Episode 72 -Metal vessel-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 えっこたちが地上での任務に就いている頃、シグレたちとトレたちは1件の依頼を受けていた。船の解体工場のスクラップヤードからゴミを奪うという神出鬼没の幽霊船の謎に、ツォンとミハイルが巻き込まれることとなる……。
 えっこたちが聖地へ向けて出発した日、アークでは残りのメンバーがルーチェの店に集まっていた。シグレは一同の前に立ち、難しい顔つきのまま話を進めている。


「という訳だ。地上に行ったえっこやローレル、それにローゼンの野郎も同じ夢を見てる。偶然にしちゃ異常だぜ。」
「なるほど……。レギオン使いたちは全てシグレさんたちと同じ人間の生まれ変わりであり、その戦いの果てに、あなたたちの旅路の終着点へ向かう道があるのだと……。」

「加えて、滅亡寸前の人類からポケモンの身体へと転生するプロジェクトの生き残り……。それが、先生の正体……。人間であることは僕も知っていたけれど、そんなことは初耳だよ……。」

ツォンとユーグが、シグレの語った創世主の言葉を反芻する。一度に多くの重要な事実がなだれ込んだため、誰もが相当に困惑した様子だ。


「私も、そのプロジェクトの生き残りなんだろうか……。親しい誰かと別れた記憶、ポケモンに突如生まれ変わり、身寄りもなく独りぼっちで彷徨っていた過去……。ハリマロンのえっこさんに似てる……。」
「だとしても、カムイはカムイだよ。ボクが初めて心を通じ合わせたパートナーなんだ、そんな背景なんて関係ない。とはいえ、カムイの過去は確かに気になるかもね……。君だって、ずっと思い出せないままだとモヤモヤするだろうし……。」

「何にせよ、今はアタイたちに出来ることをただやるだけさ。地上で青蛙君たちが頑張ってんだ、アークのことはアタイたちが守らなきゃね!!」
「ルーチェちゃんの言う通りだぜ、グダグダと悩んだとこで始まらねぇさ。えっこたちが地上に赴いてる以上、今はアークが手薄になってる。こんなときにこそ、事件やらトラブルが起こりやがるんでな……。俺たちが何とかしなきゃだぜ。」

トレは肩をすぼめながら、ため息混じりにそう告げた。まだ怪我の回復は万全ではないらしいが、すっかり動き回れるまでになっている辺りはさすがの生命力の強さである。


「ほんで? 今回の依頼の内容は一体どないなもんなんかねぇ?」
「えーと、今のアークの停泊場所から少し南に行ったとこに『クラインヤード』と呼ばれる場所がある。あそこは古くから船の解体工場が多くあってな……。海運で役目を終えた船の墓場になってんだ。」

「んで、最近その解体工場近辺に出るって噂なのさ……幽霊船がね。」

ミササギが湯のみをすする中、トレとルーチェが神妙な面持ちでそのように答えた。思わずシグレとカムイとミハイルが顔を見合わせる。


「幽霊船だと……? それならこの間のシケた海域で見た気がするんだがな……。」
「ええ……。ゴーストタイプのポケモンがたむろしてたボロボロの座礁船があったよね……。まさか、あんな感じのが?」

「残念だけど、そんなものじゃないらしいね。結構な速さで動き回る大型の船らしくて、夜な夜なリサイクル置き場の産業廃棄物や資材を盗んでいくらしいんだ。現役バリバリの船って訳。」

カムイたちがダイバー資格の実技試験で訪れたインディゴ海域にも、確かに座礁船はあった。しかし今回問題になっている船は、毎晩現れては工場の資材などを漁り、持ち去っていくアクティブな船のようだ。


「それでその船を退治するようにということですか……。でも何故廃棄物や資材を狙うのでしょう?」
「毎晩船がデカくなってるのを鑑みるに、使えそうなスクラップを取り込んで船を違法増築してんだろうな。そのパーツが大量にあるからこそ、船の墓場が狙われてるんだろう。」

「ま、そういう訳で今夜7時から各工場共用のスクラップ置き場に張り込みをかける。どこに来るか分かんないから、いくつかのグループに分けての人海戦術になるね。」

今回の依頼遂行は、アークに残されたシグレ・カムイ・ミハイル・ミササギ・ユーグ・トレ・ルーチェ・ツォンの総動員で挑むようだ。すぐに一同は装備を整えて地上行きエレベータに乗り込み、夜にならない内に目的地へと急いだ。









 「うーん…………。幽霊船らしきものは見当たりませんねぇ……。こちらA区域のツォン、異常は今のところありません、どうぞ。」
「B区域も何も起こっとらんわねぇ、どうぞ。」

「C区域のユーグです。こっちも幽霊船は出てないかな、どうぞ。」
「D区域のトレだ、こっちもハズレみてぇだな。引き続き、各チームとも視界をくまなく監視してくれ、オーバー。」

ツォンが現状報告をComplusに対して行うと、各区域に張り込みをしているミササギ・ユーグ・トレからも異常なしの一言が発せられた。

一行は4つのチームに分かれてスクラップ置き場の4箇所に均等に監視の目を光らせている。これなら広いスクラップ置き場でも、幽霊船が現れればすぐに対処ができるという訳だ。


「ミ、ミハイルさん……。何食べてるんですか……。」
「えー? だって、張り込みといったらやっぱりこれがなくちゃねー。よく刑事もののドラマで食べてるじゃないか。」

「まだ張り込みを始めて1時間ですよ? 夜食には早すぎると思うのですが……。」
「大丈夫ー、5つくらい持って来てるもん!! 後でまた食べるんだー。」

ミハイルは、大きなアンパンを口に咥えながらツォンにそう答えた。いつも保護者役の立場にあるカムイの目がないのをいいことに、張り込みに夜食を持ち込んでいたらしい。ツォンはそんなミハイルを見ながら、苦笑いを浮かべていた。


「ん……? 何か様子がおかしい……。今、海からの風の向きに若干の変化があったような……。」
「え? ボクには何も見えないけどなぁ……。気のせいじゃないかな? ほら、沖の方にも幽霊船とかは見えないし……。」

「少し、黙っていてもらえませんか? やはり何か引っかかるのです……。僕のこの波紋を感じ取る力は、暗い中で見えない対象をも感知できます。少し、波打ち際の方まで偵察しに行きましょう。」

ミハイルはツォンにそう告げられると、少し拗ねた様子で目を細めながらも、無言でアンパンを頬張りながらツォンについて行った。


「ほらー、何もないよ? やっぱり君の思い過ごしだよー。幽霊船なんてどこにも見当たらないし。」
「いや、確かに何かがいる……。でも姿は目視できない……。これは一体……?」

そのとき、急に足元の廃材の山が音を立てて揺れ始めた。突然の揺れにバランスを崩したミハイルは、思わずその場にしゃがみ込む。


「なっ、何これ!!!? 地震!? かなりでかいよ!!!!」
「いえ、違います……!! これは……!!!! まずい、ミハイルさんっ!! 逃げるんだ!!!!」

「おわっ!? うわぁぁぁっ!!!!」
「ミハイルさんーっ!!!!!!」

何と岸辺のスクラップが一気に崩落し、ミハイルが海の方へ吸い込まれるようにして落下していったのだ。ツォンも慌ててその後を追うように海中へと飛び込み、真っ黒に塗り潰された夜の海へと2匹は消し込んでいった。


「間違いないっ!! 今確かにミハイルの奴の声がした!! アイツらはこの付近を見張ってるはずだよな、一体どこに行っちまったんだ!?」
「シグレさん、あそこを見てください!! 廃材の山が、何かに掬い取られたみたく削れてる……。まさか、例の幽霊船に……!?」

隣の地区を見張っていたユーグとシグレが、騒ぎを聞きつけて駆けつけたようだ。しかし、既にミハイルたちの姿はそこにはなく、海の方を見渡したところで、幽霊船が見つかるという訳でもなかった。


「ん……? 何だこの袋……。アンパンがいくつも入ってる……。何でこんなものがスクラップ置き場に?」
「そんなもん持ってくる奴は、ミハイルくらいだろうぜ……。あの食い意地の張ったお気楽野郎じゃなきゃ、そんなもんを依頼に持ち込んだりはしねぇよ。だとしたら、やっぱりミハイルたちに何か危険が……!?」

ユーグが地面に転がっていたアンパンの袋を不思議そうに見つめると、シグレ少し呆れた顔でそう答えた。
ミハイルたちの身に何かがあったことを察知した2匹は、スクラップの山が抉れた箇所を中心に、他に何か手がかりがないかを確認する。









 「何だこれ。有機物だ。資材に使えない。」
「おわぁっ!!!? あいたたっ……。」

何者かが気絶していたミハイルを放り投げた。ミハイルはそのまま鉄屑の山に激突し、衝撃で目を覚ましたようだ。

周囲を見渡すと、そこは無機質な金属の壁に囲まれた大きな空間だった。とはいえ床にはうず高く鉄屑が積まれているために、ぱっと見た感じでは少し手狭に感じられる。


「ここは一体……? そうだ、ボクは確かあのとき海に落ちちゃって……。」
「また有機物だ。再利用できない。」

「うわっ!? おっとっとっ……!!」

再び何者かが何かをひょいと放り投げた。投げられたのはツォンのようであり、空中で目を覚ました彼はそのまま器用に受け身を取って着地した。


「あれはダストダス……。僕たちを放り投げたのもあのポケモンのようですが……。」
「あのー、すみませんー!! ここってどこなんですかぁー!!!? ボクたち、突然海に落ちちゃって、気が付いたらここに……!!!!」

ツォンが視線を向ける先には、大きな図体をしたゴミすてばポケモンのダストダスだった。ダストダスはミハイルの呼びかけに全く構うことなく、ただ黙々とこちらに背を向けて作業に集中しているようだ。


「あのー、もしもしー!!!? ボクたち一体……。」
「あー、そこの廃材に触るな。金属とプラスチックと可燃ゴミに分類中。忙しい。操舵室に行け。」

「は、はぁ……。」

ダストダスはこちらに振り向くこともなく、ツォンとミハイルに一枚の紙を渡した。それは何かのマップのようであり、この部屋の階下の突き当たりに操舵室があるようだ。


「操舵室……。ここは船か何かなのでしょうか? それにしては周りの風景も見えないし、何とも奇妙ですが……、」
「とにかく、ありがとうございました!! 取り敢えず操舵室に行ってみようよ、ツォン。」

ミハイルとツォンはダストダスに例を告げ、部屋を後にする。頑丈な鉄扉を押し開けて廊下へと繰り出すと、そこは窓もなく薄暗い一本道になっていた。
2匹は廊下の途中にあるハシゴを降りて階下へと移動し、マップを頼りに目的の操舵室まで移動した。


「ごめんくださいー!! 誰かいますか?」
「何者だ? 名乗れ。」

「僕たちは工場のスクラップ置き場から海に転落して、気が付くとこの船内にいた者です。上の階でスクラップの仕分けをしていたダストダスさんに案内され、ここまで来ました。」
「……あいつが言っていたポケモン。いいぞ、入れ。」

分厚い鉄の扉が、シューという軽い音と共に横に開く。2匹は顔を見合わせると、招かれるままに操舵室に足を踏み入れた。


「これは……。潜水艦でしょうか? ソナーのような計器がたくさんありますし、窓の外を見るに水中にいるようです。」
「その通り。お前たちは、我々の食料回収に巻き込まれたようだな。」

「あなたは……!? もしかして、ここの乗組員の方ですか?」
「そうだ。操舵室でこの潜水艦を動かしている。」

ツォンが周囲を見渡すと、そこには数々の精密機械のようなものが置かれており、壁の計器にはレーダーやソナーのような画面が多数表示されていた。

薄暗い操舵室内ではかすかな電球の明かりだけがぼんやりと灯り、丸いガラス窓からは水中の光景が目に映る。

そんな中、ミハイルたちに話しかけてきたポケモンが一匹。その正体は、はぐるまポケモンのギアルだった。


「どうしてこんなところに潜水艦が……。それに、食料の回収って一体!? どうしてボクたちが潜水艦の中に?」
「この潜水艦に住むポケモン、全てゴミから生まれてゴミを取り込む。食べ物は工場の廃材。」

「もしや、それでクラインヤードの船の墓場からスクラップを?」
「その通り。毎晩ゴミを回収する。ゴミを仕分けする。それぞれのポケモンで食べられるものは違う。」

どうやら、ギアルたちはこの潜水艦を根城として生活しており、スクラップ置き場から回収したゴミを食料としているらしい。
先程ダストダスが一心不乱にゴミを仕分けていたのもそのためであり、ギアルたちやダストダスたちでは食べられるゴミの種類が異なるようだ。


「なるほど……。すると、この操舵室にいるギギアルやギアルたちも全て乗組員……。もちろん、下の階でゴミを仕分けていたダストダスも、ですね?」
「その通り。ギアルやギギアル、操舵長のギギギアルはこの船を動かす。ダストダスや、その部下のヤブクロンたちはゴミを仕分けして食料を作る。」

「まさか、幽霊船ってこの潜水艦のことなんじゃ……!? 普段は水中にいて、ゴミを回収するときだけ浮上するから神出鬼没だし、頑丈な鉄の塊でレーダーなんかにも映りにくくて、きっと夜だと近寄らないと見え辛いもん!!」

そう、クラインヤードのスクラップを奪う幽霊船とはこの潜水艦のことだったのだ。詳しく事情を聞くと、近年の造船や重工業の衰退に伴って彼らの餌場がどんどん廃業していったせいで、最近になって潜水艦ごと移動してここへと移り住んだのだそうだ。


「あのスクラップは全てが不要物ではないのです。中にはリサイクル可能なものもあり、それを無許可で奪われていることで、工場側も困っていると聞きました。」
「そうか……。我々が悪かった。やむを得ない。別の餌場を探して旅に出る。」

「いや、待ってください。リサイクル不可能なゴミの中にも、あなたたちが食べられるものってたくさんあるはずですよね?」
「もちろんだ。ギアル一族は金属を食べ、ヤブクロン一族はプラスチックや燃えるゴミを食べる。」

ツォンから事件の経緯を聞かされて申し訳なさそうに俯くギアルだったが、ミハイルは彼らの食べられるゴミの種類を聞いて、考え込む素振りを見せた。


「ちゃんと仕分けして、要らないものと資源ゴミとを分けたらいいんじゃないかな? それで、その不要なゴミを回収して食べてもらえば、ゴミの処理費用も削減できて一石二鳥だよ。」
「しかし、あの大量のスクラップを毎日仕分けするとなると、かなりの手間がかかるのでは? 工場も新たに働き手を確保するのは大変でしょうし……。」

「それなら大丈夫、仕分けのエキスパートならたくさんいるじゃないか。ね、ギアルさん?」

ミハイルがギアルとツォンに目配せする。そう、この潜水艦には朝から晩まで生真面目にゴミの仕分けに取り組む、仕分けのプロがたくさん乗り込んでいることを忘れてはならない。









 一方陸上では、ユーグとシグレが他のチームにもツォンたちの行方不明を報告していた。2匹の痕跡はぱったりと途絶えていて、海中に消えたらしいこと以外は特定できないために、誰もが慌てふためいている様子だ。


「クソっ……アイツら一体どこに消えちまったんだ……? 海に落ちたにしても、こんくらいの高さの岸なら簡単に這い上がれるはずだし、溺れそうになって暴れたような痕跡もねぇ……。」
「でもこの崩れたスクラップの山を見るに、海中に消えたとしか考えられない……。一体どうしたら……。」

「……!? ユーグ、海から何か出てくるぞ!!!! レギオンが何かか?」
「え? 何も感じられ……ってうわぁっ!!!? 何これ、潜水艦!!!?」

音や震動に敏感なシグレが、潜水艦の浮上を感知したらしく弓を構える。一方のユーグは不思議そうに水面を覗いていたため、潜水艦の浮上に驚いて後ろに一回転してしまった。

潜水艦のハッチがキィという鈍い音と共にゆっくり開き、ツォンとミハイルが顔を見せる。


「何だ!? 何でミハイルたちがデカい鉄の塊から……!?」
「これは潜水艦ですよ、海中を進む船。どうやら幽霊船の正体はこの潜水艦らしいんです!!」

「なるほど……。何か話が見えてきた気はするな、詳しく聞かせてもらえないかな?」

ユーグとシグレに対して、ツォンとミハイルはギアルたちから聞かされた事情を話した。ユーグはその話を聞いて、考え込むような仕草をしてみせた。


「そうか、彼らは食料にありつくためにこのスクラップ置き場から廃材を……。」
「ええ。でもそれが問題になっているのって、再利用しようと思ってここに置いてるゴミも取っていっちゃうからですよね? だったら、要らないものだけ仕分けて回収すれば、何の問題もないと思うんです。」

「それで、その船にいる仕分け要員の出番って訳か。工場側はゴミの分別をする働き手が手に入り、コイツらは大手を振って食い物を確保できると。よく出来た話だぜ。」
「早速、明日の朝にこの近辺の工場に掛け合ってみましょう。きっと快く許可を下さるかと。」

そう、ミハイルたちの思い付いた解決策とは、ダストダスたちをスクラップ置き場に派遣することだった。
これによって工場は莫大なスクラップの山を仕分ける作業員をゲットできる上、不要なゴミはタダで回収してもらえる。加えて潜水艦のポケモンからすれば、後ろめたいことなしに食料が手に入るため、まさに一石三鳥といえるだろう。


翌朝にはツォンたちを通じて工場に事情が伝えられ、トントン拍子でOKが下りたために、昼過ぎにはダストダスやヤブクロンたちが上陸して作業を始めた。

日の当たらないところにいた彼らだけに、慣れない環境に少し目を細めて眩しそうにしながらも、てきぱきとゴミを分別していく手際のよさは相変わらずのようだ。


レギオン騒ぎで戦いの火花が散ることが多い最近の依頼の中で、久々に訪れた平和な光景に少しだけ元気をもらえた一行は、スクラップがガシャガシャと放り投げられる音を背にしてクラインヤードを去るのだった。


(To be continued...)

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