4.嘘つき
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山の奥深く、一歩先も見えない程の深い茂みの中を進んでいくと、やがて小さな池に辿り着く。
まるで草木がこの場所を避けている様に池の一帯は真っ白な砂地で、上空から差し込む陽の光を浴びて輝く水面と真っ白な砂場は海辺の一角を連想させる。
プルルルルル_____
そんな森の海辺に1人の女の子と、1匹のジラーチが互いに向かい合っている。
女の子は足元を見つめ何やら真剣に考え込み、ジラーチはふわふわと宙を舞いながらただその様子を眺めていた。
『キミに叶えたい願いはないのかい?』
ジラーチは女の子に問いかける。
「うーん…」
女の子は首を傾げる。
『欲しいもの、会いたい人、成し遂げない夢。なんだったいい』
ジラーチは女の子の願いを何だって叶えてくれる。
『さあ、教えてくれないか?』
「………」
プルルルルル_____
何も答えられない少女に、ジラーチは不思議そうに首を傾ける。
『ひよっとして、キミには一切の欲がないのかな』
「ううん、違うの」
『なら、どうして教えてくれないんだい?』
欲しい物、会いたい人、成し遂げたい夢。
誰にだって叶えない願いは沢山ある筈だ。
女の子にだって願いは沢山ある。
ジラーチはたった一つだけ、女の子のどんな願いでも叶えてくれる。
こんな千載一遇の機会に、小さな願い事なんて叶えるつもりは無かった。
もっと、もっと___大いなる願い。
プルルルルル_____
しかし、今の女の子はこの小さな幸せが連続する生活を、一度として嫌だなんて思ったことはなかった。
もちろん、多少の不満はある。
ただ、自分なんかより不幸な思いをしている者が沢山いるはず。
そんな弱い立場の者たちを救いたかった。
みんなが、幸せになれればいいと思った。
だが、その為には何をすればいいのか分からない。
幼い女の子にはそこまでを考えるので精一杯だ。
だから______
『なら、キミが成ればいいのさ』
ジラーチはニヤリと笑った。
プルルルルル_____
女の子は首を傾げる。
「成るって、何に?」
『どんな願いも叶えられる存在に』
「叶えられる…存在…?」
ジラーチは、ふわふわと浮かびながら女の子の耳元に寄り添った。
プルルルルル_____
『キミがジラーチに成ればいいんだよ』
プルルルルル_____
########################
「あーーー!!!うるさいぞっ!!!」
プルルルルル_____
騒々しい音に堪らず少女は目を覚ました。
プルルルルル_____
人がせっかく気持ちよく昼寝をしていたというのに、さっきからこの音は何なのだ。
無理矢理目覚めたせいか頭がくらくらする。
プルルルルル_____
音はテーブルから鳴っているようだった。
「一体、この音は何なのだ!?」
本当なら寝起きの余韻に浸りたいところだったが、仕方なくベッドから起き上り音の原因を探した。
「む、お前の仕業だな」
プルルルルル______
テーブルの隅には、今朝男から預った”携帯”が置かれていた。
どうやら音は原因はこいつのようだ。
そういえば携帯から音が鳴ったら、”電話”に出てくれと言われていた。
電話を使えば、遠く離れた相手と会話が出来る現代人の必需品らしい。
こんなちっぽけな板のような物に、そんなことが出来るのかとてもじゃないが信じられない。
仮に出来たとしても、一番初めに会話する相手があの男なのが非常に残念だ。
少女は携帯を手に取り、男に言われた手順で画面を操作する。
『お、やっと繋がったか』
携帯の中から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「おお!お前の声が聞こえるぞ」
『当たり前だろ。携帯なんだから』
「現代の道具は凄いな」
前回目覚めたのは千年前。
その頃にはまだ少女が人だった頃の名残が残っているように感じていたが、あれからたった千年で人間はここまで進化したと言うのか。
『お前本当に携帯を知らないのか?』
「当たり前だ。私を誰だと思っておる」
『そんな誇らしげに言えることじゃないとは思うんだが‥‥‥』
電話越しに、男が面倒くさそうにしているのが何となく想像できた。
「それにしても、この携帯とやらは一体どういう仕組みで動いてあるのだ?まさかこの中にお前が入っている訳では無いよな?」
『そんな訳あるか。電話は電波さえ届けばどれだけ離れていても会話できるんだよ』
「電波とはなんだ?」
『さあな。俺もそこまで詳しくは知らないんだよ』
「なんだお前もよく知らないまま使っているのなら、私と変わらんではないか」
『一緒にするな。お前とは知らないのスケールがつがうだろ』
「なんだと!……ところで、スケールとはどう言う意味だ?」
『……もういい、お前と話すと他人の4倍疲れる』
電話越しに大きなため息が聞こえ、少女は携帯を睨みつけた。
『ところで、お前昼飯は何か食いたい物あるか?』
「さっきお前が作った拙い朝食を食べたところだからな、陽が沈むまでは何も必要ないぞ」
『拙くて悪かったな』
「昨日食べたハンバーガーは実に美味だったぞ。今晩はまたあれを食べさせろ」
『ああ、あれでいいんなら後で幾らでも食わせてやるよ』
「ふん、当たり前だ」
この男と会話していると、何故だか無性に腹が立ってくる。
どことなく子供をあやす様な態度が非常に気に食わない。
私を誰だと思っている?
私は、三千十三歳のジラーチなのだぞ。
「ところで、お前はいつ帰ってくるのだ?」
今いるこの部屋の景色も、昨日見た街並みも、ここが千年前に見た場所と同じだったなんてとても信じられない。
まるで異世界に来てしまったかのような感覚だった。
初めて見るものたちに興奮しながらも、どこか物寂しさを感じてしまう自分もいた。
その上、男の部屋は狭くて何も無い。
あまりにも、退屈だ。
『悪いが、帰るのはまだまだ先だぞ』
「まだまだ先とは、どれくらいだ?」
『たぶん、夜の20時くらいになると思う』
「夜だと!?」
窓から外を眺めると、ちょうど太陽が空の天辺に登っているところだった。
まだあと半分も待たなくてはならないのか。
「そんなの退屈だ」
『明日は何処でも連れてってやるから、今日は我慢しろ。先に言っておくが、絶対に外には出るなよ』
「はぁ?なぜだ!?」
『お前の黄色い髪は目立ちすぎるだよ』
「目立つことの何が悪いのだ?」
少女が聞き返すと、携帯からとてつもなく大きなため息が聞こえてきた。
男が長いため息を吐いている内に、少女は素早く玄関まで移動した。
「お前の部屋は何も無い。退屈だ。私は客人だぞ。もっともてなせ」
『頼むから今日は大人しくしててくれ。明日は好きなだけ相手してやるから』
「無理だ。何故お前の都合で私が我慢しなければならんのだ」
『お前がもし本当にジラーチなら、不用意に人前に出るべきではないだろ』
男から意外な言葉が発され少女は少し驚いた。
昨日少女が話した内容を男は一つも信じていないと思っていたからだ。
「なんだ、てっきり私の話なんぞ信じておらんと思っていたが」
『まだ完全に信じてちゃいさ。だが、もし本当にお前がジラーチで、本当にどんな願いでも叶える力があるのなら、お前の力を狙う奴が現れても何も不思議じゃない』
「おお…珍しくまともなことを言うではないか」
『俺はいつでも真剣だが』
「………」
男が言っている事は正しい。
ジラーチの力を持つ少女が目覚めたことを知れば、その力を狙う者は間違いなく居るだろう。
男は問う。
『悪いが、今日は大人しくしててくれないか?』
「………」
しかし、それはあくまでジラーチの存在とその力を知っている者が起こす事だ。
この世界中の人間全員が、ジラーチのことを知らなければそんなことにはならないだろう。
少女には、その確信があった。
「……わかった、今日は大人しくお前の家で待っといてやるよ」
『すまんな』
携帯からプツリと糸が切れる様な音がして、それ以降男の声が聞こえる事は無かった。
少女は小さくため息を吐くと、玄関の扉をゆっくりと開けた。