第81話:ミュウとセレビィ

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:6分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 厚ぼったく暗い雲、吹き荒れる嵐、揺れる大地。そんな大荒れの地上とは分断された世界のような、穏やかな眺め。しかしガイアの天空のそれも、急速に不穏なものになりつつあった。じりじりと大きくなり、まもなくガイアにぶつかろうとしている惑星、地球によって。
 ホウオウは“その者”を目で追うように視線を空に持ってくると、そのまま遠い過去に思いを馳せた。


 ——はて、いつからでしょうか。ミュウが人間を憎むようになったのは。ミュウツーによく似た自分の容姿や、自分の存在さえも嫌いになったのは。それはとても大切なことなのですが、つい、忘れてしまうのです。永遠の時を生きる私たちは、時間の経過に少々疎いもので……。
 ミュウはアルセウスと共にこのガイアを創造し、ガイアを管理する伝説のポケモンたちをまとめてきました。私も、ミュウとアルセウスを慕っていた伝説のポケモンのうちの1人です。
 しかしガイアそのものを作り上げたアルセウスは、その成し遂げた仕事の大きさから疲れ果て、長い眠りについてしまいました。1人残されたミュウは、小さく威厳の感じられない容姿を持ちながらも、必死に伝説のポケモンたちをまとめあげようとしたのですが……。努力は空回り。甘く見られないために高圧的な振る舞いをすることが多くなり、それが伝説のポケモンたちの反感を買い。ミュウは次第に、ガイアの中で孤立するようになりました。
 ——私は。私は、ミュウと共にガイアの住人となるポケモンを生み出しています。彼女とは仕事のパートナーのような関係です。しかし、彼女の孤独は私の存在などでは満たせなかった。彼女には友人が必要だったのです。

 そうです。その友人に関係する出来事が、ミュウを変えたのでした。少しずつ、思い出してきました。ミュウの友人は、時を渡る力を持っていました。ガイアに壊滅的なトラブルが起こるたびに、問題を処理する担当の伝説のポケモン——時には関係者の一般ポケモンをも過去へと誘い、歴史を調整する。そんな重要な役割を担っていた、黄緑色のポケモンでした。
 セレビィ。彼女は時渡りの力を持つ、ガイアに対する影響力の大きなポケモンでした。その役割の大きさに反して、容姿は非常に愛らしく、どこかミュウに似通った特徴を持っていました。きっと、彼女たちもそのように感じたのでしょう。ガイアの危機を救うある任務をきっかけに、ミュウとセレビィは親密になりました。きっかけはセレビィの気さくな語り口であったと、ミュウから聞いています。確かに彼女は明るくで思いやりがあり、心を閉ざしやすいミュウともすぐに打ち解けられたのでしょう。
 友達ができてからのミュウは、自然体を取り戻し、表情も生き生きとしていました。そんなミュウを見た伝説のポケモンたちも、再びミュウの元にまとまりつつありました。私も、セレビィのことを嬉しそうに話すミュウを見て、とても嬉しかった。全てが順調だったはずなのに——。
 “あの事件”が起こりました。

 ミュウはときどき、ガイアに生み出すポケモンの姿形を参考にするために、他の惑星の生き物を見学しに行くことがあったのですが。あるとき、ある惑星で、ミュウはその星の住人に捕えられてしまいます。その惑星こそ、地球。その住人こそ、人間だったのです。なんとかその惑星から逃げ出したミュウですが、人間の科学力は想像以上に恐ろしかった。彼らはミュウの遺伝子を参考にして、さらに凶悪な兵器としての生命体、ミュウツーを作り出したのです。
 宇宙には、時空の歪みが多数存在します。そのせいでしょう。ミュウが地球からガイアへ帰還した直後に、地球で数年の月日をかけてできたはずのミュウツーが、ガイアに流れ着いたのです。直後、あの事件が起こりました。混乱していたミュウツーは、ガイアに強力な破壊光線を無数に撃ち込んだのです。その光線は数多くの一般のポケモンたちの命を奪っただけでなく、伝説や幻のポケモンにも危害を与えました。その犠牲者の中に、セレビィがいたのです。深い傷を負った友人の元へ、ミュウはすぐに駆けつけました。しかし、その身体の傷は“自己再生”ですら修復不可能な深さであって……。セレビィは、自らの時渡りの力を“時渡りの種”として形に残し、世界の修理人としての役割を一時的にミュウに託しました。そして彼女は、失った力を修復するため、アルセウスと同様に長い眠りについたのです。——私たち伝説や幻のポケモンには、寿命や死がありません。ただその代わりに、深い傷を負ったり力を失ったりした際には、回復のための長い眠りが必要なのです。

 ミュウツーの攻撃で、セレビィは深く傷ついてしまった。その責任は、人間に捕獲されて遺伝子の情報を渡してしまったミュウ自身にもありました。しかし——ここからは私の推測ですが、ミュウは自分の罪を認めることができなかったのでしょう。罪を認めた先にある、酷い自責の念を恐れたのでしょう。ですから彼女は、人間に強い敵意を向けることで、かりそめの安堵を得ているのでしょう。最も、人間の犯した罪が大きいことは事実ですし、ミュウの発想も責められるものではないのですがね。

 さて。以降人間を憎み続けたミュウですが、いよいよその人間を頼らざるを得ない状況が訪れましたね。今この世界に、ミュウツーに立ち向かえる力を残しているのは、人間セナしかいません。
 ミュウ。セナたちキズナの冒険に関わる中で、あなたの中にある“人間”のイメージに何か変化はありましたか? 私は、信じています。彼らには、永遠を生きるあなたの心をも動かす力があると。


 ここまで考えると、ホウオウは祈るようにうつ向き、目を閉じる。そして再び、地球を真っ直ぐに見つめた。ミュウが“時渡りの種”を握りしめ、飛び立っていった地球を。
 心でミュウに語りかける。

 ——セレビィから託された、最後の希望の使い道……あなたに託しましたよ。ミュウ!

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想