8話 わたしとオイラ
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
♪
それから数日。忙しくなるとの言葉の通り、リンは学校を休みがちだった。他の友達も部活がいろいろ忙しくなってきたみたいだし、あたしもあたしで行けないと嘆いていてもしょうがないと、1曲作ろうといろいろ考えていた。なんたって、これがあたしの部活なんだもん。
「おっ、ヒナ先生、作曲活動ですかぁ?」
昼休み、ヒナノートに向かいながらぼんやり考えているあたしにおどけた口調で話しかけてきたのは、小学校は同じで、だけど初めて同じクラスになったポポッコのワタだった。
「そうだよ。一応部活って名義でやるからには、今まで以上に真面目にやんなきゃなーって」
「どんな曲? 見せてよ」
「いいよー。あ、よければ今度うちに聞きに来る?」
「いやー、そこまではいいかな、忙しいし」
「そっかあ。何部だっけ」
「空中部。風の影響受けやすい種族だから大変なんだよねー。そうだ、そこのモクローの」
「俺か?」
ハヤテが首だけ回してこちらを向く。
「うえっ、何それキモッ」
「おっと、失礼」
ハヤテは体を顔に合わせて回し、いつもの向きに戻った。
「で、何か用か?」
「あー……いや、飛行タイプだし、空中部に入らないって」
「そうそう、空中部って何やってるの? あたし飛べないからよくわかんなくって」
「私は空中50m飛行をやってる。距離はいろいろあるよ、短距離から長距離まで。他にも綺麗に飛ぶことを意識したアクロバット飛行もあるんだけど、いやー、つい風に揺れ過ぎちゃってそっちは向いてなくってさ」
「へー、楽しそうだね」
「楽しいよー。ハヤテもどう?」
「いや、ごめん。俺もう部活入ってんだ」
「そ。ハヤテは軽音部の部長やってくれてるんだ」
「え、そうなの?! 全然そうは見えないけど……」
「というわけで、ごめんねワタ。ハヤテが取られるともう部が存続できないから」
「ま、別に無理にとは言わないけど、へー、2匹よくつるんでるなと思ったら、そういうことだったのね」
戸惑ったような顔を浮かべながら、ワタはあたしたち2匹を交互に見比べた。
「ま、お互い楽しく部活やろうね、ヒナ」
「うん!」
それを言うとワタは自分の席に戻っていった。
「空飛べるポケモンっていろいろあるんだなー」
「まあな。と言っても、モクロー族って進化すると飛行タイプじゃなくなるんだけど」
「へー、そうなんだ」
「うちの母さんまだフクスローだけどな」
「そうなんだ。うちは知っての通り、ママが進化しない種族だからなあ。前孤児院にいた年上の子とかはもう1回進化してるポケモンとかもいたけど」
「確かにいてもおかしくないな」
「そ。もう引き取られて行っちゃったけどねー。でもさ、あたしたちもそろそろ進化するかもじゃん? ワタなんかもう進化してるし」
「確かに」
「あたし、進化したら二足歩行になるじゃない。そしたら持てるギターの種類が増えるから、今から楽しみなんだよねー」
「だいぶ先じゃないか?」
「まあねー。1回の進化で2足になる種族が羨ましいよ。と、そろそろ給食の時間も終わりか。掃除にいかなきゃな」
「だな」
班ごとに掃除の担当場所が割り振られていて、あたしたちだけ匹数が少ないからと面積が狭い流しを掃除している。あたしが低い所を、ハヤテが高い所を掃除することにした。
「リン、今頃どうしてるかなあ」
ハヤテに話しかけると、ハヤテはこすりながら、
「撮影とかしてるんだろうな」
「想像もつかないよ、どんなことしてるんだろ」
「さあな」
「大変そうだねえ」
ドラマの撮影。少しだけぼんやりと、リンのことについて考えながら、あたしは流しをこすり続けた。
〇
「お願いします……パパを、絶対治してください!」
“わたし”は目の前の“お医者さん”2匹、イオルブとバウッツェルにそう頼む。
「ああ、絶対治すよ」
そう自信満々に言うバウッツェルの言葉を食うように、イオルブは言う。
「助手が安請け合いするな、医療に絶対はない」
「そんなことこんな子どもの前で言わなくてもいいじゃないですか!」
「現実は現実だ、気休めを言っても何にもならない。勝率は7割って所だろう」
「……7割」
「先生!」
「その7割を引き寄せるため、我々は全力を尽くす。それが、医療のすべてだ。安い言葉なんていらない」
「そんなことないですって! 周囲の心の安定も治療の重要なファクターですよ! 大丈夫だよ、ユミちゃん。この先生は凄いんだ。きっと治してくれるよ」
「ふん」
「もちろん僕も頑張る。7割、絶対引き寄せてくるよ」
「よろしくお願いします……!」
わたしはうるんだ目で2匹を見上げた。
「はいカット! いいね、3匹とも!」
「ありがとうございます!」
ふう、一息つける。今撮影しているドラマは医療ドラマで、今回治療される患者さんの娘、という設定の役どころをやっている。ドラマ出演なんて初めてで、緊張しっぱなしだ。
ヒナは今頃、曲を作って、歌ってるのだろうか。わたしには正直、それが羨ましく映る。
「お疲れ様、マリンちゃん」
バウッツェルのバウさんがこちらに話しかけてきた。イオルブのイオさんも一緒だ。イオさんは頷きながら、わたしを褒めた。
「これが初めてとは思えねえぐらいだな。プロの役者の道もあるんじゃないかい?」
「いやいや、それは大げさですよ! わたしの本職は歌ですから! でも、褒めていただいてありがとうございます! わたしも演技の先輩として、いろいろ盗ませてもらってます!」
「ははは、先輩を立てるのも上手いねえ」
バウさんは笑って言って、続けた。
「でも実際、イオさんの演技は凄いですよね。普段こんな優しいのに、演技では僕も怖いぐらいです」
「まあ、伊達に長くやってねえよ。それでバウ、明日の手術シーンだけど……」
手術シーンの撮影は明日に回して、今日は手術後のシーンを撮影して、それでわたしはクランクアップだ。で、2匹は明日のシーンについて話し始めたというわけだ。わたしは手持無沙汰になり、台本に目を通すことにした。セリフを、間違いなく覚えないと。
午後の撮影もそつなくこなし、わたしはクランクアップだ。演者の皆さんとあいさつをして、今日は皆解散する。わたしはそのまま、アンナさんの車に乗って、そしてわたしは、オイラに戻る。
「ふー、演技って疲れるなあ」
「お疲れ様、マリン」
「もうリンに戻っていいでしょ?」
「そうね」
はー、と息を吐いて、オイラはモンスターボールの中に戻る。素のオイラを見せないように。そしてこの中でオイラはホロウェアを解除して、メイクも落とす。まったく、この狭い中に、洗面所もソファもあるような居心地のいい空間を作れるっていったいどういう仕組みなんだろう。使うたびに思うけど、ニンゲンの技術力、凄すぎる。
ボールの中のソファに寝転んで、SNSをチェックする。マリンの名前と、その曲名をセットで検索をかけて、誉め言葉にニコニコするし、多くはないけどアンチコメを華麗に流し見して、オイラは少し喜んで、そしてうつむく。今はまだ大丈夫。でも、この声はいつ使えなくなるかわからない。このファンたちを喜ばせてあげることも、できなくなる。
そうなったとき、オイラは、アンナさんは、どうすればいいんだろう。こんなことで悩むぐらいなら、いっそあのとき殺されてもよかったりしたのかな。まあ、それはないか。
だって、あのとき生き延びたおかげで、今までずっと諦めてた、“友達”ができるかもしれないんだし。
〇
クラスメイトのヒナとハヤテにバレた、だけど受け入れてくれた。あの日帰ったオイラは、息せき切ってアンナさんにそう報告した。アンナさんははじめ驚いた顔をして、それから
「よかった。バレたのが優しいポケモンで、本当に」
とオイラの頭を撫でてくれた。親のいないオイラのことを拾って、ずっと育ててくれたアンナさん。そのアンナさんの温かい手が、オイラは好きだった。
「もしかしたら、オイラ、友達、作れるのかな」
「かもね。あなたも、もう中学生だもの。世界を広げるのも大切ね」
「うん。オイラ、やってみるよ!」
「ええ、頑張って。でも、あなたの本職はアイドルよ。そっちも大切にね」
「わかってる。歌うのは、好きだからさ」
〇
撮影が終わった。明日からはまた、学校だ。ヒナとハヤテに会って、それから、それからどうしよう。どうしたら仲良くなれるんだろう。今までずっと、バレたらいじめられると思って隠してきた。話しかけてもつまらない奴として、ずっと無視されるように動いてきた。
え、どうしよう。仲良くなるって、どうすればいいんだ。オイラはスマホで、友達、なりかた、と検索してみる。自己紹介だとかいろんな情報が出てきて、でもあんまり参考にはならなさそうで。
……まあ、ヒナのペースに乗っかってれば会話は続きそう、かな。なんでか知らないけど、ヒナに任せてれば大丈夫そうな、そんな気がする。
「ま、あの2匹相手なら、なるようになるよね」
そう呟いて、オイラはふうと息を吐き、目を閉じた。疲れた、今日はなんだか、もう寝たい。
♪
夜、あたしは自室でヒナノートに向かい合う。うーん、どんな曲を作ろう。ずっと作詞もやってると定期的にやってくる、ネタ切れ。今はどうも、その時期みたいだ。ま、しゃーない、そんなこともある。しばらくは作るんじゃなくて弾く方に集中するのもありだし、後はハヤテとリンからネタを募集するのもありかもしれないな。
っていうか、そうじゃん。2匹からネタ募集ぐらいはしてもいいじゃん! あたし天才?
「リン、いつ戻ってくるかなあ」
せっかく仲良くなれそうだし、同じ部活なんだから、そういう活動もできたらしたいもん。あー、今から楽しみ。
そうと決まれば今日は早寝しよっと。こういうときはノートに向き合ってもいいアイデアって振ってこないし、あたしもあたしでぼんやりいろいろお布団の中で考えてみよっと。
翌朝、いつもの通りみんなで朝ご飯を食べ、まずツユが小学校へ向かい、あたしはその次に家を出る。ユキオの保育園は一番最後だ。
学校までの道を歩き、小学校からの何匹かの友達と合流して、いろいろ雑談しながら登校し、そして違うクラスに分かれていく。あたしも教室の扉を開く。
「おはよ、ヒナ」
「あ、リン! おはよ!」
ハヤテもよっと翼を持ち上げる。
「リン、やっとおわもご」
声をかけようとして、リンに口をふさがれる。
「それは言わない」
ハヤテがそう言い、あたしは
「アハハ、ごめん……」
と謝るしかなかった。
「それでさそれでさ! 2匹とも! 曲のネタない?!」
「へ?」
とリン。
「いきなりどうした」
とハヤテ。
「せっかく部活なんだし、作るのも弾くのもあたしがやればいいけどさ、ネタがあったらそれは欲しいなって!」
「曲のネタ? そんなのシロートに出せる訳ないんじゃないのか」
「うーん、そうとも言い切れないかな。オイラは自分で作るわけじゃないけど、結構些細な日常の出来事だとか、不安とか、考えだとか、そういうのも結構ネタになるみたいだよ」
「そうなのか。俺はそういうのはたぶん苦手だけど」
「あ、無理に出せって言ってるわけじゃないの! ただ、もしあったらあたしそれ参考にしたいからさ」
「ま、そのぐらいなら。やれる範囲で協力するよ」
「オイラも。にしても、自分で作れるって凄いよね」
「ま、趣味の範囲だよ。あ、リン。よければうちにあたしの曲を聞きに来ない? 忙しいかな」
「しばらくは大丈夫だよ。うーん、一旦帰って、今日行けるか確認するね」
「ホント?! わかった、あたしも確認するから、帰って連絡するね」
「オッケー」
と、チャイムが鳴る。そろそろ授業だ。今日の1時間目はニンゲン語。なんだかあたし、結構得意みたいで、楽しみな方の授業だ。ミル先生が入ってくる。
それから数日。忙しくなるとの言葉の通り、リンは学校を休みがちだった。他の友達も部活がいろいろ忙しくなってきたみたいだし、あたしもあたしで行けないと嘆いていてもしょうがないと、1曲作ろうといろいろ考えていた。なんたって、これがあたしの部活なんだもん。
「おっ、ヒナ先生、作曲活動ですかぁ?」
昼休み、ヒナノートに向かいながらぼんやり考えているあたしにおどけた口調で話しかけてきたのは、小学校は同じで、だけど初めて同じクラスになったポポッコのワタだった。
「そうだよ。一応部活って名義でやるからには、今まで以上に真面目にやんなきゃなーって」
「どんな曲? 見せてよ」
「いいよー。あ、よければ今度うちに聞きに来る?」
「いやー、そこまではいいかな、忙しいし」
「そっかあ。何部だっけ」
「空中部。風の影響受けやすい種族だから大変なんだよねー。そうだ、そこのモクローの」
「俺か?」
ハヤテが首だけ回してこちらを向く。
「うえっ、何それキモッ」
「おっと、失礼」
ハヤテは体を顔に合わせて回し、いつもの向きに戻った。
「で、何か用か?」
「あー……いや、飛行タイプだし、空中部に入らないって」
「そうそう、空中部って何やってるの? あたし飛べないからよくわかんなくって」
「私は空中50m飛行をやってる。距離はいろいろあるよ、短距離から長距離まで。他にも綺麗に飛ぶことを意識したアクロバット飛行もあるんだけど、いやー、つい風に揺れ過ぎちゃってそっちは向いてなくってさ」
「へー、楽しそうだね」
「楽しいよー。ハヤテもどう?」
「いや、ごめん。俺もう部活入ってんだ」
「そ。ハヤテは軽音部の部長やってくれてるんだ」
「え、そうなの?! 全然そうは見えないけど……」
「というわけで、ごめんねワタ。ハヤテが取られるともう部が存続できないから」
「ま、別に無理にとは言わないけど、へー、2匹よくつるんでるなと思ったら、そういうことだったのね」
戸惑ったような顔を浮かべながら、ワタはあたしたち2匹を交互に見比べた。
「ま、お互い楽しく部活やろうね、ヒナ」
「うん!」
それを言うとワタは自分の席に戻っていった。
「空飛べるポケモンっていろいろあるんだなー」
「まあな。と言っても、モクロー族って進化すると飛行タイプじゃなくなるんだけど」
「へー、そうなんだ」
「うちの母さんまだフクスローだけどな」
「そうなんだ。うちは知っての通り、ママが進化しない種族だからなあ。前孤児院にいた年上の子とかはもう1回進化してるポケモンとかもいたけど」
「確かにいてもおかしくないな」
「そ。もう引き取られて行っちゃったけどねー。でもさ、あたしたちもそろそろ進化するかもじゃん? ワタなんかもう進化してるし」
「確かに」
「あたし、進化したら二足歩行になるじゃない。そしたら持てるギターの種類が増えるから、今から楽しみなんだよねー」
「だいぶ先じゃないか?」
「まあねー。1回の進化で2足になる種族が羨ましいよ。と、そろそろ給食の時間も終わりか。掃除にいかなきゃな」
「だな」
班ごとに掃除の担当場所が割り振られていて、あたしたちだけ匹数が少ないからと面積が狭い流しを掃除している。あたしが低い所を、ハヤテが高い所を掃除することにした。
「リン、今頃どうしてるかなあ」
ハヤテに話しかけると、ハヤテはこすりながら、
「撮影とかしてるんだろうな」
「想像もつかないよ、どんなことしてるんだろ」
「さあな」
「大変そうだねえ」
ドラマの撮影。少しだけぼんやりと、リンのことについて考えながら、あたしは流しをこすり続けた。
〇
「お願いします……パパを、絶対治してください!」
“わたし”は目の前の“お医者さん”2匹、イオルブとバウッツェルにそう頼む。
「ああ、絶対治すよ」
そう自信満々に言うバウッツェルの言葉を食うように、イオルブは言う。
「助手が安請け合いするな、医療に絶対はない」
「そんなことこんな子どもの前で言わなくてもいいじゃないですか!」
「現実は現実だ、気休めを言っても何にもならない。勝率は7割って所だろう」
「……7割」
「先生!」
「その7割を引き寄せるため、我々は全力を尽くす。それが、医療のすべてだ。安い言葉なんていらない」
「そんなことないですって! 周囲の心の安定も治療の重要なファクターですよ! 大丈夫だよ、ユミちゃん。この先生は凄いんだ。きっと治してくれるよ」
「ふん」
「もちろん僕も頑張る。7割、絶対引き寄せてくるよ」
「よろしくお願いします……!」
わたしはうるんだ目で2匹を見上げた。
「はいカット! いいね、3匹とも!」
「ありがとうございます!」
ふう、一息つける。今撮影しているドラマは医療ドラマで、今回治療される患者さんの娘、という設定の役どころをやっている。ドラマ出演なんて初めてで、緊張しっぱなしだ。
ヒナは今頃、曲を作って、歌ってるのだろうか。わたしには正直、それが羨ましく映る。
「お疲れ様、マリンちゃん」
バウッツェルのバウさんがこちらに話しかけてきた。イオルブのイオさんも一緒だ。イオさんは頷きながら、わたしを褒めた。
「これが初めてとは思えねえぐらいだな。プロの役者の道もあるんじゃないかい?」
「いやいや、それは大げさですよ! わたしの本職は歌ですから! でも、褒めていただいてありがとうございます! わたしも演技の先輩として、いろいろ盗ませてもらってます!」
「ははは、先輩を立てるのも上手いねえ」
バウさんは笑って言って、続けた。
「でも実際、イオさんの演技は凄いですよね。普段こんな優しいのに、演技では僕も怖いぐらいです」
「まあ、伊達に長くやってねえよ。それでバウ、明日の手術シーンだけど……」
手術シーンの撮影は明日に回して、今日は手術後のシーンを撮影して、それでわたしはクランクアップだ。で、2匹は明日のシーンについて話し始めたというわけだ。わたしは手持無沙汰になり、台本に目を通すことにした。セリフを、間違いなく覚えないと。
午後の撮影もそつなくこなし、わたしはクランクアップだ。演者の皆さんとあいさつをして、今日は皆解散する。わたしはそのまま、アンナさんの車に乗って、そしてわたしは、オイラに戻る。
「ふー、演技って疲れるなあ」
「お疲れ様、マリン」
「もうリンに戻っていいでしょ?」
「そうね」
はー、と息を吐いて、オイラはモンスターボールの中に戻る。素のオイラを見せないように。そしてこの中でオイラはホロウェアを解除して、メイクも落とす。まったく、この狭い中に、洗面所もソファもあるような居心地のいい空間を作れるっていったいどういう仕組みなんだろう。使うたびに思うけど、ニンゲンの技術力、凄すぎる。
ボールの中のソファに寝転んで、SNSをチェックする。マリンの名前と、その曲名をセットで検索をかけて、誉め言葉にニコニコするし、多くはないけどアンチコメを華麗に流し見して、オイラは少し喜んで、そしてうつむく。今はまだ大丈夫。でも、この声はいつ使えなくなるかわからない。このファンたちを喜ばせてあげることも、できなくなる。
そうなったとき、オイラは、アンナさんは、どうすればいいんだろう。こんなことで悩むぐらいなら、いっそあのとき殺されてもよかったりしたのかな。まあ、それはないか。
だって、あのとき生き延びたおかげで、今までずっと諦めてた、“友達”ができるかもしれないんだし。
〇
クラスメイトのヒナとハヤテにバレた、だけど受け入れてくれた。あの日帰ったオイラは、息せき切ってアンナさんにそう報告した。アンナさんははじめ驚いた顔をして、それから
「よかった。バレたのが優しいポケモンで、本当に」
とオイラの頭を撫でてくれた。親のいないオイラのことを拾って、ずっと育ててくれたアンナさん。そのアンナさんの温かい手が、オイラは好きだった。
「もしかしたら、オイラ、友達、作れるのかな」
「かもね。あなたも、もう中学生だもの。世界を広げるのも大切ね」
「うん。オイラ、やってみるよ!」
「ええ、頑張って。でも、あなたの本職はアイドルよ。そっちも大切にね」
「わかってる。歌うのは、好きだからさ」
〇
撮影が終わった。明日からはまた、学校だ。ヒナとハヤテに会って、それから、それからどうしよう。どうしたら仲良くなれるんだろう。今までずっと、バレたらいじめられると思って隠してきた。話しかけてもつまらない奴として、ずっと無視されるように動いてきた。
え、どうしよう。仲良くなるって、どうすればいいんだ。オイラはスマホで、友達、なりかた、と検索してみる。自己紹介だとかいろんな情報が出てきて、でもあんまり参考にはならなさそうで。
……まあ、ヒナのペースに乗っかってれば会話は続きそう、かな。なんでか知らないけど、ヒナに任せてれば大丈夫そうな、そんな気がする。
「ま、あの2匹相手なら、なるようになるよね」
そう呟いて、オイラはふうと息を吐き、目を閉じた。疲れた、今日はなんだか、もう寝たい。
♪
夜、あたしは自室でヒナノートに向かい合う。うーん、どんな曲を作ろう。ずっと作詞もやってると定期的にやってくる、ネタ切れ。今はどうも、その時期みたいだ。ま、しゃーない、そんなこともある。しばらくは作るんじゃなくて弾く方に集中するのもありだし、後はハヤテとリンからネタを募集するのもありかもしれないな。
っていうか、そうじゃん。2匹からネタ募集ぐらいはしてもいいじゃん! あたし天才?
「リン、いつ戻ってくるかなあ」
せっかく仲良くなれそうだし、同じ部活なんだから、そういう活動もできたらしたいもん。あー、今から楽しみ。
そうと決まれば今日は早寝しよっと。こういうときはノートに向き合ってもいいアイデアって振ってこないし、あたしもあたしでぼんやりいろいろお布団の中で考えてみよっと。
翌朝、いつもの通りみんなで朝ご飯を食べ、まずツユが小学校へ向かい、あたしはその次に家を出る。ユキオの保育園は一番最後だ。
学校までの道を歩き、小学校からの何匹かの友達と合流して、いろいろ雑談しながら登校し、そして違うクラスに分かれていく。あたしも教室の扉を開く。
「おはよ、ヒナ」
「あ、リン! おはよ!」
ハヤテもよっと翼を持ち上げる。
「リン、やっとおわもご」
声をかけようとして、リンに口をふさがれる。
「それは言わない」
ハヤテがそう言い、あたしは
「アハハ、ごめん……」
と謝るしかなかった。
「それでさそれでさ! 2匹とも! 曲のネタない?!」
「へ?」
とリン。
「いきなりどうした」
とハヤテ。
「せっかく部活なんだし、作るのも弾くのもあたしがやればいいけどさ、ネタがあったらそれは欲しいなって!」
「曲のネタ? そんなのシロートに出せる訳ないんじゃないのか」
「うーん、そうとも言い切れないかな。オイラは自分で作るわけじゃないけど、結構些細な日常の出来事だとか、不安とか、考えだとか、そういうのも結構ネタになるみたいだよ」
「そうなのか。俺はそういうのはたぶん苦手だけど」
「あ、無理に出せって言ってるわけじゃないの! ただ、もしあったらあたしそれ参考にしたいからさ」
「ま、そのぐらいなら。やれる範囲で協力するよ」
「オイラも。にしても、自分で作れるって凄いよね」
「ま、趣味の範囲だよ。あ、リン。よければうちにあたしの曲を聞きに来ない? 忙しいかな」
「しばらくは大丈夫だよ。うーん、一旦帰って、今日行けるか確認するね」
「ホント?! わかった、あたしも確認するから、帰って連絡するね」
「オッケー」
と、チャイムが鳴る。そろそろ授業だ。今日の1時間目はニンゲン語。なんだかあたし、結構得意みたいで、楽しみな方の授業だ。ミル先生が入ってくる。