Episode 73 -Homecoming-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 おだやか村に到着したハリマロンえっこ一行。彼の育ての親であるコノハナに迎えられ、身体を休めることになったえっことカイネは、昔の思い出をその温かな心の底から掘り起こす。
 夕暮れ時、既に太陽は遠くの山脈に沈んで空が群青色に染まり始めている。初夏のそよ風に背の高い草がさわさわと揺れる中、ハリマロンのえっこたちが突然足を止めた。


「さて、着いたよ!! 何とか夜が深くなる前に到着できたね……。」
「ここが『おだやか村』、私たちの両親の故郷よ。」

村の入り口にかかる木製のゲートをくぐり抜けると、そこには村の中心である広場があった。周囲にはいくつかの店がある他、ハリマロンのえっこやカイネやニアの通っていた学校が、広場北側にあるらしい。

一行はそんな村の目抜き通りを進み、村の角の方にある1軒の家の戸を叩いた。


「夜分遅くに失礼します。ただいま帰ってきましたよ、『コノハナさん』。」
「おお!! その声はえっこじゃないか!! 久々だなー、元気にしてたかど?」

「ええ、そちらもお変わりないようで何よりです。そして子供たちも相変わらずですよ。」

家の中から出てきたのは、1匹のいじわるポケモン・コノハナだった。彼こそがハリマロンえっこの育ての親であり、ハリマロンえっこにとって最もかけがえのない存在の1匹のらしい。


「あれ、おめぇら見かけない顔だな? えっこたちと依頼に来てるってポケモンかど?」
「うん、僕の名はローゼン。それから、そっちのポッチャマはいるかというんだ。よろしくね。」

「えっと、今紹介に預かったいるかです……。カザネさんの部活の仲間で、ダイバーでも同じチームなんです。」
「ほー、おめぇらもダイバーなんだな!? すげぇな、確かカザネはまだ高校生だど? 昔のえっこみたく、若いのにホントよく頑張るなー。こっちこそよろしくな!!」

ふと、コノハナはハリマロンえっこ一家に見慣れぬ顔ぶれが混じっていることに気が付く。ローゼンといるかがコノハナに自己紹介すると、コノハナは驚いた様子でそのダイバーバッジをまじまじと見つめていた。


一行はコノハナの家の中に通され、少し遅めの夕食にありつくこととなった。普段は1匹で住んでいるという彼の家はえっこたち7匹が入ると、さながら満員御礼の居酒屋の座敷席のようにぎゅうぎゅう詰めだ。


「すみません、突然7匹で押しかける上に、ご夕飯まで頂く形となり……。」
「ははっ、そう遠慮することなんてないどー!! えっこはオラにとってはずっと我が子みたいなもんなんだから、いつでも大歓迎だからなー!! もちろん、その仲間や友達だってウェルカムだど!!」

「それにしても、ここって本当に名前通りのどかで穏やかな村ですね……。本当に聖地が近くにあるなんて思えないなぁ……。」
「だからこそかな。この村は昔から特別な力に守られてきたって、私を育ててくれたおじいがよく言い聞かせてくれたっけ。」

いるかが窓からぼんやりと見える村の広場の風景を眺めながら呟くと、カイネがそのように答えた。すると、ローゼンが首を傾げてカイネたちに質問した。


「特別な力……? それって一体どういうことなのかな?」
「先日説明した通り、テンケイ山は魂の始発点だ。全ての記録を抹消され、新品同様の魂たちにはあらゆるエネルギーが存在しない。いや、プラスマイナスゼロのエネルギーが存在すると表現した方が適切だろうか。」

「つまりは魂たちの持つニュートラルな性質が、行き過ぎた正の感情や負の感情をプラスマイナスゼロへと近づけてくれる。結果として、ここに住むポケモンたちの心や行動は安定したものとなり、無用な争いや急激な変化は、良くも悪くも起こりにくい状態になるわ。」
「なるほどね。つまりは出来たてホヤホヤの魂が、この地のポケモンの起こす行動のバランスを自動的に取ってくれているのだと。」

ローゼンの疑問にえっことメイがそう答えた。テンケイ山という魂の始発点が近くにあるからこそ、ここに住むポケモンたちはそのエネルギーの影響を受けて穏やかな行動を選ぶようになり、波風立ちにくい空気が生まれるのだという。


「もっとも、その中で私やカイネは特別な存在だったがな……。カイネは自分の信念や夢のためなら決して諦めることのない強さ、即ち強い正のベクトルを持っていた。」
「そしてえっこは、例え誰であろうとそれが倒すべき敵ならば、迷うことなく戦って退けさせる強さ、つまりは強い負の力を持っていたみたいだね。」

「オラもそうだ……。けど、負の感情や負の力を正しく使いこなしていたえっこと違い、オラはダークマターの手先に落ちていた。えっこを裏切って騙したオラのことを、えっこはためらうことなく攻撃した。でもそれはオラを消すためじゃなく、負の力の闇の中から助け出すため……。」
「そうするしかなかったのだ……。私はコノハナさんと戦いたくはなかった。さりとて、その両肩に背負う幾多のポケモンたちの望みを放棄し、戦いを拒むことなど許されなかった。だから道を阻むのならば、コノハナさんといえど粉砕する、ただそれだけだ。もっとも、その目的は彼への復讐でも、殺傷でも、反逆などでもなかった。」

ダークマターから世界を救う立役者となったえっことカイネ。強い正と負のベクトルを持つ2匹だからこそ、世界を変えていくことができたのかも知れない。

その後えっこはフォークをゆっくりと料理に刺すと、それを不自然にひょいと持ち上げてぼそりと呟いた。


「やれやれ、昔話が過ぎたな。せっかくのコノハナさんの晩餐を冷ましてしまっては失礼極まりないというもの。悪いがこの話はまた今度にでも、だな。」
「そうだよ、父さんの言う通り、せっかくだからありがたく頂いとかないとだね。明日にはテンケイ山へ出発だし、しっかり食べて寝て英気を養わなきゃ!!」

カザネが空気を読んでえっこの一言をフォローする。それに促されるように、停滞していた場の空気が一気に動きを取り戻し、一行は食事を食べる手を再び動かし始めた。










 そして深夜、元々平和なゆったりとした時の流れるおだやか村でも、より一層静まり返って心洗われる時間帯が夜闇を包んでいる。

そんな真夜中の村の外れに生えている大きな一本の木に、小さな影がポツンと見える。


「どうした? この先何があるかも分からない状況だ、しっかり身体を休めておくのがベターだと思うのだが、こんな夜中に散歩とはな。」
「君こそ、他のポケモンのこと言えないでしょ? 私と同じように夜中に抜け出してこんなとこ来てるんだもん。」

「もうあれから30年以上経つのか……。私たちが切っても切り離せぬ存在、即ちパートナー同士となったあの日から……。」
「そうだね……。そして大切な思い出は、全てこの大きな木が見守ってくれた。今この瞬間と同じように、さわさわと木の葉の揺れる音を私たちに聞かせながらね。」

ハリマロンのえっことカイネは、村の外れにある大きな木の元に腰掛けた。真夜中の村は明かりがほとんど見えず、月明かりだけがほんのりと辺りを照らす闇と静寂の世界だ。

そんな真っ暗な風景にそびえ立つ大木は、まるでえっことカイネを優しく包み込んでいるかのように長く伸びる影を落としていた。


「ねぇねぇ、えっこ!!!! ワタシと……ワタシと友達になってっ!!」
「えーと……頼まれなくても既にそうなってると思うんだけど……。だからそんな、改まって頼む必要なんてないよ、カイネ。」

「本当!? ワタシのこと、鬱陶しいとか邪魔だとか思わない? 昨日だってワタシが落ち着きないからえっこの足を引っ張っちゃったし……。」
「気にしてないよ。それより、そのバッグから見えてるの何? 何かの布切れみたいだけど……。」

今から30年以上前、15歳だったえっこは自分が人間の生まれ変わりだという事実以外の記憶を失い、偶然にも自分の前世での相棒だったカイネに出会った。

エネルギーに満ち溢れ、周りのポケモンたちを振り回し続けていたカイネだが、えっこはそんな彼女をも受け入れ、よき親友として共に歩み続けることとなる。


「これね……『絆のスカーフ』っていうの!! おじいが言うには、まだ赤ちゃんだったワタシがこのスカーフと一緒に道に捨てられていたんだって。ワタシが何者なのか、本当の親は誰なのか分からない……。でもきっと、このスカーフがいつかその答えを見つけ出してくれる、そんな気がしてならないの!!」
「そんな大切なものなのか……。ってわっ、何してるのカイネ!? そんな大事なものを僕の首に!?」

「へへっ、だってえっこはワタシのパートナーだもん!! 今日からお揃いだよ!! ……えっと、やっぱり嫌かなぁこういうの……?」
「何を言うんだ、とってもいいじゃないか。何だかとっても気に入ったよ、ありがとカイネ。」

若き日の2匹はこうして絆で結ばれ、調査団に入り、世界の存亡を賭けた戦いに巻き込まれていくこととなる。最終的にはカイネの活躍により、ダークマターは完全に滅されて世界が救われたのだった。


「それと、私が消えたあの日にも……。」
「あの日だけは、私も堪えるものがあった。君にもう二度と会えなくなると思ったら、私とて本当に気が狂ってしまいそうだったよ……。」

2匹は俯きながらぼんやりと消え入るような声で回想する。それはダークマターを滅ぼした後、ある朝のことだった。

透き通るような秋の初めの朝、その日はひんやりとした空気に似つかわしくない日差しが空から照り込み、村に接している湖の水鏡も白い輝きを放っていた。


「ああ、こんなとこにいたのかカイネ……!! 一体どこに行ったのか心配したぞ? いきなり朝目を覚ましたらいなくなってるし……。」
「ねぇえっこ……。思い出したの、私……。」

「カイネ……? 思い出したって一体何を……? ……おいっ、どうしたんだよ? 大丈夫かそんな顔になっちまって……。俺が泣かせたみたいじゃないか、ちょっと待ってろよ……。」

すると、カイネは慌てるえっこを静止するように手を突き出して首を横に振った。えっこはそのただならぬ空気に息を呑む。


「私はミュウの魂の持ち主……。過去にダークマターと戦い、そして束の間の封印に成功したポケモン。君の前世でのパートナーだよ。」
「俺の前世……。でも、カイネはカイネだ。俺や君の前世が何だろうと関係ない。俺は君のパートナーだし、いつまでも一緒だ。だから心配するな、涙なんて君には似合わないよ。」

「ありがとう……。でもダークマターを倒した今、私という存在の役目は終わったの……。ミュウが成し遂げられなかった、世界を救うという役目……。ごめんねえっこ、また寂しい思いさせちゃうね……。今まで本当にありがと……そして、さようなら……。」
「まさかっ……!? おいカイネ、やめろっ!!!! 何で君が!? カイネェーーーーッ!!!!!!」

えっこが慌てて手を伸ばすが、カイネは光の玉になって空に上り、そのまま戻ってくることはなかった。静まり返った早朝の村に、ただえっこの泣き叫ぶ声だけがこだましていた。








 「でも私、結局戻ってきちゃったなー。何かよく分からないけど、案外何とでもなるものだね、世の中って。」
「やれやれ……君の魂と肉体を呼び戻すために、私やニアがどれだけ苦労したのか知りもせずに……。まあ、ともあれ君が戻ってきてよかったのは事実だ。こうして今共にいられるのもそのお陰だしな。」

「それと、プロポーズしたのもこの木の下だっけ? 君って独身貴族する気満々だったから、私の方からするしかなかったもんねー。」
「全くだ、そもそも私は結婚する気はなかったし、君以外の女の子に欲情できないから物理的に不可能だと思っていたのだが……。君に無理矢理種を搾り取られた挙げ句、勝手に孕まれたのだから責任を取る他なくなってしまったのだ。」

ハリマロンのえっこは限りなく同性愛者に近い両性愛者らしく、結婚というライフイベントにはほとんど興味を抱いていない人間だった。しかし、カイネとの間に子供を授かってしまい、彼のライフプランは一気に崩壊することとなる。


「えっこ……私と結婚しよ!!」
「……え!? いや……そのだな。俺はまだ24歳、君に至っては19歳なんだぞ……。まだ考えるのは先でもいいんじゃ……。(いくらカイネ相手とはいえ、そもそも結婚する気なんてないのだが……。)」

「それがね……できちゃったの、タマゴ。君以外と寝たことないから、100%君と私の子供ね。」
「おえっ!!!? な、何だと……!? 何言って……俺と君の……えあぁっ……。」

えっこは完全に動転した様子で、その場にどさりと寝転んだ。あまりにたくさんのショッキングな事実がなだれ込んだため、その顔は無表情のまま、顔色だけが真っ青に変化していた。

いくら自由人のハリマロンのえっことて、自分が孕ませた相手を放置する気は起きなかったらしく、遂に2匹は結ばれることとなった。そして生まれたのが、彼らの長女であるメイだ。


「さてと、思い出話はここまでにして、いい加減コノハナさんの家に戻って寝るぞ。夜ふかしが過ぎると明日からの行程に障るだろう。」
「だね。ねぇ、えっこ?」

「どうした? 君にしては随分と改まったシリアスな様子だな。何か問題でも?」
「またこの木の下で、こうして2匹だけで語り合えたらいいなって。これから大変になるかも知れないけど……。きっと、またここにこうして戻って来よう。」

「言われるまでもないさ。ケロマツのえっこ君、ローレル君、ローゼン君にシグレ君、そしてカザネやいるか君……。みんな、負けられぬ理由を持っている。それは私たちとて同じだ。私たちにとってのそれは、無事にいつかまた、この木の下で言葉を交わすこと。切に願い、そして誓おう。」

ハリマロンのえっこはカイネを抱き寄せてそう告げる。愛する夫の肌の温もりを、しばらくその半身に受けて目を閉じていたカイネは、やがてえっこと共に歩き出し、コノハナの家へと戻って行くのだった。


(To be continued...)

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