【第057話】善意の是非と禅問答 / チハヤ、ソテツ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください


 チハヤが黒衣の会議に出席した翌日。
彼とテイルは授業が終わるや否や、ある場所へと出向いた。
向かった先はGAIA西エリア。
敷地内の外壁スレスレの僻地にある、小さなプレハブ小屋だ。
その入口である扉には、『ソテツ・センバ』と書かれたネームプレートが下げられている。
そう……ここは試験官プロクター万緑の庭師グリーネス・ガーデナー』ことソテツの研究室なのだ。
そして『出勤中』の枠の下には、アマカジ柄のマグネットが貼られていた。
「(……よし、いるな。)」

 チハヤはその扉を3回、軽くノックする。
「はいはい、どうぞ。」
落ち着いた返事を聞き届けた彼らは、一礼と共に研究室の中へと入る。
先程まで嗜んでいたのだろうか……室内には、コーヒーの香り。
それと、様々な植物の焦げた匂いが充満していた。
「し、失礼します……」
「うん、ひとまずこの椅子に座っててくれ。あ、ネジ逝ってるかもだから気をつけて。」
そう言ってソテツは、ホコリの被ったボロボロの回転椅子2つを引っ張り出してくる。
この椅子に限らず、机や戸棚など……あらゆる備品がくたびれた状態であった。
床にも土埃や枝クズが散乱しており、殆ど手入れがされていない。
どうにも、この空間にはあまり来客などは来ないらしい。
ソテツ本人の多忙も相まって、手つかずの状態にあるそうだ。

「……備品申請すれば良いのに。」
「いやー、そんなの書いてる時間もなくてね。……って、オイラのコトはどうでもいいんだ。えーっと……」
テイルの言葉を片手間で受け流しつつ、彼は机の引き出しを漁る。
するとその中にあったのは、一つのモンスターボール。
まだ傷も少なく新しい……そんなボールであった。

「……さて、コレが何かは分かるよな?チハヤ君。」
「えぇ……俺のケンタロス……っすね。」
そのボールに入っていたのは、あのケンタロス。
彼がネオサバンナで捕まえた、群れを追い出されたブレイズ種のケンタロスである。
彼は先日のオモトとの果たし合いプレイオフの最中に戦闘不能になったが、チハヤ……改め『ドライブ』の呼び出した力によって、無理に再起を強制されていた。
多くの人々からその記憶は消されたが、事実までもが無くなったわけじゃない。
更に彼は一度、チハヤに大怪我を負わせている。
このまま他のポケモンたちと同じように過ごさせることは出来ない……というのは、火を見るより明らかな事実だった。
そこで『現世』に帰還したチハヤは、大事を取って……ソテツにケンタロスの状態を診てもらう事にしたのだ。

「で、ケンタロスの容態はどうなんスか?怪我が悪化したりとか……」
「それはない。結論から言うと、ケンタロスの身体はまさに健康そのものだ。バトルも問題なく行えるだろう。」
「ほっ……よ、よかった……」
ケンタロスの身体に何も異常がない事を聞いたチハヤは、大きなため息と共に胸を撫でおろす。
一番の心配事が無くなったためだ。

「……が、しかし。」
「し、しかし……?」
「精神的には、色々と問題がありそうだ。オイラが色々と質問をしたんだが……チハヤくんの名前を出した瞬間、脂汗をかいて震え始めた。」
「ッ……!?」
「あれほど何かに怯えた様子のポケモンを、オイラは見たことがない。まさに異常……だったね。」
ソテツの口から告げられたのは、まさかの事実であった。
なんとケンタロスは、チハヤの事を酷く恐れていたのである。

 ……しかしチハヤは、すぐにその事実に納得した。
自分の意識で無いとは言え、ケンタロスはあれだけの仕打ちを受けたのだ。
チハヤの姿を見て恐れをなしていても、何ら不思議ではないだろう。

「まさかとは思うけど、チハヤくん。君、このケンタロスに虐待とか……」
「……するわけないッ!!」
「!?」
ソテツの言葉に対して、それを大声で遮ったのは……
なんとテイルであった。
柄にもない声を上げた彼女に、ソテツもチハヤも思わず震え上がってしまう。

「……チハヤがそんなこと、するわけない!」
テイルはソテツをきつく睨みつけ、強く否定する。
「(て、テイル……?ど、どうした……?)」
自分を擁護するにしても、ここまで必死になるのには違和感がある。
と……チハヤは心の中で、少し引き気味に考えていたのであった。

 そんな彼女の剣幕に押されてか、少しの咳払いをした後にソテツは続けた。
「ん……いやいや、オイラだってそう思うさ。そもそも、このケンタロスを助けたのはチハヤくんだしね。」
「……。」
「まぁそうでなくとも、チハヤくんの自供いわく……ケンタロスは彼を一度刺してるらしいからね。多分だけどコレは所謂……『生理的に受け付けない』って奴だろう。」
「ッ……!!」
そうして淡々と語るソテツの口から出てきたのは、意外なほどに俗っぽい言葉であった。
『生理的に受け付けない』……対人関係での不和が生じたときに、多くの人間が抱く感情の一つだ。
特に具体的な理由がなくても、精神的、本能的に……どうしても毛嫌いをしてしまう者が存在する。
それは人間同士でなく、人間とポケモンの関係においても例外は存在しない。
とりわけケンタロスにとってのチハヤが……まさにソレだったのだろう。

「そ、そんなッ……だってチハヤは、ケンタロスの生命の恩人なのに……!」
確かに、テイルの言うことは最もであった。
あそこでチハヤが助けなければ、ケンタロスはあのままサバンナの寒空で野垂れ死んでいた。
それに、暴れるケンタロスを懸命に看病し、命がけで投薬をしていたのだってチハヤの努力だ。
本来であれば、ケンタロス側にチハヤを憎む道理は存在しない。

 ……が、しかし。
「違うよテイル。それは『助けた側』の勝手な押し付けだ。」
「え……?」
テイルの擁護に反論したのは、チハヤであった。
彼はどこか寂しそうな様子で、続ける。
「別にケンタロスは、助けてほしかったわけじゃない。実際、アイツは『助けて欲しい』だなんて、一言も言ってないだろ?」
「で、でも……」
「だからコレは、俺が勝手にやったことだ。アイツの意向とか誇りとか、そういうのを一切合切無視して……俺はアイツを助けようとした。まぁ……殆どソテツ先生とニーノ先輩のお陰だけどな。」
苦笑いと共にそう述べるチハヤ。
だが彼の様子を見るに、決して恨みや怒りなどは抱いていない様子であった。

「まぁ要するに、ケンタロスからしたら、俺が命を助けたとかどうとかなんて……知ったこっちゃねぇ。こっちの恩を説くのは、道理が通らねぇだろ。」
「チハヤ……。」
「……へぇ、存外オトナなんだな、君。」
「違うんスよ。これはケシキの奴が……。」
彼が言っていたのは、先日……牧場でケシキとの論争になった時のことだ。
ケンタロスを無理に生かした事に苦言を呈したケシキと、それに反発したチハヤが衝突した……あの事件である。
「あのとき、ケシキと喧嘩して、冷静になって……よーく分かったコトだ。俺はアイツの……ケンタロスの一番大事なものを踏みにじった。だから、アイツが俺の事を嫌っていても、別におかしな事じゃねぇ。」
「……ふーん。まぁ、それが分かっているんなら上出来だと思うぜ。」
ソテツは少しだけ笑みを浮かべて、チハヤの事を称賛する。
本来であれば、自分のエゴを押し通すことの傲慢さ……等を説こうと思っていたそうだが、それは既に本人が自覚済みだったのだ。
何も言うことはあるまい、と……彼はチハヤを心の奥底で高く評価していた。

「じゃあ、最後に質問だ。このケンタロスのモンスターボール……コイツを、君はどうする?」
そう言ってソテツは、彼の手元に握られていたケンタロスのボールを指し示す。
詰まる話が、これをチハヤが持ち帰るか否か……ということだ。
「………。」
「このケンタロスは既に群れを追い出された身。今から野生に返すってのも無理な話だ。」
「……先生が引き取るってのは無理なんスか?」
「無理だね。オイラの専門はくさタイプだ。悪いけど、この子の面倒を100%見てやれる自信がない。」
「………。」
チハヤはそのボールを見つめたまま、考える。
彼に対して、自身がどのような判断を下すべきなのか……と。

 そうして長い沈黙が、研究室を包む。
しかし間もなく……1分ほどが経過して、チハヤは口を開いた。
「……俺はこのボールを持ち帰れません。少なくとも、俺にはケンタロスのトレーナーたる資格はない。」
「!?」
その発言には、誰もが驚くばかりだ。

「で、でも……ケンタロスは貴重な戦力だよ!?それに、時間が経てば仲良くなれるかもだし……!!」
チハヤの結論に、異を唱えるテイル。
そんな彼女の意見には、ソテツも概ね同意していたようだ。
「テイル先生の言う通りだ。どんなトレーナーも、初めから全てのポケモンと完璧な関係が築けるわけじゃない。それこそ時間をかけて、お互いの壁を払拭していくプロセスだって必要になるだろう。それとも、君はそうした努力すら放棄しようっていうのかい?」
少しばかり圧を強めて、ソテツはチハヤに迫る。
実際、チハヤの先の発言は……ケンタロスと親交を深めることを諦めている事と同義と捉えられる。

 しかしそんなソテツの言葉にも、チハヤは食い下がって来る。
「でも……なんつーか、上手く言えないんスけど……」
「……。」
ソテツは黙して、チハヤの返答を待つ
そして少しして、彼はこう返した。

「嫌がる相手の所に無理に押し入っていくと言うか……一緒に居たくないって気持ちまで無視するのは、なんか違うと思うんスよ。」
「そんなの今更じゃないか。君は一度、ケンタロスの誇りを踏みにじってまで彼を助けた。なら……最後まで付き添ってやるのが道理じゃないのかい?」
「確かに、この前の俺はそうした。でもそれは、アイツの命の危機だったからッス。命は……一度失ったら二度と手に入らねぇモンだ。それは本人の気持ちがどうとか関係ない。取りこぼさせちゃいけねぇ、最低限のラインだ。」
「ほう……?」
「でも、これからアイツが生きていく選択肢なら、俺のポケモンになる以外にも沢山ある。農作業に従事して貰うのでも良い、工事現場で働いてもらっても良い。もっと言えば、他のトレーナーに引き取ってもらうのでも良い。」
具体的な話を交えつつ、返答をするチハヤ。
予想外の答えに、ソテツは思わず聞き入っていた。

「もしアイツが、自分の人生に俺を必要としていないんなら……そこまで介入するつもりはねぇ。これ以上辛い思いをするなら、コイツは俺と居ない方がいい。」
「チハヤ……。」
「(……それに、俺は体内に『忌刹シーズン』を宿した超人類アウトサイダーだ。『細胞片プラズム』以外の普通のポケモンと共に過ごすのは、きっと無理がある。)」
チハヤは既に、気づいていたのだった。
自分の元にポケモンが一切寄り付かない理由……そして、ケンタロスが自分の事を毛嫌いする理由。
やはりそれは、自分が普通の人間でないことに他ならない……と。
きっと彼がここまでソテツの問いに答えられたのは……『自分は超人類アウトサイダー故にポケモンに嫌われる』という絶対的な事実に気づいていたのも大きいだろう。

 が、それを加味しても……
チハヤはケンタロスの受け取りを拒否する事由は、十分なものであった。
「(うーん、少し意地悪な質問をしたつもりだったけど……なんだ、ちゃんと考えてるじゃないか、この子。)」
こちらをじっと見てくるチハヤの表情に、ソテツは安堵のため息を漏らす。
「……分かった。意思は固いようだね。」
「……すんません。」
「謝る必要はない。ただ、それなら宿題を出そう。」
「しゅ、宿題……?」
ソテツの急な提案に、困惑するチハヤ。

「何、そんな難しい話じゃない。要するに、このケンタロスの引き取り手を捜してこいって話さ。もし良い相手が見つかったら、オイラに伝えてくれ。それまでは、この研究室で面倒見ておくから……さ。」
「そ、それだけ……?」
「……ま、最低限の責任は取れってことだ。コイツの居場所を探すのは、君の仕事だ。それくらいは出来るだろう?」
「は、はい……!色々ありがとうございます!」
チハヤはその言葉を聞くと、深々と頭を下げる。
そして一礼と共に、テイルを連れて研究室を後にしていった。

「(さーて、あんな子が同級生ライバルか。こりゃ先が思いやられるな……)」
小さくなっていくチハヤの背中を窓から見届けながら、ソテツはそんな事を考えていたのだった。

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