この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
鬼ごっこも佳境。
スポーツ棟の地下、第2プールにて繰り広げられる戦い。
現役生からは、黒衣の観測者のメンバー、絶エヌ迷霧。
そして戴冠者からは、昨年度主席のノヴァンブル・ヨルムンガンド・セフポン。
忌刹の一角、『古来ノ追憶獣』の正体。
誰しもが相手にしたがらないほどの強敵に……迷霧は、これから挑もうとしていたのだ。
「……ノヴァ先輩。もし俺がこの勝負に勝ったら、教えて下さい。アンタがどうしてチハヤさんを狙っているのか。」
「おやおや……先程から色々教えているのに、まだ物足りないと?……まぁ良いでしょう。」
「ッ……!」
あくまでも余裕そうな表情。
恐らく、自分が負けるなどとは微塵も思っていないのだろう。
その慢心……しかし当然だ。
彼は昨年度、殆ど負けたことがない。
今更後輩程度に足を掬われる可能性は、皆無に等しいのである。
さて、このやりとりを物陰から見守っていたシグレ。
「(気のせいかな……今、チハヤくんの名前が聞こえた気がするけど……)」
確かに、迷霧の口からはチハヤの名前が上がった。
が……残念ながら、先程より位置が遠いせいで、はっきりとは聞こえていなかったのだ。
「(よく分からないけど……なんとなく、嫌な予感がする……!)」
シグレが胸騒ぎを感じる一方、両者は戦いの準備を着々と進めていく。
「……先に宣言しておきます。私は今回、特殊介入は一切使いません。」
「へいへい。そりゃどうも。」
マトモに取り合わず、聞き流す迷霧。
その言葉に信憑性は無いし、仮に真実だとしても、ノヴァが強敵のままであることには変わりない。
迷霧のやるべきこともまた、変わりはしないのだ。
両者は、プールを挟んでボールを構える。
そして試合開始の合図とともに、それらを空中へ放り投げた。
「それでは……頼みますよ、ハクリュー。」
「ふりゅッ!」
「気張って行くぞ……シャズッ!」
「しゃわわ!」
ノヴァが呼び出したのは、ハクリュー。
鮮やかな桃色の鱗を有した、所謂色違い個体だ。
一点の濁りもない身体の煌めきが、ノヴァの手入れの精度を証明している。
対して迷霧は自身の相棒、シャワーズで対抗。
状況的にも、戦力的にも……まさに最適解と言える人選だろう。
「さて……先行は譲ります。そちらからどうぞ。」
「一気に落とすぞッ……シャズ、『れいとうビーム』ッ!」
「しゃわーーーーッ!」
先に攻撃を仕掛けたのは迷霧の方。
こおり技の『れいとうビーム』で、いち早く弱点を突いて大ダメージを与える算段のようだ。
口から放たれる温度零下の光線が、ハクリューを飲み込まんと発射される。
「ふむ……これは当たると嫌な攻撃ですね。ハクリュー、『しんそく』で回避しなさい。」
「ふりゅッ!!」
ハクリューは己の身を捩り、水中を目にも留まらぬ速さで移動する。
しかも無闇矢鱈に動き回っているわけでなく、本当に最小限の直線移動のみで、攻撃を回避しているのだ。
その洗練ぶりは、並の特訓で得られるものではない。
ハクリューに当たり損ねた光線が底面に堆積し、プールの底面を凍りつかせるのみであった。
しかし迷霧のシャワーズも負けていなかった。
「しゃっ!しゃーーーーーッ!!」
あらゆる軌道を予測し、水中へ向けて『れいとうビーム』を乱発するシャワーズ。
光線攻撃ゆえ、水を貫通して内部に届く。
しかしその攻撃の全ては、ハクリュー側に回避されてしまっていたのだ。
……が、この一連の応酬に、違和感を抱く迷霧。
「(……おかしい。今の攻撃、確実に当たってた。水中で光が揺らいでそう見えるだけかもしれないが……それでも、『何度か当たっているように見える』のは確かだ。)」
彼の言う通り、ハクリューに対しての攻撃は何発かは当たっているはず。
しかし、ハクリューは一切ダメージを受けている様子がない。
「おや、腑に落ちていないご様子ですね。もしかして、『攻撃があたっているはずなのになー』とか思っていらっしゃいます?」
「ッ……!」
思考を的確に読み、指摘してくるノヴァに戦慄する迷霧。
相手の心理状態も、彼の手のひらの上なのである。
「忠告しておきますがそれ、当たってないですよ。ハクリューが全て避けておりますので。」
「ッ!?」
迷霧は驚く。
まさか境界解崩も何も発動していないのに、ここまで超絶技巧的な回避術が実現できるのか……と。
であればこの攻撃の絡繰は一体……
そんなことを考えているうちに、ハクリューがあっという間にシャワーズのすぐ目の前……少し目を落とした先の水中に迫っていた。
その距離は10m……しかし一手で、シャワーズを餌食にできる範囲内だ。
「しゃわッ!?」
「攻撃です、『げきりん』ッ!!」
「ふりゅーーーーーーーッ!」
血走った目を向け、水中から突き上げるように接近してくるハクリュー。
ドラゴン技最強格の『げきりん』を喰らえば、耐久力のあるシャワーズとて無事で済まないのは明白だ。
しかし取り乱しつつも、迷霧は的確に対処する。
「シャズ、『とける』で避けろッ!」
「しゃ……しゃわわ!」
その指示を受けるや否や、シャワーズはすぐに自身の身体を液状化する。
硬度が無くなりドロドロになったその身体を、ハクリューの突進が突き抜けていく。
その隙に……と言わんばかりに、シャワーズは水中へ飛び込んで逃げる。
自身が液状化した今であれば、この水に溶け込んだが最後……目視でその存在を確認することは不可能である。
「『とける』か……シャワーズの常套戦術ですが、このフィールドで使われると厄介極まりないですね。」
ノヴァの言う通り、この攻撃は非常に厄介だ。
『とける』をプール内で使用したシャワーズは、どんな感覚でも追跡できない。
こうなってしまえば、ハクリュー自身がこの広大で深いプールを無闇に泳ぎ回り続け、攻撃が偶然シャワーズに当たるのを期待するしか無い。
が……逆にシャワーズ側は近寄ってくるハクリューを知覚できる。
例えるのであれば、自律的な意志を持って逃げ回るコンタクトレンズを、プールの中で泳ぎながら探し回るようなものである。
故に攻撃を当てることは、事実上不可能……なのである。
「とはいえ……今更攻撃の手を止めることは出来ませんね。ハクリュー、『げきりん』攻撃です。」
「ふりゅーーーーーーーーーーーッ!!」
「なっ……この状況で特攻!?正気か!?」
正気ではない。
ノヴァのこの選択は、どう考えても愚かというほかない。
いくら闇雲に水中を特攻し続けたとして、シャワーズにその攻撃が当たる可能性は皆無に等しいのだから。
どんな高火力の攻撃でも、当たらなければ何の意味もない。
……が、逆に言えば。
当たってしまえばそれは盤面を大きく覆す一手となる。
ハクリューが水中に特攻を始めたその直後……
「しゃわッ……!」
シャワーズが、悲鳴を上げた。
そして液状化を保てなくなり、元の姿へと戻ってしまったのである。
……ハクリューに攻撃を受けた状態で。
底面の冷え切った層に叩きつけられたシャワーズは、皮肉にも自身が生み出した氷で大ダメージを受ける。
「は……ウソだろッ!?あの状況で……攻撃が当たったっていうのか!?」
「えぇ、そのようですね。いやはや、まさか無計画な特攻が功を奏してしまうとは……我ながら驚きですよ。」
ノヴァとハクリューが成し遂げた行為は、まさに荒唐無稽。
この広大なプールで、ピンポイントにシャワーズの居場所を狙撃できたのである。
しかも狙っていたわけではなく……だ。
「ど、どんな運してやがるんだ……!」
「運……そうですね。私は生まれつき、運だけは良い方でして。まぁ、何分それだけが取り柄のようなものですから。」
「ッ……ま、まさか……!」
迷霧は此処で、最悪な可能性に気づく。
「ッ……アンタの強みって……!」
「そうです。私、この『幸運』で……昨年度の養成プログラムを勝ち抜けてきました。生まれてこの方、ハズレくじだけは引いたことがないものでね。出会いも、戦いも……全ては私自身の幸運が齎した結果だ。」
暴論……不合理……滅茶苦茶。
だが状況証拠は揃っている。
此処までの状況は、全てノヴァの豪運で説明がついてしまう。
先の『れいとうビーム』の嵐は偶然ギリギリで避けられただけだし、『げきりん』だってたまたまヒットしただけなのである。
加えて、先程から『げきりん』を乱打しているハクリュー。
本来であればこの技は、自身の正気度を削る代償付きの大技だ。
しかしこの代償を、特性『だっぴ』を運良く発動させ続けることで、実質ノーコストで大技を打ち続けていたのである。
境界解崩ですらない……否、それ以上の反則的機構『豪運』。
あまりに理不尽で、強大な力であった。
その理不尽なほどの豪運こそが、このノヴァンブル・ヨルムンガンド・セフポンという男を無敗たらしめ、昨年度の頂点に立たせている原因だったのだ。
そこに本人のスペックの高さが合わさることで、隙のないトレーナーとして完成されていたのである。
「くっ………そんなのアリかよ!」
「さて……こちらが優勢でいられる時間にも限りがある。一気に決めますよ……ハクリュー、『10まんボルト』ですッ!!」
「ふりゅーーーーーーーッ!」
水中にて放たれる、絶対即死の一撃。
相性が悪いだけでなく、範囲はプール内の全リーチ。
しかも底面に叩きつけられた状態のシャワーズがこれを回避することは、不可能である。
「ま……まずいッ!!」
「ふりゅーーーーーーーーーーーッ!!」
瞬間、プールの水中から激しい閃光が漏れ出る。
ハクリューが至近距離にて、電撃攻撃を放った証拠だ。
その閃光は、更衣室から状況を眺めているシグレにも届いていた。
「(そ、そんな……あんな電撃を喰らったら……!)」
まさにチェックメイト……即死は免れないだろう。
既に何度かでんきポケモンを相手取ったことがある彼女であれば、みずポケモンに取ってそれが如何に致命的か……痛いほど分かっていた。
……が、しかし。
「しゃわーーーーーーッ!」
なんとシャワーズは、一切の無傷でプールから浮かび上がってきたのである。
頭の上に、巨大な半球型の宝石を輝かせながら。
迷霧の右手には、解崩器が握られている。
特殊介入を発動した証だ。
「ほう、じめんタイプにテラスタルしましたか……『でんき』技を無効化する、素晴らしい判断です。ですが……」
ノヴァが指摘するのは、シャワーズの動きだ。
浮島に上がったは良いものの、シャワーズの脚の動きがぎこちない。
その原因が、迷霧にはすぐわかった。
「ッ……『まひ』の効果かッ……!」
そう、先の『10まんボルト』は、被弾すると低確率で『まひ』を罹患する技だ。
が……ノヴァに掛かってしまえば、『確率』は0か100の2つしか存在しないようなものである。
つまり、ほぼ確定で『まひ』を付与する技……ということである。
その凶悪な『10まんボルト』を、テラスタル前の僅かな隙にて……シャワーズは受けてしまったのだ。
ただでさえ機敏に立ち向かってくるハクリューに対して、この状態異常の罹患はあまりに手痛いと言わざるを得ない。
「じめんタイプは『まひ』の効果までをも無効化出来るわけではない。『でんき』タイプを選択していればこの状況にも陥りませんでしたが……まぁ、これは結果論ですね。」
「ぐっ……シャズッ……!」
自らの判断の遅さと過失を、後悔する迷霧。
だがそうしている間にも、状況は悪化し続ける。
ここまでシャワーズは、ハクリューにダメージを一切与えていない。
早く逆転の算段を立案しなければ、敗北は必至だ。
「(シャズに状態異常を治す手段はない……!だが、このままいつも通りにしていたら確実にハクリューの餌食だ……!こうなったら、アレを使うしか無いッ……!)」
迷霧は腹を括り、解崩器に再度手を伸ばす。
ここから挽回するためには、大きな一手を打つしかない。
彼は自身の上着の裏ポケットから、Type-カセットを取り出す。
普段は使わない系統のタイプの境界解崩を、ここで発動するつもりのようだ。
「ちょっとキツいやつ仕掛けるぞ……準備しろ、シャズッ!!」
「しゃ……しゃわッ!」
そうして迷霧はカセットを挿入し、『E』のボタンを押す。
『 Type - Poison / Category - Environment 』
タイプはどく、カテゴリーはE……仕掛けるのは間違いなく搦手。
それを、迷霧は攻めの一手として、準備する。
「その豪運を、正面から潰してやるッ!立ち込める煙毒に咽び苦しめッ……《遮光ノ毒霧》ッ!!」
「しゃーーーーーーーーーーッ!!」
テラスタルしたシャワーズの身体が更に紫色に輝き始め、周囲に黒紫の濃霧を撒き散らす。
視覚と嗅覚に、ダイレクトに効く凄まじい煙。
目を開けるのも辛いほどの、酷い毒ガスだ。
「ふむ、酷い霧だ……サングラスがなければ、確実に目がやられていました。」
ノヴァはあくまでも冷静に笑っているが、やはり無痛ではないようである。
その一方……
「ッ……煙ッ……!駄目……もうフィールドの様子が見えないッ!」
更衣室から観戦していたシグレの視界は、完全に毒ガスによって阻まれてしまう。
此処から先の戦況は、彼女には見届けることができなくなってしまった。
「りゅっ……ふりゅっ……!」
流石のハクリューも、この毒ガスは堪えるようである。
咳を込み始め、顔色もみるみる悪くなっていく。
「ふむ……なるほど、この空間内に居るポケモンは、発動者を除き皆『もうどく』状態を罹患する……と。しかしハクリューに状態異常は効きません。」
ノヴァの言う通り、ハクリューは特性『だっぴ』が常に発動し続けるせいで、状態異常に罹患してもすぐに治癒してしまう。
……が、しかし。
「……それはどうっすかね。」
「ふむ……おやおや?」
いつまで経っても、ハクリューの状態異常が治癒する気配は見受けられない。
それどころか、『もうどく』の症状はさらに酷くなる一方である。
「《遮光ノ毒霧》は、常に『もうどく』状態に罹患させ続ける効果を持つ境界解崩っす。仮に運良く『だっぴ』で治癒できても、すぐに再発し、ハクリューの身体を蝕んでいくッ!」
「なるほど……確かにこれは厄介極まりない。時間経過をすればするほど、私の体力は減り続ける一方だ。だが……!」
ノヴァは語りながら、指を鳴らす。
「ふりゅーーーーッ!」
それに反応するように、ハクリューは『げきりん』を発動して、シャワーズに直線でのタックルを仕掛けた。
「しゃわッ……!」
攻撃は的確にヒットし、シャワーズの側面部からダメージを与える。
「それより早く、我々がキミらを倒せばいいだけの事ッ……!そして、それは十分に可能だッ!!」
実際、シャワーズ側の体力はもう殆ど残っていない。
あと少しでも攻撃を受けてしまえば、いつダウンしてもおかしくない。
加えてこの視界が最悪の毒霧も、攻撃が必ず当たる豪運のノヴァには一切意味がない。
シャワーズを守るものは、何もないに等しいのである。
迷霧側の不利は、やはり覆っていないのだ。
「……えぇ、だから俺は更にもう一手加える。」
「何……?」
迷霧は解崩器のスロットから、先程のPoisonのカセットを抜き取る。
そしてそれと入れ替えるようにして、『Psychic』と記載されたカセットを再挿入した。
「まさか、境界解崩の連続使用……正気ですか?そのスパンで使うと、身体が持ちませんよ。」
彼の言う通り、境界解崩の使用限度は基本的に1時間に3回以内。
しかも1度使用したら、基本的には5分のインターバルが必要だ。
それ以上は自身の脳にダメージが行き、重篤な危害が出る恐れがある。
だから、境界解崩を使うにはそれなりのペース配分が肝要。
おいそれと使えるモノではないのである。
しかし迷霧はノヴァを強く睨みつけ、カセットを強く押して挿入する。
「身体が持たない?上等っすよ。勝ってアンタから情報が絞れるのであれば、俺の身体なんて安いモンだ。それに……多少の無茶がなきゃ、アンタを倒せねぇことぐらい分かってるッ!!」
そうして迷霧は続けざまに、解崩器を起動する。
自身の身体に、異様な悪寒と痺れが走るのを感じる。
明らかに、身体に悪い影響が及んでいる証拠だ。
だが迷霧は退かない。
そのまま解崩器の『S』ボタンを押し、2度目の境界解崩を起動した。
『 Type - Psychic / Category - Status 』
「コイツは苦手分野だが、短期決戦だッ……行くぞシャズッ、《穿ツ夢現ノ斑霧》ッ!!!」
「しゃわーーーーーーーッ!」
シャワーズの身体が、今度は赤紫に光る。
すると黒紫の毒ガスに混じって、赤紫の霧が立ち込め始めた。
そしてその霧はシャワーズの形となり、彼の身体が10体分に増殖していたのである。
「しゃわっ!」
「しゃーーーッ!」
「しゃわわわ!」
それはオモトのイッカネズミが使った境界解崩と酷似している分身系の技だった……が、アレとは違ってすぐに分身は消えたりしない。
皆それぞれが長時間滞在し、バラバラの方向からハクリューを睨みつけていたのだ。
「なるほど……分身で我々の目を眩まして、時間を稼ぐ算段ですか?しかしっ……!」
ハクリューは『しんそく』を放ち、1体の分身にダメージを与える。
「しゃッ……!」
攻撃を撃ったハクリューの身体に、確かな重量が返ってきた。
即ち、今攻撃を当てたのはシャワーズの『本体』だ。
ノヴァはまたしてもその豪運で、あっさりと本体を見抜いてしまったのである。
「私にそのような戦術は通用しない。今もこうして、本体をすぐに特定できました。」
「えぇ、でしょうね。だってこれ……全部本体ですもん。」
「……ハハハ、なるほど!そういうことですか!」
ノヴァはようやく、迷霧の仕掛けた行動の意味に気づく。
シャワーズが生み出したこの複製体は、偽物や幻影などでは断じて無い。
自身と同じ存在を、そのまま実体を伴わせた上で10体分増殖させたのだ。
しかしそれは、総ての分身に当たり判定を生むことに繋がり……即ち、ダウンまでの時間すらも早めることになる。
つまり何が言いたいかというと、迷霧が実体ある分身を生み出した理由は、防御や時間稼ぎでは断じて無いということ。
……その逆、攻撃のためだ。
「既に体力は限界に近いッ……発動条件は整っているッ!シャズ行くぞ!10倍質量の『だくりゅう』だッ!」
「しゃーーーーーッ!」
「しゃわーーーーーーーーッ!!」
シャワーズらは、それぞれが一斉に濁った水流を口から放ち、ハクリューを襲撃する。
汚濁水の嵐が、四方八方から降り注いだのである。
「ふむ……たかだか10倍程度造作もないッ!『しんそく』で避けなさいッ!!」
「ふりゅッ!」
ハクリューはシャワーズの攻撃を、相変わらずの超速度で回避していく。
10倍の『だくりゅう』すら歯牙にも掛けず、優雅な動きで躱していたのだ。
……が、しかし。
その動きがおかしいことを、迷霧は見逃さなかった。
「動きが鈍いッ……『もうどく』が徐々に効いている証拠だッ!もうさっきのような動きは出来ないっす!」
「……!」
彼の言う通り、ハクリューの動きは明らかに先程よりも鈍っている。
確かに速度は変わらない……が、その軌道の整合性が、徐々に怪しくなっているのだ。
間もなく毒による酩酊が回ってきたハクリューは、あろうことかプールの角に追いやられてしまう。
「今がチャンスッ……俺は既に3つの技を使用したッ!発動条件、コンディション、全て完璧ッ……シャズ行くぞッ!!最大火力、10倍質量の……『とっておき』だッ!!!」
「「「「「「しゃわーーーーーーーーーーーーッ!!」」」」」
『とっておき』……他の3つの技を使用済みの場合のみに使える大技。
激しい高速のタックルで大ダメージを与えるが、下準備に時間がかかり攻撃後の隙も大きな技だ。
しかしそれでも、迷霧はここぞの場面で使用するために……この技を採用している。
間もなく、10体のシャワーズが、あちらこちらからプール角に追い詰められたハクリューをもみくちゃにする。
尻尾で叩き、頭で突き、歯で噛みつき……圧倒的な物量を伴うダメージが、一斉にハクリューへと叩き込まれたのであった。
いくら豪運のノヴァと言えども、ここまで条件が悪くなってしまえば『運良く避けられる』可能性はゼロである。
「ふ……りゅ………」
やがてハクリューは完全に力尽き、力なくプールの水面に浮かび上がる。
あの戴冠者の主席であるノヴァに、迷霧は……見事、勝利を収めたのであった。
[ポケモンファイル]
☆ハクリュー(♂)
☆親:ノヴァ
☆詳細:色違い個体。ノヴァが幼い頃から一緒にいるポケモン。彼の出身地である村と、そこの信仰に関係があるらしい。
[境界解崩ファイル]
☆遮光ノ毒霧(キリング・フォッグ)
☆タイプ:どく
☆カテゴリー:E
☆使用者:絶エヌ迷霧
☆効果:発動したポケモン以外の健常な者を、常に蝕み続ける猛毒のガスを展開する。あらゆる治癒作用は意味をなさず、この環境下で長期戦を行うことは不可能である。
[境界解崩ファイル]
☆穿ツ夢現ノ斑霧(リアライズ・ヘイズ)
☆タイプ:エスパー
☆カテゴリー:S
☆使用者:絶エヌ迷霧
☆効果:実体を伴った分身を複数体生成する(数はポケモンによる)。分身は随意的に動き、本体同様実体を伴った攻撃ができる。が、受けるダメージも倍になる。本来はあまり使用しない短期決戦用の技。