Episode 74 -Trinity of negatives-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 いよいよテンケイ山へと足を踏み入れるハリマロンえっこ一行。テンケイ山最奥にある聖域に差し掛かったとき、ある1匹のポケモンが木陰から徐ろに姿を現す。
 翌日、ハリマロンえっこたちは村の外れにある墓地を訪れていた。この地で亡くなったポケモンたちの墓が砂利道に列をなす中、えっこたちはドーム状の青い石で作られた墓に足を止める。


「おじい……また帰ってきたよ。えっこも子供たちもみんな相変わらず元気だよ。これから大変なことになりそうだけど……無事でいられるよう、見守ってくれると嬉しいな。」

カイネがそう呟くと、その場にいた誰もがカイネに続いて無言で祈りを捧げる。しばらくすると、カイネたちは顔を上げて大きな墓石に目をやった。


「カイネさんのお爺さん……いい方だったんてすね。そうじゃなきゃ、こんなに多くのポケモンたちがお参りに来ることもないのでしょうし。」
「ああ、少し頑固なのが玉に瑕ではあったが、カイネや私のことを本当によく思ってくださった優しい心の持ち主だったよ……。アバゴーラさんがいたからこそ、カイネも真っ直ぐな心の持ち主に育ったのだと、私は思っている。」

いるかが問いかけると、ハリマロンのえっこがしみじみと思い返すような顔つきでそう語った。カイネの育ての親だったアバゴーラは頑固親父ではあるものの、生前には多くのポケモンに慕われる存在だったという。


「厳しく育てられたし、何回ゲンコツもらったか分からないけど、私の夢やえっことの結婚は心から応援してくれた。そんなおじいを、私は大好きだった。」
「きっともう、その魂は新しい身体の持ち主に転生しているのかな? だとしたら、きっとまたどこかで会えるよ。だからこの世界が潰されたりしないよう、今の僕らはレギオン使いたちを打ち負かす。頑張らないとだね。」

「そうだね……。さっ、思い出に浸るのもここいらにして、向かおうか。テンケイ山目指して!!」

ローゼンの言葉を受け、再度決意を固めるカイネ。アバゴーラが転生したかも知れないこの世界が終わることのないよう、世界の調和を乱すレギオン使いには決して負けないのだと、一同は力強く無言で頷いた。


村の西側に伸びる林道を抜けると、脇にテンケイ山へと続く小道が姿を現した。テンケイ山の内部は昼間でも水を打ったように静まり返り、日の光は深い青緑の木々の葉っぱに遮られ、まるで早朝のような薄暗さが辺りを包んでいる。

道中にはレギオンやレギオンの活動痕跡らしきものは全く見当たらず、一行は気を引き締めなつつも、どこか拍子抜けしたかのように感じながら歩みを進める。


「着いたぞ、ここが聖地の最奥だ。これこそがテンケイ山の聖域・魂の始まりの泉だ。」
「泉……? そこの光を放つピラミッドみたいなものの中にあるのかな? ここが全ての魂の始発点……。」

木々が生い茂る森が急に開け、青白い光を放つピラミッドのようなものが出現した。そのピラミッドの奥には水の湧き出る泉のようなものが見え、ピラミッドの周囲は石の柱が取り囲んでいる。


「このピラミッドみたいのって一体……?」
「待ってカザネ、触っちゃダメだよ。その境界を越えられるのは、人間の魂を持つ者だけ。そこの石版にそう書かれてるの。」

「かつては私がダークマターの息のかかったコノハナさんに騙され、その鍵としてこの結界を解き放った。結果、私やカイネは全てが失われた虚無の世界に落とされ、虚無の世界に閉じ込められていたダークマターが世界に解き放たれた。」
「ただ、今はダークマターが滅びているからその心配はないかな。とはいえ、魂たちが飛び出る門であるということは、ここではない異世界に通じる扉でもある場所なの。無闇に結界を破ると何が起こるか分からない。そして、資格を持たないものが結界に触れれば、裁きを受けることになる。」

結界にゆっくり手を伸ばすカザネに、えっことカイネがそう一喝した。魂が眠り、この世界へと出発するまでを過ごす空間は異次元に相当する場所であり、異次元にある別の世界とこの世界を繋ぐゲートとして機能するのがこの聖域のようだ。


「人間……か。だとしても、恐らく元々この世界の住民じゃない僕やシグレや、えっこにローレルちゃんにカムイちゃん……。その辺りはここを開けることはできないような気がする。」
「その通りだ。ここで指定されている人間の定義とは、この世界の魂の循環に組み込まれた人間の魂の持ち主のこと。君たちのような異世界から来た人間では、アクセス権が存在するかどうかは未知数だ。」

「まあ、ダークマターの件があってからそのアクセス権も変えたらしいけどね。それまでえっこが唯一ここを開けられる鍵になっていたんだけど、今じゃ鍵に加えて特別な条件を発生させないと、ここの結界を消せないらしいの。つまり、鍵だけじゃなくてパスワードも付けたみたいな?」
「パスワード、ねぇ……。そんな簡単なお話なら、僕らも苦労はしてないよ。」

聞き慣れぬ声が、カイネの言葉に答えるようにして木陰から聞こえてきた。一同がその方向に目を向けると、何者かが森の中からゆっくりと出てくるのが目に飛び込んできた。









 「一体君は何者かな? まあ、十中八九予想は付いてるんだけど、見たことない顔だから答えてよ。」
「僕の名は『デルタ』。中々察しがいいみたいだね、既に僕らの連れが4匹もお目見えしてるからね。当たり前といえば当たり前か。」

デルタと名乗るそのポケモンは、とうじんポケモンのキリキザンだった。穏やかな口調ながら敵意を剥き出しにするローゼンに対し、余裕綽々の様子で近寄るデルタ。一行は武器を取り出して一斉に身構えた。


「そこの結界は、うちのレギオンでも簡単には破壊できなくてねー。色々試してみたんだけど手詰まりなんだ。そこでやり方を変えてみることにしたよ。」
「やり方だと……? てめぇらのことだから、どうせロクでもねぇこと考えてんだろ!!!!」

「失敬だなぁ、錠前を壊すのは諦めて、きちんと開けることにしたのさ。乱暴にやってもダメなら、穏やかな手を講じないとだね。」
「レギオンで地上を荒らしまくってる君たちに、穏やかも何もないと思うけどね。どちらにしても、マークの言う通り放っておいていいことはなさそうだから、叩き潰させてもらおうかな!?」

どこか鼻につくような語り口でそのように告げたデルタに対し、カイネとマーキュリーは怒りの表情を滲ませる。すると、ハリマロンのえっこが片目を閉じ、得意げな表情で相手を見下し返した。


「パスワードなんかではない何か……。恐らく、お前たちが探している人間の魂のことだな? そして私を含むアークの人間たちはことごとくハズレだった……。」
「何を言い出すかと思えば、その通りだよ。この聖域を開くには、パスワードなどではなく新たな鍵が必要なんだ。そこのハリマロンの君は、古い鍵だから用済みで使えない。」

「新たな鍵か……。大方の予想は付いたさ、お前がべらべらと情報をよこしてくれたお陰でね、」
「何っ……!? こいつ……!!」

ハリマロンのえっこがそのように言い放つと、デルタはそれまでの余裕の態度を一変させて驚いた。えっこはそんなデルタに構わずに、自身の打ち立てた仮説を語る。


「そもそもこの結界を破る鍵が更新されたのは、ダークマターを私とカイネが倒した後だ。そして、負の感情とは生物が生きるためには必ず生じるもの……。つまり、ダークマターは滅ぼされはしたが、またいつでも発生する可能性がある。いや、既に発生してしまったのだと。」
「それで、何が言いたい……!?」

「ダークマターは滅びたすぐ後に、人間の姿で復活した。それがこの聖域を開く鍵となる。違うかな?」
「なるほどね、君たちもバカばかりではないようだね。ならば尚のこと、この場でまとめて消し去らなきゃならない訳だ。特にそこのハリマロンは放っておくと厄介そうなんでね。一級品でお相手して差し上げようかな。」

どうやらハリマロンえっこの仮説は図星らしく、デルタはようやく落ち着き払った様子でお茶を濁す言動を見せた。同時にそれは、いつものようなレギオン召喚の合図でもあり、一同は敵の襲撃に備えて固唾を飲み込む。


「分かってるみたいじゃないか。そう、これからレギオンを召喚して君たちを叩き潰してあげるよ。生憎、こっちも呑気してる場合じゃないからね。」
「へっ、面倒なこと抜きにしてとっとと始めやがれ、クソ野郎!!」

「お望みとあらば、さっさと殺してあげるよ。現われろ、『プレアデス』!!!!」

怒りと共に丸太を地面に叩きつけるマーキュリーに対し、デルタは赤いヘラルジックを全身に展開してレギオンを呼び出そうとしている。その身体には無数のΔの形の紋章が浮かび上がり、全身から放たれた莫大なエネルギーが、暴風となってハリマロンえっこたちに吹き付ける。

やがてエネルギーの放出が終わったとき、そこには立方体のような黒い物体が鎮座していた。一辺の長さは5m近くはあるだろうか?


「ひぇっ!! 何これ、気持ち悪い……。趣味最悪ぅ……。」
「これは……。何か今晩の夢に出てきそうなデザインですね……。こんなものを呼び出してくるなんて……。」

敵の姿が徐々に露わになるにつれ、メイといるかが完全に引いたようなリアクションを見せる。

立方体からはまるでびっくり箱の中身の如く、いくつもの生首のような物体が飛び出してきた。それらの細長い首はカミソリの刃のような刃物がいくつも連なってできており、関節がいくつもあるためか、首はカクカクと不気味に揺れていた。

また、顔の部分は麻袋のようなものに赤黒いペンキで表情が描かれており、その雑でシンプルなタッチはかえって不気味さを加速させる。
麻袋からはみ出た口は、歯の部分が大量の鉄の針になっているもの、狩猟などに使うトラバサミになっているもの、得体の知れない青緑の液体を垂らしているものなど様々だ。

総じて気味が悪いことこの上ない造形をしており、いるかの言う通り今夜の悪夢のお供に出現しそうなビジュアルが、一同の目の前いっぱいに広がる。


「まあ、攻撃しなきゃ始まらないよね。相手は自由に身動き取れないみたいだし、顔の部分の形を見るによく燃えそうだし。先手必勝!!」

まるでこちらを覗き込むかのように首を伸ばす1つの顔に向かい、カイネは渾身のかえんほうしゃを放とうと息を吸い込んだ。すると、ローゼンが何かに気づいた様子で走り出す。


「妙だ……。まるで自分から攻撃されるかのように首を伸ばして……。まさかっ、攻撃をやめるんだカイネちゃん!!!!」
「お袋っ、危ねぇ!!!!」

ローゼンの静止も間に合わず、カイネのかえんほうしゃが勢いよく放たれて敵を包み込む。その瞬間、こちらに伸びていた首の麻袋部分が爆発を起こし、爆風が一気にカイネの元へと広がって行った。

ローゼンはカイネの前に立ちふさがるようにしてカウンターボックスのヘラルジックを展開し、爆風の衝撃を可能な限り相殺しようと試みる。
同時に、マーキュリーは巨大な丸太をぐるぐるとその場で振り回しながら2匹の前に立ちはだかり、爆風から2匹を守ろうとした。


「カイネ……ちゃん……。大丈夫?」
「ローゼン君……。ごめん……私が軽率なばっかりに…………。」

「僕なら大丈夫……。怪我がなくてよかった……。でも身体が動かないや。後は任せるよ、みんな……。」
「ローゼンさんっ!!!!」

ローゼンはカイネを衝撃から守ることには成功したが、大きなダメージを負ってしまったらしく、心配したカイネとカザネが呼びかけると同時にその場にどさりと倒れた。幸いにも気を失っただけのようだが、早くも戦闘不能者が出てしまう事態となった。


「お袋……肩を落としてる暇なんてねぇぜ……。あの首、箱の中に無数に入ってやがるみてぇだ。2、3潰したくらいじゃ何にもならねぇ……。ぐっ……。」
「マーク!! アンタもさっきの爆発のダメージが……。」

「心配すんなメイ、俺はあれしきのことでやられたりはしねぇよ。ローゼン、よくお袋を守ってくれたな。後は俺たちに任せとけよ。必ず、このキモい箱野郎をぶちのめしてみせる!!」

規格外のタフネスを誇るマーキュリーといえど、爆発の衝撃を真正面から受けてローゼンとカイネへの衝撃を受け流したとなれば、さすがにダメージは避けられなかったらしい。

ガリガリと金属の擦れる音を出しながら、次々と箱の中から首を伸ばすレギオン・プレアデス。テンケイ山でマーキュリーやカイネを襲う悪夢を退けるため、彼らは今一度気合を入れ直すように互いの顔を見つめ、無言で頷いた。


(To be continued...)

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