第七話:王の命令

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください









「ロケット団に潜入させていた諜報員スパイが殺された」

 スマートフォンで部下からのメッセージを確認した青年は、王たる男へとそう報告した。カントー地方のヤマブキシティにある、旅行者向けのホテルのロイヤルスイートルームに、男と青年は居た。二人がこの地方に来たのは仕事のため。そしてもう一つ、【紫煙の女狐】について片付けるため。

 ホテルの部屋に予め設置されていた柔らかい椅子に悠然と腰かけていた男は、その報告に驚くことも無く「ふぅん」とだけ答える。

「潜入がバレたのか? 使えねぇな」

「……その殺し方の手口が、ロケット団のものではなかったらしい」

 報告に興味が無さそうであった男は、青年の言葉に初めて彼の方を見る。

「心臓を刺されたのが、直接的な死因だ。その他に車のハンドルミスで起こったらしい事故によって割れたガラスでの傷と、もう一つ、死後に刺された刺し傷があったらしい。死体の損傷はそれだけの、シンプルなものだった」

「何が言いてぇ?」

「……殺したのは、【紫煙の女狐】だと、オレは考えている。ロケット団がやったなら、裏切り者の粛清としてもっと派手に殺しただろう。これは組織ではなく個人の犯行だ」

「アイツが、ねぇ……」

「理由は知らない。自分のことを探る者を“邪魔”だと判断し殺したのかもしれない。あの男が【紫煙の女狐】に何かアクションを起こし返り討ちにあったのかもしれない。だが、実行犯はあの娘で間違いは無いと思う」

 青年は僅かに緊張した声で、自分の見解を述べた。王たる男は腹心の部下であり側近である青年の見解を否定することはなく、長い睫毛の生えた瞼を伏せて少し考えた様子を見せる。

「どうする? ツキミ」

 青年に問われ、男は——ツキミは、ニヤリと笑った。

「スミ、お前が行け。俺の目の前に、あの女狐を引きずり出せ」

「っ!?」

 スミと呼ばれた青年は、ツキミの言葉に驚き目を見開く。

「しかし、それはあまりにも早計じゃないか? まだ【紫煙の女狐】の正体もよく分かっていないのに……」

「俺は、知っている。アイツが誰で何者かを。それに、リジアの野郎が、同じように【紫煙の女狐】を狙っていやがる。横からアイツに奪われるぐらいなら、とっとと檻の中にでも入れて飼育する方が賢いだろ?」

「……わかった」

 スミは、それ以上は反論することなく上司の指示を受けいれた。自分に従順な様子の部下の姿に、ツキミはニヤリと笑い重ねて指示を出す。

「三日以内に連れて来い。お前一人じゃ手に余るだろう、ゼラムとエキムも連れて行け。生きてさえいりゃ、いくら怪我させても構わねぇ。四肢を切り落としたって、暫くすりゃ生えてくる女だ」

「……なぁツキミ。【紫煙の女狐】は、一体何者なんだ?」

 スミは、訝しむように男に尋ねた。ツキミは、明らかに【紫煙の女狐】の正体を知っている。しかしそれを話そうとしない。ただ、『連れて来い』とだけ命じるのだ。スミはそれが不思議だった。ツキミは自分の意思や行動を一々説明するのを嫌がる人間であるが、それ以上に【紫煙の女狐】に対しては疑問点が多かった。

「そうだな……——化け物だよ。人間と共存の出来ない怪物だ。だから、檻に入れて飼っておいてやらねぇと、死んじまう」

 ツキミはそれだけ言うと、下がれと手を払う。スミは会釈をしてから、部屋を退室した。

 廊下を歩きながら、スミは考える。“化け物”だと、ツキミは言った。しかし【紫煙の女狐】の話をする時のツキミはいつもどこか懐かしそうで、そして愛しさを滲ませているのだ。

 スミは部下から報告として受け取った写真を見る。その写真には、雑踏の中に紛れるようにしている亜麻色髪の少女が写っていた。これが、【紫煙の女狐】。

 何故ツキミは彼女を求めるのだろうか。それだけではない、ツキミの発言通り、リジアという男——リバティーブレイズのリーダーたる男もこの娘を捜しているというのだ。一体何故。彼女の何が、数多の人間から渇望されているのだろうか。

 わからない。わからないが、スミのやることは決まっている。全ては敬愛する王のため。唯一にして絶対の王であるツキミのため。スミは命令として与えられた任務に向かうために、同行者として名指しされた男達へと電話をかける。

 同時刻、スミの去った部屋の中、ツキミは窓に寄り夜空の月を見上げていた。蒼白い満月を見ていると、やはり思い浮かべるのは一人の少女のことだけだ。

「アイビー……いつまでも逃げ回りやがって」

 ツキミは少し憎しみを込めて呟いた。その声には、いつまで経っても自分の元へとやって来ない少女への怒りが混じっていた。

「無駄な夢なんて見てないで、早く堕ちて来い、アイビー。どうせお前は、何処へも行けやしねぇんだから」

 ツキミはそう言い、群青色の瞳を閉じた。早くあの娘を抱きしめてやりたいと思うこの感情に、名前をつけることはまだ出来なかった。




 

 

 




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