この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
変化の合図は、二階のガラス窓の割れる音だった。
窓を突っ切って猛突撃する漆黒の翼が、すれ違いざまにクロイゼル目掛けて『つじぎり』を振り下ろす。
マネネのピンポイントで重ねられた『リフレクター』によってその奇襲は防がれたが、続けざまにそのポケモン――――ドンカラスは『つじぎり』の背面切りを繰り出した。
確かにその一撃は入っていた……だが何事もなかったようにクロイゼルは立ち直り、窓淵の外に立つ人物、ハジメに対して嘆いた。
「おっと。直接攻撃だなんてひどいじゃあないか」
「…………止まらない、か」
「ああ止まらない。僕は死なないし止まる訳にはいかないから」
ギラティナが再び姿を消す。こうも姿をちょくちょく消されるとターゲットが誰か分からない……!
外のあの感情の怨嗟を恐れつつも、俺はバッジに手をかける。
アキラ君の呟いた声が、それを引き止める。
「狙いは――――――――読めている」
ギラティナがまた現れ――――ムウマージのメシィの背後に向けて『シャドーダイブ』の鉄槌を下してくる。
けれど奇襲を読んでいたアキラ君たちは、すぐさま振り返り対応した。
「今だメシィ、『イカサマ』!!」
相手の攻撃を利用した『イカサマ』。
その技をもってムウマージ、メシィはギラティナの突撃を誘導し、絡めとって壁に叩きつけた。
壁に空いた大穴からも冷気と雪風が一気に入り込んでくる。
外のざわめき声も、一気に大きくなる。
そのどよめきを割らんばかりの雄叫びが遠くから轟いた。
吠え声の主は……テリーのオノノクス、ドラコ。
「――――どけ!!!」
群衆を割ってトレーナーのテリーと共にこちらへ向かってきたオノノクスのドラコは、その大きな斧牙で二連打の『ダブルチョップ』をギラティナの腹に叩き込んだ。
呻くギラティナの反撃が、オノノクスを引きはがしにかかる。
『かげうち』で滅多打ちにされても、オノノクス、ドラコはギラティナを離さない。
テリーは天を向き、遠くの味方へ要請した。
「構うな、やれ!」
「ライカ! 『エレキネット』!!!」
屋根の上のアプリコットの指示を受けて、雪雲を突っ切って急降下したライチュウ、ライカはオノノクスごとギラティナに『エレキネット』の電撃の網で身動きを取れなくする。
それでもギラティナは『かげうち』で網を切り裂くと、【破れた世界】へと姿を消していった。
今度は逆に囲まれる形となったクロイゼル。肩をすくめる素振りをしながらも、その立ち振る舞いには一切の動揺を見せない。
「まさに多勢に無勢、か。しかし数の暴力には屈したくない性格なのでね――――」
白い外套を翻し、その右腕に持つのは、黒いモンスターボール。
「――――もう少しだけ戦力をつぎ込ませてもらおうか」
それらを背後の地面に叩きつけて更にクロイゼルは、悪夢の化身、ダークライを呼び出しやがった。
「少々手狭だな。ダークライ、もうこの砦壊していいよ」
ダークライが両腕を振り下ろす。するとさっきのひび割れとはスケールの違う線が大広間全体を八つ裂きにする。
「『あくうせつだん』」
技名を言い終えたと同時に一気に砦の大広間が崩れ落ち始める。メイの傍にいたクロイゼルたちは、マネネの『リフレクター』によって守られていた。
このままじゃ俺たちどころかポケモンたちも倒壊に巻き込まれる!
ドンカラスはハジメを外に連れ出しに外へ。アーマルドはとっさに俺とユーリィを押し倒し、覆いかぶさった。
アキラ君はメガフシギバナのラルドとムウマージのメシィに『ヘドロばくだん』と『シャドーボール』をそれぞれ天井へと撃たせ、なんとか落ちてくる瓦礫の数を減らそうとする。
だが、それだけでは限界があり防ぎきれない。
その最中に、ヤミナベがサーナイトにメガシンカのカードを切る。
光に包まれ、変身したメガサーナイトが、両腕を天井へ伸ばす。
それを見たミケが、エネコロロのメニィへ、メガサーナイトに『てだすけ』するように声を張り上げる。
「すべて防ぎきるぞサーナイト!! 『サイコキネシス』!!!!」
メガサーナイトが全身全霊をもって『サイコキネシス』で残った瓦礫を受け止めようとする。
しかし全部は抑えきれそうになく、潜り抜けてくる破片がヤミナベを襲う――――その間際のことだった。
「――――サク様あっ!!!!!」
彼女が、メイがユウヅキに叫ぶ。
その叫び声と共に、彼女の超念力が。
瓦礫も破片もすべてを散り散りに粉砕した。
……押しつぶされずに済んだが、砂粒まみれになった俺たちは、どうしても。申し訳ないが、流石にどうしても。
彼女のその力に、怯まずにはいられなかった。
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砦の大部屋が一瞬になって砂になった。
ライチュウ、ライカの尻尾と連結したボードに乗ったアプリちゃんに抱えられながら呆気に取られていた私は、その広間跡地の中でみんなの視線を一身に受けている女の子がいることに気づく。
その子は大きな帽子で顔を隠しながら、泣き叫んでいた。
ずっと恐れて、怖がって、我慢していたことを吐き出すように、彼女は怒鳴る。
怒りを、周囲にぶつける。
「……どうせ、どいつもこいつもあたしのことも怪人みたくバケモノだって思っているんだろ!!!! 言わなくても解るんだよ!!!!」
その言葉に、心がずきりと痛む。
マナの記憶で見たクロイゼルは、怪人と罵られ、石を投げられた。
その集団がクロイゼルを見る目の恐ろしさを、私は記憶で追体験してしまっている。
だから、彼女が何を恐れているのかが、そして私がそれを知った上でクロイゼルに対して何をしていたのかが……解ってしまった気がした。
それは、迫害。
恐れて怖れてしまい、遠ざけたいと思う感情。
外に居た集団にも、芽生えている現象だった。
「やっぱりあたしはみんなに害を与える敵だ!!!! 敵なら敵らしくいっそ討伐でもなんでもしてよ!!!!」
痛ましいほどの彼女の苦しみが、苦しんでいることが波導使いでない私にも解る。
それでも隙間から押し寄せる彼女への恐怖に、私は一喝した。
『違う!!!!!!!!!!!!!』
腹の底なんて今は無い、私の大声が雪原に轟いた。本来この声は、喉の概念のない私が奇襲に使えるかもとネゴシさんは言っていたけど、構うものか。
傍にいたアプリちゃんとライカは耳を抑えている。けど「アサヒお姉さん、言って」と彼女は続きを促してくれた。
『メイちゃんは敵じゃない!!!!!!』
「……は?」
『バケモノなんかじゃ、ない!!!!!』
「嘘だ。あたしはバケモノなんだよ!!」
『嘘じゃない!!!! メイちゃんはただユウヅキたちを助けようとしてくれただけ!!! メイちゃんなら、解るでしょ!!??』
「――――!! そう、だけどさ……でもあたしは、その気になったら何でも壊してしまう。危険なんだよ!!!」
『そんなのメイちゃんだけじゃあないよ!!!!』
私の記憶、マナの記憶を根こそぎ掘り起こして、私が傷つき壊れかけた時のことを思い返す。
そしてメイちゃんが昔も今もサイキッカーとしての力をどう使っていたのかを、出来る限り思い出す。
彼女は決して、それを使い暴力を振るおうとはしなかった!
『どんなに強い力を持っていたとしても、いつもは普通に飲んでいる水も、石ころも言葉でさえも他者を傷つけ壊すことは出来る。それをするかしないかだけで、みんな何も変わらない。でもメイちゃんは自分から望んではしなかったじゃん……!』
「…………アサヒ……」
『メイちゃんのそれは……私にとっては私たちを助けてくれた素敵な魔法だよ! 誰が! なんと! 言おうとも!!』
「!!!」
大きな帽子から顔を出し、私を見上げてくれるメイちゃん。その顔は助けを求める女の子のそれだった。
こみ上げてくるそのままの勢いで、私はこちらを一瞥するクロイゼルに啖呵を切る。
『そしてクロイゼル……怪人なんて名乗って凶行がまかり通ると思うな!! その化けの皮剥がして、同じ人間としてもろもろの責任を取ってもらうんだから!!!!』
言い切った私に、クロイゼルは涼しい顔でこう告げる。
「じゃあ、お手並み拝見といこうかアサヒ」
それから彼は、外に向けて指をさす。そこに広がるのは、こちらの様子を伺う大勢の人、大勢のポケモン。
「この群衆から、君はメイとユウヅキをどう守る?」
『――――っ!!!』
私が出来るのは、言葉を発するのみ。手も足も動かないし、力を貸してくれる手持ちのみんなも今はいない。
考えろ、考えろ、考えろ!!!
私だけじゃ出来ないなら、どうすればいい!?
『みんな――――――――ふたりを助けて!!!!』
「任せてアサヒお姉さん!!!!」
紡ぎ出した答え、ありったけの叫びに、アプリちゃんが真っ先に応えてくれる。
それから彼女は大事に持っていたモンスターボールをビー君に投げた。
「受け取って!」
「!」
何とかそのキャッチしたビー君はそのままアーマルドと外の雪原へと駆け出し、受け取ったボールからルカリオを出した。
それから彼は何かバッジのようなものを外し捨て、肩についたキーストーンに触れルカリオをメガシンカさせる。
「メイ……慄いて悪かった! 行くぞアーマルド、ルカリオ!」
「加勢するビドー! 行けドンカラス、ゲッコウガ!」
ドンカラスと飛んできたハジメ君が、ゲッコウガを出しつつビー君の隣に着地する。
ビー君とハジメ君が隣り合っている光景前にもあったけど、その時よりもこうなんだろう、今の方がとても頼もしかった。
でも、状況がよくないのは変わらない。
ビー君たちは、あくまで自分たちから手を出さずに立ち塞がる。
こちら側から仕掛けたら、それこそ連鎖的に爆発しかねないからだ。
限界ギリギリまで緊張感は高まる。
それでも、誰かが一石を投じてしまった。
集団側から投げられたこの一石。それがこちらに落ちるのを皮切りに歯止めが利かなくなるのは安易に想像がつく。
もうダメなの? そう思いかけた時、予想外の光景が目の前に広がる。
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放物線を描き、投げられる一石は、地面に落ちなかった。
石ころキャッチしたのは……大きな泡のバルーン。
いつの間にかやって来ていた上空を飛ぶトロピウスの背から、そのバルーンを発射した彼らが、ビー君たちと集団の間に降り立つ。
真っ白な雪に負けない白い肌のアシレーヌを引き連れたスオウ王子は、不敵な笑みを浮かべながら、ユウヅキに振り返った。
「よっ、待たせたなユウヅキ」
「スオウ……?」
「あー、やっと助けに来れたぜ」
あまりにも軽い挨拶に、呆気にとられるユウヅキを差し置いて、スオウ王子は集団に向き直る。それからアシレーヌに大量のバルーンを展開させ、ユウヅキたちを庇うように仁王立ちした。
「お前ら、まさか“俺”に石投げることはないと思うが……それでもユウヅキへの私刑をやるって言うなら、ここは<自警団エレメンツ>とその他一同が全力で止めさせてもらうぜ……!」
スオウ王子の言葉に呼応して、彼の隣にもう一人と一体が着地する。
アマージョを引き連れ、口をへの字にしたソテツさんは、どんどん突き進むスオウ王子に毒づいた。
「一人で先行するんじゃないバカ王子。キミだけ後で石投げてもらえ」
「雪合戦ならいいぜ、やるかソテツ?」
「……雪だるまにしてやるよ」
「こら! 二人ともいい加減にしなさい!」
さらに奥側から新たな大勢影が見える。スオウ王子とソテツさんを叱り飛ばしたプリ姉御やトウさん率いるそのメンバーは、紛れもなく<エレメンツ>のみんな。そして合流したジュウモンジさんたち<シザークロス>などの他の面々だった。
ガッツポーズでこっちに手を振る満身創痍のネゴシさん。きっと<エレメンツ>と掛け合ってくれたのだろう。
二方向から挟まれて動揺する集団を見たクロイゼルは、その景色をじっと見ていた。
やがて彼は私と目を合わせると、大きくため息をひとつ吐き、構えを取る。
ブレスレットのようなZリングに嵌められた黒いクリスタルが輝きだす。
「よくわかった……今日はお開きだ」
彼とダークライが両腕を振り上げると、一帯の銀世界が、暗黒世界へと一瞬で変わる。
ひとり、またひとりとその闇の中に呑まれ意識を失っていく。
「『Zダークホール』」
そう呟かれたこの技は、距離感が分からないけどとても大きな規模で起きていることだけは分かった。
そうして……身体のない私だけを残して、みんな眠りについてしまう。
闇が晴れ天井の壊れた大広間の階段の上に、意識のないメイちゃんを担いだクロイゼルたちはいた。
アプリちゃんの手から零れ落ち、地に転がる私に向けてクロイゼルは話しかける。
「今はこれが限界か。間もなく全員起きるだろうから、今のうちに撤退させていただく」
『メイちゃんを、返せ……!!』
「それは出来ない。彼女にはまだ働いてもらう。それからアサヒ。あまり声を張り上げない方がいい」
続けて発せられた言葉はまるで忠告のようで――――
「度を越して無理すると、肉体のない君の魂は燃え尽きるよ」
――――同時に死の宣告でもあった。
【破れた世界】から迎えに来たギラティナに連れられて、彼らは姿を消す。
メイちゃんの名前を呼び続けても、届くことはなかった。
あの子を助けられなかった悔しさが、無力さがこみ上げてきた私は、
舞い落ちる雪の中で、ただがなるしか出来なかった。
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ゲストキャラ
テリー君:キャラ親 仙桃朱鷺さん
ミケさん:キャラ親 ジャグラーさん
アキラ君:キャラ親 由衣さん