其ノ陸
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「アイちゃん、もう帰られるのですか?」
「うん。ボールの中の子と早く対面したいし。それにボク、人が沢山居る場所って苦手なんだ。今日は沢山人がいる式典に出たりしたから疲れちゃった。早く帰って、愛しのベッドで休息を取りたい気分さ」
アイビーは芝居掛かった口調で言って、またケラケラと気安く笑う。
「コスモは? まだ帰らない?」
「はい。学園をもう少し見て回ろうかなと思って。あと、手芸部と声楽部の部活見学もしておこうと思いまして……」
「ああ、そういえば裁縫が得意って言っていたもんね。歌も得意なの?」
「得意という程ではありませんが……でも、プリンと歌っているのが楽しくて、だから興味があるんです。見学だけなら、誰の迷惑にもならなくていいかなと」
「そうだね。誰も迷惑だなんて思わないよ。それじゃあ、放課後頑張ってね。また明日」
ヒラヒラと手を振りアイビーが教室を出て行けば、見えなくなるまでコスモは手を振ってくれていた。
「可愛い子だね、あの子。そう思わない? メタモン」
(お前は本当に惚れっぽいな)
「厭だなぁ惚れてなんてないよ。ガラスケースの中の着飾られた人形を“可愛い”と思ったりするだろう? あれと同じ感覚さ。可愛いんだよ、可愛いものを愛でたい、自然の摂理。そこに特別な感情は無いよ。あの子に対して、恋愛感情を抱くことは、億が一にも無いね」
アイビーは断言し、肩を竦めた。下駄箱で上履きからスニーカーへと履き替えながら「でも……」と言葉を続け、小さく笑う。
「ああいう純粋無垢な人は、見ていて心が穏やかになるよ。キミもそうだろう?」
(どうだか)
メタモンは、あまりコスモのことを気に入らなかった様だ。しかしメタモンは元々人嫌いの気があるので、アイビーは気にすることなく帰路を進む。
「新しい仲間になるポケモン、どんな子かな」
(さぁな。だが、お前について来れるかは疑問だ。お前という女はあまりにも稀有で特殊だ。果たして付き添い命を賭けたいと思える程の感情を、ボールの中のポケモンに抱かせることができるかな)
「うーんハードル高すぎて笑っちゃう。まぁ頑張るよ」
アイビーはケラケラと笑い、丁度やってきた市内循環バスへと乗り込んだ。そして小さく、ため息を吐くのであった。