Episode 41 -Chance hitter-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 モヤに包まれた薄気味悪い沼地へとやってきたチーム・テンペスト。えっこたちはそこでファイと初めて遭遇することとなる。果たしてファイが繰り出す次なるレギオンは……?
 もやに包まれた朝の林道をくぐり抜けた先で、砕けて朽ち果てた岩が至るところに散乱し、湿った苔の独特の香りがふんわりと鼻を掠めていく。

この日、えっこたちチーム・テンペストは『モーヌス沼』へやって来ていた。その面持ちは一様に強張っており、強い緊張が感じられる。


「本当にここに奴の反応があんだな? だとしたら、全力でぶっ飛ばすだけだぜ!!」
「間違いないよ、この間の件でカムイさんたちのComplusデータログを回収し、ファイとかいうピジョットの識別追跡や探知ができてる。それで、今は確実にこの沼地に潜伏中という訳。」

そう、彼らは地上に現れたと思われるファイの反応を追って、この沼地へと足を踏み入れたのだ。

沼地独特のじっとりとした湿った冷たい空気と、足元のビチャビチャとしたぬかるみの感触が尖らせた神経を一層逆撫でする中、一行はモヤの向こうに何者かの姿を目撃する。


「お前だな? ファイとかいうとんでもねぇ野郎は。言われるまでもねぇ、直感でイカれちまってる奴だってことくらいひしひしと伝わってくるぜ。」
「待ち侘びていたぞ、新たな人間よ。」

「さて、どう出てくるかな? 果たして俺は当たりか、ファイさんよ?」
「残念ながら君は我々の探し求める存在ではないようだ。やはりあの魂は既に地上を離れてアークに移動してしまったのか?」

ファイは徐ろにこちらへ振り返ると、えっこたちにそのように答えた。どうやらえっこもまた、彼が求める人間とは別の存在らしい。


「先に言っておくが、アークを直接攻撃したりはせぬ。我々とて、極力あの地は無傷のままにしておきたい。どのみち君たちの側からこうして地上でこちらへ接触しに来るのだ、その機会を利用して品定めをさせてもらう、それだけだ。焦る必要など一切ないのでね。」
「どういうことだてめぇ!? 意味分かんねぇことほざいてんじゃねぇぞ、てめぇをぶちのめして、目的やらそのふざけたレギオンやらについて、洗いざらい吐いてもらおうか!?」

「誰かそのようなことを。我々のみ真実を知り、君たちは全くの無知である、そんな有利な状況をみすみす手放すとでも?」
「このゲス野郎が……!!!!」

マーキュリーはファイの挑発に怒り心頭で、今にも殴りかかろうという雰囲気だ。そんなマーキュリーをユーグが静止する。


「落ち着きなよマーク。頭に血が上ったらその時点で負けだ。それに確かに一つだけ、解明できた謎がある。それは十中八九、奴には同じような力を持つ仲間がいること。」
「おい、それはどういうことだよ!?」

「さっきから何度か言ってたはずだ、『我々』ってさ。私ではなく我々……つまりはあの下らないヘラルジックや、おかしなレギオンを操る者が他にも存在する。僕らと衝突する可能性のある者が複数いる。そうだろ? 間抜けなファイさん。」
「ククッ……中々鋭い奴だな。まあ、それくらいの情報は餞別代わりにくれてやる。その通りだとも、私には同じような力を使う同胞がいる。君の推理は大方正しいといえる。ただ一つ、君と接触するのは私が最後になるという点を除いてはね。」

ユーグはその鋭い洞察力で、ファイの言葉から顔を覗かせた真実を見抜いた。やはり彼には同様の力を操る仲間が存在したのだ。


「ああ、最後になるんじゃねぇのか? 何故なら、俺の電撃のような一撃が、今この場でレギオンごとてめぇを葬り去るからだ!! いい加減お喋りは飽きたんでな。とっとと始めるぞ、このアホウドリが!!」
「言ってくれるな、私が直接手を下すまでもあるまい。どうやら、君たちは我々のレギオン個体にハーブの名前を命名するようだ。その洒落っ気に便乗させてもらおう。」

ファイがそう呟いた直後、凄まじいオーラとともに赤いヘラルジックが展開されていった。それはえっこたちが先日の緊急会議でカムイたちから聞かされた、にわかには信じがたかった光景そのものだった。
いや、それどころか聞きしにも勝るおぞましさを感じさせるヘラルジックの力に、一同はただただ唖然とする。


「何だこれっ……これがカムイたちの言ってたヘラルジック……!!!! 何てパワー……!!!!」
「奴らを叩き潰すがいい!! 出よ、『ヘンルーダ』!!!!」

ファイを覆う光が辺り一面に広がり、そして晴れたとき、えっこたちの目の前には長さ10mほどの、巨大なトンボのようなレギオンが空中を漂っていた。

その顔は大きな空洞となっており、円形になった断面に4つの小さな緑色の目が光っている。尾の先端は普通のトンボとは違いラッパ状に末広がりになっており、こちらにも大きな穴がちらりと見えた。

えっこたち4匹は、あまりに気味の悪いこのレギオンと相対し、誰もが思わず緊張の汗を光らせる。













 「セレーネっ、速達が届きました!! このボリューム、もしかすると!!」

午後2時過ぎ。この日は日曜日のため、ローレルは家でセレーネの面倒を任されていた。セレーネはローレルの声を聞き、ゲームを一時中断して玄関へ走る。


ローレルとともに速達の大きな荷物と一冊の封筒を受け取ると、二匹はその封筒の中身をすぐに確認した。

「『セレーネ殿及びその保護者様、貴君は編入試験において特に高い成績と、当校での学校生活への強い意気込みと、理解ある保護者の貴重なご意見を我々に示した。よって、ここにアーク魔法アカデミー付属小学校への入学と、給付型奨学金の、今年度の受給を認める。アーク魔法アカデミー付属小学校・校長』。」
「合格……なのです?」

「はい、おまけに今年度の奨学金ももらえるようです!! 本当によく頑張りましたね、セレーネ!!」

ローレルはセレーネに微笑みかける。すると、セレーネは少しもじもじとしながらこのように答えた。


「それはちょっと違うのです……。こうして合格できたのは、えっこお兄ちゃんとローレルお姉ちゃんのお陰……。2匹が一生懸命ボクのために思いをぶつけてくれたから……。ボクのことを思ってくれたから。だからお兄ちゃんもお姉ちゃんも、大好きなのです!!」

セレーネはローレルの胸元へと飛び込むように抱きついた。小さな身体いっぱいにローレルたちへの感謝を伝える彼を、ローレルは強く抱き締め返した。


その後、2匹は手分けして大きなダンボール箱の荷物を開梱する。
中には制服である黒のシルクハットと少し短めの丈のローブや、教科書やノートや体操服といったごく普通の小学校用品から、いくつもの魔導書に魔法学の初級テキスト、キルクイア語の辞書、子供用サイズの魔杖、見たこともない魔法実験用の魔導器など、魔法学校ならではの学用品も含まれていた。


「とても似合ってますよ、キリリと引き締まった感じで、カッコいいです。」
「えへへ、そ、そうなのです……? こんないい服着たことないから、何だか恥ずかしいけど嬉しいのです……。」

いつものベストとアスコットタイの上にシルクハットとローブを着こなしたセレーネの身なりは、さながら名のある魔導士のようだ。
セレーネは少し顔を赤らめて可愛らしく照れながらも、堂々とした出で立ちをローレルに見せていた。












 一方、えっこたちとファイの召喚したレギオンとの戦いの火蓋が切って落とされた。

トレが先制パンチと言わんばかりに、電撃をまとった高速の体当たりを敵の羽に向かって放つ。音速にも迫るというその一撃は羽を貫いて破るが、すぐにその穴が塞がり、元に戻ってしまった。


「チッ、羽を壊せば飛べねぇ虫ケラになるかと思ったが、そうも上手く行かねえって訳か。」
「なら、その気持ち悪い目玉ならどうかな? 食らえっ!!」

えっこが自慢の脚力を活かして飛び上がり、蒼剣の蹴りを放つ。
ところが、4つのギラギラした目玉は予想以上に硬い質感らしく、カキンと弾かれるような音とともに、えっこの攻撃を受け流してしまった。仕方なくその場に着地するえっこ。そんなえっこに対し、レギオンは尻尾を地面に付けて空中で静止した。尻尾の中からはズズッという、何かを吸い上げるような音が聞こえる。


「まずい、あの感じ、飛び道具か!? 『リフレクト・アビス』!!!!」

ユーグが黒魔法の反射バリアを張ったと同時に、レギオンの顔の空洞から何かが勢いよく放たれる。その飛来物はユーグのバリアの中央から大きく逸れた位置に命中し、衝撃でバリアを破壊されたユーグとえっこは横に大きく吹き飛ばされた。


「何て破壊力……先生ならまだしも、僕の魔力じゃ跳ね返せないか……。」
そんな二匹に対し、続けざまに何かが発射されようとしている。トレがすかさず二匹を攫って高速移動したことで、二匹は難を逃れることができた。


「助かったよトレ……ありがとう。」
「へっ、リーダーたる者当然だぜ。俺のスピードをナメんじゃねぇぞ。」

「あの弾、恐らく泥かと思われます……。この沼地は非常に細かくて粘り気のある粒の泥でできている……。それを吸い上げ、圧縮して球体にして飛ばしてきているみたいです。」
「なるほどね。そういえば昔、僕の近所で光る泥団子が流行ったことがあった。泥団子を乾燥させて磨き、薄くぴったりと泥を重ねてまた乾燥と研磨をする。それを何層も重ねていくと硬くてピカピカの泥団子が出来上がる。それと似たようなことを瞬時にやっている訳か。」

ユーグやえっこの言う通り、この沼地の泥を体内で圧縮して乾燥し、砲弾に変えたものがレギオンの攻撃の正体のようだ。その硬さとスピード故に、まるで鋼鉄の弾を撃つ大砲のような破壊力を持っており、敵はえっこたちを砲撃の嵐で追い詰めるつもりらしい。


「俺の水タイプの技であの泥を柔らかくはできないでしょうか?」
「無駄だ。恐らくは飛んでくる一瞬の隙にそんなもんをぶつけたところで、強度を十分に落とすことはできない。それどころか水を含んで重さが増えて、かえって威力が上がる可能性すらある。」

「気を付けて、また泥の弾の一撃が来るよ!!」

レギオンから泥が吐かれ、えっこたちを襲う。シンプルな攻撃手段ながら、そのスピードと破壊力と強度は一級品であり、ユーグのカウンター技やえっこの水タイプの技による泥の弱化も期待できなさそうだ。そんな中、マーキュリーがふと笑いを見せると、近くの木に拳を叩き込んだ。


「さっきからゴチャゴチャとうるせぇな、お前ら。簡単なことじゃねぇか、力には力でぶつかる、そしてぶちのめす。それだけだぜ?」

マーキュリーは拳で圧し折った木の幹に、さらに踵落としを食らわせる。斧か何かで叩き切ったように真っ二つになった幹は、丁度直径40cm、長さ1.2m程度の大きな棒のようになっていた。


「うるぁぁっ!!!!」
「うわっ!? マーキュリーさん、一体何を!? ……って、脚を泥の中に埋めたら逃げられなく……!!」

「逃げるだぁ? そんなことする訳ねぇだろ。お前この間見てたよな? 俺は魔法とかじゃねぇ限り、攻撃は避けねぇんだよ!!!!」

マーキュリーは思い切り両足で地面を蹴りつけ、その力で無理矢理脚を泥の中に埋めて固定した。先程作った丸太を両手で軽々持ち上げた彼は、レギオンの4つの目を睨みつける。


「高坊のときを思い出すぜ、あんときは監督に本気出すなって言われてたけどよ……レギオン相手ならしゃあないわな。」

マーキュリーは両目をしっかりと見据えて丸太を構える。やがて、レギオンの尻尾がかすかに膨らみ始め、攻撃の兆候が伺えた。


「まずい、泥の弾が来ます!!!!」
「マークを信じよう、あの目つき、やると言ったら必ずやる覚悟が見える……。恐らく勝負は一瞬だね。」

「来いやぁっ!!!! どりやぁぁぁっ!!!!!!」

レギオンの撃ち出した泥の弾を、豪快なスイングで迎え撃つマーキュリー。その風を切る音は20mは離れているえっこたちの元にもはっきりと聞こえ、突風でも巻き起こったかのような衝撃が3匹を包み込んだ。

マーキュリーの丸太は粉々に砕け散ってしまったが、打ち返した泥の弾は目に捉えることができないような速さでレギオンに激突していった。
レギオンの顔はあらぬ方向にひん曲がっており、半ば潰れた泥の弾で無理矢理裂けた顔面からはおびただしい量の赤い体液を垂れ流していた。


「あーあー、まためちゃくちゃやってくれやがるな……。そりゃ本気出すなって監督に言われるわな。」
「マークは高校時代は野球部にスカウトされててね……。まあお察しの通り超有望選手だったんだけど、投げると時速230kmを叩き出すわ、打たせると金属バットが圧し曲がってボールが破裂するわで、代打専門な上に手加減するよう言われてたのさ。本気出したら試合にならないし、敵味方問わず大量の選手を病院送りにする羽目になるからね……。」

えっこはそんなユーグの言葉を聞いてきょとんとしている。やはりその怪力伝説に驚いているのだろうか。


「ユーグさん……。」
「ん? どうかしたのかい?」

「野球って何ですか?」
えっこのとぼけた一言を聞き、脚を泥に埋めていたはずのマーキュリーまでもがひっくり返った。マーキュリーが呆れた顔でえっこに聞き返す。


「お、お前マジに知らねぇの……?」
「だから聞いてるんですってば!! 俺の住んでたカルスター王国で人気のスポーツは、ラグビーとゴルフとテニスとボクシングとクリケット、それから俺たちみたいな下層階級はフットボールにお熱でしたからね。でも野球なんて聞いたことないなぁ……。」

「あー、そのクリケットで使うバットとボールあるだろ? あれ使うスポーツだ。まあ、打者は一人しかいないし、3アウトで攻守交代だが。」
「うーん、何か想像つかないです……。」

トレの説明を聞いてなお、えっこは目を回して困惑していた。どうやらえっこの住んでいた世界では野球はポピュラーではなかったようだ。マーキュリーが見かねてえっこに近付く。


「あーん、じゃあ今度試合でも見に行く? その方が早えだろ。アーク高校の野球部が地上のチームと交流試合やるらしいし、連れて行ってやるよ。」
「本当です? 何か凄く気になる……是非お願いしますっ!!」

一同のピンチを瞬時にチャンスに変えたマーキュリーの馬鹿力。そんな腕っ節の強さによってレギオンは無事撃破され、チームは任務の完了をし、アークへと戻っていくのだった。

(To be continued...)


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