【第058話】暖かな手 / ペチュニア、ポイン

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 GAIA、南エリア、赤道地域における泥炭地帯のサンプルバイオーム。
通称『ヘドロの森』。
以前、チハヤがテイルと逆さ吊りの訓練をしていた場所だ。
あちこちに木の根が張り巡らされ、高温多湿で足場がぬかるんでいる。
そんな不快な環境にて……刃を交えるもの好きが2名ほど。

 木々の隙間を縫うようにして、駆け抜ける眼光が2つ。
獲物に飛びかかるタイミングを狙いながら、その輪郭を闇へと隠しているようだ。
「げげ……」
そしてその軌道を目で追うようにして、ホゲータは意識を集中させる。
「目ェかっ開いとけよホゲータ……アタシの合図で一気に仕掛けろ。」
「げ……。」
背後のイロハからかかる圧を全身で受けながら、目を凝らす。
いつその影が襲ってくるかは分からない。

 ……が、ある時。
鈍い光の軌道が、少しだけ大きく見える。
たった一瞬、その瞬間をイロハは見逃さない。
「……そこだホゲータッ、『のろい』攻撃ッ!!」
「げっ!」
指示を出された瞬間、ホゲータの肉体が筋骨隆々に膨れ上がる。
そして強固になった身体が……遠い闇から飛びかかってきたオオニューラの『フェイタルクロー』を受け止めたのであった。

「にゅッ!!」
爪の一撃を弾かれたオオニューラは、すぐに距離を取って体制を立て直そうとする。
が……『距離を取る』というのは、ホゲータに対しては悪手だ。
「ぶっ飛ばせ……『ハイパーボイス』ッ!!」
「げーーーーーーーーーーーーッ!!」
遠くに離れたオオニューラを目掛け、大音量の咆哮が放たれる。
無防備なオオニューラの全身を、酷い振動が揺らしてダメージを与える。

「にゅ……にゅッ……!!」
「っし……良いダメージだ。」
「げげ。」
痛烈なヒットを決めたホゲータ。
しかしこの技を出した直後、彼は自身の身体に軽い違和感を覚える。
「ほ……げ?」
「どうしたホゲータ。何か……ッ!?」
その異変には、イロハもすぐ気づいた。
「ほげー……!」
そして間もなく……彼の身体が七色に光り始めたのだ。

「ッ……進化か!」
やがてホゲータは頭に冠を宿し、炎型の卵を載せたポケモン。
そう、アチゲータに進化したのであった。
「ちゃげッ!」
「っし……そろそろだと思っていたが、やっと来たか。」
進化に喜んでいる様子のアチゲータを、ため息交じりに見守るイロハ。
そんな彼女の背後から、語りかける声があった。

「あららー、ホゲータちゃん進化したのねぇ。良かったじゃない、イロハちゃん。」
気の抜けた様子で発言するのは、イロハの担当教員であるペチュニア。
タブレット端末を手にし、ハンモックに寝そべりながら拍手をしている。

「……おいペチュニア。テメェさっきからオオニューラに一度も指示出してねぇじゃねーか。真面目にやる気あんのかよ。」
「あらー?私は真面目よー?だってオオニューラちゃんは、下手な指示をしないほうが素の・・実力は発揮しやすいもの。ねー?」
「にゅ。」
笑いかけてくるペチュニアへ、短く返事をするオオニューラ。
まるでテキトーな様子の彼女に、呆れたイロハはため息を漏らすばかりだ。

「チッ……大方、夜更けまで論文書いてて寝不足でダルいだけだろ。」
「あら図星。流石ね、イロハちゃん。」
「何年テメーの下っ端やってると思ってる。どーせロクでもねー薬の開発なんだろうけどよ。次は何だ、即効性の✕薬か?それとも外法な避✕薬か?」
「あら?根拠は?」
「こないだイッシュまで買わされに行った試薬を見りゃ、大体見当はつく。で、実際どうなんだ?」
「うふふ、それはどうかしらね。乙女の秘密ってやつよ。ふぁー……」
ニコニコと笑いながら、彼女は欠伸とともに寝返りを打つ。
「(……まぁ良い、大事な戦闘データは取れた。アチゲータに進化したし……上々だな。)」
そんなことを考えながら、イロハはアチゲータをボールへと戻す。

「……で、話は変わるんだが。こないだからテメェに渡してる『チハヤ・カミシロ』と『シグレ・シワスノ』のデータ。テメェなりの結論は出たのかよ?」
「うーん、駄目ねー。前者の方はなんというか、保存してた筈のデータが殆ど吹っ飛んじゃってるっていうかー……」
「(……おかしい。コイツはたしかにテキトーだが、アタシの作ったモンを蔑ろにするやつじゃねぇ。特に研究データは……厳重に管理しているはずだが。)」
チハヤに纏わる記録が何故か手元に残らない、という旨の話を聞き、イロハ僅かな違和感を覚えていた。
恐らく、ソレがリコレクトの影響であることは……きっと彼女は知る由もないだろう。
「……で、シグレの方はどうなんだ。」
「そっちもねぇ……全然露出している情報がないのよ。ウツセミ先生が尻尾を出させないように指導しているからかしら?」
「……テメェ、少しは自分の足で現場に来た方が良いんじゃねぇのか。」
「えー、面倒くさーい……」
愚痴を零しつつ、更に寝返りを打つペチュニア。
「にゅ、にゅにゅ。」
しかしそんな彼女の肩を摩りながら、背後のオオニューラは説得を試みる。
「オオニューラちゃんまでー?もー、分かったわよー……次の果たし合いプレイオフの情報が出たら、私に教えて頂戴ー……Zzzzz」
「(そこも他人任せかよ……ホントにこのアマ……)」
舌打ちをしながら、近くに止めてあったバイクへと向かうイロハ。
そのまま彼女は狭い獣道を走り抜け、どこか遠くへと走り去っていってしまったのだった。




 ーーーーー某日、夕方。
職員室の一角にて、2名の教員がやり取りをしていた。
「だから、その書き方じゃ駄目って言ってるでしょ!?またウツセミ先生に突っぱねられるわよ!?」
「……でも、事実だし。」
怒号を発するのは家庭科教師兼試験官プロクターのポイン・ユーフォルビア。
そしてその叱責を、書類とボールペン片手に受けていたのはテイルであった。
彼女は養成プログラムの指導に関する月次報告書を書いているようだ。
毎月の頭に収集され、他の教員らの間で共有される大事な書類だ。
しかしテイルはそれを提出した所、ウツセミに突き返されて居残りを余儀なくされていたらしい。
そして、それを見かねたポインが彼女に書類の書き方を指導していた……という経緯なのである。

 そしてポインは、テイルのグランブルにジャックを預けて、テイルに付きっきりになっている。
「だー……」
「がるる………」
既に疲弊しきっているテイルとポインの両名を、ジャックもグランブルも遠くから不安げに見守っていた。

「だからといって『シキジカと一緒に、でんぐり返しで岩山を転がらせた』『なんか死にかけた』だけじゃワケがわからないでしょう!?箇条書きで事実を書くだけじゃ駄目、その訓練を行った理由とか、得られた知見とか……もっと書くことあるでしょ!?」
「……それも書いてる。」
「えぇ書いてるわね!『身体で覚えさせるため』と『以下同上』の2文だけが!!」
あまりにも短文かつ杜撰な報告書に、ポインは頭を抱えていた。
予想以上にテイルの要領が悪く、また融通が利かない……ということは、ポイン自身もかなりわかり始めていたからだ。
テイルは決してサボっているわけでも、ふざけているわけでもない。
ただ、こういう細かい箇所で空気を読む能力は……致命的に足りていなかった。

「多分ウソは言ってないんだろうけど、もっと言葉を選ばなくちゃ。例えば、ここの文章だと……」
そう言ってポインはボールペンを取り、筆を走らせていく。
するとテイルの言わんとしている内容とほぼ同じ状態で、より体を為している文章が出来上がっていった。
「ほら、こんな感じ。ちゃんとそれっぽい理由づけをしておくと、読んでる側も納得出来るでしょう?」
「……こんなこと、思ってないんだけど。」
「思ってなくても書いておくもんなの!とりあえずそれっぽいものを作るためには、多少のウソは必要なの!覚えておきなさい!」

 そんなこんなでポインの指導が入りつつ、彼女らの足元にはシュレッダー行きが確定した紙くずの束が山積していく。
「(本当はPCで入力させたいけど……この子に渡すと壊すのよねぇ……あぁもう手がかかる!!)」
残念ながら、泣き言を言っても始まらない。
それに、仕事で多くの失敗をしていた経験が……彼女にもないわけじゃない。
ポインは乗りかかった船と、最後まで彼女に付き合うことを決めた。

 そしてテイルも、彼女なりに工夫をしながら書類を書き進めていく。
しかし……
「あぁもう!そんな汚い字じゃ読めないでしょ!?ミスったら最初からやり直しなんだから、気をつけて!」
「ほらそこ!雑に一文で締めない!!」
「……って違う!そこはさっき言ったでしょ!」
段々と、互いの顔から生気が失われていく。
ふたりのストレスゲージは、既に最大限の一歩手前まで溜まっていたのだった。

「……。」
そして遂に、テイルは精神的に限界に達したのだろう。
その腕は止まってしまい、目には薄っすらと涙が浮かび上がっていた。
両肩は震え、俯いてしまったのだった。
「こら、泣かないの!泣きたいのはこっちなのよ!!」
只でさえピリピリとしていた空気が、一気に険悪なムードへと変わり始める。
「がる……」
これは流石にマズいか……と思ったグランブルも、介入を試みようとする。

 しかし……丁度その時であった。
ポインの腰に巻かれていた巾着袋から、1匹のポケモンが飛び出してくる。
「な……何事!?」
どうやらボールを勝手に突き破って、外に出てきたようだ。

 そこに居たのは、大柄で丸っこい、赤い体色のポケモン。
えんじょうポケモンのヒヒダルマ(原種)であった。
「ひゃひゃ……。」
現れたヒヒダルマは、その大きな手でポンとポインの肩に手を置く。
「ひ、ヒヒダルマ……?」
その動きが、『少し落ち着きなさい』と言っているのは、誰の目にも明らかであった。
温和な表情が、それを更に裏付けていた。

 そしてヒヒダルマは、涙目に成っているテイルの頭を、優しく撫でたのであった。
「ひゃひゃ。」
「……ッ。」
ぐずり始めていたテイルも、その体温と優しさで……徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
「……ありがと。ごめん。」
「ひゃ。」
目を腫らしたテイルの顔を見て、ヒヒダルマは豪快に笑いかける。
その様子に、ポインは……

「(あれ……?なんか……)」
どこか、遠くに記憶していたものを思い出す。
泣いていた少女と、それを慰めるヒヒダルマ……
不思議なことに、その少女とテイルが……妙に重なっていたのだった。

「(……いや、まさか……ね?だって、あの子は……)」






 ーーーーー翌日。
養成プログラムの受講生である学生らは、いつも通り朝の教室に集まっていた。
そこに少しばかり遅れて、チハヤが入ってくる。
「ふぁぁ……うーす……」
欠伸混じりに入ってくる彼を出迎えたのは、いつも通りシラヌイとシグレの2名であった。
「あ、遅いよチハヤー。」
「チハヤくん……朝迎えに行ったら居なかったんですけど、何かやってたんですか?」
「あ、あぁ……実は、牧場に行ってて。それで……」
「牧場?なんで牧場なんかに?」
「ケンタロスの件だよ。アイツの引取先を捜して、ニーノ先輩とかに相談しに行ってたんだ。」
彼が言っているのは、先日ソテツと一緒に話していたケンタロスの引き取り手の話だ。
チハヤの手元から彼を離脱させるにあたって、彼の新しい居場所を捜していたのである。

「それで、どうなったんですか?」
「駄目だって。特に黒いケンタロスは気性が荒すぎるから、ミルタンクやバイウールーと同じ場所には置けないんだってさ。」
「そ、そんな……」
「それで頼みなんだけどさ……」
チハヤか以上の経緯を話した上で、シグレやシラヌイにも相談をする。
その内容は即ち、彼らにケンタロスを引き取ってもらえないか……という話だ。
実際、彼らにトレーナーとして一定水準以上の実力があることは確かだ。

 が、しかし……
「えっと……ごめんなさい。私、多分血の気が多いポケモンは無理かな……と。」
「ま、マジか……」
実際、シグレのポケモンはミニーブやグルトンなど、殆どが温和で従順な性格のポケモンばかりだ。
彼女がそういうポケモンを寄せ付けやすいからか、はたまた意図的に選んでそうなっているのかは分からない。
しかし、ケンタロスが彼女と波長の合わないポケモン……というのは、恐らく確かなのだろう。

 そしてシラヌイも……
「うーん、僕も駄目かな。多分だけど、僕じゃチハヤと同じ感じになると思うよ。」
「そんなぁ……オコリザルが大丈夫なお前なのに?」
「まぁ、あの子はちょっと特殊だからね。とにかく僕は降りるよ、この話。」
実際、知識も経験も他2人に比べて圧倒的に豊富そうな彼でさえ……ケンタロスは手に余るポケモンのようだ。
一番気軽に頼めそうであった2名から断られたチハヤは、愕然と肩を落とすのであった。


 さて、そんなやり取りをしていると……時刻は8時を迎え、始業のベルが鳴る。
すると教室に入ってきたのは……なんとトレンチ学園長であった。
「あれ……が、学園長!?」
「そんな……今日の1限ってスズメ先生じゃなかった?」
予定にない学園長の入室に、ざわめき出す室内。
しかしそんな喧騒も、学園長の大きめな咳払いでぴたりと止まる。

「……ごほん。じゃあ、出席を取るわね。」
そう言うと学園長は名簿を取り出し、ペンでクラスメイトらを指しながら数を数えていく。
「……13、14。うん、1名除いてちゃんと全員いるわね。」
相変わらず顔の見えない黄昏トワイライトにため息をつきながら、学園長は名簿を閉じた。

「さて、早速だけど報告があるわ。」
「報告……?」
「今日予定していた授業は全部中止よ。」
「(え、えぇーーーーーー!?)」
唐突な発表に、またしてもざわめき出す教室。
ペチュニアの無断欠勤以外が理由で授業が中止することは、今年は一度も無かったからだ。

「……で、代わりと言ってはアレだけど。今日は別の臨時授業をやるわ。」
「り、臨時授業……?」
「……どうぞ、入っていいわよ。」
トレンチがそう合図をすると……教室前方の扉ががらがらと開く。
すると大人数の人間が、次々と教室に入ってきたのだった。

「く、戴冠者クラウナーズ!?」
「いや、戴冠者クラウナーズだけじゃない……あの4人は……!!」
そこに入ってきたのは、戴冠者クラウナーズの5名。
そしてそれに加えて、見知らぬ男女が4人……。
この異様な光景には、生徒たちは驚くばかりであった。

「(じ、聖戦企業連合ジハードカーテル!?)」
「(……おいシグレ、何だ『聖戦企業連合ジハードカーテル』って。)」
「(この学園の出資者、大手企業の重役の方々です!)」
「(……それって偉いの?)」
「(偉いどころか、学園長より立場的には上ですよ!!)」
シグレが小声で、目の前の大人たち(未成年1名含む)が如何に凄い人物かを語っていた。
チハヤもそれを聞いてようやく、今目の前に広がっている光景がどれほど異様かに気づいたのであった。

 ずらりと並んだ面子の中で、一番の年配であるマツリが……壇上へと躍り出る。
「ハッハッハ、GAIAの学生諸君!元気かね!?」
「ッ………。」
顔では笑っているが、その圧力は凄まじい。
(チハヤ以外の)誰もがよく知る大資産家が、目と鼻の先で話しているのだ。
緊張するなという方が無理である。

「さて……今日は第6期戴冠者クラウナーズの彼らと、我々聖戦企業連合ジハードカーテルのみんなで、特別な授業をやろうと思う!その名も……『鬼ごっこデットレース』だ!!」
「(で……鬼ごっこデットレースぅーー!?)」
[ポケモンファイル]
☆ヒヒダルマ(原種)(♂)
☆親:ポイン
☆詳細:ポインとは10年以上一緒にいるポケモン。元々は、彼女の両親が持っていたポケモンらしい。老年だが、力は一切衰えていない。

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