Episode 59 -Sea of chaos-

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ハリマロンえっこたちは、いよいよワイワイタウンへ向かうフェリーへと乗り込む。腕に現れた謎の傷跡に気付くハリマロンえっこ、夜の海の前で言葉を交わすローゼンといるか。それぞれの夜は月明かりの元深まっていく。
 夜11時のえっこの部屋。えっことローレルは既に荷造りを終え、後は待ち合わせ場所のダイバー連盟本部へと向かうのみとなった。セレーネは眠そうな目を擦りながらも、ローレルの後ろに隠れつつ様子を伺う。

「セレーネ、そうして初めて会う相手に毎度毎度警戒しては失礼ですよ? ユーグお兄ちゃんはえっこさんのチームメイトです。黒魔法の使い手だけど、とてもいい方ですから心配しないで。」
「大丈夫だよ、ローレルさん。僕みたいな見知らぬポケモンにいきなり預けられることになって、怖がらない方が無理ってもんだよ。でもセレーネ君、えっことローレルさんはしばらく忙しくなっちゃってね、僕のとこでいい子で待っててくれるかい?」

ユーグが前足を差し出すと、セレーネは恐る恐るユーグの横へと歩いて移動し、ローレルの方を向いた。


「ゲームやりすぎたらちゃんと叱ってくださいよ? 甘やかしすぎないようにお願いしますね。」
「ふふっ、君って何だか彼の父親みたいだね。大丈夫、ちゃんと面倒は見るから心配しないでよ。ついでだから魔法のことも色々教えてあげようか? 僕は黒魔法メインだけど、他の属性も一通りは押さえてるからさ。」

「よ、よろしくお願いします、なのです……。」

少しぎこちない感じながらも、セレーネはユーグに軽く頭を下げてそう告げた。えっことローレルはそのまま玄関の扉を開け、再びユーグとセレーネの方へ振り向く。


「ではセレーネ、ちゃんとユーグお兄ちゃんの言うことを聞いて、いい子にしているのですよ?」
「じゃあ、後はよろしく頼みますね、ユーグさん!!」

「ああ、セレーネやトレのことは僕に任せて、君たちは先生やみんなのサポートをしっかりとね!!」

えっことローレルは階下で待っているマーキュリーと合流し、彼の車でローゼンと共にダイバー連盟本部へと向かう。


連盟本部ビルにはダイバー用の緊急病院などもあり、緊急出動や夜間の依頼をこなすダイバーたちもいるためそれなりに明かりが付いている。
とはいえ、昼間のような活気はそこにはなく、無機質なガラス張りのロビーと申し訳程度の観葉植物、そしてフロアを行き来する自動清掃ロボットの駆動音だけが存在する、寂しげな静寂に支配された空間のみが広がっていた。

一行は最下層にある地上行きエレベータのターミナルへと急ぐ。時刻は11時30分過ぎ、既に他の面々は集まっているようだった。

「さてと、少し早いが地上へと向かうことにするか。貨物フェリーの出港時刻は1時40分だが、保安検査や荷物の積み込みなど、色々と手続きもあるのでな。」
「あー、荷物といえばなんだけどさ…………。」

カザネが目を細めながら視線を横に移す。その先には、大きなスーツケースを2つも自分の傍らに置いているいるかの姿があった。


「何考えてんだよ、そんな荷物持ってったら任務の邪魔だろ!!」
「えー、だってせっかく世界的な大都市であるワイワイタウンに行くんですよ!? 何があるか分からないし、備えあれば憂いなしって……。」

「ったく、遊びに行くんじゃねぇんだぜ? つか小さな身体で、そんなのよく持って来られたな……。調査団の本部着いたら、必要なもん以外置いてけよ。」
「はーい、分かりましたぁ。」

お上り観光客のような装備のいるかに呆れ果てるカザネとマーキュリー。ハリマロンえっこたちはいるかのことは見なかったことにし、地上のアーノルドポート付近へとエレベータで降下していった。









 深夜のアーノルドポートの町は、周りを高い崖に囲まれた入江の中に位置している。

入江の奥まった地点に港と中心街が設けられているため、漆黒の水面は風もほとんど受けずに穏やかな様相を見せ、かすかな波の音を辺りにこだまさせていた。

昼間は船舶や港湾労働者が多く行き来するらしいこの場所も、深夜となってはポケモンの陰もほとんど見えないくらいに静まり返り、営業している数件の酒場や宿屋の明かりのみがぼんやりと暗闇に浮かび上がっている。


「ああ、あれが例の貨物フェリーね? 思ったよりも大きな船じゃない、あれならそこまで揺れないかしら。」
「船!? あ、まさかだけど……えっこお前……。」

マーキュリーがふと思い出したようにえっこの方を見る。えっこは既に放心状態で、口から魂を放出したように上の空になっていた。


「あーあ……やっぱり……。コイツ、船がマジで苦手なんだよ……。この間もモロにゲロっちまってな。」
「そういえば、荷造り中もとても浮かない顔をしていましたが……。これが原因でしょうか?」

「なるほど、それなら心配することはない。要は船に乗っていると分からなきゃいいんだ、私に任せておけ。『デイドリーマー』!!!!」

ハリマロンのえっこは魔導書を取り出すと、えっこの顔面に押さえ付けた。えっこはしばらく引き攣ったように全身を硬直させたが、しばらくすると四肢をだらんと垂れ下がらせ、その場にドサッと崩れ落ちた。


「神経の働きをしばらくストップさせる魔法だ。気絶というか、熟睡というか、そんな状態になっている。これで明日の到着までは起きないだろう。」
「な、中々強引だね父さん……。」

「このチケットを見ろ、コイツと同じ部屋に泊まるのは私だぞ? このスカーフとコートをゲロで汚されたら困るどころの話ではない!!」

ハリマロンのえっこは、げんなりした顔でチケットを見せた。船室は2名1室になっているらしく、えっことハリマロンえっこは同じ部屋だ。


ほとんど誰もおらず、窓口も1ヶ所しか開いていないこの時間帯、保安検査やチケットチェックなどの手続きもスムーズに終わった。出港45分前になると船内への搭乗が始まり、一行は眠気からか足早に部屋へと転がり込む。











 「何か狭い部屋ね……本当に1等船室なのこれ?」
「しかし、思ったほど揺れなさそうです。やはり大きなフェリーだから、かなり安定しているのでしょうか?」

廊下の突き当たりにある部屋には、メイとローレルが宿泊している。メイはしばらく船室を眺めていたが、やがて二段ベッドのハシゴに足をかけ、ローレルの方を向いた。


「んじゃ、私は上の段にしとくね。ローレルちゃんは下でゆっくり休んで。」
「いいのですか? 僕は上段でも全く気になりませんし、メイさんがこちらでも構いませんよ?」

「お気遣いありがと。でもえっこ君も言ってたでしょ? 今回はあなたが一番の鍵になる可能性が高いのだから、みんなで守護すべきだと。少しでも疲れを残さずワイワイタウンに着いて欲しいからさ、遠慮しないで。」
「そうですね、ではお言葉に甘えさせてもらいます。ありがとう、メイさん。」

上段の、油断すると天井に頭をぶつけそうな高さのベッドからメイが顔を覗かせる。ローレルはそんな彼女に対し、かすかな笑顔とともにそう返答した。


「やれやれ……酔うなら酔うで言ってくれればいいじゃないか。一番の被害を受けかねないのは俺なのだぞ……よっと。」
ハリマロンえっこは、気絶しているえっこを下段のベッドに寝かせると、自らはハシゴを上がって上の段のベッドに滑り込んだ。

「ん? 一体これは……?」
ハリマロンえっこは、ふと自分の上腕部を見た。普段はコートの袖に隠れて見えない部分だが、今はコートとスカーフは脱いでおり、その下に着ている薄手のベスト一枚の状態であるため、腕全体が露わになっている。

ハリマロンえっこの両腕にはいくつもの深く鋭い切り傷の跡がある。これを隠すため、彼はいつも家の中でさえ長袖コートを着用しているのだろう。そんな腕の上側、切り傷もほとんど存在しないはずの位置に、三日月型の傷が確認できた。


「この間の光と影に潜むレギオンに、いつの間にかやられたのか? ……にしては不可解だな。」

ハリマロンえっこの言う通り、それがレギオンの攻撃による外傷であるならば、おかしな点が思い浮かぶ。

第一に、自然にできた傷にしてはあまりに綺麗な三日月型であること。第二に、例のレギオンと交戦したのはそう遠い昔ではないのに、この傷は長年の古傷か痣のようになっていること。


「まあ特に疼く訳でもないし、気にかけることもないか。それより、この自傷の跡を彼に見られでもしたら厄介だ……。しばらくは起きないだろうが、万が一にも目撃されたら無用な心配をかけてしまう。子供たちにも言いふらす可能性があるしな。」

ハリマロンえっこは溜め息をつくと、まるで腕の傷を隠すかのようにシーツを深く被り、船室の電気を消して横になった。










 「んごぁぁぁぁぁぁっ!!!! ……ぐごぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
「うー……何このイビキ……。全く眠れないよー……。」

それから1時間あまり。不幸にもマーキュリーと同室になってしまったいるかは、その爆音のようなイビキに頭を悩ませ、恨めしそうに上段を見つめていた。


「あー、無理…………。ちょっと外出よう……。」
いるかは相当げんなりした表情を見せ、気分転換に甲板へと繰り出し、外の空気を吸いに行くこととした。


「んー、あれ? 君は確か……。」
「ああ、僕はいるかといいます。確か、ローゼンさんでしたよね? 一体こんな夜中に何を……?」

「それは僕のセリフだと思うけどなー。僕はちょっと考え事をね。同じ部屋のカザネ君はシャワー浴びてさっさと眠っちゃったし、暇してたから。」

船の上層階の甲板の柵にもたれかかるようにして、ローゼンがいるかの方をふと振り向いた。彼もまたいるかと同じく、眠ることができずに夜風に当たりに来たのだろうか?


「何か、夜の海って不思議ですね。いつまでもぼーっと眺めていられるような、そんな奇妙な引力みたいのを感じるんです。」
「ふーん。何だか僕たち、気が合うみたいだ。もっとも、僕の場合は物珍しさもあるけどね。僕の生まれ育ったザクセン連合国は、海から遠く離れた内陸の国だったから……。周辺国とも仲は悪かったし。」

「僕は逆に、親近感を感じてるのかもです……。僕の故郷は海辺の小さな港町で、毎日家から海が見えていたから……。もちろん、夜だって月明かりに照らされた真っ黒な水面が目に映って、何だか惹きつけられるなーって。」
「思ったよりネガティブだね、君って。人間にしろポケモンにしろ、夜の海を怖がらない奴は初めて見るよ。」

いるかはローゼンと言葉を交わしながら、やがてその隣にそっと腰を降ろした。空には少し欠け始めた明るい月がゆらゆらと輝き、眼下に広がる黒一色の海を、仄かに明るく照らし上げていた。


「これからどうなるんでしょうね……。例のレギオンを操るっていうポケモンたち……。僕はそんな奴らに負けずに戦い抜けるのかなって……。」
「知らない。まあ強いていえば、やるっきゃないとでも。もし君に目的や目標があるのなら、それを邪魔する者を蹴散らし、叩き潰し、葬り去らねばならない。この世は単純、たったそれだけのことさ。」

「そうですね……。きっと、きっと乗り越えられるって信じて戦わなきゃ。この間だってやれたんた、次だって……!!」
「それなら、私たちの行く手を阻むアンタたちは、全力で排除しなきゃならないってことね?」

突然背後から聞こえた声に、いるかとローゼンら咄嗟に振り返って睨みつける。


「左のアンタは人間だけど、どうもハズレっぽいわね。そして右のは興味すら沸かない雑魚だし。」
「言ってくれるね。僕だって戦えるぞ、バカにしてもらっちゃ困るよ!!」

「やめときなさい、このプサイにそんな実力で挑んでも、ムダ死にするだけよ。」
「またあの訳の分からないレギオン出すのかな? いい加減飽きてきたけど、君たちを殺るのはあいつらを根こそぎ叩き潰してからになる。そういうことなんでしょ?」

すると、プサイの身体に赤いヘラルジックの紋章が浮き上がり、辺りに凄まじい力が放出された。


「話が早いのねー。気に入ったわ、元人間のエモンガちゃん。まあ、分かってるなら精々頑張ることね。」
「こんな逃げ場のない船の上での戦いとなったら厄介だ……!! でもどっちみち、逃げるつもりなんてない!! 来るなら来いっ……!!!!」

「ふふ、相手にとって不足なしって感じね。それじゃ、お相手してあげなさい……『ヨルムンガンド』!!!!」

プサイの手によって今再びレギオンが召喚される。ローゼンといるかは、辺りを包み込む眩い赤の閃光に目を塞ぎながらも、ヘラルジックの武器を展開させて強く握り締めるのだった。


(To be continued...)

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想