第74話:この戦いが終わったら

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「驚きましたねぇ」

 天高く雲の上の世界、“命の神殿”にて。日頃よりも大げさな抑揚をつけて、ホウオウは隣に佇む存在に話しかけた。

「せっかくホーリークリスタがアドバイスをしたというのに、ホノオはセナを助けた。6度目の世界でガイアや地球のために戦うだけでなく、自分が犯した罪を背負い続けることを選んだのです。どうです、ミュウ。人間を信じてみることも、悪いものではないでしょう?」

 人間に対する極めて肯定的な見解を浴びせられると、ミュウはツンとホウオウに背を向ける。ホウオウは苦笑いするが、めげずに話しかける。懐かしむように遠くを見ながら。

「ここまでの彼らの冒険は、実に見守りがいのあると言いますか、はらはらさせられるものでしたね。自分の身を犠牲にしてでもガイアを守れる人材――そう見込んだので、私たちはセナを選びました。しかし自己犠牲心が強すぎて、彼は何度ガイアを守る前にその身を滅ぼしかけたことか……。非常に手がかかる勇者たちでした。だからこそ、可愛いものですね」

 再び同意を求めるが、ミュウは無反応。それでも、ホウオウはさらに続けた。

「もうじき全てが片付くかもしれません。その時まで彼らを信じて見守りましょう。6度目の世界のために。セレビィが残した力が報われる瞬間を信じて……ね」

 それだけ言うと、ホウオウは雲の上の空を見上げる。どんどん接近し大きく見える一つの惑星“地球”が、嫌でも視界に映り込んだ。




  心の迷宮から戻ると、キズナの4人は同時に目を覚ます。さっきまで夢を見ていたのか、はたまた現実か。ほんのちょっと分からなくなったが、セナの隣にコロンと転がるホーリークリスタを見て、現実だったのだと確信した。3度の力を使い果たし、これまでのキズナの冒険を見守ってくれた水晶。「ありがとう」「お疲れ様」と、自然に声が出るキズナなのだった。

「みんな。オイラから提案があるんだ」

 立ち上がりながら言うセナに、注目が集まる。

「オイラが持ってる“心の力”を、みんなに共有してもらいたい。オイラ独りで戦おうとするのは、もうやめにするよ。みんながいてくれた方が、絶対に大きな力を発揮できる。危険を冒してみんながついてきてくれることを、もっと、ちゃんと、信じることにする」
「それはすごく嬉しいよ……! でも、心の力の共有? そんなことができるの?」

 輝く表情、そして驚き。3人の意見を代表したのはヴァイスだった。

「心から信じたことや望んだことは、何でもできる。心の力って、本来そういうものらしい。……へへ。馬鹿だよな、オイラって。こんなにすごい力があったのに、自分を信じられなかったばっかりに、上手に扱えなかったんだ。まあ、記憶が封印されていたのも大きいんだろうけどね」

 そう言った直後、セナは自らが放った切ない雰囲気を吹き飛ばすように首を振る。そして照れくさそうに仲間に手を差し出す。

「ちょっと恥ずかしいけど、みんなで手を繋いで輪になるんだ。心の力を受け取ってほしい」

 セナの右手にヴァイス。ヴァイスの右手にホノオ。ホノオの右手にシアン。そしてシアンの右手にセナ。小さな4人の小さな輪ができると、なんだか恥ずかしくて落ち着かない。セナは輪になった直後、心の力のシェアをし始めた。
 セナの発する青い光が、繋いだ手を伝って全員に移る。光が4人に染み込むように消えると、セナの合図で手を放した。それは一瞬のことで、強力な力を得た実感がない。ホノオもヴァイスもシアンも、両手を見つめながら首をかしげた。

「これで、大丈夫。4倍の心の力を使って、ミュウツーと戦える」

 セナの笑顔が真顔に変わり、だんだんと視線がうつむいていく。視界に映る光が減り、瞳の奥が曇ってゆく。

「すでに取り返しのつかない犠牲を出しちゃったけど……やっぱり、何としてもミュウツーを止めなきゃ。それは自分のためでもあり、この世界のためでもあるけど、ミュウツーのためでもあると思うんだ。
  うまく言えないけど、人間に破壊兵器として期待されて生まれてきたのに、その力で疎まれて、宇宙に捨てられてさ。そんなミュウツーの運命を想像すると、すごく胸が苦しくなる。誰も傷つけなくても、何の役にも立てなくても、幸せに生きてもいいんだよって……多分アイツ、知らないんだと思う。オイラも、さっきまで知らなかったけどさ。
 オイラの無責任な命乞いで、ミュウツーが生まれた。だからせめて、オイラが責任を持って、ミュウツーが幸せに生きられるように罪滅ぼしをしたいんだ」

 セナの真剣な眼差しに、キズナの覚悟が固まる。この真面目な少年の繊細な願いが叶えられるように、空気を緩めて緊張をほぐすのが、自分たちの役目だ。いち早くそう悟ったホノオが口を開いた。

「ご褒美のために頑張るのが、健全な努力だとオレは思うぜ。そうだな、例えば……お前ら、この戦いが終わったらやりたいこと、何かある?」
「なるほど、ご褒美を先に考えておくんだネ! アホのホノオのくせに、珍しく賢いナ〜」
「うるせーよ! もう、うるせーよ!」
「びっくりするほど語彙力がないネ……」
「うるせーな! あーもう、話が脱線してるだろーが! 助けてヴァイス。お前がこの戦いの後、やりたいことを教えてよ」
「すっごく雑に話を振られた気がするけど……まあいいや。そうだな、ボクは、人間の遊びにすごく興味があったんだ。今まで忙しくて、あんまり遊んでいられなかったけど。世界が平和になったら、セナとホノオに人間の遊びを教えてもらって、みんなとたくさん遊びたい」
「雑に話を振られたとは思えない模範解答、さすがヴァイス。で、シアンは?」
「シアンはみんなと一緒にたくさん探検して、綺麗なお花をいーっぱい見つけたいナ。それで、素敵な押し花コレクションを作るノ。で、言い出しっぺのホノオは?」
「オレは……そうだな。久々にサッカーとか野球とか、人間のスポーツでもしたいな」
「わぁ、それそれ、そういうの! ボクたちにも教えて!」
「……うん」

 3人の和やかな会話をただ眺めていたセナだが、ホノオがきゅっと目を細めて笑っているのに気がついた。寂しさや悲しさを誤魔化すときに見せる、特徴的な作り笑顔。ガイアでの役目を果たしたときに、オイラたち人間は——。自分たちの魂の行先を案じてしまいつつも、嘘が苦手なホノオが、精一杯に明るく振る舞っている。
 話の流れとして、自分の言葉が求められている。嘘をつくのは得意だけれど、明るくお気楽な発想が苦手な、オイラらしい言葉。ありのままに、こぼしてみよう。

「オイラは……。オイラはこの戦いが終わったら、まずはポプリやスザク、ウォータに謝らなきゃいけない。アイツらの大切な村を、守れなかった。そればかりか、オイラが独りよがりで戦いに行ったせいで、アイツらが村のポケモンたちを救う機会を奪ってしまった。自分が犯してしまった失敗に、しっかりとけじめをつけて、報いを受けて。少しずつ、ダメな自分が好きになれたらいいな」

 深く、暗く、真面目なセナの答えを、ヴァイスはもう否定しなかった。元気で明るいだけでない、あらゆるセナが好きだったから。
 ヴァイスが柔らかな笑顔で、セナの暗い言葉を受け止めてくれる。それに気がつくと、セナの心に柔らかな光が灯った。ようやく、少しずつ、気持ちが前向きになってゆく。——きっと、罪を償うことが、罰を受けることが、オイラがいつか幸せになるためには必要不可欠なのだ。そんな自分を、仲間が少しでも理解してくれていることが、本当に嬉しかった。

「ずっと自分が大嫌いだった。瀬那として生きてはいけない、水輝にならなきゃいけないって、ずっとずっと思っていた。だから……自分を好きになりたいなんて思えたのは、みんなのお陰だよ。ヴァイス、ホノオ、シアン。えと、その……。お前たちに会えて、本当に良かったと思ってる。あ、ありがとう」

 面と向かってこんなことを言うのは、やっぱりいつになっても恥ずかしい。セナが目を合わせずに言うと、その懐かしい仕草に3人は吹き出した。

「……はは! オレもだ。色々大変だったけど、お前らのお陰で楽しかったよ」
「ボクはキズナの活動を始めてから、こんなに素敵な友達がたくさん出来た。それってすごく、嬉しいことなんだ」
「みんなで笑ってると、シアンもすっごくすっごく楽しかったヨ!」

 これまでの旅路を振り返ると、幸せな気持ちが溢れる。前向きな気持ちは、心の力の源になる。最終決戦に向けて力を蓄えると、セナはその力を爆発させるような笑顔を見せる。

「よーしお前ら。これはリーダー命令だ。絶対にミュウツーを止めて、絶対に生きて帰るんだ。いいな!?」
「おーっ!!!」

  歓声と共に、4つの拳が高々と上がる。決意と覚悟と高揚が程よく混ざり合い、先へと進む勇気に変わった。ついさっきまでは絶望に打ちひしがれていたのに――。そう思い出してみると、セナはひとり、おかしくなった。完璧じゃないオイラたちだからこそ、奇跡を起こす才能がある。いつかの父親の言葉がより一層自分の言葉で心に馴染む。それに気がつくと、「ふふっ」と声を出して笑った。


 ミュウツーはセナを倒したあと、階段を上ってこの建物の上の階に向かった。その情報を握り締めながら、キズナの4人は階段を駆け上がった。セナが何度か転びそうになりながら、薄暗い階段を上って2階にたどり着く。先頭のセナがその部屋の内装を視覚で確認する前に、聴覚による情報が飛び込んできた。

「おっ。やっと来たか」
「待ちくたびれたんだけど」

 投げかけられたその“2つ”の声に、強烈な違和感と衝撃。ミュウツーを止めることに集中していた4人の思考に、予想外の情報が飛び込んできたのであった。

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