其ノ参

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:5分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 同じように食事を摂り始めたサカキと、アイビーは軽口を交わす。アイビーはサカキにどの学園に入学したのかもいつ入学式があったのかも、何一つ教えていない。教えるつもりも無かったし、教えるような間柄ではないのだ。つまり、仲良し・・・では無いのである。それを踏まえて、敢えてサカキが『入学おめでとう』なんて言葉を投げかけこの会食の場を用意したのは、アイビーへの釘刺しである。『お前のことなど此方は簡単に調べられる』『お前の行動は常に監視されている』『故に組織に不利益になるようなことをしたならば容赦はしない』。そんな副音声、考えずとも聞こえてきた。

 だからアイビーはニッコリと笑ってやるのだ。『そもそもキミになんて興味が無い』という意味を込めて。

 アイビーは正義感なんてものは無い。気まぐれで世論が言うところの“正義”側の行動を取ることもあるが、基本的には自分の欲に忠実で倫理観や正義感は二の次である。だから悪の組織の親玉が目の前に居ても警察に通報しようだなんて思わないし、今後サカキを逮捕する事への協力を警察から求められても当然拒否する。

 おそらく、出逢い方が悪かったのだろうなとアイビーは推理していた。サカキとアイビーの出逢いは件の地下闘技場でのことで、アイビーは表向きには“借金返済のため”として活動をしていたが、真の目的は“ロケット団の総帥サカキに接触すること”であった。そしてサカキと漸く相見えることの出来たアイビーは、その後の彼との会話でサカキへの用事は完了したので、その後ロケット団についてもサカキについても興味が一切無く記憶から忘れそうな程であった。しかしサカキの記憶の中には、“地下闘技場という危険な場に身を投じてその中で無敗を誇ることで実績を作り、自身の腹心の部下であるムサシとコジロウとのコネクションを経てから自分に接触してきたトレーナー”として強烈な印象を与えてしまったらしく、いまだに警戒されている。故にこうして度々釘を刺されるのだ。『己の領分を侵すな』と。

 アイビーがいくら『ロケット団という組織にもサカキという人間にも興味が無い』と言ったって、彼は信じないだろう。長年悪の組織の親玉なんてやってきているから、他人に対して疑心を抱くと一生掛けても払拭することが出来ないのだ。可哀想な人だなと同情して、アイビーは酒を飲み干した。疑心を抱えた彼は、アイビーのように心の底から他者を愛することなど出来ないのだろう。そうして他人を愛することの尊さも分からぬまま骸となり、後には何も残らない。可哀想な人。可哀想で、つまらない人。

「——ときにアイビー、君は【アルカディアーク団】という組織を知っているかい?」

 ふと、サカキがそう話題を切り出した。アイビーは、咀嚼していた刺身を飲み込んでから首を横に振る。同時に、居住まいを正す。サカキの纏う雰囲気が変わったからだ。

 先程までのサカキはたまに会う親戚のおじさんのような親しみがあったが——もっとも、アイビーには“親戚のおじさん”なんて居ないので実際のところは知らないが——今のサカキ犯罪組織の首領たる男のオーラを纏い怪しい笑みを浮かべている。

「聞いたことない。その組織がどうしたの?」

「最近、名を挙げ始めた組織だ」

「キミの同業者?」

「善悪で量るのならば、限りなく“悪”だろうな。それも、カルトを含んでいる」

「……シンオウ地方の、ギンガ団みたいな?」

 アイビーは言いながら、ギンガ団という組織を思い出した。“新世界の創立”を目指しているギンガ団は、世界に数多く存在する悪の組織の中でも宗教色が強く、組織に所属する者の殆どは首領たるアカギの信者である。その妄信ぶりは見ていて苦笑してしまう程だった。

 カルト的宗教団体は恐ろしい。自分達が正当だと信じて疑わず、不当だと思ったものを排除するのに躊躇いが無い。敵に回すと恐ろしく、味方になっても厄介なのがカルトであるとアイビーは考えている。しかし、アングラなカルト組織は世界に数多存在している。それこそ、掃いて捨てるほど存在するのだ。なのにわざわざサカキが場を設けてまで名前を出してきたというのに、引っ掛かりを覚える。同時に、昼間自分を尾行していた姿も知らぬ誰かのことを思い出してふむと考える。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想