其ノ参

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「服びしょ濡れになっちゃった。どうやって帰ろっか」

「家から帰宅用の服を取ってくる。ついでに、暫くの荷物もな」

「おっ、暫くはホテル泊?」

「安全が確認できるまでは、それがいいだろう。家のパソコンで宿は取っておく。俺が戻るまではここに居ろ。くれぐれも、川に流されて海まで出るなんてことはするなよ」

「そんなに阿呆なことにはならないよ。良い子に待ってるから、早く帰ってきてね? 独りぼっちじゃ、寂しいから」

 アイビーはメタモンとそんな言葉を交わし、メタモンはサーナイトへ[へんしん]すると[テレポート]を使いマンションへと帰って行った。アイビーはそれを見送ってから、また水の中に潜る。

 冷たい水の中にシャツ一枚、しかし不快感も無い。そのまま川の水底に寝転がり、目を閉じる。水の中で眠るのは、久しぶりだった。溶存酸素を吸い込む感覚も、水の中で流されぬように地面に伏せる感覚も、随分と久しぶりのことである。自分の近くをニョロモ達が様子を伺うように動き回っているのを気配で感じ取っていた。アイビーは薄く目を開けて、ニコリと笑う。

 どれ程時間が経過しただろう。鼻の奥から頭の頂点までを抉るように眼球を刺激していた痛みが無くなったのを感じて、アイビーはまた水面に浮上する。亜麻色の髪はすっかり水を含み、頬に張り付いて嫌な感触だった。

 メタモンはまだ帰ってきていない。モンスターボールの中のゾロアークは眠っている。アイビーは独りぼっちだ。寂しくて、つまらない気分になる。アイビーは独りが嫌いだ。独りで生きるなら死んだ方が良いとすら思っている。メッソンは何処へ行ってしまったのだろうか。いや、まだきっと近くには居るだろう。遠くに逃げていたなら、既にアーボあたりに襲われて悲鳴が聞こえているはずだ。多分姿を隠して、アイビーの様子を伺っている。そんな気がしてならない。

「——ねぇ、メッソン。聞こえる?」

 アイビーは、先程までメッソンが居た所へと声を掛けた。何も見えない、そこに居るかも分からない。だが黙っているのは嫌だった。

「急に知らない人間が居て、驚いたよね。ごめんよ。キミと友達になりたかったんだ。姿は、見せなくていいよ。でも、声を聴かせてくれないかい?」

(……きみは、酷いこと、しない?)

 声が、聞こえた。か細い少年の声、先程大声で泣いていた声と同じ声だった。

「酷いこと? 酷いことってなぁに?」

(……ぼくをぶったり、怒鳴ったり……)

「するわけないじゃないか、そんなこと。必要無いだろう?」

 アイビーは川から上がると、亜麻色の髪をギュッと搾り水を外に出していく。その毛先は相変わらず水色に染まっている。

「もしかしてキミ、ボクの前に他の人間のポケモンだったことがあるのかい?」

 僅かな沈黙。その後、オドオドとしながらもまた声が聞こえる。

(……前の、ぼくのご主人様は……ぼくのこと、怒ってた。“嫌い”って、“いらない”って、“約立たず”って……それで……“ここで待ってろ”って言って、森の中で、言って……もう、帰ってきてくれなかった……迎えに来てくれなかった……シセツの人が、ぼくをホゴして……)

「そっかそっか」

(ぼく、ぼく……怖い、怖いんだ……全部怖い。怖くて、泣いちゃって、前のご主人様はそれが嫌だって……ぼくが泣くと、皆困るのに、泣くから……)

「うんうん」

(泣いちゃダメって、分かってるのに泣いちゃうから……)

「うーん、まずね、泣いちゃダメなんてことは無いよ」

 アイビーはスカートもギュッと搾って水を捨てると、地面に座りぐっしょりと濡れたタイツを脱ぐ。メッソンの声がする方向には、敢えて背を向けた。きっと真正面から見たら、メッソンはまた怯えてしまうだろうから。

「泣きたかったら泣けばいい。それを制限するのは誰にも出来ないんだよ。ボクだって泣きたい時は泣くよ」

(……そうなの?)

「そうさ。もうギャン泣きするよ。泣きすぎて吐くぐらい泣くよ」

(……)

 メッソンが若干ひいているのを、背中越しに感じる。一度スニーカーを脱ぎタイツを脱ぎ捨てたアイビーは、裸足に濡れたスニーカーという最悪なコンディションであるがなんとかスニーカーを履くことにした。

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