Episode 40 -Life with kids-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ある日の午後、えっことローレルはセレーネを連れて新市街を歩く。その目的は、セレーネの通う小学校の訪問だった。また、カムイやミハイルとチュリネのヴァーティ、シグレとフシデのコルナも、それぞれの新たな生活をスタートさせる。
 緊急会議から数日経ったある日、えっことローレルは、セレーネを連れて新市街を歩いていた。
午後3時過ぎのこの時間帯は、まだ学校や仕事に鎖で繋がれたままの者が大半なため、どこか物静かで日差しが穏やかに感じられる。

やがてえっこたちは一見の大きな建物の前で足を止める。えっこは目に見えて緊張した面持ちで固唾を飲み込んだ。


「だ、大丈夫かな……。自分の面接ならまだしも、セレーネの面接だしな……。」
「もう、セレーネ本人も落ち着いてるのに君が動揺してどうするのですか? 挙動不審な保護者がついていると、相手に悪印象を与えかねませんよ?」

「だって、君と違って俺は下層階級出身だし、学校なんてほとんど行ったことないぞ……。ましてや、君の通ってたみたいなエリート校だなんて……。」

そう、この日はセレーネのために小学校を訪ねていたのだ。もっとも、えっこたちの前に構えたその校舎は、地域にある普通の小学校のイメージとは大きくかけ離れていた。

外装に目をやると、まるで歴史的建造物のように重厚な作りをした焦げ茶色のゴシック様式の建物に、立派な時計付きの楼閣がそびえ立っている。
少し離れたところには礼拝堂のようなものも見え、周囲には羽根の生えたポケモンの像が道の両端に並ぶように設置されていた。ポケモンの世界にも天使の概念があるのだろうか?

えっこは意を決し、そんな立派な小学校の中に足を踏み入れる。えっこの服装は、よく見ると普段より立派なマントにえんじ色のネクタイ姿という、彼らしからぬフォーマルな装いだ。










 「えっ? 普通の小学校ではなく、特殊な学校にですか?」
「ええ、その子からとても強い魔力を感じるの。何でも、まだ9歳の男の子なのに白魔法を使いこなしてたらしいし……。父さん曰くモノノケたちをやり過ごしたのも、光を屈折させて姿を隠す高度な白魔法を利用してたとかで。」

「そうなんですか……。セレーネが……。」

遡ること2日、突然メイがえっこたちの家を訪ねてきた。えっことメイとローレルが会話する中、セレーネはいつものようにゲームに夢中になっている。


「あの子が大切にしてる杖、あるでしょ? あれは言ってしまえばかなり雑に作られたものなの。私が持ってるそれなりの魔杖とは訳が違う。」
「作りが悪いとどうなってしまうのですか?」

「うーん……例えるなら、常にハンドルが右に流れる癖のある車で、一切左右にブレることなく運転し続けるみたいな、そんな難しいことをやってる。魔杖の作りが粗悪だと上手く魔力を魔法に変換できないはずだけど、彼はそれを難なくやってのけてる。天才だわ。」

メイはそうローレルに説明すると、カバンから一冊のパンフレットを取り出す。それは小学校の入学案内書だった。


「この才能を埋もれさせないためにも、『アーク魔法アカデミー付属小学校』に入るべきだと思うの。」
「確かそれって、メイさんがいる大学の事ですよね? 付属の小学校があるんですか?」

「ええ。あそこでは高いレベルの授業と、実践的かつ高度な魔法の訓練を早い内から受けることができる。そこの卒業生は、多くが将来的に魔法使いや魔導師、ダイバー、魔法研究者などの職業に就くことになるの。もちろん、魔法のエキスパートの先生がたくさんいるから、セレーネ君みたいな子の才能を、骨の髄まで引き出してくれること間違いなしよ。」

そう告げるメイの前で、彼女が持参したパンフレットを眺めるえっこ。しかし、ある部分を見た彼の顔色が一気に変わる。


「うえっ!? じゅ、授業料が年間150万ポケ……!? それに入学金も60万ポケ、学用品と施設利用費が別途年間20万ポケ……。」
「まあ、超エリート校だし立派な設備持ってるから仕方ないわねー。でも心配ご無用!! その下の部分を見てくれるかしら?」

「えーと……奨学金制度ですか? 給付型と貸与型があり、給付型は入試を高得点でクリアした者に支給。返還不要で授業料・入学金・学用品設備費全てを賄える金額……。つまり学費が実質タダになるということです?」
「ええ。受給するには入試で高得点取って、天才的な魔法の才能があって、なおかつ学校でもいい成績をキープしなきゃならない。だから大変なのは間違いないけど、学費がタダで将来有望なエリート街道を歩めるわ。どうかしら?」

そんな事情で、えっことローレルはセレーネを連れて入試を受けに来たのだ。試験は面談で行われ、保護者同伴の面接と、知能テストとで構成されるらしい。本番が近付くにつれ、えっこは冷や汗をかいて固まった面持ちを見せる。
ローレルはそんなえっこには構うことなく、指定された教室のドアをノックする。












 一方、カムイとミハイルの葉桜楽器店。この日は夕方に控えるミハイルのチェロのソロ演奏プチコンサートのため、2匹はゆっくりながらも慌ただしく準備をしていた。


「ミハイルさんがその大きな奴を弾くの?」
「そうだよ、それはチェロっていって心地よい低音が出る弦楽器なんだ。こんな風にね。」

ミハイルが弓でチェロを弾き鳴らす。その低くゆったりした音色は心の奥底に染み渡り、どんなイライラや不安も立ちどころに抑えて忘れさせてしまうような、そんな不思議な魅力を持っているようだった。


「面白そうー、私もやってみたい!!」
「ごめんよ、これは僕の私物でかなりの高級品なんだ……調整も自分でやってるくらいで、他のポケモンには指一本触らせたくなくてね。」

「そうだ、倉庫にいくつか中古の余り品があるから見てみる?」
「うんっ、見せてー!!」

つい先日親を失ったばかりとは思えぬ明るさのチュリネの少女・ヴァーティ。きっとこのわずか11歳の少女は、カムイとミハイルに余計な気遣いをさせないようにと無理に明るく気丈に振る舞っているのだろう。
少なくともカムイとミハイルには、そんな風に思えてならないのだった。

ミハイルがヴァーティを倉庫へと案内する。そこには店頭には並べていない調整中や修理中の中古品の他、提携している学校のマーチングバンドや吹奏楽部に引き渡すためにしてある楽器などが綺麗に整頓して置かれていた。


「何か気になるものはある? 何なら吹いたり演奏してみてもいいよ。まあ、中々音を鳴らすのは難しいけど……。」
「うーん……私、これが気になります。これは何?」

そう言ってヴァーティが指さした楽器を見て、カムイの表情が少し曇る。
その先にあったのは、70cmくらいの大きさで楕円形をしており、大きく広がったラッパの口が上を向いている、少し褪せた金色の楽器だった。


「あー……それは『ユーフォニウム』っていうんだよ、それに興味があるの?」
「はい、何だか形が面白いしとても目を引くんです!!」

「ミハイル、君なら音出せる? 私は金管無理だからさ。」
「まー、運指分からないからB♭(ベー)だけはね。B♭管だし、この楽器は。」

ミハイルはそう言うと、吹き口にマウスピースを取り付けて音を鳴らしてみせた。その音色は中音域と呼ばれる高さのもので、先程のチェロと比べると一段階高いものだった。

ミハイルはユーフォニウム奏者ではないものの、その音色はユーフォニウム特有の柔らかい輪郭を思わせる、温かみのある深い響きを感じさせてくれる。


「すごーい!! 私これやってみたいです!!」
「えっ……サックスとかトランペットとかフルートなら分かるけど、よりによってユーフォに……?」

「何か問題でも?」
「いやー……この楽器はあまり潰しが効かないっていうか、ほとんど吹奏楽でしか使われないの。バイオリンみたいな弦楽器が入る場合だったり、ジャズやポップスだったりという場では活躍できないし、ソロでもあまり演奏できる譜面もないし……。どっちかというと目立たない脇役みたいな存在だよ?」

「カムイ……世のユーフォ好きからグーで殴られるよ……。」

カムイの言う通り、ユーフォニウムは通常吹奏楽でのみ好んで使われる楽器だ。
柔らかな中音を出せる故、輪郭のはっきりした音が出せるトランペットやトロンボーン、低音を支えるチューバなど、他と合わさって初めて真価を発揮できる楽器であるため、どちらかといえば縁の下の力持ちといえる役回りだろう。


「それでもいいの。だって、それってみんなのサポートができる一番カッコいい立場でしょ? 主役に華を持たせて、土台作りしてる楽器の応援もして、そんな大切な役割ができるなんて憧れちゃいます!!」
「だってさ、カムイ。」

「言われてみればそうなのかも……はは……。」

フルート吹きで最も目立つ立場にあるカムイには、ユーフォニウムの魅力がイマイチピンと来ないらしい。
ヴァーティとミハイルはそんなカムイを尻目に、吹き方の練習を始めるのだった。









 「なるほど……彼がセレーネ君ですね? 私はここでヒーラーコースの講師をしている『ジャンヌ』といいます。今日はよろしくね、セレーネ君。」
「はい、よろしくお願いします……なのです。」

セレーネはあまり落ち着かないような素振りを見せながらも、ジャンヌと名乗るわざわいポケモン・アブソルの言葉に応えた。
えっこも緊張のせいかカチカチに固まった凍りケロマツになっている。


「では早速テストに移りますね。セレーネ君、このバスはどちらに進むか分かりますか?」
「えっ、何これ……ノーヒントですか!? 一体何を根拠に考えれば……。」

セレーネに差し出されたのは、降り口の描かれていないバスの絵だった。長方形の車体と正方形の窓がいくつか、他には円形のタイヤがあるのみで、ヒントらしきヒントもない。

えっこが目に見えて焦る中、セレーネは5~6秒だけ絵を見つめると、バスの左側を指さした。


「こっちです。左側に進むのです。」
「おや、どうしてそう思ったか、聞かせてもらえる?」

「だって、アークのバスはみんな道路の右側を走ってたから……。この絵は降り口が奥側にあるから、奥に歩道があるのです。奥が右で手前が左。右側に沿って走るから、バスの左が前なのです。」
「お見事、素晴らしいですね!!」

ジャンヌが笑顔を見せる。アークのバスは右側通行であり、乗り降りする側、つまり歩道側が車体右側面なのだ。そのため、セレーネの言う通り奥は右側面、手前は左側面であり、右側通行になるにはバスの絵の左側方向へ進むことになる。


「凄い……確かに言われてみればそうだ……。」
「では次に移りますね。この8個のオレンジの中に、一つ爆弾が紛れ込んでしまいました。爆弾は他のオレンジより10gだけ重いらしく、手で持っても全く分かりません。さて、天秤を2回だけ使って爆弾を探し当てるにはどうしたらいいでしょうか?」

ジャンヌが取り出した8つのオレンジ色の玉。見た目は全て同じで、この内一つが他より10gだけ重い爆弾らしい。
えっこが再び頭を捻る中、セレーネは玉と天秤をしばらく交互に眺めると、ジャンヌに目を合わせて口を開いた。


「分かったかもです。」
「えっ!? な、なあセレーネ、もうちょいよく考えてからにした方が……。」

セレーネはそんなえっこを無視して玉を3つずつ両方の皿に乗せた。すると、片方の皿が下に傾いた。


「こうなると、傾いた3つの中に爆弾があるはずです。だから反対側のお皿の3つと、余った2つはオレンジなのです。」

次にセレーネは傾いた皿に乗っていた玉の内、2つをそれぞれの皿に乗せた。またもや片方が下に傾く。


「傾いた方が重いから爆弾なのです。どっちも同じ重さだと、残った1つが爆弾になります。それから、もし最初の6つが釣り合ったら、余った2つをそれぞれお皿に乗せてみてください。傾いた方が重いから爆弾なのです。この方法ならどの場合も2回だけ天秤を使うことになります。」
「大正解!! いい調子ですね!!」

呆気に取られるえっこを前に、難なく正解を導き出すセレーネ。どうやらこの学校の知能テストは、『誰にでも解ける』けれど『解くのが難しい』問題ばかりで構成されているようだ。
特殊な知識が必要な訳ではないが、論理的思考と発想力がなければ簡単には解けない良問で、子供たちの地頭の良さを試すらしい。


その後もセレーネは問題に対して高い正答率を叩き出し、えっこを驚かせた。10問程度終わり、ジャンヌがえっことローレルに語りかける。

「では、お手数ですが保護者のお二方は少し廊下でお待ち願います。少しだけ、セレーネ君と一対一でお話させていただきますのでね。」
「ああ、はい、分かりました。どうかセレーネをよろしくお願いします。」

えっこはそのように返事をすると、ローレルを連れて教室の外へと出た。どうやらセレーネと個別に面談をして、入学可否や奨学金採用の判断材料にするらしい。









 「あー、ったく……どうしたもんだろうかな、コイツはよ……。」
シグレは8歳のフシデの男の子・コルナを預かっている。

居間に座って障子の紙をせっせと貼り直すシグレ。先程コルナは障子のあちこちにイタズラをして穴を開け、シグレに雷を落とされたところだ。

当然、コルナはまるで洪水や鉄砲水のように泣き喚き、シグレはそれを鎮めるのに大変な苦労を強いられた。


「つか、いつの間にやら疲れて寝やがって……寝ちまいたいのはこっちの方だぜ……。」
コルナは泣き疲れたのかスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。どうやら彼はやんちゃ坊主で非常にマイペースな性格らしい。
そんなとき、囲炉裏に掛けた鍋がグツグツと音を立てる。シグレは作業を一時中断し、火かき棒で火の手を弱めた。


「ん…………。父ちゃん……ごめん……もうしない……から……。」
「……寝言か。」

目を閉じながらぼそりと呟くコルナ。夢の中でもう二度と会えないであろう父親に、いつものようにイタズラを咎められて叱られているのだろうか?
シグレは自らの拳をぎゅっと握り締めて見つめた。


「どいつもこいつもクソッタレどもめが……。何でこんな奴が、こんなイタズラ坊主が……。何で父親が、こいつの頭にゲンコツ落とせねぇんだよ……。どうして母親が、ピーピー泣くこいつを慰めてやれねぇんだよ……。ふざけんなよ、こんなガキから全てを奪い去りやがって……。」

シグレは消え入るようにそう呟く。かつて自らも、何らかの事件で家族を全員失った彼だからこそ、コルナの境遇が身に沁みて分かるのかも知れない。嫌がりながらもどこか放っておけなかったのは、そのせいかも知れない。


コルナは、鼻を掠める美味しそうな香りに釣られるようにして目を覚ました。寝ぼけ眼を徐ろに開くと、目の前にお椀が置いてあった。

「これ何……?」
「今日の晩飯だ。取り敢えずそこらにある野菜やすいとんを煮込んだ代物だ、とっとと食いな。」

シグレが作ったのは、山の幸の詰まった味噌鍋だった。トロリと溶けたすいとんと柔らかく煮込まれた野菜が、一目で分かる程贅沢に使われている。それを見つめるコルナは、何故か突然顔をしかめた。


「げっ……オイラネギと大根嫌い……。」
「好き嫌いすんな。ちゃんと食わねぇと承知しねぇからな。」

シグレの鋭い目に睨まれて渋々ネギを食むコルナ。すると、突然その表情が驚きに満ちた。


「んおっ、何これ、本当にネギ!? シャキシャキしてるのに柔らかくて味が染み込んでて美味いや……!! しかもめちゃくちゃネバネバしてる……。」
「育て方が悪いと風味も粘り気もねぇネギになんだ。アークの店で売られてる奴は大抵そんなショボい奴だが、この鍋に入れたのはミハイルの奴が手間暇かけて育ててたネギだ。不味い訳がねぇよ。」

「大根も凄く柔らかい……。あの青臭いのがダメだったのに、それが全くない……凄い、こんな美味しかったなんて!!」
「ロクな野菜食ったことねぇのか……アークとか地上界の農民は何てシケたもん作ってやがるのか……。」

コルナにとって苦手な野菜のはずが、何故かこの鍋では美味しく食べられてしまう。農業技術の発展によりより大量に、簡単に画一的な野菜が作られるようになった世の中だが、それにより失われてしまった野菜本来の美味さというものもある。
どうやらまだ人間が現代農法を取り入れる前の時代を生きていたシグレは、そんな野菜の使い方や特性を熟知しているようだ。

この数日間緊張とストレスで味気ない食生活に苛まされてきたコルナは、そんなシグレが引き出した山の幸の味に、必死でがっつくのだった。









 「お待たせいたしました、ではお次は保護者の方に質問がございますので、中にお入りくださいな。」
「ふぇっ!? は、はいっ!!」

えっこは完全に緊張した様子で教室に入る。ローレルはその後ろで気付かれぬよう、肩をすぼめて軽くため息をついた。


「メインでお聞きしたいことは一つ。ずばり、何故彼を我々の学校に入学させたいか、その理由です。」
「理由……ですか?」

「ええ。ご存知かと思いますが、私たちは魔法教育はもちろんのこと、基礎学力や運動能力、作法に至るまで幅広い分野で高い水準をお約束し、児童たちにも頑張ってついてきてもらうことを求めています。先程、セレーネ君にはその意気込みを聞かせてもらいました。だから次はあなたの番です。」

そう告げられたえっこは、しばらく考え込んだ後に顔を上げ、静かに説明を始めた。


「俺は……実はこの子の父親ではありません。ローレルも母親ではありません。この子は養子、血の繋がりのない赤の他人なのです。」
「そうだったの……ですか?

「この子の村は数日前、レギオンに壊滅させられました。そこで家族を失って途方に暮れていたところを保護され、俺たちの元へやってきたんです。でも、どこまでやれるか分からないけれど……俺はこの子の道標でありたい。父親代わりは無理かも知れないけれど、この子が生きていけるよう、その先を手を引いて共に歩いてあげたい。その一歩として、この子が才能と個性を最大限に発揮できるこの学校で学ばせてやりたいと思ったんです。」

不器用だけれどどこか力強いえっこの言葉に、思わずジャンヌは真剣な眼差しをもって聞き入っていた。えっこはそんなことにも気付かない程に夢中で、さらに話を続ける。


「知り合いのダイバーに、このアカデミーの本科生だった方がいます。彼女曰く、セレーネは魔法能力において大きな可能性を秘めていると。俺は果たしてどう転ぶかは分からない。セレーネは将来、ダイバーにでもなってレギオンに復讐するかも分からない。魔法で病気を治す医者になるのかも知れない。研究者として魔法の謎を解明するかも知れない。それは分かりません。」
「えっこ……お兄ちゃん…………。」

「それでも、彼には自由に選んで羽ばたく翼が必要だと、そう思います。今は悲しみの底にいる彼だけど、また新しく一歩を踏み出せるように『父』として応援したいし、彼もこの学校で力を試してみたいと、確かにそう告げてくれました。だから、今こうしてそっと背中を押しているのです。」

セレーネは自分のために必死で言葉を紡ぐえっこをじっと見つめていた。えっこは何とか思いを形にすると、やり切った思い半分と、緊張に押し潰された感覚半分で深くため息をついた。


「僕も同じ思いです。自分自身、女だからと、高貴な家庭に生まれたからとあらゆる物事を勝手に決められ、そのレールを辿ることを強制されてきました。しかし、えっこさんに出会い、その外に連れ出されて空の蒼きを知った。風の心地よさを知った。家族を失ってあらゆる道が閉ざされたセレーネにも、同じ思いをさせてあげたいのです。ここで才能を磨かせていただき、将来の幅を広げることに繋げたく思います。そして、彼自身がいつか自らの脚で道を踏むこと。それが僕の願いです。」

ローレルもえっこに続いて自らの考えをジャンヌへ訴えかけた。ジャンヌはしばらく目を閉じて考えると、えっこたちに向かって口を開いた。


「なるほど、お二方の考えはよく分かりました。結果は明日にでも出るかと思われます。」
「ええっ、そんなに早くですか?」

「何十匹何百匹と選考をする訳でなく、彼一匹だけですから、この後すぐに上の者を交えて会議をし、合否決定及び奨学金の支給可否を決定しますよ。そうそう、それからこちらに身体のサイズなどをご記入ください。制服などの用意に必要ですから。」

えっこは促されるまま、セレーネの服のサイズなどを書類に記入した。これで面接は終了となり、一同は部屋を後にした。










 辺りは既に一面の橙。夕闇が空のドームに顔を見せ始めるこの時間帯は、ようやく学校や仕事から解放されたポケモンたちの姿もちらほらと見え始め、昼間とは異なる賑やかさと慌ただしさを感じさせていた。

そんな中、えっことローレルとセレーネの3匹は並んで駅までの道を歩く。


「あー……生きた心地がしなかった……。緊張して心臓止まるかと思った……。」
「もう、大げさなのですから……。あれしきのことで緊張してどうするのですか?」

そのとき、セレーネが口に軽く手を当ててくすりと笑いを見せた。えっこは確かにその姿を目撃した。


「あー、セレーネ、お前笑ったなー? 俺の固まった姿、そんなに面白かったかよー。」
「あっ、ひぇっ!? ごめんなさいなのですっ……!!」

「ふふっ、怒ってないよ。やっと、笑顔を見せてくれたし話せたな……。今はそれがとても嬉しい。ありがとうな。」
「だって、えっこお兄ちゃんはボクのために一生懸命だったから……。見ず知らずのボクなんかのために……。」

すると、えっこはセレーネの頭に優しく右手を乗せて撫で始めた。


「赤の他人なんて言っちまったけど、他人じゃないさ……あれは嘘。もう君は俺たちの家族なんだから、お互い遠慮はなしだ。」
「はい……よろしくなのです……。」

えっこが差し出した手を、セレーネは甘えるように握り締める。手を繋ぎながら家路に就くその3つのシルエットは、さながら本物の血の繋がった親子のように、新市街に沈む夕日の前に浮かび上がっていた。


(To be continued...)


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