【第077話】ジャンピンザフェイス / チハヤ、蒼穹

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



「僕と戦えッ……チハヤ!」
「ッ……!?」
ボールを突き出し、戦いを提唱するストーム
唐突な提案に、チハヤは戸惑う。
「ちょ……ちょっと待てよ!いきなりバトルって……」
「もう忘れたのかチハヤ。この鬼ごっこデッドレースは、どちらか一方がカードを持っていれば学生同士でもバトルをすることが出来る。もう時間がない……お前がどうしてもカードが欲しいって言うなら、僕から力づくで奪い取ってみせろ。」
「ッ……!」
ストームの提案は、至極真っ当なものであった。

 しかし、それを彼の側から言うのは違和感がある。
というより、チハヤからしてみれば信じられなかったのだ。
「でも……どうしてそんな事を?俺は勝てばカードを貰えるけど、お前は別に勝っても何の得も無いじゃんか……」
「お前の身になにかあったらマズいからだよッ!勘違いするな、別に優しさとかじゃないんだからな!」
テンプレじみた台詞を吐きつつ、迫るストーム
しかしそれが彼の温情であることは、火を見るより明らかであった。
「ったく……わかったらさっさと勝負するぞ!時間がないんだから!」
「お、おう……。」
そうして彼らは距離を取り、戦いの構えに入る。

 だが、チハヤには気がかりなことがあった。
「(やっべ……まだポケモンたち回復させてねぇ。パモットもパピモッチも戦える状態じゃないし、シキジカも傷ついてるし……)」
そう、彼のポケモンは現在3匹しか居ない。
その3匹全員が、万全の状態に無かったのである。
「……チハヤ、もしかしてポケモン居ない?」
「あ、えっとその……」
せっかくストームがチャンスを与えてくれたのに、それを無下にすることも出来ないチハヤ。
なんとか言い訳を考えようとして、取り乱してしまう。

 ……が、その時。
ストームがチハヤの方を指さした。
「ッ……!!」
「ど、どうした?」
「うしろッ……チハヤ、後ろッ!!」
言われるがまま、振り返るチハヤ。
「何もな……ぶふッ!?」
するとそこから僅か1秒後……彼の顔面に、正体不明の塊が直撃する。

「(この感触とスピード……ま、まさかッ!!)」
へばりつく重みと温もりに、チハヤは覚えがあった。
そう、その正体は……
「ふりりーーーー!」
「(やっぱりお前かーーーーーーーーッ!!)」
そう、ケシキのヒラヒナだ。
本日2度目の、激しいスキンシップを強いられていたのである。
短い爪を立てて、唇を引っ張って楽しんでいる。
「ふりーーーー!」
「(痛い痛い痛いッ!!で、でもどうしてここにッ……!?)」



 ーーーーーその頃。
GAIA北西エリア、高濃度霊障警戒地帯。
通称『デザート・グレイブ』。
一面に灰黒色の乾いた砂地が広がっており、まばらに石碑のようなものが立っている。
此処は、このアゼンドの地に住んでいた民族が、人やポケモンの遺体を埋めるための墓場にしていた……という噂のある場所だ。
とはいっても、先住民らには墓標を立てる文化はないので、これらの石碑はGAIAが後から付け足したものである。
この墓標はこの場所に眠っている人間の正確な数を示しているわけではないし、名前だって記載されていない。

 だがそういった所以があるからか、この領域には強めの呪いが掛けられている……という噂があった。
そのため、一応GAIA側では立ち入りを自粛するように呼びかけているエリアでもあるのだ。
そしてそんなエリアに、立ち入る学生がひとり居た。
黒衣の観測者ジャッカニューロのメンバー、蒼穹フェアだ。
「……なぁキュウコン。本当にこんな所に迷霧フォッグがいるのか?」
「くーーん。」
鼻を鳴らしつつ、デザート・グレイブの門をくぐって敷地内に入っていくキュウコン。
彼女はイサナとの一戦を終えて、どういうわけかスポーツ棟から姿を消していた迷霧フォッグの事を探していたのだ。

「(ノヴァ先輩に聞いたら、もうこの建物には居ないって言うし……北側って基本的に何もないハズだが、本当にこっちなのか?)」
「くんくん……」
「(……嫌な予感がする。そもそも、この場所は変な霊が居着きすぎだ。ッ……帰りたい……。)」
生まれつき霊感が強く、タダでさえ亡観者ヴァンシーにカテゴライズされた彼女にとっては、この霊障地はまさに生地獄である。
恐怖心に震えつつも、仲間の迷霧フォッグに万一のことがあってはいけない……と、やむなくこの場所に来ているのである。
「(……えぇい腹を決めろセンカ・ヤナギッ«※本名»!!私のキュウコンを信じろ!!さっさと用事を済ませて、さっさと帰るぞッ……!)」
そうして彼女は、極力周囲を見ないようにして進んでいく。

 そうして数十メートルほど直進した時……キュウコンが突如、激しく吠え始める。
「くん!くーーーん!」
「ッ……な、何かあったのか!?」
蒼穹フェアが尋ねるが、その返事を待たずにキュウコンは駆け出していく。

 そしてそのキュウコンが、2つめの角を曲がった先から……
「うわッ、な、何だッ!!やめろッ!!」
という叫び声が聞こえてくる。
甲高い声……女子生徒のものだろうか。
「ど、どうしたッ!?」
騒ぎを聞いて、蒼穹フェアも急いで駆けつける。

 ……が、彼女が目にしたものはというと。
「はむっ……はむッ……!」
「や、やめろッ……!」
蒼穹フェアのキュウコンが、何者かに馬乗りになっている様子であった。
キュウコンの口元には、匂いのキツいジャーキーが加えられていた。
そしてそんな彼女の足元には、先の声の主たる女子生徒……ではなく。

「き、貴様は……シラヌイ・トバリッ!?」
そう、シラヌイの姿があったのだ。
なんとシラヌイは、無惨にも手に持っていたジャーキーをキュウコンに奪われてしまっていたのである。
「くん、くぅーーーん!」
彼女はシラヌイの事などお構いなしと言わんばかりに、ジャーキーを頬張っている。
「ッ……こらキュウコン!離れろッ!!」
蒼穹フェアは力づくで、キュウコンを引き離す。

「お前まさか、この匂いに釣られて此処に来たんじゃないだろうなッ!?」
「……くーん。」
とぼけた顔でそっぽを向きつつ、未だに奪い取ったジャーキーを頬張っている。
「図星かッ!貴様はバトルのセンスは文句なしだが……その卑しさだけは直せと言っているだろうッ!!」
蒼穹フェアにいつも通り、叱責されているキュウコン。
その一方で、シラヌイは悲しげに立ち上がる。

「痛……うぅ、お供物だったのに……」
そして面を上げた瞬間、視界に飛び込んでくる蒼穹フェアの顔。
すると反射神経的に、彼はまた腰を抜かして倒れてしまう。
「ひゃッ………あ、あわわわわ………!」
座り込みながら、キングラーもびっくりの速度でずり下がっていくシラヌイ。
その姿は、いささかシュールさを感じられる。

「(そ、そんな……鬼ごっこデッドレースが終わるまでここでやり過ごそうと思っていたのに……どうして黒衣の観測者ジャッカニューロがこんなところに!?)」
人見知りの彼は怯えきってしまっていて、とても会話どころでは無さそうだ。
「お、おい……何も私は……」
「ご、ごごめ、ごめんなさ………」
そう言って後退りする……が、後ろをしっかりと見ていなかったのだろう。
間抜けにも、彼は近くにあったフェンスに頭をぶつけてしまう。

「あ痛ッ……!?」
「落ち着け……別に取って食おうってわけじゃないんだから……」
そう言って歩み寄る蒼穹フェア
怖がられないように極力笑顔を作って近寄ろうとするが、残念ながらシラヌイ支点ではオニゴーリ並の形相にしか見えていなかったのである。
「あわわわわわ………」
「ほら、大丈夫か?立て……」
蒼穹フェアが手を差し伸べようとした、次の瞬間。

 凄まじい勢いの風が、デザート・グレイブに駆け抜ける。
「ッ……!?」
砂漠地帯のアゼンド地方では、時折強烈な風が吹くことがある。
そして今が、偶然にもそのタイミングだったのだろう。

 ……そして、その風に乗って稀に奇妙なものが飛んでくる。
例えば……砂漠を転がる軽量なポケモンとか。

「うぃーど!」
「何だ……って痛ッ!!!!」
唐突に影が掛かった視界と、顔面に走る刺さるような痛み。
急に襲ってきた感覚に、蒼穹フェアは思わず叫び声を上げる。
何が起こったのかもわからぬまま、彼女はパニックに陥ってしまっていた。

「ッ……こ、これは……アノクサ!」
そう、今蒼穹フェアの顔面に突き刺さっているポケモンは……ころがりぐさポケモンのアノクサ。
砂漠を惑う魂が、植物片を巻き込んで貌を成したポケモンである。
偶に強風に乗って遠くまで飛んでくることがあり、そして今……運悪く蒼穹フェアにヒットしてしまったのだ。

「うぃーーどッ!!」
「ッ……クッ、離れろッ……って痛い痛い!」
無理矢理引き抜こうとするも、棘が刺さって上手いこと抜けない。
アノクサ自身もパニックになっているようで、力が入って思うように動けないようだ。
「ッ……お、落ち着いて蒼穹フェアさん!こういう時はみずポケモンで濡らせば大丈夫だから!」
「も、持ってないッ……!」
シラヌイは冷静(?)に、アノクサへの対処法を提案する。
が、残念ながら蒼穹フェアにもシラヌイにも、みずタイプのポケモンは居なかったらしい。
「じゃ、じゃあ焼くとか……」
「い、いやそれは……」
流石の蒼穹フェアもそれは躊躇われるようだ。

 ……が、しかし。
「くーーーーーーーん!」
そんなシラヌイの言葉を聞いた瞬間、キュウコンは『かえんほうしゃ』で思い切り蒼穹フェアの事を焼き払う。
決して悪気はないのだが、考えるより先に身体が反応してしまったようだ。
「熱ッッ!!!!!!キュウコーーーーーーーーンッ!!?」
「うぃーーーーーーど!?」
しかし決して致命傷にはならないように、最低限の温度で調整はされていた。
そうして炎は蒼穹フェアとアノクサを黒焦げにしてしまったのであった。
なんとか力の抜けたアノクサは彼女から離れ、その場に転がり落ちて気絶する。

「あ……あわわ………!」
唐突に起こった大惨事に、更なるパニックを引き起こすシラヌイ。
蒼穹フェアの服は上半身がボロボロで、見るに堪えない状況になっていた。
「え……えっとえっとこういう時は……」
シラヌイはすぐにモンスターボールを取り出し、アノクサに投げ当てる。
するとボールはブザー音と共に、一発でアノクサを捕獲してしまう。
「ッ……って違う!えっとその………」
焦って優先順位を取り違えてしまった彼は、更に取り乱す。
だがすぐに、着ていたパーカーを脱ぎ捨てて……そしてそれを蒼穹フェアの肩にそっと羽織らせた。

「……ッ、こ、これは……」
「そ、その……それじゃ僕はこれで失礼しまーーーーーーーーすッ!!」
失言をして顔と服を焼いてしまった手前、何を言われるか分かったものではない。
シラヌイは遂に恐怖と混乱に耐えかねて、この場を足早に去って行ってしまったのであった。
「ちょ……ちょっと………」
蒼穹フェアが呼び止めるも、既に聞こえず。
フェンスを飛び越えて、遥か遠くの岩陰へと消えてしまったのであった。

「(………意外と着心地いいな、これ。)」



 ーーーーーその頃。
GAIA南エリア、ヘドロの森。
急遽押しかけてきたヒラヒナに、強襲されるチハヤ。
なんとか彼女を顔面から引き離し、問い詰める。
「ったく……ケシキはどうしたんだよケシキは。」
「ふりり?」
「お前のトレーナー。勝手に抜け出してきたのか?」
「ふりりーーー!」
チハヤに両手で掴まれながら、笑って答えるヒラヒナ。
どうやらチハヤの言う通り、勝手に此処まで走ってきたようだ。

 その答え合わせをするように、彼女が駆けてきたのと同じ方向から、ガケガニに搭乗したケシキが走ってくる。
「ケシキ!」
「ッ、やっと追いついた……!」
「ンガニ……!」
彼はガケガニから降りると、チハヤの近くに来てヒラヒナの無事を確認する。
しかし叱責はしない。
腕の中に抱かれて、嬉しそうな様子の彼女を見て……その気も失せてしまったのだ。

「……悪いな、チハヤ。お前に頼みがある。」
「な、何だよ藪から棒に……」
「そのヒラヒナを、お前の仲間に入れてやってくれ。」
「え……。」
唐突な提案に、驚くチハヤ。
しかしケシキの中では、もう答えは決まっていたようだ。

「……残念ながら、その子の心は完全にお前の方に寄っている。これ以上、俺が引き止めるわけにも行かないからな。」
「で、でも……」
「良いんだ。俺がちゃんと、自分の仲間を見ていなかったことに気づけたからな。」
「ふりり!」
どうやらケシキだけでなく、ヒラヒナもそのつもりのようだ。

「……ホントに良いんだな?」
「何度も言わせるな。ソイツは俺とは合わなかった……それだけの話だ。」
「ふりり!」
「……わかったよ。」
チハヤは頷き、ケシキからヒラヒナのボールを受け取る。



「じゃあヒラヒナ、早速だが……」
そう言うと、チハヤは近くに立っていたストームの方を指差す。
「アイツを倒してくれ!!時間がないからなるはやで!!頼むッ!!!!」
「ふりり!?」
丁度手持ちのポケモンが全員手負いの状態であったチハヤにとって、無傷のヒラヒナが加わったのはまさに渡りに船。
ストームと戦うための土俵に、なんとか立ち上がれるチャンスだったのだ。

「お、おい!?せめてもうちょっと歓迎の挨拶とか……」
あまりにもせっかちなチハヤに、さすがのケシキもツッコミを入れる。
が……。
「うるせぇ今そんな場合じゃねぇんだよ!ごめんなヒラヒナ、あとでいっぱい遊んでやるから……」
「ふりりりーーー!」
そう聞いた途端、ヒラヒナは目の色を変えて迷霧フォッグの前に立ちはだかる。
そしてつぶらな瞳をギラつかせて、小さく跳ねながら戦意をアピールしていたのであった。

「やれやれ……素敵な仲間が増えてよかったな。ま、容赦はしないけどさ……」
そう言うとストームはボールを投げ、中からフワライドを呼び出す。
「ぷわわーーー!」
「後出しで有利なポケモンを出すけど……僕だって勝ちたいんでね。文句はないよな?」
「あぁ、勿論だ!行くぞ……ヒラヒナッ!!」
「ふりりッ!」
[ポケモンファイル]
☆キュウコン(♀)
☆親:蒼穹
☆詳細:今は亡き母親から受け継いだポケモン。非常に機敏で賢明で、鼻が利く。過度に食欲旺盛で、せっかち過ぎるのが玉に瑕。

[ポケモンファイル]
☆アノクサ(♂)
☆親:シラヌイ
☆詳細:かなりパニックになりやすい性格。シラヌイとは波長が合うらしい。

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