!」
「ちょっ!!」
ボクはあまり彼女が見せない雰囲気に終始圧倒されていた。しかも息つく間もなくギュッとボクの手を引っ張って走り出したものだから、動揺が収まるわけが無かった。
(でも、なんだかやっぱり仕草のひとつひとつが可愛いな。純粋に救助隊として頑張っている姿も。何もかもが可愛い…………)
少しでも長くチカと過ごせる時間が続きますように……………。いつしかボクの小さな願いになりつつあった。
朝っぱらからとんだ災難に見舞われたボクたち“メモリーズ”は、“ペリッパーれんらくじょ”に行く前にいつものように“ポケモンひろば”で、救助活動の準備をしていた。ダンジョンで拾ったお金などで“カクレオンしょうてん”で買い物して、その継ぎに今は使わないであろうアイテムを選別して“ガルーラおばちゃんのそうこ”で、それらを備蓄したり。或いは買い物で余ったお金を“ペルシアンぎんごう”で預けたり。
ここ数日ですっかり当たり前になった準備を黙々と続けていた。
「おう!お前らはこないだの!!元気でやっているか!?」
「その声はハスブレロ!おはよう♪何かあったの?」
「なあなあ…………この間のフーディンたち、カッコ良かったなあ…………。オトコはやっぱああでなくちゃなあ………。お前もそう思うだろ?」
「え、まあ………」
一通りのことを終え、いざ連絡所へ………。そんなときに広場にいたハスブレロが声をかけてきた。しかもなんだか表情が輝いているのは気のせいだろうか。何だか変に自分の意見を伝えるのは水を差すことになりそうだから止めておこう。
「ところでよォ。最近“しんか”か出来ないらしいんだよ」
「“しんか”?私がライチュウになったり、あなたがルンパッパになったり、ユウキがリザードやリザードンになったりする…………あの“しんか”?」
先ほどとはうってかわって、神妙な表情で話をするハスブレロ。その内容も何か意味深な感じだったこともあって、チカもキョトンとした様子で話を聞いてる。
「その通りだ。お前らも知っているように、オレたちポケモンは条件によって“しんか”することがあるんだけど…………それが今なぜか全く出来ないらしいんだよな…………」
「え!?“しんか”出来ないって!?それじゃあ私たちずっとこのままってことなの!?一体どうしてなの?」
チカが動揺を隠せないでいる。無理もないか。“しんか”すればポケモンたちはグンと強くなることが出来るのだから。それが出来ないとなるとボクたち自身これからの救助活動に大きなハンデになることは避けられないから。
…………と、なると原因は何なんだろうか。ハスブレロは更に話を進める。
「自然災害のせいだってウワサもあるけど…………オレも詳しく知らないからなぁ。一体どうなんだろうな………」
「まあ、不安なのはみんな同じだよね。何とか原因がわかったらいいね」
チカが笑顔でハスブレロに声をかける。そのおかげか少しだけ彼の表情が明るくなったような気がする。誰であっても優しく接することが出来るのは彼女の一番良いところ。ボクはそんな子が自分のパートナーであることに誇りを感じていた。
フーディンたち“FLB”の人気の高さは同じく広場にいたブルーの話からも感じることが出来た。
「フーディンさんたちはゴールドランクの救助隊なんだ!凄いよね!」
「うん!話を聞いてビックリしちゃったよ!」
チカが微笑む。彼女いわくゴールドランクというのは、ボクたちのランク…………つまりノーマルランクから見るとかなりレベルが高い救助隊のようだ。
ノーマルランク→ブロンズランク→シルバーランク→ゴールドランク
という段階になっているため、そう簡単には彼らと肩を並べることが出来ないことはボクにも感じた。逆を言えばそれだけ他のポケモンからの信頼や安心感も高いと言えるわけだが。
「キミたちも救助隊やっているんだろ?確か………“メモリーズ”だっけ?」
「うん、自分たちの頑張りがみんなの記憶に残るといいねって意味があるんだ♪」
ブルーからの質問を嬉しそうに答えるチカ。ところが彼はその言葉に無関心な様子。そればかりか、逆にグサリと刺さるような一言を投じてきたのである。
「ふーん………それでランクは?」
「え?いや………そんな大したこと無いよ。だってまだノーマルランクだから」
「そうだよな。こう言っちゃナンだけど………キミたち見るからに大したこと無さそうだもんな」
「え………?」
「なんだって!?」
「やっぱりフーディンさんたちはスゴいよね!」
ブルーにとっては何気ない一言だったのかもしれない。けれど後味が悪かった。確かに“FLB”に比べたら足元にも及ばないだろうけど、自分たちだって命を張って努力はしている。それを何も知らない第三者に「大したこと無さそう」と言われたら、いくら何気ない一言だとしても怒りと悔しさが込み上げてくる。事実チカからは笑顔が消えた。寂しそうに小さくうなずいて、イラついてるボクの手を強引に引っ張って一緒にその場を後にしたのである。
「あなたたちはこの前の。確か救助隊を新しく始めたばかりですよね?」
「うん。本当にまだ無名なんだけどね」
「まあまあ、そんな肩を落とさないでください」
「ハハハ…………」
それから間もなく今度はマダツボミが声をかけてきた。一体何の用なのだろうか。何もないのであれば、連絡所に向かいたいところなのだが。癪にさわることを言われた直後だけに内心まだまだ怒りの炎は収まっていない。
「ところであなたたちは訓練所と言うのが新しく出来たのは知ってます?」
「え?そんな情報、ポケモンニュースにも載ってなかったよ?」
「ホラ、相次ぐ自然災害で救助隊もたくさん増えましたよね?」
「え、まあ…………」
このときはまだそこまで気にする情報ではないだろう………ボクもチカもそんな風に考えていた。しかし、このあとのマダツボミの話が一気に興味を受け付けることとなる。
「それでその救助隊を応援したい!というポケモンたちも出てきて…………そのポケモンたちが相談して作ったのが訓練所なんですよ」
「へぇ~…………」
「それは嬉しいね♪それでその訓練所ってどこにあるの?」
マダツボミの話を聞いて、なんだか腐るわけにはいかないと思った。だってどんなチームでもしっかりと支えてくれるポケモンたちはいるんだと思えたから。もちろんボクの単なる勘違いかもしれないけど…………。
「訓練所の場所は………この道を下ったところにありますよ。アナタたちも是非一度足を運ぶことをオススメしますよ」
「うん、ありがとう♪」
マダツボミの話を聞き終わった頃には、チカもすっかり笑顔を取り戻した。やっぱり彼女には満面の笑顔が何よりも似合ってる。ボクと手をつないでくれてまた一緒に歩き出した彼女への想いがますます強くなるのであった。
「ところでさ?」
「ん?ど、どうしたの?」
何か改まった様子でユウキが私に尋ねてきました。そのとき何故だか自分はちょっとだけドキドキしたのを今でも覚えています。これってもしかしてユウキからの………なんて考えすぎちゃって。だってまだそんな心の準備なんて出来ていないから………!!
「こないだも気になったんだけど、こっちの坂道ってどこに繋がっているの?」
「え?…………あ、ああ~…………そういうことね。ビックリした………」
「ん?何か言った?」
「え!?ううん//////!!な、何でも無いの///////!!」
「ふ~ん…………ま、いっか」
冷静に考えたら物凄く恥ずかしい。ま、まさかこのタイミングで告白メッセージなんて…………あり得ないですよね。彼が不思議そうな表情をするのも当たり前。だって目の前で変に顔を赤くして挙動不審になっている“パートナー”がいたら普通はおかしいって感じるでしょうから。
…………でも、きっと私の想いなんて気づいていたのに、何も知らない風でそっとしてくれる優しさ。その姿にまた自分はキュンとしてしまうのでした。
「そ、そういえば教えていなかったもんね?あっちは“ナマズンのいけ”って呼ばれていて、昔からこのポケットタウンに住んでいるナマズンってポケモンが暮らしている池があるんだよ?」
「なるほど~、そういうことか。だったら一度足を運んでみようかな」
「行ってみる?」
「うん!」
こうして私は彼と共に“ナマズンのいけ”へと足を運ぶのでした。
広場の中心部から見て北側に伸びる緩やかな登り坂を越えると、そこには大きな滝と滝壺のような大きな池が存在していた。商店街になっていて活気が溢れている広場の雰囲気から一転、大きな滝が池に向かって落ちる「ザーー」という音だけがひたすら鳴り響く静かな様子。ボクもしばしこれまでの慌ただしい時間の流れを忘れそうなくらい不思議な感覚だった。
よくよく見れば池の奥に向かって石造りの足場が幾つか並んでいる。その先頭には小さなポケモンであれば五匹くらいは乗れそうな踊り場先には水面からちょこんと顔を覗かせるポケモン。チカによれば、そのポケモンこそが池の主であるナマズンなのだと言う。
「子供たちは無邪気で良いのう。ほっほっほ。ワシもちっちゃいときは…………ちっちゃかったのう。ほっほっほ」
ナマズンによればこの池には度々小さな子供たちが遊びにやってくるのだと言う。そんな子供たちに彼は昔話をして楽しませているのだとか。
「あっ!ユウキさんにチカさん、お久しぶりです!」
「久しぶり♪元気にしていた?」
キャタピーちゃんもその一匹だ。ボクたちがナマズンと話している間にこの池にやってきたようで、思わぬ形での再会に喜んでいる。
「はい!あれからボク、友達が出来たです!」
「本当に!?」
「それは良かったね。一体誰なんだい?」
「はい、名前はトランセルくんって言います。これからトランセルくん誘って森で遊ぶです!楽しみです!」
「そうなんだ♪気をつけて行ってくるんだよ。お母さんが心配しないようにね」
「はいです!ユウキさん、チカさんも救助隊頑張ってくださいね!」
「ありがとう、頑張るよ!」
どうやら自分が進化した姿、さなぎポケモンのトランセルと仲良くなったのだと言う。キラキラと希望と喜びに溢れた表情に、ボクやチカはこの世界がまだ平和であることを実感した。ダンジョンの中ではいつも災害の影響を受けて苦しんでいるポケモンの表情ばかり目にしてきたから。
「それじゃ、そろそろ連絡所の掲示板を観に行こうか」
「うん♪頑張っていこうね、ユウキ♪」
「う、うん……………//////」
チカは声をかけるといつも笑顔で応えてくれる。最近はもうその姿が自分の心を揺さぶっている気がした。自然とドキドキしてしまう。
(きょうもチカが喜ぶ姿をたくさん観れると良いな)
ボクはチカの手をさりげなく引いて、連絡所へと向かう。彼女が赤面して同じように心を揺さぶられたことも知らず。
「きょうは“ハガネやま”に向かうとするか。ちょうどよくポストの中にあった依頼も同じ場所だったし…………」
「というか、ユウキ。こんなに引き受けて大丈夫なの?全部で4件になるんだけど………」
「大丈夫でしょ。一度乗り越えた場所だし、確実にボクたちの力だって強くなっているんだから…………」
「それなら良いんだけど…………無茶しないでね?」
連絡所に着くと掲示板から勢いよく手に握りしめ、その勢いで受付に向かうボク。その後ろからは心配そうに見つめるチカの姿があった。確かに無茶ぶりかも知れない……………と言われたらそれまで。しかしながらボクの中では広場でブルーに、何気無く「大したこと無さそう」と言われたことを恐らく引きずっていたのかもしれない。
…………本当はチカの気持ちも察してあげなきゃいけないのに、ボクはこれまで通り本音を我慢させて自分の意地に彼女を付き合わせたのだ。
そんな“ハガネやま”での依頼内容は下の通り。至ってシンプルなものだ。
①エレキッドを5階で助ける。
②マイナンを6階で助ける。
③ヒマナッツを7階で助ける。
④ニドラン♀を8階で助ける。
「よし、うかうかしてられない。行こう、チカ!」
「うん!きょうも頑張って行こうね、ユウキ♪」
本当はキミが心配してるように無茶しているんだ。不安でたまらない。だけどその笑顔と励ましで“勇気”を持って進めるんだ………!
そんなこんなでやって来た“ハガネやま”。相変わらず昼間だと言うのに、辺りはボクのしっぽの炎でぼんやりと明るくなるくらいに薄暗い。あのディグダとダグトリオの父子を人質としていたエアームドが落雷に撃たれて以来、初めてこのダンジョンに乗り込む訳だが………、
「大きく混乱してなきゃ良いけど………」
「ちょっと怖いなぁ…………」
思わずボクたちは顔を見合わせる。しかし、ここまで来たからには救助隊である以上、中で遭難しているポケモンたちの救出が最優先。しっぽを巻いて逃げるわけにはいかない。例えそれが駆け出しのノーマルランクだとしても。
「よし!行こう、チカ!」
「え!?あ、ちょっと待ってよ!!」
ボクはこのとき一瞬だけど、チカとの出逢いの日が頭の中によみがえった。あのときも不安はあったけど勢いで“ちいさなもり”のダンジョンに飛び込んだ。不安がるチカを無理やり連れて。あれからちょうど10日目。だけどまだその記憶からはそう遠くない。そんな風に思わせる彼女の反応がなんだか可愛い。
「誰だ!?あ………その赤いスカーフは!!」
「さては救助隊だな!?よくも俺たちのすみかを荒らしに来やがって!!」
「なんだよ!さっそくお出ましか!!」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!!」
「ユウキ!!」
ダンジョン内に突入していきなりボクたちは三匹のオニスズメとバトルする羽目になった。やはり彼らの中では「救助隊=侵入者」の構図がこびりついているのだろう。しかも元から血の気の多い種族だけに、問答無用で突っ込んできたのである!!
しかし、こっちとしては簡単にはやられない。相手が全員先頭を歩いていたボクへ攻撃の標的を定めた直後、強い光が炸裂したのである!!
「“でんきショック”!!」
「なっ!!うぎゃああああ!!」
「おい!大丈夫か!?」
「このピカチュウめ!!よくもやりやがったな!!」
「きゃっ!!」
「チカ!!」
光の正体は他の誰でもないチカの電撃。先陣切っていち早くボクへ接近してきたオニスズメに直撃したのである!通常、ダンジョン内で移動と攻撃を同時に行えないのだが、ボクを危険から守りたいと考えてくれた結果なのかもしれない。そのおかげで、まずは1匹倒すことが出来た。代わりに彼女は残りのオニスズメから反撃を受けてしまうことになったが。
「チカが頑張ってるなら、ボクはもっと頑張らなくちゃいけない!!えーい!!」
「うわっ!!あぢぢっ!!」
「大丈夫か!?このヒトカゲめ!!」
「危ない!!“でんきショック”!!」
「ぎゃあああ!!」
「ひ、ひぃぃ!!」
チカの活躍に発奮したボクはオニスズメに“ひのこ”を浴びせる。その隙をついて別のオニスズメが襲ってきたが、すかさず彼女が電撃を放ったのである!その結果、やけどを負いつつ最後まで残ったオニスズメも恐れをなして逃げ出したのであった。
「やったねチカ!!」
「うん♪この調子でがんばろうね、ユウキ♪」
ボクたち“メモリーズ”は確かに手応えを感じながらドンドン先へと進み続ける………!!
…………メモリー47へ続く。
次の朝………。ボクは寂しさなど忘れているかのように、暖炉前の藁のベッドで熟睡していた。だけど段々と夜が明けて窓から朝日が差し込むにつれて、その瞳がうっすらと開いていく。
「ムニャムニャ………!?朝だ!またチカに会える!!」
長かった夜が明けたことを喜ぶボク。何せベッドから飛び起きて、テーブルに置いているリンゴに手をつけず、一目散に基地の外へと飛び出し右に左にチカの姿を探すくらいだ。それほどボクの中で彼女はかけがえの無い存在なのである。
「おはようユウキ!きょうもがんばろうね!」
「おはようチカ!もちろんだよ!」
しばらくしてチカがやってきた。相変わらず満面の笑顔で話しかけてくるものだから、一気にボクの心は癒されていく。いつでも自分には無い明るさを振る舞える彼女には凄いと思ってしまう。まあ、こうしてヒトカゲになって10日目は幕を開けた。
「まずはポストの中をチェックしようね♪少しずつだけど“メモリーズ”の評価も上がってきているはずだから、これからもっと手紙が来やすくなると思うんだ♪」
「そうか…………。だとしたらボクたちも忙しくなるってことか。頑張らないといけないな!」
チカに促されて、ボクはポストを開こうとする。…………と、そのときだった。
「ここかい?“メモリーズ”ってチームがあるところは?」
『?』
後ろから今まで聞いたことがない声がしたのだ。一体誰なんだろう、もしかして直接救助依頼をしに来たポケモンなのだろうか?ボクたちは後ろに振り向く。するとそこにはボクたちから見て左側にへびポケモンのアーボ、右側にめいそうポケモンのチャーレム、そして真ん中にシャドーポケモンのゲンガーという三匹のポケモンの姿があった。
「あの~?あなたたちは?何か私たちに用事ですか?」
恐る恐るチカが声をかける。このときボクは彼らの雰囲気に何か嫌な予感をしたのだが、もしかしたら彼女も同じような気持ちだったかもしれない。そしてその予感はこんなときに限って的中してしまうのである。
「何もねえぜ。ここ」
「殺風景なところだね」
「ケッ、こんなところで救助隊やろうなんて信じらねえぜ」
彼らはボクたちの救助基地に向けて次から次へと誹謗中傷を浴びせ続けてきたのである。当然のことながら、これはすべてボクにとってはチカに向けての侮辱を意味していた。なぜならこの世界で途方に暮れていたときに、彼女が与えてくれた落ち着ける空間なのだから。
「なんなの、キミたちは!?」
ジリジリと一歩ずつ近づいてくる三匹、そして予想外の言葉にすっかりチカは動揺していた。反論しようにもこういうときに限って“おくびょう”な体は動いてくれないのである。だけどこのまま彼女のことを放っておくにはいかない!!何よりボクが好きな、ボクの心を癒してくれて尽くしてくれる彼女を侮辱していることが許せなかった!!
「おい!!なんなんだ!いきなりボクたちのチームのところに来て!!嫌がらせなら帰ってくれ!!そしてチカにも謝るんだ!!」
「ユウキ…………」
気が付いたらボクはチカより前に出ていた。こうすれば彼女を守ることも出来る。怒りでしっぽの炎の火力が強まっているのを感じた。
しかし、そんなボクの声が届くはずもない。むしろ状況は悪化することになった。
「あっ!あんなところにポストが♪」
「えっ、マジ!?」
「ホントだ!中見ちゃおうぜ!」
チャーレムが基地のポストを発見する。その発言にアーボやゲンガーも食いついてくる!!ここまで来るともうやりたい放題だ!不安がるチカ。ボクは直感的に嫌な予感がした!
「ちょ、ちょっと!何するの!」
「おい!何なんだよ!止めろ!!」
「うるせぇ!!」
「うわあ!!」
「キャッ!!」
ボクとチカは必死になって彼らのことを止めようとする!!ところが次の瞬間、ゲンガーによって二匹とも弾き飛ばされて基地に激突することになった!!その間アーボ、チャーレムはゴソゴソガサガサとポストの中を荒らしまくった!そして獲物を見つけたアーボが驚きと大喜びの声をあげた!
「おおっ!救助の依頼が入っている!!」
「これは美味しいわぇ♪」
「みんないただくことにするか」
「っ!?や………やめろ………」
「あぁ………どうして?」
チャーレムも満面の笑顔。そしてゲンガーの一言がトドメとなる。あまりにも突然の出来事にボクもチカもショックが計り知れなかった。
「あちっ!?」
「イタ!!」
「てめぇら、何しやがる!!」
「ぐあっ!!ボクたちへの手紙、渡すもんか…………」
「うう………横取りしないで………お願い!」
「ごちゃごちゃやかましいんだよ!」
『うわあ!!』
それでも無抵抗で終わるわけにはいかない。ボクはアーボに、チカはチャーレムにそれぞれ炎と電撃を放った!ところがこれでゲンガーの機嫌が悪くなり、更に強烈な一撃を受けてしまうことになったのである。かなりバトルの実力があるのだろう、ボクたちはもう立ち上がることさえ出来なかった。
「ケッ、誰がやったって解決すりゃあ良いじゃねぇか!」
「アタシたちも救助隊なのよん♪」
「…………と、言いつつホントはワルイことしかしてないンだけどな。ほら!救助隊って建前があった方が何かとごまかしがきくだろ?」
「アタシたち、世界征服を企んでいるのよん♪」
「せ、世界征服~~~~~~~っ!?」
自慢気に、そしてボクたちを見下すように三匹は話す。もうここまで来ると頭の中を整理するのでやっとだった。何せどうやって“メモリーズ”の存在を知り、どうやってこの場所を知ったのかわからない相手によって、いきなり朝っぱらからトラブルを起こされ、挙げ句の果てには「救助隊と銘打ってその実態は世界征服」という言葉に…………もう訳のわからない状態になっているのだから。
そこへ追い討ちをかけるようにゲンガーは語った。
「ケケッ、チャーレムの言う通り。その為にカネを稼いで仲間を集めているのよ。世界を我が物にするためにな!!人呼んで悪の救助隊“イジワルズ”とはオレたちのことだ」
「悪の救助隊………!?」
「“イジワルズ”~~~!?」
「そういうことだ。じゃ、またな!ケケッ!!」
「ちょ…………ちょっと待って!」
「うるせぇんだよ!!」
「いやあ!!」
「チカ!!」
こうして悪の救助隊と名乗る“イジワルズ”の三匹は基地から逃走した。ボクは信じられない気持ちでいっぱいだった。まさか本当にこの自然災害の混乱に乗じて悪事を企てる輩がいることに。だけどこれは紛れもない現実。そしてもっとショックを受けているのはチカだった。何とか制止しようと頑張ったが、アーボからしっぽで叩きつけられて悔しがるだけだった。ボクは慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
「………行っちゃった。なんてヒドイ人なの?」
「大丈夫!?ケガはしてない?ゴメン!追い返すことが出来なくて…………!チカを守るって約束したのに!」
「ユウキ…………」
私はまだこの現実を受け入れずにいました。救助隊をやっていれば辛いことがたくさんあることは理解していたつもり。それでもまさか救助隊という役割を自らの野望に利用しているチームが本当に存在するなんて、あまりにもショックでした。
(だからダンジョンの中のポケモンたちから疑いの目を向けられてしまうんだよ………。本当ならお互いに無駄な犠牲を払わなくても済むのに…………)
そんなやりきれない気持ちが収まらない間、ずっと自分に謝り続けているユウキの姿を見ていた私。そうだよね。私が悲しんでいる姿を見せてしまったら彼はまた自信を失ってしまう。そしたら…………私の憧れというか、私の好きな彼がまたいなくなってしまう。それだけは避けなきゃ。
「心配してくれてありがとう。でも、私なら大丈夫だよ。それよりもポストの中を確認しなきゃ…………」
「チカ…………無茶しないでくれ」
「もう、ユウキってば………。心配性なんだから………」
私が動こうとすると、すぐにユウキも庇うような感じで動きました。少し恥ずかしかったけれど、彼がそれほどまでに自分に優しくしてくれてることが嬉しかった。
(こうして二人で一緒にポストを開いたのって………多分初めてだよね………。なんだかドキドキする…………)
その甘酸っぱい感じから一転、ポストを開いてみるとポストの中は空っぽでした。
「あぁ…………やっぱり」
「全部持って行かれちゃったんだね…………」
私もユウキも揃って肩を落としてしまいました。それよりも私が気がかりだったのは、せっかく自分たちを信頼して手紙を書いてくれたポケモンたちが、あの三匹の悪事に振り回されてヒドイことをされなければ良いな…………というネガティブな感情。そしてそれはユウキも同じ。私たちはしばらく何も言わず、お互い表情を見つめるばかりでした。
バサッ!バサッ!バサッ!スコン!バサッ!バサッ!バサッ!
そんなときだった。遠くからぺリッパーがやってきて、ポストに手紙を入れてくれたのは。これで安心感を取り戻したのか、チカが再び満面の笑顔で話しかけてくれる。
「良かった!ぺリッパーが新しい手紙を持ってくれて。さっきの手紙の依頼主さんたちのことも心配だけど、ひどまずがんばろ♪」
「そうだね。くよくよしたって仕方ないしね。気持ちを入れ直して行こう!」
思わずボクも笑顔になる。不思議と彼女が笑顔だと自分まで嬉しくて、前向きになれる気がするんだ。最後に彼女は三匹が逃走した方向に向かって怒りを露にする。
「しかしアイツたち………。今度あったら承知しないぞ。ひとまず連盟にみんなへの注意喚起をお願いしなくちゃ!!」
「そ、そうだね…………」
「行こう、ユウキ!」
「ちょっ!!」
ボクはあまり彼女が見せない雰囲気に終始圧倒されていた。しかも息つく間もなくギュッとボクの手を引っ張って走り出したものだから、動揺が収まるわけが無かった。
(でも、なんだかやっぱり仕草のひとつひとつが可愛いな。純粋に救助隊として頑張っている姿も。何もかもが可愛い…………)
少しでも長くチカと過ごせる時間が続きますように……………。いつしかボクの小さな願いになりつつあった。
朝っぱらからとんだ災難に見舞われたボクたち“メモリーズ”は、“ペリッパーれんらくじょ”に行く前にいつものように“ポケモンひろば”で、救助活動の準備をしていた。ダンジョンで拾ったお金などで“カクレオンしょうてん”で買い物して、その継ぎに今は使わないであろうアイテムを選別して“ガルーラおばちゃんのそうこ”で、それらを備蓄したり。或いは買い物で余ったお金を“ペルシアンぎんごう”で預けたり。
ここ数日ですっかり当たり前になった準備を黙々と続けていた。
「おう!お前らはこないだの!!元気でやっているか!?」
「その声はハスブレロ!おはよう♪何かあったの?」
「なあなあ…………この間のフーディンたち、カッコ良かったなあ…………。オトコはやっぱああでなくちゃなあ………。お前もそう思うだろ?」
「え、まあ………」
一通りのことを終え、いざ連絡所へ………。そんなときに広場にいたハスブレロが声をかけてきた。しかもなんだか表情が輝いているのは気のせいだろうか。何だか変に自分の意見を伝えるのは水を差すことになりそうだから止めておこう。
「ところでよォ。最近“しんか”か出来ないらしいんだよ」
「“しんか”?私がライチュウになったり、あなたがルンパッパになったり、ユウキがリザードやリザードンになったりする…………あの“しんか”?」
先ほどとはうってかわって、神妙な表情で話をするハスブレロ。その内容も何か意味深な感じだったこともあって、チカもキョトンとした様子で話を聞いてる。
「その通りだ。お前らも知っているように、オレたちポケモンは条件によって“しんか”することがあるんだけど…………それが今なぜか全く出来ないらしいんだよな…………」
「え!?“しんか”出来ないって!?それじゃあ私たちずっとこのままってことなの!?一体どうしてなの?」
チカが動揺を隠せないでいる。無理もないか。“しんか”すればポケモンたちはグンと強くなることが出来るのだから。それが出来ないとなるとボクたち自身これからの救助活動に大きなハンデになることは避けられないから。
…………と、なると原因は何なんだろうか。ハスブレロは更に話を進める。
「自然災害のせいだってウワサもあるけど…………オレも詳しく知らないからなぁ。一体どうなんだろうな………」
「まあ、不安なのはみんな同じだよね。何とか原因がわかったらいいね」
チカが笑顔でハスブレロに声をかける。そのおかげか少しだけ彼の表情が明るくなったような気がする。誰であっても優しく接することが出来るのは彼女の一番良いところ。ボクはそんな子が自分のパートナーであることに誇りを感じていた。
フーディンたち“FLB”の人気の高さは同じく広場にいたブルーの話からも感じることが出来た。
「フーディンさんたちはゴールドランクの救助隊なんだ!凄いよね!」
「うん!話を聞いてビックリしちゃったよ!」
チカが微笑む。彼女いわくゴールドランクというのは、ボクたちのランク…………つまりノーマルランクから見るとかなりレベルが高い救助隊のようだ。
ノーマルランク→ブロンズランク→シルバーランク→ゴールドランク
という段階になっているため、そう簡単には彼らと肩を並べることが出来ないことはボクにも感じた。逆を言えばそれだけ他のポケモンからの信頼や安心感も高いと言えるわけだが。
「キミたちも救助隊やっているんだろ?確か………“メモリーズ”だっけ?」
「うん、自分たちの頑張りがみんなの記憶に残るといいねって意味があるんだ♪」
ブルーからの質問を嬉しそうに答えるチカ。ところが彼はその言葉に無関心な様子。そればかりか、逆にグサリと刺さるような一言を投じてきたのである。
「ふーん………それでランクは?」
「え?いや………そんな大したこと無いよ。だってまだノーマルランクだから」
「そうだよな。こう言っちゃナンだけど………キミたち見るからに大したこと無さそうだもんな」
「え………?」
「なんだって!?」
「やっぱりフーディンさんたちはスゴいよね!」
ブルーにとっては何気ない一言だったのかもしれない。けれど後味が悪かった。確かに“FLB”に比べたら足元にも及ばないだろうけど、自分たちだって命を張って努力はしている。それを何も知らない第三者に「大したこと無さそう」と言われたら、いくら何気ない一言だとしても怒りと悔しさが込み上げてくる。事実チカからは笑顔が消えた。寂しそうに小さくうなずいて、イラついてるボクの手を強引に引っ張って一緒にその場を後にしたのである。
「あなたたちはこの前の。確か救助隊を新しく始めたばかりですよね?」
「うん。本当にまだ無名なんだけどね」
「まあまあ、そんな肩を落とさないでください」
「ハハハ…………」
それから間もなく今度はマダツボミが声をかけてきた。一体何の用なのだろうか。何もないのであれば、連絡所に向かいたいところなのだが。癪にさわることを言われた直後だけに内心まだまだ怒りの炎は収まっていない。
「ところであなたたちは訓練所と言うのが新しく出来たのは知ってます?」
「え?そんな情報、ポケモンニュースにも載ってなかったよ?」
「ホラ、相次ぐ自然災害で救助隊もたくさん増えましたよね?」
「え、まあ…………」
このときはまだそこまで気にする情報ではないだろう………ボクもチカもそんな風に考えていた。しかし、このあとのマダツボミの話が一気に興味を受け付けることとなる。
「それでその救助隊を応援したい!というポケモンたちも出てきて…………そのポケモンたちが相談して作ったのが訓練所なんですよ」
「へぇ~…………」
「それは嬉しいね♪それでその訓練所ってどこにあるの?」
マダツボミの話を聞いて、なんだか腐るわけにはいかないと思った。だってどんなチームでもしっかりと支えてくれるポケモンたちはいるんだと思えたから。もちろんボクの単なる勘違いかもしれないけど…………。
「訓練所の場所は………この道を下ったところにありますよ。アナタたちも是非一度足を運ぶことをオススメしますよ」
「うん、ありがとう♪」
マダツボミの話を聞き終わった頃には、チカもすっかり笑顔を取り戻した。やっぱり彼女には満面の笑顔が何よりも似合ってる。ボクと手をつないでくれてまた一緒に歩き出した彼女への想いがますます強くなるのであった。
「ところでさ?」
「ん?ど、どうしたの?」
何か改まった様子でユウキが私に尋ねてきました。そのとき何故だか自分はちょっとだけドキドキしたのを今でも覚えています。これってもしかしてユウキからの………なんて考えすぎちゃって。だってまだそんな心の準備なんて出来ていないから………!!
「こないだも気になったんだけど、こっちの坂道ってどこに繋がっているの?」
「え?…………あ、ああ~…………そういうことね。ビックリした………」
「ん?何か言った?」
「え!?ううん//////!!な、何でも無いの///////!!」
「ふ~ん…………ま、いっか」
冷静に考えたら物凄く恥ずかしい。ま、まさかこのタイミングで告白メッセージなんて…………あり得ないですよね。彼が不思議そうな表情をするのも当たり前。だって目の前で変に顔を赤くして挙動不審になっている“パートナー”がいたら普通はおかしいって感じるでしょうから。
…………でも、きっと私の想いなんて気づいていたのに、何も知らない風でそっとしてくれる優しさ。その姿にまた自分はキュンとしてしまうのでした。
「そ、そういえば教えていなかったもんね?あっちは“ナマズンのいけ”って呼ばれていて、昔からこのポケットタウンに住んでいるナマズンってポケモンが暮らしている池があるんだよ?」
「なるほど~、そういうことか。だったら一度足を運んでみようかな」
「行ってみる?」
「うん!」
こうして私は彼と共に“ナマズンのいけ”へと足を運ぶのでした。
広場の中心部から見て北側に伸びる緩やかな登り坂を越えると、そこには大きな滝と滝壺のような大きな池が存在していた。商店街になっていて活気が溢れている広場の雰囲気から一転、大きな滝が池に向かって落ちる「ザーー」という音だけがひたすら鳴り響く静かな様子。ボクもしばしこれまでの慌ただしい時間の流れを忘れそうなくらい不思議な感覚だった。
よくよく見れば池の奥に向かって石造りの足場が幾つか並んでいる。その先頭には小さなポケモンであれば五匹くらいは乗れそうな踊り場先には水面からちょこんと顔を覗かせるポケモン。チカによれば、そのポケモンこそが池の主であるナマズンなのだと言う。
「子供たちは無邪気で良いのう。ほっほっほ。ワシもちっちゃいときは…………ちっちゃかったのう。ほっほっほ」
ナマズンによればこの池には度々小さな子供たちが遊びにやってくるのだと言う。そんな子供たちに彼は昔話をして楽しませているのだとか。
「あっ!ユウキさんにチカさん、お久しぶりです!」
「久しぶり♪元気にしていた?」
キャタピーちゃんもその一匹だ。ボクたちがナマズンと話している間にこの池にやってきたようで、思わぬ形での再会に喜んでいる。
「はい!あれからボク、友達が出来たです!」
「本当に!?」
「それは良かったね。一体誰なんだい?」
「はい、名前はトランセルくんって言います。これからトランセルくん誘って森で遊ぶです!楽しみです!」
「そうなんだ♪気をつけて行ってくるんだよ。お母さんが心配しないようにね」
「はいです!ユウキさん、チカさんも救助隊頑張ってくださいね!」
「ありがとう、頑張るよ!」
どうやら自分が進化した姿、さなぎポケモンのトランセルと仲良くなったのだと言う。キラキラと希望と喜びに溢れた表情に、ボクやチカはこの世界がまだ平和であることを実感した。ダンジョンの中ではいつも災害の影響を受けて苦しんでいるポケモンの表情ばかり目にしてきたから。
「それじゃ、そろそろ連絡所の掲示板を観に行こうか」
「うん♪頑張っていこうね、ユウキ♪」
「う、うん……………//////」
チカは声をかけるといつも笑顔で応えてくれる。最近はもうその姿が自分の心を揺さぶっている気がした。自然とドキドキしてしまう。
(きょうもチカが喜ぶ姿をたくさん観れると良いな)
ボクはチカの手をさりげなく引いて、連絡所へと向かう。彼女が赤面して同じように心を揺さぶられたことも知らず。
「きょうは“ハガネやま”に向かうとするか。ちょうどよくポストの中にあった依頼も同じ場所だったし…………」
「というか、ユウキ。こんなに引き受けて大丈夫なの?全部で4件になるんだけど………」
「大丈夫でしょ。一度乗り越えた場所だし、確実にボクたちの力だって強くなっているんだから…………」
「それなら良いんだけど…………無茶しないでね?」
連絡所に着くと掲示板から勢いよく手に握りしめ、その勢いで受付に向かうボク。その後ろからは心配そうに見つめるチカの姿があった。確かに無茶ぶりかも知れない……………と言われたらそれまで。しかしながらボクの中では広場でブルーに、何気無く「大したこと無さそう」と言われたことを恐らく引きずっていたのかもしれない。
…………本当はチカの気持ちも察してあげなきゃいけないのに、ボクはこれまで通り本音を我慢させて自分の意地に彼女を付き合わせたのだ。
そんな“ハガネやま”での依頼内容は下の通り。至ってシンプルなものだ。
①エレキッドを5階で助ける。
②マイナンを6階で助ける。
③ヒマナッツを7階で助ける。
④ニドラン♀を8階で助ける。
「よし、うかうかしてられない。行こう、チカ!」
「うん!きょうも頑張って行こうね、ユウキ♪」
本当はキミが心配してるように無茶しているんだ。不安でたまらない。だけどその笑顔と励ましで“勇気”を持って進めるんだ………!
そんなこんなでやって来た“ハガネやま”。相変わらず昼間だと言うのに、辺りはボクのしっぽの炎でぼんやりと明るくなるくらいに薄暗い。あのディグダとダグトリオの父子を人質としていたエアームドが落雷に撃たれて以来、初めてこのダンジョンに乗り込む訳だが………、
「大きく混乱してなきゃ良いけど………」
「ちょっと怖いなぁ…………」
思わずボクたちは顔を見合わせる。しかし、ここまで来たからには救助隊である以上、中で遭難しているポケモンたちの救出が最優先。しっぽを巻いて逃げるわけにはいかない。例えそれが駆け出しのノーマルランクだとしても。
「よし!行こう、チカ!」
「え!?あ、ちょっと待ってよ!!」
ボクはこのとき一瞬だけど、チカとの出逢いの日が頭の中によみがえった。あのときも不安はあったけど勢いで“ちいさなもり”のダンジョンに飛び込んだ。不安がるチカを無理やり連れて。あれからちょうど10日目。だけどまだその記憶からはそう遠くない。そんな風に思わせる彼女の反応がなんだか可愛い。
「誰だ!?あ………その赤いスカーフは!!」
「さては救助隊だな!?よくも俺たちのすみかを荒らしに来やがって!!」
「なんだよ!さっそくお出ましか!!」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!!」
「ユウキ!!」
ダンジョン内に突入していきなりボクたちは三匹のオニスズメとバトルする羽目になった。やはり彼らの中では「救助隊=侵入者」の構図がこびりついているのだろう。しかも元から血の気の多い種族だけに、問答無用で突っ込んできたのである!!
しかし、こっちとしては簡単にはやられない。相手が全員先頭を歩いていたボクへ攻撃の標的を定めた直後、強い光が炸裂したのである!!
「“でんきショック”!!」
「なっ!!うぎゃああああ!!」
「おい!大丈夫か!?」
「このピカチュウめ!!よくもやりやがったな!!」
「きゃっ!!」
「チカ!!」
光の正体は他の誰でもないチカの電撃。先陣切っていち早くボクへ接近してきたオニスズメに直撃したのである!通常、ダンジョン内で移動と攻撃を同時に行えないのだが、ボクを危険から守りたいと考えてくれた結果なのかもしれない。そのおかげで、まずは1匹倒すことが出来た。代わりに彼女は残りのオニスズメから反撃を受けてしまうことになったが。
「チカが頑張ってるなら、ボクはもっと頑張らなくちゃいけない!!えーい!!」
「うわっ!!あぢぢっ!!」
「大丈夫か!?このヒトカゲめ!!」
「危ない!!“でんきショック”!!」
「ぎゃあああ!!」
「ひ、ひぃぃ!!」
チカの活躍に発奮したボクはオニスズメに“ひのこ”を浴びせる。その隙をついて別のオニスズメが襲ってきたが、すかさず彼女が電撃を放ったのである!その結果、やけどを負いつつ最後まで残ったオニスズメも恐れをなして逃げ出したのであった。
「やったねチカ!!」
「うん♪この調子でがんばろうね、ユウキ♪」
ボクたち“メモリーズ”は確かに手応えを感じながらドンドン先へと進み続ける………!!
…………メモリー47へ続く。