第35話 ~いけにえの城よ、あなたは何故に。~

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他) 
 [カナリア:クワッス♂]
 [パイロン:チラチーノ♀]


前回のあらすじ

保護者であるはずのパイロンに攫われ、不思議のダンジョン『いけにえの城』へ生贄としてと放り込まれてしまった貧民のカナリア。
彼を助けたいと願うシズたちだったが、そんな彼らの元に怪しいフードの男が接触してきた。

その男は『いけにえの城』へ捧げる生贄の確保のために生み出された、貧民制と呼ばれる法に強い反感を抱いているらしく、シズたちにある提案をする。
『不思議のダンジョン、いけにえの城を破壊しようじゃないか』と。

だが、『いけにえの城』はこの黄金の街の経済基軸となる、黄金の産地である。相応のリスクと混乱も予想されるが……

シズたちはその提案に頷いた。
 黄金の街の郊外に存在する、不思議のダンジョン『いけにえの城』。
 シズたちは、その麓にある黄金兵たちの駐屯地へとやって来た。

「シズ。あのときのパイロンの言葉、どういう意味だと思う?」
「パイロンさんは……カナリアさんのこと、助けたいっておもってるのかな」
「……さあ」

 『明日の、同じ時刻。また、ここに来るが良い』。『来れば、分かる。我の本心が、な』。シズたちはその言葉の真意を確かめるため、そしてカナリアを救い出すためにここに居る。

「とにかく。どっちにしても、そういう不幸はここで終わらせなきゃ」

 そして、この街の経済基幹――不思議のダンジョン『いけにえの城』を破壊するという目的もある。
 カナリアは『貧民制』と呼ばれる制度の犠牲者だ。被差別階級を作り出し、それを生贄として黄金を生み出すという経済システム。そのコアが、『いけにえの城』なのである。

「……うん」

 だが、それを破壊する行為には、膨大なリスクと代償が伴うだろう。経済潰しに、混乱が伴わないはずがない。最低でも黄金兵の弱体化か、貧民以外の住民たちが苦しくなるか、あるいはその両方か。いずれにせよ貧民の死によって成り立っていた裕福が崩れ去るのは間違いない。

「贅沢してるんだよ、みんな。普通の街は資源の生産元として複数のダンジョンを確保しているか、食料生産用の農地を持ってるからさ。この街も、絶対例外じゃない」

 ユカの言葉に、シズは頷いた。シズたちは一日間というクールダウン期間によって自分たちのやろうとしていることの重大さを自覚しつつある。免罪符的な台詞を持ち出し、あるいはそれに肯定を示したのもその現れだ。
 ……いずれにせよ、カナリアを救うという一点だけは曲げる理由もない。シズたちは歩み出す。




「あなた方は……!」

 やがて、シズたちに気付いた黄金兵の1匹が近寄ってきた。
 あれはワッカネズミだ。昨日、カナリアを救わんとするシズたちと戦闘した彼らと同一人物である。

「我々の仲間に撃退されたと聞いていたのですがな?」

 黄金兵のスリーパーによって眠らされた件は、シズたちもしっかりと記憶している。そのことは無論彼らも聞き及んでいるのだろう、何処か哀れむような視線とともに呆れた表情を示していた。

「まだ向かってくるつもりみたいね、ウォー」
「戦力の差は歴然だというのにな、カース。昨日はまんまと逃げられたが……今度こそお灸を据えてやろう」

 変わらぬ表情のまま、ワッカネズミの2匹は手元に『すいへいぎり』のエネルギー刃を生み出した。

「やる気みたいだ、ユカ」
「見れば分かる」

 現状、シズたちの持つ情報は多いとは言えない。ざっと思いつく疑問でも、パイロンの行動目的、シズたちに浄化爆弾の破片を握らせた男の身元と最低二つある。
 だが、自分たちの目的だけははっきりしているのだ。向かってくるのならと、シズたちも構えた。



「待て」

 だが、それを差し止める第三者の声がこの場にいる全員の注意を引いた。
 その主は、前回ここへやって来たときシズたちを眠らせた、あの黄金兵のスリーパーだ。

「何がです? どうせまた例のクワッスを救い出そうとでも言うのでしょう、彼らは」
「いわゆる敵です。殺すわけでもあるまいし、撃退しない理由など……」

 戦いを止めんとするスリーパーであるが、それに対するワッカネズミたちの言葉に間違いはないように思える。シズたちは言ってしまえば前科者なのだ、一度この駐屯地に不法侵入を試みた経緯がある。

「いいや。それが、彼らは客人だそうだ」
「なんですと!?」
「客……? はい、いやしかし、正気なのですか!?」

 シズたちを駐屯地に向かい入れる方向を示すスリーパーに、とても驚いた様子で言葉を返すワッカネズミたち。
 シズたちも同様に振る舞いそうになったが、ここは余計な行動を起こさない方が得策と思われるのでなんとか堪えておく。

「パイロンが呼び込んだ、いわば『対テロ特殊協力者』らしい。実際どうかは怪しいものだがな、彼女の上申が通った以上は認めるしかあるまい」

 『対テロ特殊協力者って、一体どういうことなんですか』と聞きたい気分になるシズであったが、この場でそんな発言は出来そうもない。自分が何も知らないこと――すなわち、対テロ特殊協力者などという身分が偽りである事を認めることになってしまうからだ。
 とにかく、この状況がパイロンが手を回した結果だということは容易に想像が付くが、しかしテロなどという単語にシズたちは心当たりが全くない。自分たちの知らない問題が起こっているとでも言うのだろうか?

「さあ、付いてこい。ウォーとカースは見張りの継続を」

 シズとユカは顔を見合わせ、そして無言の内に『よく分からないが利用しない手はない』という方向で合意する。
 ……少なくとも、パイロンの本心はカナリアを救う方向に向いているのは確かだ。シズたちは少しホッとした気分になった。












 黄金兵たちの駐屯地の内にある、中世風の建造物の一つにシズたちは通された。
 建物の外装とは違って少し近代的なホワイトボードなどの小道具が設置してあり、何かの会議室と言った雰囲気である。

「いいか? お前たちはあくまで『対テロ特殊協力者』……すなわち、我々黄金兵のコントロール下に置かれることを理解しておけ」

 まずは簡潔にと、スリーパーがそう言った。
 もちろん、シズたちには命令権がどうだとかいう話に付き合うつもりはないが。

「御託はいいからさ。ワタシたちにとって重要なのは、『対テロ特殊協力者』として何をするべきかってことだよ」

 シズたちが知りたい情報は、『対テロ特殊協力者』の身分に置かれることによって何が許されるようになるのかである。カナリアを救うため、そしてあの怪しい男の頼み事を達成するために、黄金兵とやり合うのは極力避けねばならない。
 話を合わせるようにして、ユカは聞き出そうと試みた。

「単純な話だ。不思議のダンジョン『いけにえの城』に潜り、内部を警戒。万一侵入された際は撃退しろ」
「テロリスト……ですか」

 シズたちにとって、『いけにえの城』への突入許可は願ってもない話である。それは素晴らしいことなのだが……
 問題は、その『テロリスト』とやらが一体何者なのかである。シズたちもこの街の情勢に耳を傾けては居たが、そんなニュースは流れていなかったのだ。

「3日ほど前、匿名の犯行声明が我々に届けられた。曰く、『いけにえの城の内部で、この街に激変を起こす』のだと」

 あるいは、黄金兵、およびこの街の政府組織が意図的に隠蔽していたのかも知れないが。
 ……しかし、『いけにえの城の内部でこの街に激変を起こす』という文面には妙な心当たりがあった。

「その真偽が如何にせよ、我々としては警戒を取らねばなるまい。お前たちには、救助隊としてその一端となってもらう」

 もしや、そのテロリストというは自分たちのことではないだろうか? この街の経済軸である『いけにえの城』を破壊するなど、言うまでもなく激変を巻き起こす行為である。
 シズたちは、自らの心臓が跳ね上がるのを感じていた。テロリストという文面に、自分たちのやろうとしていることの意味が全く正しく現れているような気がしてならなかったのだ。

「まあ、本格的に探索するならともかく、見張るだけなら難しいことでもないだろう。早速『いけにえの城』内部の哨戒を初めて貰おうか」

 なにせ巨大な収入源を破壊してしまうのだ、良くない副作用を否定することは出来ない。この街の経済力の元に暮らしていたポケモンたちが食うに困る可能性は十全にあり得るし、黄金兵たちの戦力も大幅に弱体化するに違いない。それらの連鎖影響まで考えれば最早何が起こるか分かったものではないのだ。
 ……だが、ダンジョン破壊を諦めて貧民たちの犠牲を見過ごすべきかといえば、それも違うとシズたちは思うだろう。カナリアが経験したような不幸は、決して許してはならない。

「ああ、最後に一つだけ言っておこう」

 そんな思考の最中にありながら、あくまで平常な振りをしてスリーパーの言葉を聞いていたシズたち。
 それが功を奏してスリーパーにこちらの考えを透かされることはなかったが、しかしスリーパーにも此方を疑う理由を1つ持っていた。

「個人的な警告だが、例のクワッスを救い出そうなどとは考えるな。この状況がパイロンの陰謀的な差し金であることは分かっているんだ、上には認められなかったがな……とかく、私はそのつもりで対応する」

 無論、それはカナリアの件である。パイロンは上手くごまかしたようだが、だからといってシズたちに対応した黄金兵の懐疑感まで帳消しに出来るわけではない。兵隊という立場にあるがために上の命令に逆らえないだけでしかないのだ。

「例のクワッスが『いけにえの城』から脱出した瞬間、お前たちを拘束させて貰う。そうなればパイロンは当然、外部のポケモンであるお前たちといえど相応の報いは免れん。諦めるのだな」

 ダンジョン破壊を諦めろとでも言うのならば少し考えもしたが、カナリアを救うな、などと言う忠告に従うつもりはシズたちには全くない。目の前の友人を見殺しに出来るはずはなかろう、多少の自己リスクなど知ったことか。
 『ルールにがんじがらめにされたままでいれば良い』と、ユカは心の中で呟いた。

「以上だ。付いてこい、妙な気は決して起こすなよ」

 そう言うと、スリーパーは退室する。
 シズたちも付いていった。












 『いけにえの城』、入り口。石煉瓦の城を囲う堀に、それを跨いだ先にある厳つい城門。そして、隔絶されたこちらと城を繋ぐ、からくり仕掛けの木の架け橋。
 煌びやかな装飾にまみれたあの巨大な城に立ち入れば、そこから先はもはや平常の理は通じない。

「外部協力者には、その活動に制限をかけさせて貰うことになっている」

 スリーパーは言った。
 制限など、ルール・社会圧力以上の拘束力は無い。もともと確信的に破ろうとしているシズたちからすれば関係の無い話だ。

「黄金の採取禁止、および内部で倒れているポケモンの救助禁止だ。分かるな? 何度でも言うが、妙な気は起こすなよ。あんなポケモンのカス相手に人生を捨てるなど、賢い選択ではないとは理解できるはずだ」
「カス……」
「……」

 カナリアを救うなという内容の、ほぼ繰り返しである。
 しかし、ポケモンのカスという言葉……スリーパーの貧民に対する蔑視を隠そうともしない態度に、シズたちは罪悪感が薄れていくのを感じた。

「さあ行ってこい。……だが、この街の秩序は世界の秩序でもある。救助隊協会本部は平和を訴えながらにして、そのために武力を必要としているのだ。忘れるな、貧民を救うことは、この街の経済力をわずかでも削ぐことは、この世界を傷つけることでもあるのだぞ」

 挙げ句の果てに、よく分からない理屈でそれを正当化する。恐らくはこの街の住民のほとんども同じような思いでいるのだろう、この街はそういう教育を行っている。
 ならば、多少強引な手段を取るのも仕方ないのではないか? 街全てを滅ぼすわけでもあるまいし、犠牲を出す狙いがあるわけでもない。友達の救助隊、スズキもこう言っていた、『この世界ではお金がなくてもなんとか食っていける』と。
 シズたちの心は、自分のやろうとしていることを確実な正義だと認識しつつある。

 シズたちは、スリーパーに急かされて跳ね橋を渡る。『いけにえの城』への突入開始だ。
 



「ボクたちは、よそ者には大きすぎることをしようとしているのかも知れません。でも……カナリアさんのことだけは、間違いなくボクたちの方が正しいんですよ」

 スリーパーに聞こえない程度に距離が空いてから、シズはそう呟いた。

「そうだね。まずはカナリアを助けよう、それだけは絶対に譲れない第一条件だからさ」

 追随するように、ユカも言葉を放つ。
 『テロリスト? 革命? それがなんだ、苦しんでいる人を助けようとして何が悪い。それで困ったことが起こるって言うなら、それもなんとかすればいい』。2匹の言葉には、高慢な決意が確かに含まれていた。












 石造りの広々とした空間に、高貴さを思わせる赤い絨毯や黄金の燭台をはじめとした装飾の数々。中世ファンタジー系のフィクションで見られるようなこの場所を、シズたちは進んでゆく。

「ホントのことを知った後だと、ずいぶん悪趣味に見えるよ……」
「ボクたちでその悪趣味を倒すんだ。倒さなきゃ、カナリアさんも……助かっても、安心して暮らせないよ」

 一歩進むごとに周囲を確認、罠を警戒する。ダンジョン内部に潜む罠の内には踏むだけで致命的な打撃を受けるものも数多く存在し、そうでないものも総じて厄介な悪影響をもたらすのだ。

「っ! ユカ、右前方に何かいる!」
「『敵ポケモン』!」

 そしてもちろん、此方に襲い来る謎の存在『敵ポケモン』もまた大きな障害となる。
 あれは、きへいポケモンのシュバルゴだ。チョボマキの殻に由来する2本槍や鎧に身を包んだ頑丈なポケモンである。

「来るよ!」
「ちぃっ!」

 シュバルゴは『メガホーン』――大振りながら高火力の、むしタイプの強力な技を繰り出した。鈍重な装備による、しかし高質量なその一撃を食らえばどうなるかなど想像に難くない。
 故にシズたちは回避を選択する。

「躱せたっ……!」

 『メガホーン』の一撃は強力ながら、一方で命中性に難を抱える技でもある。回避に専念さえすれば決して避けきれないものではなく、実際にシズは躱して見せたのだが。

「――しまっ!?」

 しかしユカは違った。いいや、回避自体には成功したのだが、着地先に罠があったのだ。
 これは『ころばせのわな』。名前通りの単純な罠ではあるのだが、しかし壺等の壊れやすいものを運んでいる最中や戦闘時にはやはり致命的な結果をもたらすこと必至である。

「ぐっ……コイツ狙って!?」

 罠を踏み抜いてしまい、思いっきりスッ転ぶユカ。シュバルゴはそれを見逃さず、『メガホーン』での追撃を試みる。いくら命中に難がある技と言えど、対象が完全な静止目標であるなら話は別、後には高火力という利点のみが残るのだ。

「ダメか……!」

 ユカは立ち上がろうとするが、しかし攻撃を受けるまでには間に合いそうもない。倒れたままの姿勢で防御姿勢を取ることのみに注力し、ダメージの軽減に専念する。

「させません!」

 だが、ユカの想像していた衝撃がやってくることはなかった。見上げれば、シズが1本の棒きれ――『しばりのえだ』をシュバルゴに向けて振るっていたのだ。
 『しばりのえだ』とは、魔法弾を発射して対象に効果を及ぼす『えだ』と呼ばれる道具の一種で、中でもこれは魔法弾を命中させた相手の動きを完全に停止させる強力な品である。

「ユカ、大丈夫?」
「おかげさまで」

 強力な金縛りによって一切の身動きが取れなくなったシュバルゴを尻目に、シズの助けを借りて立ち上がるユカ。

「ボク、とっさに『しばりのえだ』を使ってしまった。貴重なのに……」
「いや、ワタシの回避先が悪かったからだよ。シズのせいじゃない」

 不思議のダンジョンを探索するにおいては、自分たちのリソースを慎重に管理する必要がある。技の使用可能回数、いわゆるPPを始め、体力、食料、長期化する場合は睡眠時間や、もちろん『しばりのえだ』のような物理的なアイテムだってそうだ。
 いずれも不足すればダンジョン攻略失敗、ないし大怪我や死にさえ繋がってしまう。

「それに……このシュバルゴ、明らかに強かった。ダンジョンの罠の位置を把握して、的確にワタシを誘導してきた。まともにやり合ってたら、むしろもっと消耗してたよ」

 だが一方で、特に物理的なアイテムを必要なときに使わないというのは避けるべきでもある。
 アイテムはダンジョンの探索によってある程度は補充が効くが、体力の消耗は時間と睡眠によって回復するより無いからだ。この状況で無用な時を過ごすのは避けたいものである。

「『強い敵にはまともに付き合っちゃダメ』。チークさんも、そういう基本は大事にって」
「そう、それ。……カナリアみたいな可哀想な子を可哀想なまま死なせちゃうなんて嫌だよ、ワタシは」

 カナリアは、きっと今この瞬間にだって苦しんでいるのだ。シズたちの脳裏には常にその可能性が映っていたし、状況からしてその可能性はほぼ現実にあるだろう。
 慎重に、しかし迅速に。言うだけなら簡単だが……だが、それ以外にとるべき選択肢などない。

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